10 / 40
第二章「雷のお姫様」
「02-003」
しおりを挟む
シードの発展する前、VR・ARと言った技術が衰退し、ホログラム映像が全盛期だった時代に、手帳を機械媒体にするのはどうだろうという議題が取り上げられていた。しかし、現場の人間がテレビで開かれた討論会で「警察官の誇りとサクラの記章を胸に所持する責任を忘れないため、このままのデザインでいいのでは」と発言したことをきっかけに、二〇二〇年から同様のデザインを採用し、記章だけ最新の技術に対応している、と言う話を母から聞いたことを思い出した。
――お母さんの話、本当だったんだ。
そんなことを思いながら記章に見つめていると、ハッと我に返る。
「……って、警察⁉ 私、何もしてませんよ⁉」
罪を犯すも何も、まず家から出ることがほとんど無い。十日前の外出も近所の安売りスーパーに食材を買いに行っただけで心当たりは皆無。それ以前の生活でも、お天道様に顔向けできないようなことは特にしていないはず。
「アハハッ! 面白い反応するね。大丈夫だよ、逮捕なんてしない。逮捕するのは管轄外だから安心して」
「笑い事じゃないですよ……」
「ゴメンゴメン。ただね、アタシらは警察官だけど、普通の警察官じゃないんだ」
「それってどういう……?」
謎掛けのような押し問答に明日香は首を傾げる。
「こればっかりは映像見てもらった方が説得力あるかな。ホラ、見てみて」
そう言うと渚はホログラム映像を空中に投影した。
映し出されたのは、明日香自身の顔だ。鏡以外で自分を見るということは新鮮で幾ばくか恥ずかしさもあったが、そんな感情は映像が進むに連れて失われていった。
「これが……私?」
明日香は青ざめながらそう呟く。
映像の中の自分は、アクション映画やアニメの主人公さながら、人外とも言える体捌きで縦横無尽で駆け回っている。雷を手足のように操るその姿は、まるで神話の中に出てくる一頁のようにも感じられる。
激闘の末、あの太陽の人が拳を振りかぶったところで映像が停止した。
――あのときの痛みって……。
背中をさすってやる。この映像を見た後で意識をしてみると、確かに左の肩甲骨あたりに若干の違和感を覚えた。先程の〝覚えていることを話せ〟という質問の際に抱いた痛みはこのときの物だろうか。もしそうだとしたら、警察官を名乗るこの人達は一体何を知りたいのか。
考えを張り巡らせようと手を口元に持っていこうとする。その手が震えていたことに明日香はようやく気づいた。
――怖い、のかな。
その瞬間の感情は彼女自身にとって曖昧で不安定なものだった。自身を殴りつけた太陽の人に対する畏怖ではない。今置かれている現状でも無い。自分が自分でないかも知れない。自分じゃない自分がいるという自我の不一致が、どうしようもなく明日香の心をざわつかせている。
「大丈夫。心配しないで。映ってたでしょ? あの無愛想な男。アイツが治療したから、もうアンタがこうなることは当分ない」
「治療……ですか」
映像の中では、例えるなら喧嘩、目を細めてみてもゲームのプレイしている一幕と言う感想が関の山の光景で、この診療所の見てくれのように、太陽の人の行為は百歩譲っても治療とはほど遠い。ただ、治療という言葉は明日香の中に渦巻く心のざわめきを少しだけ和らげてくれているように感じられた。
「そっ。まあ客観的に見たらただ殴ってるだけだから、そんな表情になるのもムリないけどね」
「いえ、そんなこと……」
精一杯の笑顔を作って首を横に振る。ちゃんと笑えているだろうか。ふと視線をずらして窓に映り込んだ自分の顔を見た。苦虫をかみつぶしたような表情にならないよう尽力した結果は、愛想笑いにすらできていない、まるでショーに失敗した不格好なピエロのようだった。
ただ、否定したのは明日香自身が心の底から、あの少年の行動は正しいと判断してのことだった。確かに自分が暴力を加えられたという事実は気持ちの良い物ではない。しかし、社会全体としてみれば、当然の処置とも考えられた。現場は人気のない道路だったから実害こそなかったものの、もし人気の多い、それこそあの高見城前で発生したショッピングモールだとしたら。
明日香は想像するだけで血の気が引いた。
いくらこの日本でも、人命優先で射殺なんて可能性だってある。ふと、明日香が高校に在籍していた際の授業で教師が〝射殺の件数が最近増加している〟と教鞭を執っていたことを思い出した。少なくとも、あの映像の中の自分自身はその対象として充分すぎるほどの凶悪性を孕んでいる。
