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第二章「雷のお姫様」
「02-003」
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シードの発展する前、VR・ARと言った技術が衰退し、ホログラム映像が全盛期だった時代に、手帳を機械媒体にするのはどうだろうという議題が取り上げられていた。しかし、現場の人間がテレビで開かれた討論会で「警察官の誇りとサクラの記章を胸に所持する責任を忘れないため、このままのデザインでいいのでは」と発言したことをきっかけに、二〇二〇年から同様のデザインを採用し、記章だけ最新の技術に対応している、と言う話を母から聞いたことを思い出した。
――お母さんの話、本当だったんだ。
そんなことを思いながら記章に見つめていると、ハッと我に返る。
「……って、警察⁉ 私、何もしてませんよ⁉」
罪を犯すも何も、まず家から出ることがほとんど無い。十日前の外出も近所の安売りスーパーに食材を買いに行っただけで心当たりは皆無。それ以前の生活でも、お天道様に顔向けできないようなことは特にしていないはず。
「アハハッ! 面白い反応するね。大丈夫だよ、逮捕なんてしない。逮捕するのは管轄外だから安心して」
「笑い事じゃないですよ……」
「ゴメンゴメン。ただね、アタシらは警察官だけど、普通の警察官じゃないんだ」
「それってどういう……?」
謎掛けのような押し問答に明日香は首を傾げる。
「こればっかりは映像見てもらった方が説得力あるかな。ホラ、見てみて」
そう言うと渚はホログラム映像を空中に投影した。
映し出されたのは、明日香自身の顔だ。鏡以外で自分を見るということは新鮮で幾ばくか恥ずかしさもあったが、そんな感情は映像が進むに連れて失われていった。
「これが……私?」
明日香は青ざめながらそう呟く。
映像の中の自分は、アクション映画やアニメの主人公さながら、人外とも言える体捌きで縦横無尽で駆け回っている。雷を手足のように操るその姿は、まるで神話の中に出てくる一頁のようにも感じられる。
激闘の末、あの太陽の人が拳を振りかぶったところで映像が停止した。
――あのときの痛みって……。
背中をさすってやる。この映像を見た後で意識をしてみると、確かに左の肩甲骨あたりに若干の違和感を覚えた。先程の〝覚えていることを話せ〟という質問の際に抱いた痛みはこのときの物だろうか。もしそうだとしたら、警察官を名乗るこの人達は一体何を知りたいのか。
考えを張り巡らせようと手を口元に持っていこうとする。その手が震えていたことに明日香はようやく気づいた。
――怖い、のかな。
その瞬間の感情は彼女自身にとって曖昧で不安定なものだった。自身を殴りつけた太陽の人に対する畏怖ではない。今置かれている現状でも無い。自分が自分でないかも知れない。自分じゃない自分がいるという自我の不一致が、どうしようもなく明日香の心をざわつかせている。
「大丈夫。心配しないで。映ってたでしょ? あの無愛想な男。アイツが治療したから、もうアンタがこうなることは当分ない」
「治療……ですか」
映像の中では、例えるなら喧嘩、目を細めてみてもゲームのプレイしている一幕と言う感想が関の山の光景で、この診療所の見てくれのように、太陽の人の行為は百歩譲っても治療とはほど遠い。ただ、治療という言葉は明日香の中に渦巻く心のざわめきを少しだけ和らげてくれているように感じられた。
「そっ。まあ客観的に見たらただ殴ってるだけだから、そんな表情になるのもムリないけどね」
「いえ、そんなこと……」
精一杯の笑顔を作って首を横に振る。ちゃんと笑えているだろうか。ふと視線をずらして窓に映り込んだ自分の顔を見た。苦虫をかみつぶしたような表情にならないよう尽力した結果は、愛想笑いにすらできていない、まるでショーに失敗した不格好なピエロのようだった。
ただ、否定したのは明日香自身が心の底から、あの少年の行動は正しいと判断してのことだった。確かに自分が暴力を加えられたという事実は気持ちの良い物ではない。しかし、社会全体としてみれば、当然の処置とも考えられた。現場は人気のない道路だったから実害こそなかったものの、もし人気の多い、それこそあの高見城前で発生したショッピングモールだとしたら。
明日香は想像するだけで血の気が引いた。
いくらこの日本でも、人命優先で射殺なんて可能性だってある。ふと、明日香が高校に在籍していた際の授業で教師が〝射殺の件数が最近増加している〟と教鞭を執っていたことを思い出した。少なくとも、あの映像の中の自分自身はその対象として充分すぎるほどの凶悪性を孕んでいる。
「そんな気を遣わなくていいよ。コレが異常だって言うのはアタシらが一番解ってるしね。ただ、治療するためには、アンタにしたみたいに制圧しなくちゃいけないってこともわかってほしいな」
