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第三章
3-22「飛行機雲が消えるまで(2)」
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「そんな偶然……信じらんね」
「事実だからしょうがない。ほら、あそこ」
そう言いながら、一星は前方を指差す。そこには、クラスメイトたちと話しながら移動している、屈強なメイド――もとい、彗の姿があった。
「……随分とキャッチーな化け物だな」
「一応、弁明しておくと……今日やってたクラスの出し物の格好だよ」
二人して不思議に思いながら眺めていると、こちらに気づいたのか「おー、いたいた」といいながら駆け寄ってくる。
「いつまでその格好してるの?」
「着替えがどっかいっちまってよ。取りあえず、練習着があったはずだからそれに着替えて家帰ろうと思って。ところで……誰?」
彗は、訝しむような表情で大哉を覗き込む。そんな顔しないでよ、と目配せをしながら「僕の幼なじみの、沢井大哉だよ」と言い、ぐいっと大哉の手を引く。
「ふーん」
「よ、よろしく」
一星に促されるまま二人が握手をすると、彗は「お前も野球やってんのか」とにやりと笑い「ちょうどいいや、お前も来てくれ」と引っ張っていく。
「ちょ、ちょっと彗⁉」
「部活休みだけど、やっぱ動き足りなくてな。少し練習しようって話になったんだよ」
「そんな、コーチとかに黙って勝手に……」
「軽いキャッチボールくらいだ。別に大丈夫だろ? そんくらいならさ」
力強い目が、もう一歩も引かないという意思を物語っている。しょうがないか、とため息をついてから「わかった。無理はダメだかんね」と言って立ち上がる。
「お、俺も?」
傍らに佇んでいた大哉も、困惑しながらその場に立ち上がった。
「あん? 別にいいけどよ……いいだろ? 遊びだよ、遊び」
今、こっちにいる事情を聞いているだけに、自分が止めに入るべきかと悩むのも一瞬、彗が「好きなんだろ、野球」と続けたことで一瞬空気が凍る。
先程聞いた大哉の意思とは真逆の言葉。虚を突かれた大哉は「い、いや、そんなに俺は……」と目を泳がせるが、「いーや、嘘だね」と彗が自信満々に重ね、大哉の手のひらをくるっとひっくり返し「好きじゃねぇと、そんな手のひらになんねぇって」と続けた。
確かに、その手のひらにはバットを振り込んでいる証のタコができている。それも一つや二つではなく、沢山だ。
一星がこっちに戻ってきたのは、二週間前と聞いている。それだけの期間バットを握らなければ古いタコばかりになるはずだが、大哉の手のひらには比較的新しくできただろうタコも見受けられた。
「俺は……」
「ま、気が向いたらな。じゃ」
そう一方的に言うと、彗はふりふりの服を靡かせながら部室の方へ駆けていく。まるで台風みたいだった怪物に、大哉は呆気にとられ目を丸くさせていた。
「……ゴメン、ああいうやつなんだよ」
「いや……なんか気持ちのいいやつだな」
「そう?」
「いやいや、あんなに面と向かって〝野球好きなんだろ〟なんて、言うやつは、間違いなく気持ちのいい……外連味のないってやつだよ」
「その……ほんと、無理しなくていいから。せっかくこっちに戻ってきてるんだし、昔よく行ってたラーメン屋でも行く? 彗には僕から断っておくからさ」
気を使っているのかは定かではないが、イジメられてこっちに戻ってきているのにさらなる負担をかけるのはよくないと思っての提案だった。しかし大哉はそんな気持ちに反して「いや」と、再会してからははじめて聞く力強い返事をすると「やろう。キャッチボール」と上着を脱いだ。
「え? そんな……大丈夫?」
「あぁ。ほら、行こう」
妙に軽い足取りで彗を追う大哉。首を傾げながら、一星もその背中を追った。
※
「もー、どこにいるんだろ」
夕日が照らす中、燕尾服に身を包んだ音葉は校舎を駆け回っていた。
文化祭初日が終わり、翌日の打ち合わせも済んだころ。
どうせならこのコスプレをしたまま彗とツーショットを撮りたい、という願望が、一日動き回って疲れ果てていた音葉の体を突き動かしていた。
しかし、その目的である彗の姿は校舎内に見当たらない。携帯にメッセージを送っても既読は付かずという状況だ。
「はー……着替えないって言ってたからチャンスだと思ったんだけどなぁ」
そろそろ諦めなくちゃ、と休憩がてら壁に体を預け、外の風を浴びようと窓を開けた。
そんな肩を落とした音葉の耳に、ばしっ、ばしっと聞き慣れた音が響く。
「あれ……?」
今日は野球の練習はなしのはず。誰が、と身を乗り出してグラウンドを見てみると、これまた見慣れた人物がボールを放っていた。
「んー……?」
目を凝らしてみると、やはり彗。しかし、その姿は求めていたメイドの格好ではなく、いつもの薄汚れた練習着だ。
誰とやってるんだろ、と角度を変えて見ると、その相手がうっすらと見えてくる。
一星と、あとは見覚えのない男子。三人でトライアングル形式なキャッチボールをしている。それも、楽しいということが遠目でもわかるくらいにウキウキでボールを回している。
「あーいうのずるいよねぇ」
うらやましい、と口から溢れそうになったとき、背後から突然に声がして「わっ⁉」と飛び上がり、振り返る。するとそこには、自分と同じように〝羨ましいな〟という視線をグラウンドに送っている真奈美がいた。
