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序章
「00-000」
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少年はため息を一つ零した。
冬の冷気に充てられて、白い煙のようになった息が、廃墟となったビルの中をたゆたう。
締め切った密室ならもう少しその遊覧飛行を眺められたかもしれないが、窓ガラスが割れておりそこから吹き込む冷たい風がそれを許さなかった。
ぴゅう、という鋭い音とともに消し去られてしまう。
呆れた顔を見せる少年はちらりと床に目をやる。
しばらく掃除されてないだろう床には埃が満載で、足以外は付けたくないものだ。ただ、立ったまま話をするのも無駄な労力に思える。
そこで、少年は、床に転がっていた〝ソレ〟に目をつけた。
少し前まで恐らく人だったはずのモノ……〝シカバネ〟だ。
それらは、形こそ人間に近いが、どれも全長は三メートルを超えるだろうという巨躯。
その炭の塊のような亡骸を一つずつ、持ち上げては投げ、持ち上げては投げを繰り返し、やがて一つの醜い山を作り上げると、少年はシカバネを踏みつけながら山を登りって頂上に座った。
「……ん?」
頬から生暖かさを感じ手で拭ってやると、血が少しだけ出ていた。なんか掠ったかな、そう思いながら持ち込んだペットボトルの水を一気に飲み干す。
「もう終わり、でいいんだよな?」
少年は、空になったペットボトルを目の前で土下座している男に投げつけた。ポン、と軽い音とは裏腹に、男はビクリと体を震わせる。
目の前で自慢の駒が打ちのめされた光景を見て尻込みしたのだろう、声を上擦らせながら「も、もう何もないです!」と必死な形相で首を振る。
そんな犯人の額には大粒の汗がいくつも噴出していた。頬を伝って顎に留まり、大きな雫となって地面へと落下していく。
――こうはなりたくないもんだ。
年下の、それこそ二回りも差のある同性に対してここまで媚びへつらう様に、プライドの欠片すらも見当たらなかった。
腹を切るくらいの覚悟でやれよ、と心の中で呟きながら冷ややかな視線を送りつつ、言葉を続ける。
「そんな怖がんなって。正直に質問に答えてくれたら悪いようにはしないからさ」
「……質問?」
突然現れた微かな希望から男は若干の微笑みを見せた。笑ってる余裕じゃないだろと呆れながら少年は「そ、二つ」と右手と左手の人差し指を一本ずつ、男の目の前に立てる。
「まず一つ。アンタはここ最近起きてる〝暴走事件〟の主犯?」
「いや違う! 確かにコイツらを動かしてたのは俺だけど……作ったのは俺じゃない……やったのも昨日が初めてだ!」
男は立ち上がって、少年の座っている人の山を指してそう叫んだ。視界に映る脈拍や汗の分泌量を表す数値に、大きな変化は確認できない。
嘘はついていないな、自身の主観も加えて判断した少年は「……作った、ね」とだけ呟くと、じゃあ二つ目、と質問を続けた。
「アンタはさ、コレを作った人を知ってる?」
「それは……」
「コイツらが始めっからあんな化物なわけないだろ。それに、アンタさっき『作ったのは』って言っただろーが」と上に向けていた指をそのまま下に向ける。
少年は、下に向けた指先から、小さな火を一つ垂らした。線香花火のような小さな種火は、水の雫のように垂れ、少年の直下にいた真っ黒な化け物〝シカバネ〟に着火した。
――途端に、一体がぐにゃりぐにゃりと形を変え、人間の姿に変化する。
少年の尻の下にいたシカバネは、どうやらお年を召した老人だったようだ。
「……ったくこんな爺さんまで……一体どうやって、誰が、なんの目的で作ったんだ」
数秒の間の後、言葉に詰まりながら男は声を絞り出した。
