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第二章「雷のお姫様」
「02-004」
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「制圧すれば……治療って出来るんですか?」
いや、気になる場所はそこじゃないでしょ、と自分に言い聞かせて今聞くべきことを絞り出した。
「いーや、もちろん殴る蹴るだけじゃダメ。アンタ達みたいに自我を失った人を正常に戻すためには、制圧した後、治療プログラムを直接組み込まなきゃいけない」
「組み込む……?」
何気ない彼女の単語に、まさか、という予感が明日香の脳裏を過ぎった。その様子を見た渚はにんまりと笑って「さて、ここで問題」と人差し指を立てる。
「治療プログラムは何に組み込むでしょう? ヒントは、アタシも含めてほとんどの人が持ってるモノでーす」
組み込む。渚を含めてほとんどの人が持っている――提示された情報が頭の中を駆け巡り、抱いた予感はだんだん確信へと近づいていく。
「……シード、ですか?」
考えを口にすると、渚は「ピンポーン! ご明察」と拍手をした。
そんな軽い対応で済ませられるような問題じゃない。明日香は「そんな……ってことは⁉」と即座に浮かんできた懸念を確信に近づけるように、考えを再び張り巡らせる。
先程鏑木のいった〝至って健康だ〟という言葉は、自身に問題は無かったと言うこと。
――実際自覚している範囲で異変は感じていない。裏を返せば、例え健康でも……誰でも〝暴走する可能性〟があるってこと?
信じられないと言わんばかりに、明日香はシードを起動した。
日本の人口とシードの普及率を調べると、人口は一億一〇〇万弱。普及率は九十九パーセント。
――つまり……。
「そ。お察しの通り、シードを使っている人が……もっと言えば、この日本にいる一億の人がアンタみたいに暴走しちゃう可能性がある」
一億。
途方もない数字が明日香にのしかかった。
「そんな……でも、そんなことニュースやSNSにだって見たこと無いですよ⁉」
「そりゃそうだ、国ぐるみで事件なんて無かったことにしてるんだから」
「でも、今日……そう、私、あの人と会ったのは人通りの多い道でした! きっと誰かが異変に気づいて……」
そう言うと明日香はシードで検索をかけた。人が突然倒れ込む、なんてことでもあれだけの人通りだったらあっと言う間に拡散されているはず――と予想していたが、思うような検索結果は出てこない。やはりくだらない、どうでも良いニュースばかりだ。SNS似たり寄ったりな書き込みばかり。
「検索と書き込みに規制がかかっているのはモチロンだけど、なにより昼間のあの映像はほとんどの人に見えていない」
「見えてない……?」
「そ。こんな風に、ネ」
そういうと渚は頭をトントントン、と三回叩いた。数秒して「オエッ」とえずく。
次の瞬間。瞬きを一回すると、明日香の目の前から渚の姿は消えていた。
「えっ⁉ な、なんで……さっきまでここに!」
空の椅子に手を伸ばして恐る恐る触ってみる。まるで透明人間でも相手にしているみたいだと考えながら伸ばした手は、渚がいた空間を突き抜けて背もたれまで達する。
「――とまあこんな感じ。ビックリした?」
明日香の耳元で渚の声が弾けた。ビクッ、と体が硬直して背筋が伸びると、丁度明日香の頭が渚の顎に当たった。
「一体どういう……」
頭をさすりながら明日香は渚を見上げた。彼女もぶつかっただろう顎をさすっていたが、その表情はどこか自慢げに思えた。
「簡単に言うと、埋め込んだシードの情報量に脳が耐えられなくなって自我が壊れちゃった人のことをアタシらは〝ムクロ〟って呼んでんだ」
「ムクロ……」
言葉に自然に反応してシードが事典を開く。骸は、骨組みだけ残った身体。自我を失って身体が勝手に動いたあの自分の姿は正に骸の説明通りで、ムクロという単語に明日香は妙な納得を覚えた。
「ムクロになる人、には予兆がある。アンタみたいにね」
「予兆? そんなの無かったと……」
「普通に生活してたらわからないよ。ただ、シードはいくら便利だと言っても、あくまで機械でしかない。プログラムをインストールしたら異常をこっそり伝えるなんてこともできるしね」
「そんな……」
これまで完全なプライベートをウリにして世に出てきたシードへの信頼が、音を立てながら崩れていく。これほどまで簡単に他者からの介入を許す問題作ならば誰もこの技術を受け入れなかっただろう。無性に明日香は情報で溢れている自らの視界が怖くなり、こめかみを二回押して電源を落とした。
「わかりやすく言うと……あ、ほらこれ、このポテチの袋。この袋が普通の人が持つ容量だとすると……」
そう言って渚はゴミ箱に捨てられていた菓子の袋を取り出した。【増量・お得なニンニクスティック】と書かれている菓子の袋に息を吹き込んでパンパンに膨らませると「これが、その人の容量がパンパンになっちゃった人」と袋の口を止めて見せつけた。もう今すぐにでも破裂しそうで不安定だ。
「この袋が割れると、人の心が壊れる。そうなると、映像の中のアンタみたいにムクロになる」
「……な、なるほど」
いや、気になる場所はそこじゃないでしょ、と自分に言い聞かせて今聞くべきことを絞り出した。
「いーや、もちろん殴る蹴るだけじゃダメ。アンタ達みたいに自我を失った人を正常に戻すためには、制圧した後、治療プログラムを直接組み込まなきゃいけない」
「組み込む……?」
何気ない彼女の単語に、まさか、という予感が明日香の脳裏を過ぎった。その様子を見た渚はにんまりと笑って「さて、ここで問題」と人差し指を立てる。
「治療プログラムは何に組み込むでしょう? ヒントは、アタシも含めてほとんどの人が持ってるモノでーす」
組み込む。渚を含めてほとんどの人が持っている――提示された情報が頭の中を駆け巡り、抱いた予感はだんだん確信へと近づいていく。
「……シード、ですか?」
考えを口にすると、渚は「ピンポーン! ご明察」と拍手をした。
そんな軽い対応で済ませられるような問題じゃない。明日香は「そんな……ってことは⁉」と即座に浮かんできた懸念を確信に近づけるように、考えを再び張り巡らせる。
先程鏑木のいった〝至って健康だ〟という言葉は、自身に問題は無かったと言うこと。
――実際自覚している範囲で異変は感じていない。裏を返せば、例え健康でも……誰でも〝暴走する可能性〟があるってこと?
