いくさびと

皆川大輔

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第一章「その人は、太陽みたいに」

「01-002」

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 より正しい情報を得、より正望ましい選択をすることが求められる世界。言うなれば、西暦よりも以前、文字が発明された時代から築いてきた記憶の世界は終わりを告げ、思考の世界が台頭したのだ。

 ただ、これは感覚の話。ましてやこの技術が生まれた瞬間には赤ん坊だった明日香にとっては日常の、それこそ日々の生活をほんの少し補助してくれているものという位置づけに過ぎない代物だった。

 事実、高性能なこの文明の利器が本日初めて映し出したのは、先程通った改札の料金だった。

 目の動きと連動するカーソルを動かして〝支払い〟のボタンを押す。電子貯金の残高と共に『ご利用ありがとうございました』というメッセージが一瞬顔を出し、消える。

 でかでかと視界を奪っていた料金通知の背後に隠れていたトピックスたちがようやく顔を覗かせる。そのトピックス群の中から〝ニュース〟にカーソルを合わせてやると、短い十五文字ほどのタイトルが乱雑に出てきた。

 政治家の横領、名も知らない俳優の浮気スキャンダル、環境問題や国際状況、ここ最近関東を中心に降り続いた雨の影響など、古来より代わり映えのしていないだろう似たりよったりのニュースばかり。

 機会や技術は進歩しても人は進歩しないな、と呆れる中で明日香は一つ気になるものを見つけた。
 そのニュースをピックアップすると、空から撮影したショッピングモールの映像と同時にキャスターが現場の状況を説明し始めた。

『昨日の昼過ぎ、多くの買い物客で賑わうショッピングセンター内で、複数の人間が突然暴れ出し買い物客を次々と襲い始めました。埼玉消防庁に寄りますと、三十四人が怪我をし、この内二十三人が心肺停止でしたが、男性七人、女性六人の死亡が確認されました。切りつけたのは二十代から七十代以上とみられる複数からなる男女グループで、警察の到着前に逃走。今尚、見つかっていません』

 キャスターがそこまで言うと、今度はマスコミが飛ばしただろうドローンが撮った景色から、店内の映像へ切り替わった。所々血溜まりがあり、凄惨な事件の名残がひしひしと伝わってくる。また、店内の奥の方では救急隊員だろう青い服の男が心臓マッサージを行っている様子が映っていた。

『この映像は、事件発生からおよそ四十分経った、午後二時十分頃の映像です。ショッピングモール内では人が倒れており、救急隊員がけが人を手当てしている様子が見受けられます。また、出血の様子や書類、商品が散乱している様子がわかります』

 家からでなくなって以来、ニュースを見るという習慣がなくなった明日香に、突然舞い込んだ大きなニュース。私の知らない間にこんなことがあったんだ――明日香はごくりと息を呑む。

『次は高見城前、お降りの際は足元にお気をつけください』

 高見城前、という機内アナウンスに明日香は体を震わせた。丁度、事件の現場となったショッピングセンターの最寄り駅だ。

 もしかしたら、見えるかも――明日香は網膜に投影していたニュース画面を停止し、体を捻って窓の外に視線を移す。

 視線の先、ホームの向こう側……ガラス張りの外では、警察にマスコミ、そして溢れんばかりの野次馬がショッピングモールを取り囲んでいた。

「うわ……」

 野次馬の多さから、この事件の重大さと凄惨さが覗える。怖い世の中になったもんだ、と視線を切ろうとしたその矢先に、明日香は視界に映る景色に違和感を抱いた。

「あれ……?」

 そのショッピングモールの向こう。何か不思議なモノを見て明日香はその場に立ち上がった。閉まり始めた扉に急かされて思わず車両から降りてしまう。

 時間に間に合わなくなっちゃうな、と思いながら明日香はその不思議なモノを見ようと目を凝らした。
 集中すると、シードの望遠機能が稼働して視界をズームする。

 更に集中すると、透視しているかのように壁の向こう側まで見えた。ガラスを越え、ショッピングモールを越えて更にその奥。

 昔の言葉で言うところの千里眼に近い技を持って彼女が見たのは、無人のビルだった。

 人通りはあまりなく、薄暗い路地に面している。そのビル自体もすっかり明かりは点いておらず、建物内は不気味な薄暗さで包まれている。そのビルの四階へ視点を進めた。

 何かが、そこにいる。

「人……だよね?」

 シルエットだけ捉えたその人は、まるで太陽のような、山吹色をしていた。
 これまで見たことのない、優しい光。

 ――あったかい……。

 その全身を覆ってくれる例えようのない安心感に寄りかかりながら、明日香はその光の下に走り出した。さながら夜の街頭に引き寄せられる虫のように、ふらふらと……。

 あの光の正体を知りたい。その一心で。


       ※


 通信画面を開くと、眉を八の字に歪めた大翔の顔がアップで映し出された。

『やっぱ俺、拷問とか向いてねーわ。痛そうだし』

 鏑木宗達かぶらぎそうたつは通話画面の向こうにいる部下の泣き言に苦笑いを浮かべた。無作法な話し方を叱る元気はなく、今更戒める気概もない。鏑木は、小さい声で「その様子だと、また駄目だったか」と肩をすくめて聞いた。
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