「い、いや……知らない。譲り受けただけで、そいつも誰かから権利を譲り受けたって」とまで言ったところで、少年の視界に映る数値が急上昇した。
ここまでわかりやすいヤツもいるもんだなと苦笑いしながら「嘘だな」と言葉を遮る。
「あ、いや、本当に――」
「こっちもこの仕事で飯食って三年になるんでね。おかげさまで、アンタみたいな嘘つきはすぐにわかるようになった。アンタの呼吸や視線、脈拍は数値でわかってる。ま、そんなおどおどした喋り方だけでも充分わかるけどね」というと、呆れながら大翔は頭を振って「それに、背景を知らないと、〝作った〟なんて言葉は出てこないだろーが」と凄んだ。
シカバネの山から降り、少年は男のもとに近寄る。再び地面に頭をこすりつけた男の襟を持ち、力任せに引っ張り上げその場に立たせると、鳩尾へ膝蹴りを一つ入れた。ぐえっ、と声にもならない呻き声と共に胃液が吐き出される。
「さっき言ったけど、本当のことを言えば悪いようにはしない。その代わり、もし次、嘘をついたら……そうだな、左腕でも折るか」
「えっ⁉」
狼狽える男をしり目に、少年は「左腕の次は両足。右腕だけは喋れなくなったとき文字が書けなくなったら困るから残しておくよ。両足折ったら次はそうだな……」と次々と条件を羅列する。
どれも、はったりではない。実際にやってみせるよと言わんばかりの視線をそれぞれの部位に向けていると「そんな、あんまりだ!」と声を震わせた。
「あん?」
「あんた達がそんなムチャクチャなことしていいのかよ! こんなやりたい放題――」
「いいからやってんだ。正規の人間じゃないし、どれだけ調べたって桜庭大翔って名前すら出てこねーよ。そもそも、アンタは嘘つかなきゃいいだけの話だ」
大翔はうずくまる男の髪を掴んで顔を持ち上げて「お前の味方はもういないってこと、よーく考えてから、もう一度答えろ」と低い声で呟いてから、もう一度、質問を投げかけた。
「この馬鹿げた事件の犯人は誰だ」
冬の冷気に充てられて、白い煙のようになった息が、廃墟となったビルの中をたゆたう。
締め切った密室ならもう少しその遊覧飛行を眺められたかもしれないが、窓ガラスが割れておりそこから吹き込む冷たい風がそれを許さなかった。
ぴゅう、という鋭い音とともに消し去られてしまう。
呆れた顔を見せる少年はちらりと床に目をやる。
しばらく掃除されてないだろう床には埃が満載で、足以外は付けたくないものだ。ただ、立ったまま話をするのも無駄な労力に思える。
そこで、少年は、床に転がっていた〝ソレ〟に目をつけた。
少し前まで恐らく人だったはずのモノ……〝シカバネ〟だ。
それらは、形こそ人間に近いが、どれも全長は三メートルを超えるだろうという巨躯。
その炭の塊のような亡骸を一つずつ、持ち上げては投げ、持ち上げては投げを繰り返し、やがて一つの醜い山を作り上げると、少年はシカバネを踏みつけながら山を登りって頂上に座った。
「……ん?」
頬から生暖かさを感じ手で拭ってやると、血が少しだけ出ていた。なんか掠ったかな、そう思いながら持ち込んだペットボトルの水を一気に飲み干す。
「もう終わり、でいいんだよな?」
少年は、空になったペットボトルを目の前で土下座している男に投げつけた。ポン、と軽い音とは裏腹に、男はビクリと体を震わせる。
目の前で自慢の駒が打ちのめされた光景を見て尻込みしたのだろう、声を上擦らせながら「も、もう何もないです!」と必死な形相で首を振る。
そんな犯人の額には大粒の汗がいくつも噴出していた。頬を伝って顎に留まり、大きな雫となって地面へと落下していく。
――こうはなりたくないもんだ。
年下の、それこそ二回りも差のある同性に対してここまで媚びへつらう様に、プライドの欠片すらも見当たらなかった。
