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第三章
3-19「○○○の彗くん(4)」
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クラスメイトの視線がぎゅっと集まるが、画面に表示されたのは皆が求めていたものでは無く、幼なじみの名前だ。宮原じゃないと伝える様に大げさに首を横に振ってから、通話ボタンを押す。
東北から戻ってきているから文化祭を見に来るって言ってたっけ――数日前に交わした約束を思い出しながら「もしもし」と応じると、『ごめん、私!』と、記憶にある大哉の声とは全く違う、甲高い声が耳を突き抜けた。
「えっ? その声……宮原⁉」
一旦離れた視線が再度集まる。とうとう連絡が付いた、と胸を撫で下ろすべきか、何してたんだと怒るべきか悩んでいると『ごめんなさい、携帯壊れちゃって……今、沢井くんの携帯借りてるの』と息を切らしながら押し被せてくる。
「え? 大哉の? というか、今どこに――」
『彩星病院! 事故起こしちゃったおばあさんが目を覚ましたから、今から学校に向かいます! そっちの予定はどうなってる⁉』
「宮原さんが戻ってこなかったら、歌なしで行こうかって話になってた」
『そう! あと三十分くらいでつくから、そこからなら合流できる!』
「三十分って……もうあと出番まで十分もないよ⁉」
『なんとか場繋いでおいて! 武山くん、お願い!』
「繋ぐって――」と言いかけたところで通話は一方的に切られてしまった。
「……どうしよっか」
本来宮原にかけるべき言葉を、クラスメイトに投げかけた。
――あれ?
連絡を寄越さなかったのに今更〝自分が戻るまで繋げ〟なんて自分勝手な言動に。クラスメイトのみんなは憤慨するか、呆れるものだと思っていたが、そんな一星の予想に反し、全員が寧ろやってやると言わんばかりに燃えたぎる表情をしていた。
どうして、と思うも一瞬。自分が設営や裏方で何も考えず作業をしている時も、授業の合間にある十分程度の休み時間でも利用し、必死に練習していた光景を思い出す。
その成果を、満足に発表する機会が失われたかに思えたが、まだ火は消えていない。目一杯にできる、ということだけで今は充分なのだろう。
数少ない裏方だったから共感できていない自分が少し恥ずかしくなり、一星は改めて「どうしようか」と、今度は力強い意思を持って問いかけた。
「やっぱり演奏だけにする?」
「でも、歌なしでやってお客さんが離れちゃったら、宮原が間に合っても……」
「やるからには、宮原が来るころにはもっと人で溢れかえるくらいがいいよな」
「やっぱ歌は必要だよなぁ」
なんとか、成功させたいという想いはみんな同じ――そんな前提があった上で目指すべき方向が定まると、なあなあな議論ではなく各々がしっかりと、どうしたいかを考えて発言するようになる。
はじめからこんな雰囲気だったら――若干の後悔を含みつつ、みんなの意見に耳を傾けていると「ごめん、戻った!」と、息を切らしたもう一人の実行委員、賢吾が戻ってきた。
「どうなってる⁉」
「宮原があと三十分で戻ってくるから、その穴埋めをどうしようかって話になってる」
「そっか、曲とかはまだ?」
「まだ……でも、練習した曲を取りあえずやりたいっていうのはみんなの意見だね」
「なるほど……」
数秒思案すると、賢吾は「ね、もう一回何を演奏するのか教えてくれない?」と言い、にたりと笑う。
なにかよからぬことを考えてる顔だな、と思いつつも、断る理由は特になく。携帯に保存した曲名リストのメモを見せると、賢吾は「やっぱりそうだ」と、より気味悪い笑みを浮かべる。
「なにが?」
「ほら、みんなでカラオケ行ったじゃない? 決起集会だとか言ってさ。そのときに、武山が歌った曲が二つ入ってるでしょ? ヒゲダンの〝宿命〟と、Superflyの〝On Your Side〟。取りあえず一番上手かった宮原に全部歌って貰うことになってたけど、カラオケの時に歌ってた人が歌えばいいんじゃない?」
「えっ……?」
突然の提案に固まる一星。「で、でも……歌詞とか覚えてないし」となんとか頭を働かせて言い訳を講じるが「タブレットがあるから、それに歌詞をコピーして拡大すればいいじゃん」と早速論破。
「でも、二曲じゃ時間は……」
「二曲とも、演奏する人は違うから入れ替えの時間とか入れて、説明も入れれば丁度いいくらいと思う」
賢吾の言葉に、数人がうんうんと頷くのを見た。また、うっすらとだが、「そういえば上手かったよね」だの「ボーカルが二人、入れ替わりとか自然だよね」だのといった賛同の意見が耳に入る。
「えっ……えっ?」
期待の視線が、集まる。
――成功させたい想いはみんな同じ、か。
先程自分もそう思ったよな、と苦笑いを浮かべながら、一星はおずおずと、そして自信なさげに、小さく頷いた。
※
「ここを右!」
突然、祖母が事故に遭ったと連絡があり、彩星高校から彩星病院に目的地を変えて自転車をかっ飛ばし、いざ見舞ってみたら祖母はことのほか元気で。
無事に安堵する時間もなく、今度は見知らぬ女子を乗せ、彩星高校へ逆戻り。
――なんつー一日だ。
背後でしがみつきながら、生意気に指示を出す女子生徒に苛立ちつつ大哉は「はいよ!」とハンドルを切った。
「ごめんね! 付き合わせちゃって!」
風切り音混じりに、甲高い声が耳を差す。
「成り行きだ!」
「向こう付いたらなんかお詫びするから!」
「そりゃどうも!」
東北から戻ってきているから文化祭を見に来るって言ってたっけ――数日前に交わした約束を思い出しながら「もしもし」と応じると、『ごめん、私!』と、記憶にある大哉の声とは全く違う、甲高い声が耳を突き抜けた。
「えっ? その声……宮原⁉」
一旦離れた視線が再度集まる。とうとう連絡が付いた、と胸を撫で下ろすべきか、何してたんだと怒るべきか悩んでいると『ごめんなさい、携帯壊れちゃって……今、沢井くんの携帯借りてるの』と息を切らしながら押し被せてくる。
「え? 大哉の? というか、今どこに――」
『彩星病院! 事故起こしちゃったおばあさんが目を覚ましたから、今から学校に向かいます! そっちの予定はどうなってる⁉』
「宮原さんが戻ってこなかったら、歌なしで行こうかって話になってた」
『そう! あと三十分くらいでつくから、そこからなら合流できる!』
「三十分って……もうあと出番まで十分もないよ⁉」
『なんとか場繋いでおいて! 武山くん、お願い!』
「繋ぐって――」と言いかけたところで通話は一方的に切られてしまった。
「……どうしよっか」
本来宮原にかけるべき言葉を、クラスメイトに投げかけた。
――あれ?