「事実だからしょうがない。ほら、あそこ」
そう言いながら、一星は前方を指差す。そこには、クラスメイトたちと話しながら移動している、屈強なメイド――もとい、彗の姿があった。
「……随分とキャッチーな化け物だな」
「一応、弁明しておくと……今日やってたクラスの出し物の格好だよ」
二人して不思議に思いながら眺めていると、こちらに気づいたのか「おー、いたいた」といいながら駆け寄ってくる。
「いつまでその格好してるの?」
「着替えがどっかいっちまってよ。取りあえず、練習着があったはずだからそれに着替えて家帰ろうと思って。ところで……誰?」
彗は、訝しむような表情で大哉を覗き込む。そんな顔しないでよ、と目配せをしながら「僕の幼なじみの、沢井大哉だよ」と言い、ぐいっと大哉の手を引く。
「ふーん」
「よ、よろしく」
一星に促されるまま二人が握手をすると、彗は「お前も野球やってんのか」とにやりと笑い「ちょうどいいや、お前も来てくれ」と引っ張っていく。
「ちょ、ちょっと彗⁉」
「部活休みだけど、やっぱ動き足りなくてな。少し練習しようって話になったんだよ」
「そんな、コーチとかに黙って勝手に……」
「軽いキャッチボールくらいだ。別に大丈夫だろ? そんくらいならさ」
力強い目が、もう一歩も引かないという意思を物語っている。しょうがないか、とため息をついてから「わかった。無理はダメだかんね」と言って立ち上がる。
「お、俺も?」
傍らに佇んでいた大哉も、困惑しながらその場に立ち上がった。
「あん? 別にいいけどよ……いいだろ? 遊びだよ、遊び」
今、こっちにいる事情を聞いているだけに、自分が止めに入るべきかと悩むのも一瞬、彗が「好きなんだろ、野球」と続けたことで一瞬空気が凍る。
先程聞いた大哉の意思とは真逆の言葉。虚を突かれた大哉は「い、いや、そんなに俺は……」と目を泳がせるが、「いーや、嘘だね」と彗が自信満々に重ね、大哉の手のひらをくるっとひっくり返し「好きじゃねぇと、そんな手のひらになんねぇって」と続けた。
確かに、その手のひらにはバットを振り込んでいる証のタコができている。それも一つや二つではなく、沢山だ。
一星がこっちに戻ってきたのは、二週間前と聞いている。それだけの期間バットを握らなければ古いタコばかりになるはずだが、大哉の手のひらには比較的新しくできただろうタコも見受けられた。
「俺は……」
「ま、気が向いたらな。じゃ」
そう一方的に言うと、彗はふりふりの服を靡かせながら部室の方へ駆けていく。まるで台風みたいだった怪物に、大哉は呆気にとられ目を丸くさせていた。
「……ゴメン、ああいうやつなんだよ」
「いや……なんか気持ちのいいやつだな」
「そう?」
「いやいや、あんなに面と向かって〝野球好きなんだろ〟なんて、言うやつは、間違いなく気持ちのいい……外連味のないってやつだよ」
「その……ほんと、無理しなくていいから。せっかくこっちに戻ってきてるんだし、昔よく行ってたラーメン屋でも行く? 彗には僕から断っておくからさ」
気を使っているのかは定かではないが、イジメられてこっちに戻ってきているのにさらなる負担をかけるのはよくないと思っての提案だった。しかし大哉はそんな気持ちに反して「いや」と、再会してからははじめて聞く力強い返事をすると「やろう。キャッチボール」と上着を脱いだ。
「え? そんな……大丈夫?」
「あぁ。ほら、行こう」
妙に軽い足取りで彗を追う大哉。首を傾げながら、一星もその背中を追った。
※
「もー、どこにいるんだろ」
夕日が照らす中、燕尾服に身を包んだ音葉は校舎を駆け回っていた。
文化祭初日が終わり、翌日の打ち合わせも済んだころ。
どうせならこのコスプレをしたまま彗とツーショットを撮りたい、という願望が、一日動き回って疲れ果てていた音葉の体を突き動かしていた。
しかし、その目的である彗の姿は校舎内に見当たらない。携帯にメッセージを送っても既読は付かずという状況だ。
「はー……着替えないって言ってたからチャンスだと思ったんだけどなぁ」
そろそろ諦めなくちゃ、と休憩がてら壁に体を預け、外の風を浴びようと窓を開けた。
そんな肩を落とした音葉の耳に、ばしっ、ばしっと聞き慣れた音が響く。
「あれ……?」
今日は野球の練習はなしのはず。誰が、と身を乗り出してグラウンドを見てみると、これまた見慣れた人物がボールを放っていた。
「んー……?」
目を凝らしてみると、やはり彗。しかし、その姿は求めていたメイドの格好ではなく、いつもの薄汚れた練習着だ。
誰とやってるんだろ、と角度を変えて見ると、その相手がうっすらと見えてくる。
一星と、あとは見覚えのない男子。三人でトライアングル形式なキャッチボールをしている。それも、楽しいということが遠目でもわかるくらいにウキウキでボールを回している。
「あーいうのずるいよねぇ」
うらやましい、と口から溢れそうになったとき、背後から突然に声がして「わっ⁉」と飛び上がり、振り返る。するとそこには、自分と同じように〝羨ましいな〟という視線をグラウンドに送っている真奈美がいた。
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