腹を切るくらいの覚悟でやれよ、と心の中で呟きながら冷ややかな視線を送りつつ、言葉を続ける。
「そんな怖がんなって。正直に質問に答えてくれたら悪いようにはしないからさ」
「……質問?」
突然現れた微かな希望から男は若干の微笑みを見せた。笑ってる余裕じゃないだろと呆れながら少年は「そ、二つ」と右手と左手の人差し指を一本ずつ、男の目の前に立てる。
「まず一つ。アンタはここ最近起きてる〝暴走事件〟の主犯?」
「いや違う! 確かにコイツらを動かしてたのは俺だけど……作ったのは俺じゃない……やったのも昨日が初めてだ!」
男は立ち上がって、少年の座っている人の山を指してそう叫んだ。視界に映る脈拍や汗の分泌量を表す数値に、大きな変化は確認できない。
嘘はついていないな、自身の主観も加えて判断した少年は「……作った、ね」とだけ呟くと、じゃあ二つ目、と質問を続けた。
「アンタはさ、コレを作った人を知ってる?」
「それは……」
「コイツらが始めっからあんな化物なわけないだろ。それに、アンタさっき『作ったのは』って言っただろーが」と上に向けていた指をそのまま下に向ける。
少年は、下に向けた指先から、小さな火を一つ垂らした。線香花火のような小さな種火は、水の雫のように垂れ、少年の直下にいた真っ黒な化け物〝シカバネ〟に着火した。
――途端に、一体がぐにゃりぐにゃりと形を変え、人間の姿に変化する。
少年の尻の下にいたシカバネは、どうやらお年を召した老人だったようだ。
「……ったくこんな爺さんまで……一体どうやって、誰が、なんの目的で作ったんだ」
数秒の間の後、言葉に詰まりながら男は声を絞り出した。
「い、いや……知らない。譲り受けただけで、そいつも誰かから権利を譲り受けたって」とまで言ったところで、少年の視界に映る数値が急上昇した。
ここまでわかりやすいヤツもいるもんだなと苦笑いしながら「嘘だな」と言葉を遮る。
「あ、いや、本当に――」
「こっちもこの仕事で飯食って三年になるんでね。おかげさまで、アンタみたいな嘘つきはすぐにわかるようになった。アンタの呼吸や視線、脈拍は数値でわかってる。ま、そんなおどおどした喋り方だけでも充分わかるけどね」というと、呆れながら大翔は頭を振って「それに、背景を知らないと、〝作った〟なんて言葉は出てこないだろーが」と凄んだ。
シカバネの山から降り、少年は男のもとに近寄る。再び地面に頭をこすりつけた男の襟を持ち、力任せに引っ張り上げその場に立たせると、鳩尾へ膝蹴りを一つ入れた。ぐえっ、と声にもならない呻き声と共に胃液が吐き出される。
「さっき言ったけど、本当のことを言えば悪いようにはしない。その代わり、もし次、嘘をついたら……そうだな、左腕でも折るか」
「えっ⁉」
狼狽える男をしり目に、少年は「左腕の次は両足。右腕だけは喋れなくなったとき文字が書けなくなったら困るから残しておくよ。両足折ったら次はそうだな……」と次々と条件を羅列する。
どれも、はったりではない。実際にやってみせるよと言わんばかりの視線をそれぞれの部位に向けていると「そんな、あんまりだ!」と声を震わせた。
「あん?」
「あんた達がそんなムチャクチャなことしていいのかよ! こんなやりたい放題――」
「いいからやってんだ。正規の人間じゃないし、どれだけ調べたって桜庭大翔って名前すら出てこねーよ。そもそも、アンタは嘘つかなきゃいいだけの話だ」
大翔はうずくまる男の髪を掴んで顔を持ち上げて「お前の味方はもういないってこと、よーく考えてから、もう一度答えろ」と低い声で呟いてから、もう一度、質問を投げかけた。
「この馬鹿げた事件の犯人は誰だ」
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