彗星と遭う

皆川大輔

文字の大きさ
上 下
178 / 179
第三章

3-22「飛行機雲が消えるまで(2)」

しおりを挟む
「そんな偶然……信じらんね」

「事実だからしょうがない。ほら、あそこ」

 そう言いながら、一星は前方を指差す。そこには、クラスメイトたちと話しながら移動している、屈強なメイド――もとい、彗の姿があった。

「……随分とキャッチーな化け物だな」

「一応、弁明しておくと……今日やってたクラスの出し物の格好だよ」

 二人して不思議に思いながら眺めていると、こちらに気づいたのか「おー、いたいた」といいながら駆け寄ってくる。

「いつまでその格好してるの?」

「着替えがどっかいっちまってよ。取りあえず、練習着があったはずだからそれに着替えて家帰ろうと思って。ところで……誰?」

 彗は、訝しむような表情で大哉を覗き込む。そんな顔しないでよ、と目配せをしながら「僕の幼なじみの、沢井大哉だよ」と言い、ぐいっと大哉の手を引く。

「ふーん」

「よ、よろしく」

 一星に促されるまま二人が握手をすると、彗は「お前も野球やってんのか」とにやりと笑い「ちょうどいいや、お前も来てくれ」と引っ張っていく。

「ちょ、ちょっと彗⁉」

「部活休みだけど、やっぱ動き足りなくてな。少し練習しようって話になったんだよ」

「そんな、コーチとかに黙って勝手に……」

「軽いキャッチボールくらいだ。別に大丈夫だろ? そんくらいならさ」

 力強い目が、もう一歩も引かないという意思を物語っている。しょうがないか、とため息をついてから「わかった。無理はダメだかんね」と言って立ち上がる。

「お、俺も?」

 傍らに佇んでいた大哉も、困惑しながらその場に立ち上がった。

「あん? 別にいいけどよ……いいだろ? 遊びだよ、遊び」

 今、こっちにいる事情を聞いているだけに、自分が止めに入るべきかと悩むのも一瞬、彗が「好きなんだろ、野球」と続けたことで一瞬空気が凍る。

 先程聞いた大哉の意思とは真逆の言葉。虚を突かれた大哉は「い、いや、そんなに俺は……」と目を泳がせるが、「いーや、嘘だね」と彗が自信満々に重ね、大哉の手のひらをくるっとひっくり返し「好きじゃねぇと、そんな手のひらになんねぇって」と続けた。

 確かに、その手のひらにはバットを振り込んでいる証のタコができている。それも一つや二つではなく、沢山だ。

 一星がこっちに戻ってきたのは、二週間前と聞いている。それだけの期間バットを握らなければ古いタコばかりになるはずだが、大哉の手のひらには比較的新しくできただろうタコも見受けられた。

「俺は……」

「ま、気が向いたらな。じゃ」

 そう一方的に言うと、彗はふりふりの服を靡かせながら部室の方へ駆けていく。まるで台風みたいだった怪物に、大哉は呆気にとられ目を丸くさせていた。

「……ゴメン、ああいうやつなんだよ」

「いや……なんか気持ちのいいやつだな」

「そう?」

「いやいや、あんなに面と向かって〝野球好きなんだろ〟なんて、言うやつは、間違いなく気持ちのいい……外連味のないってやつだよ」

「その……ほんと、無理しなくていいから。せっかくこっちに戻ってきてるんだし、昔よく行ってたラーメン屋でも行く? 彗には僕から断っておくからさ」

 気を使っているのかは定かではないが、イジメられてこっちに戻ってきているのにさらなる負担をかけるのはよくないと思っての提案だった。しかし大哉はそんな気持ちに反して「いや」と、再会してからははじめて聞く力強い返事をすると「やろう。キャッチボール」と上着を脱いだ。

「え? そんな……大丈夫?」

「あぁ。ほら、行こう」

 妙に軽い足取りで彗を追う大哉。首を傾げながら、一星もその背中を追った。


       ※


「もー、どこにいるんだろ」

 夕日が照らす中、燕尾服に身を包んだ音葉は校舎を駆け回っていた。

 文化祭初日が終わり、翌日の打ち合わせも済んだころ。

 どうせならこのコスプレをしたまま彗とツーショットを撮りたい、という願望が、一日動き回って疲れ果てていた音葉の体を突き動かしていた。

 しかし、その目的である彗の姿は校舎内に見当たらない。携帯にメッセージを送っても既読は付かずという状況だ。

「はー……着替えないって言ってたからチャンスだと思ったんだけどなぁ」

 そろそろ諦めなくちゃ、と休憩がてら壁に体を預け、外の風を浴びようと窓を開けた。

 そんな肩を落とした音葉の耳に、ばしっ、ばしっと聞き慣れた音が響く。

「あれ……?」

 今日は野球の練習はなしのはず。誰が、と身を乗り出してグラウンドを見てみると、これまた見慣れた人物がボールを放っていた。

「んー……?」

 目を凝らしてみると、やはり彗。しかし、その姿は求めていたメイドの格好ではなく、いつもの薄汚れた練習着だ。

 誰とやってるんだろ、と角度を変えて見ると、その相手がうっすらと見えてくる。
 一星と、あとは見覚えのない男子。三人でトライアングル形式なキャッチボールをしている。それも、楽しいということが遠目でもわかるくらいにウキウキでボールを回している。

「あーいうのずるいよねぇ」

 うらやましい、と口から溢れそうになったとき、背後から突然に声がして「わっ⁉」と飛び上がり、振り返る。するとそこには、自分と同じように〝羨ましいな〟という視線をグラウンドに送っている真奈美がいた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

昔義妹だった女の子が通い妻になって矯正してくる件

マサタカ
青春
 俺には昔、義妹がいた。仲が良くて、目に入れても痛くないくらいのかわいい女の子だった。 あれから数年経って大学生になった俺は友人・先輩と楽しく過ごし、それなりに充実した日々を送ってる。   そんなある日、偶然元義妹と再会してしまう。 「久しぶりですね、兄さん」 義妹は見た目や性格、何より俺への態度。全てが変わってしまっていた。そして、俺の生活が爛れてるって言って押しかけて来るようになってしまい・・・・・・。  ただでさえ再会したことと変わってしまったこと、そして過去にあったことで接し方に困っているのに成長した元義妹にドギマギさせられてるのに。 「矯正します」 「それがなにか関係あります? 今のあなたと」  冷たい視線は俺の過去を思い出させて、罪悪感を募らせていく。それでも、義妹とまた会えて嬉しくて。    今の俺たちの関係って義兄弟? それとも元家族? 赤の他人? ノベルアッププラスでも公開。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

アイドルの染み

カルラ アンジェリ
大衆娯楽
アイドルの少女が寝起きドッキリでおねしょしてしまい、それが全国に中継されるというハプニングに見舞われる話

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

処理中です...