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第一章「その人は、太陽みたいに」
「01-004」
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「えっ……⁉」
突然背後から響いた若い女の声。
気配すら感じず、背筋に冷たいものを感じた大翔は飛び跳ねるような速さで振り返った。
金髪のロングに黒のカーディガン。
ぴゅう、と吹いた風が栗色のスカートを靡かせる。
反射的にスカートの裾を抑えた彼女だが、イタズラな風は、まるでその正体を暴かんとばかりに、彼女の前髪を強引に持ち上げた。
「あっ!」
大翔が覗いたその瞳は、宝石のサファイアを彷彿とさせる、透き通った青い色をしていた。
「……太陽の人」
風が収まると、透き通った瞳の少女は大翔を見てそう呟いた。
※
思わず口からこぼれた太陽の人、という言葉。一呼吸おいて恥ずかしさを覚えた明日香は思わず口を手で覆い隠した。
オレンジ色のパーカーにジーンズといった動きやすさを重視しただろう格好の、黒髪の少年。ルビーのように赤い色をした瞳が、びっくりと言わんばかりに見つめ返してきている。風で舞い上がった前髪が降りてくると明日香は「あの」と言いかけたところで我に返り口をつぐんだ。
太陽の人ですか、などと見ず知らずの人にわけのわからない話しかけるわけにはいかない。話しかけてしまった手前、何か言葉をつなげなければ……思考を巡らせていると、少年が「おい」と凄んで明日香に近づいた。
「は、はい」
「お前、姫宮明日香か?」
突然出てきた自分の本名に思わず「そうですけど……」と応える。
なぜ名前を、という疑問が湧き言葉に出そうとした。
しかし、その刹那。
明日香の脳内で何かが弾けた。
爆発したような。決壊したような。はたまた、燃え盛るような――これまでに体験したことのない激しい痛みが明日香の頭の中を駆け回る。
その場にうずくまると、彼女はたちまち口から吐瀉物を撒き散らした。
苦い不快感を吐き出そうと咳払いをすると、突っかかった感覚と共に再び口から何かが飛び出す。
――血、だ。
シードを通して見た映像では無い。リアルな、自分の血。
久方ぶりに遭遇したその赤い色に、ドクンと心臓が大きく跳ねる。
――あれ?
一瞬、先程まで切り刻んでいたような頭の中の痛みが、和らいだ。治ったのか、そう思うも束の間、今度は血が全身を巡るかのように、痛みが体に移動していく。
「あっ……ぐっ……!」
言葉にならない声が漏れる。
――助……けて……。
そう願いを込めながら明日香は、藁にでもすがるような思いで目の前にいる少年を、太陽のような優しい光を放っていたその人を見つめた。
※
「ちっ……始まった!」
目の前で起きた状況に大翔は危機感を覚えていた。これまで数百以上体験した現場の中でも、これほどまでに激しく突然に変容した例はない。町中でこれ以上放置したら被害が出てしまうことは確実。加え、吐瀉物自体は本体から離れてしまったため不可視判定は適用されない。一般人からは〝何もないところから何か出てきた〟という状況になる。動揺が広まり始めていたのは至極当然。パニックになるのも時間の問題だ。
「おい、もう少し我慢しろ!」
そう届くはずもない声をかけると、大翔は少女を抱えて再び屋根の上に乗って走り出した。人通りの多いこの場所では、周囲に被害が及んでしまう。
――つっても、どこなら安全に……。
この朝の通勤ラッシュでどこもかしこも混雑している。人気の無いところなんてあるのか、と思案している中、大翔の脳内に声が響いた。
『今ルートを送信した、その通りに走れ!』
切羽詰まった鏑木の送信の直後、一つのルートデータを受信した。「了解!」と返事をしてから示されている到着地点を見る。
――なるほどな……!