信じられないと言わんばかりに、明日香はシードを起動した。
日本の人口とシードの普及率を調べると、人口は一億一〇〇万弱。普及率は九十九パーセント。
――つまり……。
「そ。お察しの通り、シードを使っている人が……もっと言えば、この日本にいる一億の人がアンタみたいに暴走しちゃう可能性がある」
一億。
途方もない数字が明日香にのしかかった。
「そんな……でも、そんなことニュースやSNSにだって見たこと無いですよ⁉」
「そりゃそうだ、国ぐるみで事件なんて無かったことにしてるんだから」
「でも、今日……そう、私、あの人と会ったのは人通りの多い道でした! きっと誰かが異変に気づいて……」
そう言うと明日香はシードで検索をかけた。人が突然倒れ込む、なんてことでもあれだけの人通りだったらあっと言う間に拡散されているはず――と予想していたが、思うような検索結果は出てこない。やはりくだらない、どうでも良いニュースばかりだ。SNS似たり寄ったりな書き込みばかり。
「検索と書き込みに規制がかかっているのはモチロンだけど、なにより昼間のあの映像はほとんどの人に見えていない」
「見えてない……?」
「そ。こんな風に、ネ」
そういうと渚は頭をトントントン、と三回叩いた。数秒して「オエッ」とえずく。
次の瞬間。瞬きを一回すると、明日香の目の前から渚の姿は消えていた。
「えっ⁉ な、なんで……さっきまでここに!」
空の椅子に手を伸ばして恐る恐る触ってみる。まるで透明人間でも相手にしているみたいだと考えながら伸ばした手は、渚がいた空間を突き抜けて背もたれまで達する。
「――とまあこんな感じ。ビックリした?」
明日香の耳元で渚の声が弾けた。ビクッ、と体が硬直して背筋が伸びると、丁度明日香の頭が渚の顎に当たった。
「一体どういう……」
頭をさすりながら明日香は渚を見上げた。彼女もぶつかっただろう顎をさすっていたが、その表情はどこか自慢げに思えた。
「簡単に言うと、埋め込んだシードの情報量に脳が耐えられなくなって自我が壊れちゃった人のことをアタシらは〝ムクロ〟って呼んでんだ」
「ムクロ……」
言葉に自然に反応してシードが事典を開く。骸は、骨組みだけ残った身体。自我を失って身体が勝手に動いたあの自分の姿は正に骸の説明通りで、ムクロという単語に明日香は妙な納得を覚えた。
「ムクロになる人、には予兆がある。アンタみたいにね」
「予兆? そんなの無かったと……」
「普通に生活してたらわからないよ。ただ、シードはいくら便利だと言っても、あくまで機械でしかない。プログラムをインストールしたら異常をこっそり伝えるなんてこともできるしね」
「そんな……」
これまで完全なプライベートをウリにして世に出てきたシードへの信頼が、音を立てながら崩れていく。これほどまで簡単に他者からの介入を許す問題作ならば誰もこの技術を受け入れなかっただろう。無性に明日香は情報で溢れている自らの視界が怖くなり、こめかみを二回押して電源を落とした。
「わかりやすく言うと……あ、ほらこれ、このポテチの袋。この袋が普通の人が持つ容量だとすると……」
そう言って渚はゴミ箱に捨てられていた菓子の袋を取り出した。【増量・お得なニンニクスティック】と書かれている菓子の袋に息を吹き込んでパンパンに膨らませると「これが、その人の容量がパンパンになっちゃった人」と袋の口を止めて見せつけた。もう今すぐにでも破裂しそうで不安定だ。
「この袋が割れると、人の心が壊れる。そうなると、映像の中のアンタみたいにムクロになる」
「……な、なるほど」
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