深呼吸をして心を落ち着かせてから、改めて渚の顔を見た。アタシら、ということはあの少年と同類だということになる。しかし、目の前の女性はとても先程の映像のような危険な場面に身を置く人種だとは感じられない。しかし、彼女の戯けようと落ち着きようは死地を潜った末に獲得したかのようにも感じられる。
――お母さんの話、本当だったんだ。
そんなことを思いながら記章に見つめていると、ハッと我に返る。
「……って、警察⁉ 私、何もしてませんよ⁉」
罪を犯すも何も、まず家から出ることがほとんど無い。十日前の外出も近所の安売りスーパーに食材を買いに行っただけで心当たりは皆無。それ以前の生活でも、お天道様に顔向けできないようなことは特にしていないはず。
「アハハッ! 面白い反応するね。大丈夫だよ、逮捕なんてしない。逮捕するのは管轄外だから安心して」
「笑い事じゃないですよ……」
「ゴメンゴメン。ただね、アタシらは警察官だけど、普通の警察官じゃないんだ」
「それってどういう……?」
謎掛けのような押し問答に明日香は首を傾げる。
「こればっかりは映像見てもらった方が説得力あるかな。ホラ、見てみて」
そう言うと渚はホログラム映像を空中に投影した。
映し出されたのは、明日香自身の顔だ。鏡以外で自分を見るということは新鮮で幾ばくか恥ずかしさもあったが、そんな感情は映像が進むに連れて失われていった。
「これが……私?」
明日香は青ざめながらそう呟く。
映像の中の自分は、アクション映画やアニメの主人公さながら、人外とも言える体捌きで縦横無尽で駆け回っている。雷を手足のように操るその姿は、まるで神話の中に出てくる一頁のようにも感じられる。
激闘の末、あの太陽の人が拳を振りかぶったところで映像が停止した。
――あのときの痛みって……。
背中をさすってやる。この映像を見た後で意識をしてみると、確かに左の肩甲骨あたりに若干の違和感を覚えた。先程の〝覚えていることを話せ〟という質問の際に抱いた痛みはこのときの物だろうか。もしそうだとしたら、警察官を名乗るこの人達は一体何を知りたいのか。
考えを張り巡らせようと手を口元に持っていこうとする。その手が震えていたことに明日香はようやく気づいた。
――怖い、のかな。
その瞬間の感情は彼女自身にとって曖昧で不安定なものだった。自身を殴りつけた太陽の人に対する畏怖ではない。今置かれている現状でも無い。自分が自分でないかも知れない。自分じゃない自分がいるという自我の不一致が、どうしようもなく明日香の心をざわつかせている。
「大丈夫。心配しないで。映ってたでしょ? あの無愛想な男。アイツが治療したから、もうアンタがこうなることは当分ない」
「治療……ですか」
映像の中では、例えるなら喧嘩、目を細めてみてもゲームのプレイしている一幕と言う感想が関の山の光景で、この診療所の見てくれのように、太陽の人の行為は百歩譲っても治療とはほど遠い。ただ、治療という言葉は明日香の中に渦巻く心のざわめきを少しだけ和らげてくれているように感じられた。
「そっ。まあ客観的に見たらただ殴ってるだけだから、そんな表情になるのもムリないけどね」
「いえ、そんなこと……」
精一杯の笑顔を作って首を横に振る。ちゃんと笑えているだろうか。ふと視線をずらして窓に映り込んだ自分の顔を見た。苦虫をかみつぶしたような表情にならないよう尽力した結果は、愛想笑いにすらできていない、まるでショーに失敗した不格好なピエロのようだった。
ただ、否定したのは明日香自身が心の底から、あの少年の行動は正しいと判断してのことだった。確かに自分が暴力を加えられたという事実は気持ちの良い物ではない。しかし、社会全体としてみれば、当然の処置とも考えられた。現場は人気のない道路だったから実害こそなかったものの、もし人気の多い、それこそあの高見城前で発生したショッピングモールだとしたら。
明日香は想像するだけで血の気が引いた。
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「そんな気を遣わなくていいよ。コレが異常だって言うのはアタシらが一番解ってるしね。ただ、治療するためには、アンタにしたみたいに制圧しなくちゃいけないってこともわかってほしいな」
深呼吸をして心を落ち着かせてから、改めて渚の顔を見た。アタシら、ということはあの少年と同類だということになる。しかし、目の前の女性はとても先程の映像のような危険な場面に身を置く人種だとは感じられない。しかし、彼女の戯けようと落ち着きようは死地を潜った末に獲得したかのようにも感じられる。
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