場所は、今朝の事件現場の近くだった。
事件現場である付近では、元々人通りが少ないことに加えて事件調査のために立ち入りの規制がかかっている。時間帯もなにも関係ない。
適切な指示だな、と感心したのも束の間。ようやく目的地が見えたというところで、少女は二度目の吐血をした。量こそ少ないものの、手を近づけてみるとバチリと鋭い痛みが走る。
「痛っ⁉」
垣間見えた稲光。痛みを感じた手のひらは一カ所だけ黒く変色しており、その臭いを嗅いでやるとまるで肉でも焦がしたような臭い。
「雷か!」
大翔は再び少女へ視線を戻した。大翔の予想通りに、少女の体からは青紫色の雷が漏れ出していた。
嘔吐に、二度の吐血。暴走直前のサインだ。
「間に合わねぇ……」
もうこれ以上は――大翔は腹を括った。
悪い、と一応断りを入れてから苦しむ明日香を持ち上げると、比較的人気のない方の道路に投げつけ、自身も後を追うように地上へ降りた。耐えてくれよと呟いてから大翔は自分の頭をゴンと強めに叩く。鏑木への通話が繋がったことを確認してから、覚悟と共に言葉を放つ。
「鏑木のおっさん、もう持たない! これから処理に入る!」
語気を強めた言葉に呼応して、大翔の周囲に炎が渦巻いた。
たちまち全身を包み込み、一帯の気温を上昇させていく。体の中から燃え上がる感覚を得たところで、大翔は炎を振り払った。
突然背後から響いた若い女の声。
気配すら感じず、背筋に冷たいものを感じた大翔は飛び跳ねるような速さで振り返った。
金髪のロングに黒のカーディガン。
ぴゅう、と吹いた風が栗色のスカートを靡かせる。
反射的にスカートの裾を抑えた彼女だが、イタズラな風は、まるでその正体を暴かんとばかりに、彼女の前髪を強引に持ち上げた。
「あっ!」
大翔が覗いたその瞳は、宝石のサファイアを彷彿とさせる、透き通った青い色をしていた。
「……太陽の人」
風が収まると、透き通った瞳の少女は大翔を見てそう呟いた。
※
思わず口からこぼれた太陽の人、という言葉。一呼吸おいて恥ずかしさを覚えた明日香は思わず口を手で覆い隠した。
オレンジ色のパーカーにジーンズといった動きやすさを重視しただろう格好の、黒髪の少年。ルビーのように赤い色をした瞳が、びっくりと言わんばかりに見つめ返してきている。風で舞い上がった前髪が降りてくると明日香は「あの」と言いかけたところで我に返り口をつぐんだ。
太陽の人ですか、などと見ず知らずの人にわけのわからない話しかけるわけにはいかない。話しかけてしまった手前、何か言葉をつなげなければ……思考を巡らせていると、少年が「おい」と凄んで明日香に近づいた。
「は、はい」
「お前、姫宮明日香か?」
突然出てきた自分の本名に思わず「そうですけど……」と応える。
なぜ名前を、という疑問が湧き言葉に出そうとした。
しかし、その刹那。
明日香の脳内で何かが弾けた。
爆発したような。決壊したような。はたまた、燃え盛るような――これまでに体験したことのない激しい痛みが明日香の頭の中を駆け回る。
その場にうずくまると、彼女はたちまち口から吐瀉物を撒き散らした。
苦い不快感を吐き出そうと咳払いをすると、突っかかった感覚と共に再び口から何かが飛び出す。
――血、だ。
シードを通して見た映像では無い。リアルな、自分の血。
久方ぶりに遭遇したその赤い色に、ドクンと心臓が大きく跳ねる。
――あれ?
一瞬、先程まで切り刻んでいたような頭の中の痛みが、和らいだ。治ったのか、そう思うも束の間、今度は血が全身を巡るかのように、痛みが体に移動していく。
「あっ……ぐっ……!」
言葉にならない声が漏れる。
――助……けて……。
そう願いを込めながら明日香は、藁にでもすがるような思いで目の前にいる少年を、太陽のような優しい光を放っていたその人を見つめた。
※
「ちっ……始まった!」
目の前で起きた状況に大翔は危機感を覚えていた。これまで数百以上体験した現場の中でも、これほどまでに激しく突然に変容した例はない。町中でこれ以上放置したら被害が出てしまうことは確実。加え、吐瀉物自体は本体から離れてしまったため不可視判定は適用されない。一般人からは〝何もないところから何か出てきた〟という状況になる。動揺が広まり始めていたのは至極当然。パニックになるのも時間の問題だ。
「おい、もう少し我慢しろ!」
そう届くはずもない声をかけると、大翔は少女を抱えて再び屋根の上に乗って走り出した。人通りの多いこの場所では、周囲に被害が及んでしまう。
――つっても、どこなら安全に……。
この朝の通勤ラッシュでどこもかしこも混雑している。人気の無いところなんてあるのか、と思案している中、大翔の脳内に声が響いた。
『今ルートを送信した、その通りに走れ!』
切羽詰まった鏑木の送信の直後、一つのルートデータを受信した。「了解!」と返事をしてから示されている到着地点を見る。
――なるほどな……!
場所は、今朝の事件現場の近くだった。
事件現場である付近では、元々人通りが少ないことに加えて事件調査のために立ち入りの規制がかかっている。時間帯もなにも関係ない。
適切な指示だな、と感心したのも束の間。ようやく目的地が見えたというところで、少女は二度目の吐血をした。量こそ少ないものの、手を近づけてみるとバチリと鋭い痛みが走る。
「痛っ⁉」
垣間見えた稲光。痛みを感じた手のひらは一カ所だけ黒く変色しており、その臭いを嗅いでやるとまるで肉でも焦がしたような臭い。
「雷か!」
大翔は再び少女へ視線を戻した。大翔の予想通りに、少女の体からは青紫色の雷が漏れ出していた。
嘔吐に、二度の吐血。暴走直前のサインだ。
「間に合わねぇ……」
もうこれ以上は――大翔は腹を括った。
悪い、と一応断りを入れてから苦しむ明日香を持ち上げると、比較的人気のない方の道路に投げつけ、自身も後を追うように地上へ降りた。耐えてくれよと呟いてから大翔は自分の頭をゴンと強めに叩く。鏑木への通話が繋がったことを確認してから、覚悟と共に言葉を放つ。
「鏑木のおっさん、もう持たない! これから処理に入る!」
語気を強めた言葉に呼応して、大翔の周囲に炎が渦巻いた。
たちまち全身を包み込み、一帯の気温を上昇させていく。体の中から燃え上がる感覚を得たところで、大翔は炎を振り払った。
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