「そんな気を遣わなくていいよ。コレが異常だって言うのはアタシらが一番解ってるしね。ただ、治療するためには、アンタにしたみたいに制圧しなくちゃいけないってこともわかってほしいな」
深呼吸をして心を落ち着かせてから、改めて渚の顔を見た。アタシら、ということはあの少年と同類だということになる。しかし、目の前の女性はとても先程の映像のような危険な場面に身を置く人種だとは感じられない。しかし、彼女の戯けようと落ち着きようは死地を潜った末に獲得したかのようにも感じられる。
――お母さんの話、本当だったんだ。
そんなことを思いながら記章に見つめていると、ハッと我に返る。
「……って、警察⁉ 私、何もしてませんよ⁉」
罪を犯すも何も、まず家から出ることがほとんど無い。十日前の外出も近所の安売りスーパーに食材を買いに行っただけで心当たりは皆無。それ以前の生活でも、お天道様に顔向けできないようなことは特にしていないはず。
「アハハッ! 面白い反応するね。大丈夫だよ、逮捕なんてしない。逮捕するのは管轄外だから安心して」
「笑い事じゃないですよ……」
「ゴメンゴメン。ただね、アタシらは警察官だけど、普通の警察官じゃないんだ」
「それってどういう……?」
謎掛けのような押し問答に明日香は首を傾げる。
「こればっかりは映像見てもらった方が説得力あるかな。ホラ、見てみて」
そう言うと渚はホログラム映像を空中に投影した。
映し出されたのは、明日香自身の顔だ。鏡以外で自分を見るということは新鮮で幾ばくか恥ずかしさもあったが、そんな感情は映像が進むに連れて失われていった。
「これが……私?」
明日香は青ざめながらそう呟く。
映像の中の自分は、アクション映画やアニメの主人公さながら、人外とも言える体捌きで縦横無尽で駆け回っている。雷を手足のように操るその姿は、まるで神話の中に出てくる一頁のようにも感じられる。
激闘の末、あの太陽の人が拳を振りかぶったところで映像が停止した。
――あのときの痛みって……。
背中をさすってやる。この映像を見た後で意識をしてみると、確かに左の肩甲骨あたりに若干の違和感を覚えた。先程の〝覚えていることを話せ〟という質問の際に抱いた痛みはこのときの物だろうか。もしそうだとしたら、警察官を名乗るこの人達は一体何を知りたいのか。
考えを張り巡らせようと手を口元に持っていこうとする。その手が震えていたことに明日香はようやく気づいた。
――怖い、のかな。
その瞬間の感情は彼女自身にとって曖昧で不安定なものだった。自身を殴りつけた太陽の人に対する畏怖ではない。今置かれている現状でも無い。自分が自分でないかも知れない。自分じゃない自分がいるという自我の不一致が、どうしようもなく明日香の心をざわつかせている。
「大丈夫。心配しないで。映ってたでしょ? あの無愛想な男。アイツが治療したから、もうアンタがこうなることは当分ない」
「治療……ですか」
映像の中では、例えるなら喧嘩、目を細めてみてもゲームのプレイしている一幕と言う感想が関の山の光景で、この診療所の見てくれのように、太陽の人の行為は百歩譲っても治療とはほど遠い。ただ、治療という言葉は明日香の中に渦巻く心のざわめきを少しだけ和らげてくれているように感じられた。
「そっ。まあ客観的に見たらただ殴ってるだけだから、そんな表情になるのもムリないけどね」
「いえ、そんなこと……」
精一杯の笑顔を作って首を横に振る。ちゃんと笑えているだろうか。ふと視線をずらして窓に映り込んだ自分の顔を見た。苦虫をかみつぶしたような表情にならないよう尽力した結果は、愛想笑いにすらできていない、まるでショーに失敗した不格好なピエロのようだった。
ただ、否定したのは明日香自身が心の底から、あの少年の行動は正しいと判断してのことだった。確かに自分が暴力を加えられたという事実は気持ちの良い物ではない。しかし、社会全体としてみれば、当然の処置とも考えられた。現場は人気のない道路だったから実害こそなかったものの、もし人気の多い、それこそあの高見城前で発生したショッピングモールだとしたら。
明日香は想像するだけで血の気が引いた。
いくらこの日本でも、人命優先で射殺なんて可能性だってある。ふと、明日香が高校に在籍していた際の授業で教師が〝射殺の件数が最近増加している〟と教鞭を執っていたことを思い出した。少なくとも、あの映像の中の自分自身はその対象として充分すぎるほどの凶悪性を孕んでいる。