連絡を寄越さなかったのに今更〝自分が戻るまで繋げ〟なんて自分勝手な言動に。クラスメイトのみんなは憤慨するか、呆れるものだと思っていたが、そんな一星の予想に反し、全員が寧ろやってやると言わんばかりに燃えたぎる表情をしていた。
どうして、と思うも一瞬。自分が設営や裏方で何も考えず作業をしている時も、授業の合間にある十分程度の休み時間でも利用し、必死に練習していた光景を思い出す。
その成果を、満足に発表する機会が失われたかに思えたが、まだ火は消えていない。目一杯にできる、ということだけで今は充分なのだろう。
数少ない裏方だったから共感できていない自分が少し恥ずかしくなり、一星は改めて「どうしようか」と、今度は力強い意思を持って問いかけた。
「やっぱり演奏だけにする?」
「でも、歌なしでやってお客さんが離れちゃったら、宮原が間に合っても……」
「やるからには、宮原が来るころにはもっと人で溢れかえるくらいがいいよな」
「やっぱ歌は必要だよなぁ」
なんとか、成功させたいという想いはみんな同じ――そんな前提があった上で目指すべき方向が定まると、なあなあな議論ではなく各々がしっかりと、どうしたいかを考えて発言するようになる。
はじめからこんな雰囲気だったら――若干の後悔を含みつつ、みんなの意見に耳を傾けていると「ごめん、戻った!」と、息を切らしたもう一人の実行委員、賢吾が戻ってきた。
「どうなってる⁉」
「宮原があと三十分で戻ってくるから、その穴埋めをどうしようかって話になってる」
「そっか、曲とかはまだ?」
「まだ……でも、練習した曲を取りあえずやりたいっていうのはみんなの意見だね」
「なるほど……」
数秒思案すると、賢吾は「ね、もう一回何を演奏するのか教えてくれない?」と言い、にたりと笑う。
なにかよからぬことを考えてる顔だな、と思いつつも、断る理由は特になく。携帯に保存した曲名リストのメモを見せると、賢吾は「やっぱりそうだ」と、より気味悪い笑みを浮かべる。
「なにが?」
「ほら、みんなでカラオケ行ったじゃない? 決起集会だとか言ってさ。そのときに、武山が歌った曲が二つ入ってるでしょ? ヒゲダンの〝宿命〟と、Superflyの〝On Your Side〟。取りあえず一番上手かった宮原に全部歌って貰うことになってたけど、カラオケの時に歌ってた人が歌えばいいんじゃない?」
「えっ……?」
突然の提案に固まる一星。「で、でも……歌詞とか覚えてないし」となんとか頭を働かせて言い訳を講じるが「タブレットがあるから、それに歌詞をコピーして拡大すればいいじゃん」と早速論破。
「でも、二曲じゃ時間は……」
「二曲とも、演奏する人は違うから入れ替えの時間とか入れて、説明も入れれば丁度いいくらいと思う」
賢吾の言葉に、数人がうんうんと頷くのを見た。また、うっすらとだが、「そういえば上手かったよね」だの「ボーカルが二人、入れ替わりとか自然だよね」だのといった賛同の意見が耳に入る。
「えっ……えっ?」
期待の視線が、集まる。
――成功させたい想いはみんな同じ、か。
先程自分もそう思ったよな、と苦笑いを浮かべながら、一星はおずおずと、そして自信なさげに、小さく頷いた。
※
「ここを右!」
突然、祖母が事故に遭ったと連絡があり、彩星高校から彩星病院に目的地を変えて自転車をかっ飛ばし、いざ見舞ってみたら祖母はことのほか元気で。
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――なんつー一日だ。
背後でしがみつきながら、生意気に指示を出す女子生徒に苛立ちつつ大哉は「はいよ!」とハンドルを切った。
「ごめんね! 付き合わせちゃって!」
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「そりゃどうも!」
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