いくさびと

皆川大輔

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第二章「雷のお姫様」

「02-005」

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「さて、またまた問題。この袋が割れたらどうなるかな?」

「えっと……食べかすが飛び散る、とかですか?」

「そ、正解。この袋が割れるとこの机が汚れちゃう。けど、見た通りこの袋はまだ割れてない。袋のままじゃ周囲に影響は無い。そして、このパンパンの状態が、さっき言った予兆ってやつ」

 予兆と言うよりも、ギリギリの、それこそ一歩手前のように感じた明日香は「でも、空気を抜けば……」と当たり前な対処法を投げかけてみた。

 おっ、と感心したような表情で渚は「その通り。空気を抜けば元通りになる。この空気を抜くのが、さっき言った治療の意味」と続けた。

 先程の治療という言葉の意味をようやく理解した明日香は、拭い去ったはずの恐怖が忍び寄ってきているのを感じていた。

 つまり今の自分は空っぽの袋。しばらくは空気を入れ続けることは出来るけれど、やはりシードを使用していれば必ず空気は溜まっていく。もしまた破裂したら、あの自分じゃない自分が出てくる。震える手を押さえ込む明日香をよそに、渚は続けた。

「ただ、この袋がいつ爆発するのか、そのタイミングは今のところわかってない。でも、このことを公表したって一般の人は予防法なんてないし、混乱を招くだけ。だから世界は、この容量が一杯になった人を、見えないようにした」

「見えないように、したって……」

「システム的にはこれもカンタン。アップデートで 〝不干渉〟の情報を受け取ったら網膜からその姿を消すってのと、袋が大きくなったらシードを常時起動させて周囲のシードに 〝不干渉〟ってメッセージを送るようにするプログラムを組み込む。すると、シードが見るモノを判別する。どう、シンプルでしょ?」

「でも、見えていないんだったら……例えば人混みとか、ぶつかったりしちゃうじゃないですか」

「意識上では認識されてないが、目では認識してる。だから、無意識でその空白を避ける。誰かここにいるんじゃないかな、ってね。アンタも、今日来るときに誰ともぶつかったりしなかったでしょ?」

「えっ⁉」

「今日から、厳密にはアンタが起きた瞬間から不可視は始まってた。思い当たる節はあるんじゃない?」

 朝、駅へ送れそうになってしまったとき、あの男の人の元へ向かうとき――確かに誰も悪い顔をせずに道を譲ってくれていたことを思い出した。確かに 〝ちょっと〟や 〝すみません 〟などと謝った覚えは無い。

「……とまあこんな具合に見えなくすることで混乱を防いだ。パンパン袋予備軍の人には政府からこのかぶらぎ診療所をはじめとした、治療が可能な施設に来るように指示してガス抜きをする。こんな具合で対策が始まったのが、ここ三年くらいの話」

「じゃあ今日の私はガス抜きをする予定でここに来た、ってことですか」

「んー、まあそうなんだけど。アンタの場合はまた別枠かな」

「え?」

「確かに一つの目的はガス抜き。アンタの袋の空気はもう限界の数値だったし、早急に治療は必要だった。けど、正直に言っちゃうとその治療の方がオマケかな」

 さんざん怖がるようなことを説明してきてそんな態度は如何な物かと感じ「えぇ……」と間抜けな声を零す。

 渚は彼女自身の顔の前で手のひらを会わせ「ゴメンゴメン。ま、じゃあ本題に入りますか」と言うと、黙って聞いていた鏑木に振り向いて「いいですか?」と聞いた。

「永海くん自身はどう思う?」

 至って静かに、かつ冷静に鏑木は応える。

「戦闘力の見込みはあるし、判断力と行動力も及第点。アタシは申し分ないと思います」

「僕も同意見だ……決まりだね」

 返答を貰うと渚は再び明日香の方へ振り返る。満面の、まるでおもちゃでも見つけたようなイタズラな笑顔でまっすぐ明日香の顔をのぞき込んでいた。

 笑みを正すと、渚はすくりと立ち上がり明日香の前に立つ。見上げる形になった明日香に向けて手を差しのばし、渚は言った。

「では改めて。アンタさ……アタシらの仲間になんない?」


       ※


「はよー……ってどうしたん、こんな暗い雰囲気」

 開口一番、扉を開いて作戦会議室兼治療室に入った大翔は、その陰険なムードに口を滑らした。渚も鏑木も浮かない顔で虚空を見つめている。

「どうもこうもないわアホ。アンタの連れてきた子の勧誘に失敗したってのに、自分は高いびきかきやがって」

 ふて腐れている渚はストレス解消とばかりに菓子の袋をあさっていた。新発売のタグが付いた物ばかりで、中には外れもあったらしくまだ中身が残っているのだろうこんもりと膨らんだままの袋もあった。

「ありゃ、そりゃ残念」

 これちょーだい、と袋に手をかける。閉じられた袋を開くと、強烈なワサビの臭いが大翔の鼻孔を突き上げた。脳が食べるべきではないと叫んでいる。そっと閉じると、ざまーみろと渚が袋を取り返した。

「なにその感じ。アンタだって人数増やしてくれって言ってたじゃん」

 大翔は「まあ、そうだけど」と呟いて備え付けの冷蔵庫を開いた。凍る手前まで冷やされたペットボトルを取り出すと、水を一気に流し込む。
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