「そんな気を遣わなくていいよ。コレが異常だって言うのはアタシらが一番解ってるしね。ただ、治療するためには、アンタにしたみたいに制圧しなくちゃいけないってこともわかってほしいな」
深呼吸をして心を落ち着かせてから、改めて渚の顔を見た。アタシら、ということはあの少年と同類だということになる。しかし、目の前の女性はとても先程の映像のような危険な場面に身を置く人種だとは感じられない。しかし、彼女の戯けようと落ち着きようは死地を潜った末に獲得したかのようにも感じられる。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり
柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日――
東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。
中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。
彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。
無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。
政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。
「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」
ただ、一人を除いて――
これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、
たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
3024年宇宙のスズキ
神谷モロ
SF
俺の名はイチロー・スズキ。
もちろんベースボールとは無関係な一般人だ。
21世紀に生きていた普通の日本人。
ひょんな事故から冷凍睡眠されていたが1000年後の未来に蘇った現代の浦島太郎である。
今は福祉事業団体フリーボートの社員で、福祉船アマテラスの船長だ。
※この作品はカクヨムでも掲載しています。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武
潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?
レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞
橋本 直
SF
地球人類が初めて地球外人類と出会った辺境惑星『遼州』の連合国家群『遼州同盟』。
その有力国のひとつ東和共和国に住むごく普通の大学生だった神前誠(しんぜんまこと)。彼は就職先に困り、母親の剣道場の師範代である嵯峨惟基を頼り軍に人型兵器『アサルト・モジュール』のパイロットの幹部候補生という待遇でなんとか入ることができた。
しかし、基礎訓練を終え、士官候補生として配属されたその嵯峨惟基が部隊長を務める部隊『遼州同盟司法局実働部隊』は巨大工場の中に仮住まいをする肩身の狭い状況の部隊だった。
さらに追い打ちをかけるのは個性的な同僚達。
直属の上司はガラは悪いが家柄が良いサイボーグ西園寺かなめと無口でぶっきらぼうな人造人間のカウラ・ベルガーの二人の女性士官。
他にもオタク趣味で意気投合するがどこか食えない女性人造人間の艦長代理アイシャ・クラウゼ、小さな元気っ子野生農業少女ナンバルゲニア・シャムラード、マイペースで人の話を聞かないサイボーグ吉田俊平、声と態度がでかい幼女にしか見えない指揮官クバルカ・ランなど個性の塊のような面々に振り回される誠。
しかも人に振り回されるばかりと思いきや自分に自分でも自覚のない不思議な力、「法術」が眠っていた。
考えがまとまらないまま初めての宇宙空間での演習に出るが、そして時を同じくして同盟の存在を揺るがしかねない同盟加盟国『胡州帝国』の国権軍権拡大を主張する独自行動派によるクーデターが画策されいるという報が届く。
誠は法術師専用アサルト・モジュール『05式乙型』を駆り戦場で何を見ることになるのか?そして彼の昇進はありうるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる