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第三章
3-17「○○○の彗くん(2)」
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――さて、切り替えていかないと。
文武両道として名高い彩星高校を取材させて欲しいという名目で、学校への許可は既に取れている。
実際、彩星高校は埼玉県内ではトップクラスの学力で、部活動にも力を入れているということで評判。少子化が進む中、寧ろ入学者が増えているという背景もあわせて取材したいという目論見もあった。
ただ、あくまでそれは彗星バッテリーのついで。
将来、必ずこの時の写真が表に出る。そのモチベーションだけが、森下を突き動かす。
関係者入り口から入り、事務室で関係者用のワッペンを貰ってから校内に入ると、まず出迎えたのは予想外ともいえるほどに人が溢れかえっている光景だった。
――へー、こんなに盛り上がるもんだ。
自分が通っていた十年ほど前は、周りに田んぼしかない田舎の学校だった。しかし、現在では巨大なショッピングモールと大きめのスーパーが建設され非常に住みやすくなっており、それに伴って住宅も増え。現在では当時の倍近い人口になっている、と聞いていたが、この光景はその前情報通り、あるいはそれ以上だ。
――うらやましいね、全く。
田舎の高校に通い、文化祭と言えば家族が見に来るものというレベルで過疎だったことを思い出しながら、カメラを構えて廊下を歩く。
お化け屋敷、射的などといったメジャーなものから、ジェットコースターや迷路などの手の込んだもの、たこ焼きやクレープなどの食事処まで完璧。どこからか音楽も聞こえてくるし、ライブ的なものも催しているのだろう。
ここまでバラエティ豊だとそりゃ人も集まるわ、と写真を撮りながら回ると、一際長い行列があることに気がついた。
「おー、凄いねこりゃ」
よほど面白い出し物なのだろう。行列の先を見てみると〝あべこべ喫茶〟と看板が掲げられている。
「取材第一号はここだね」
関係者ワッペンの特権を活かし、カメラを向けながら教室内に入ると「いらっしゃいませぇ!」と、海鮮市場でよく耳にする野太い声で、筋骨隆々なメイドが出迎えた。
他の給仕をしているメイドも、軒並み背が高かったりヒゲがうっすらと生えている男子だ。
教室の中に入ると、今度は燕尾服に身を包んだ執事風の女子が「いらっしゃいませ」と出迎える。
物珍しさと、教室内に入ったときに襲う香ばしい匂いが人気の秘訣だろう。
――……なるほど。こりゃいい記事が書けそうだ。
望外の幸運に鼻息を荒くしながらカメラを構えると「あの、お客様」と、執事服に身を包んだ、どこかで見たことのある少女が声をかけてきた。
「ん?」
「入店には並んでいただかないと……って、あ」
無効も見覚えがあるようで、なにかに気づいたと言わんばかりに目を見開く。やはり知り合いか、と自分の記憶を辿っていると「あの、以前いらした記者さんですよね?」と、向こうから正解が降ってきた。
「あー、野球部のマネージャーの……海瀬さん! この間はどーも」
「いえ……それよりも今日はどうして?」
「あー、取材だよ。この高校のね」
「彩星の?」
「そっ。少子化でも生徒が増え続けてる高校の秘密を探る、ってね。ついでに、懐かしの校舎も見て回りたいなって思ってさ」と言いながら、腕に付けたワッペンを見せる。
「あ、すみません事情も知らず」と、海瀬は頭を下げてから「懐かしの?」と首を傾げた。
「あ、私ここ出身なのよ」
「そうなんですね! 凄い偶然!」
「私がいたころは周りに田んぼしかなかったのに、凄い人だねぇ。OBとしては嬉しい限り。それよりも、随分と変わった出し物してるねぇ?」
「はい、みんなノリノリで。ほう……空野くんだけは嫌がってましたけど?」
「ん? 空野くんって、あの?」
「はい。同じクラスなんで」
「そうだったんだ。へぇ……彼もあの格好を?」
「はい。ただ、予想外に人が多くて、今は調理室で料理作ってます」
「へぇ、調理担当なんだ」
「彼、元々料理が得意で。ここのメニュー、全部空野くん考案なんですよ」
「へぇー、そりゃ凄い。後で人が落ち着いたら、料理の写真とか撮ってもいいかな?」
「はい! 是非!」
「ありがと。それとさ、もう一人の……武山くんって何組か知ってる?」
「一組ですよ。ピロティでライブやってます」
「あー、なんか音楽聞こえると思ったらそういうことか」
「裏方だから暇だよ、とか言ってましたけど」
「そうなんだ。あとオススメとかある?」
「まだ回れてないのでなんとも……三年のお化け屋敷が凄かったって、お客様から噂を聞くくらいですね」
「そっかそっか。ごめんね、忙しいところ」
「いえいえ」
「それじゃ、そろそろ次行こうかな。っと、その前に」と言うと、森下は首からかけたカメラを掲げて「はい、みんなこっち向いてー!」とレンズを向けた。
やはり、ノリのよいクラス。みんなが手を止め、カメラに向かって各々ポーズを決める。
――青春だねぇ。
輝く彼らに懐かしさと羨ましさを感じながら、森下はシャッターを切った。
※
「連絡ついた⁉」
設営等で終わるはずだった文化祭だが、望外の忙しさに襲われている一星は、未曾有の危機に思わず声を荒げた。
文武両道として名高い彩星高校を取材させて欲しいという名目で、学校への許可は既に取れている。
実際、彩星高校は埼玉県内ではトップクラスの学力で、部活動にも力を入れているということで評判。少子化が進む中、寧ろ入学者が増えているという背景もあわせて取材したいという目論見もあった。
ただ、あくまでそれは彗星バッテリーのついで。
将来、必ずこの時の写真が表に出る。そのモチベーションだけが、森下を突き動かす。
関係者入り口から入り、事務室で関係者用のワッペンを貰ってから校内に入ると、まず出迎えたのは予想外ともいえるほどに人が溢れかえっている光景だった。
――へー、こんなに盛り上がるもんだ。
自分が通っていた十年ほど前は、周りに田んぼしかない田舎の学校だった。しかし、現在では巨大なショッピングモールと大きめのスーパーが建設され非常に住みやすくなっており、それに伴って住宅も増え。現在では当時の倍近い人口になっている、と聞いていたが、この光景はその前情報通り、あるいはそれ以上だ。
――うらやましいね、全く。
田舎の高校に通い、文化祭と言えば家族が見に来るものというレベルで過疎だったことを思い出しながら、カメラを構えて廊下を歩く。
お化け屋敷、射的などといったメジャーなものから、ジェットコースターや迷路などの手の込んだもの、たこ焼きやクレープなどの食事処まで完璧。どこからか音楽も聞こえてくるし、ライブ的なものも催しているのだろう。
ここまでバラエティ豊だとそりゃ人も集まるわ、と写真を撮りながら回ると、一際長い行列があることに気がついた。
「おー、凄いねこりゃ」
よほど面白い出し物なのだろう。行列の先を見てみると〝あべこべ喫茶〟と看板が掲げられている。
「取材第一号はここだね」
関係者ワッペンの特権を活かし、カメラを向けながら教室内に入ると「いらっしゃいませぇ!」と、海鮮市場でよく耳にする野太い声で、筋骨隆々なメイドが出迎えた。
他の給仕をしているメイドも、軒並み背が高かったりヒゲがうっすらと生えている男子だ。
教室の中に入ると、今度は燕尾服に身を包んだ執事風の女子が「いらっしゃいませ」と出迎える。
物珍しさと、教室内に入ったときに襲う香ばしい匂いが人気の秘訣だろう。
――……なるほど。こりゃいい記事が書けそうだ。
望外の幸運に鼻息を荒くしながらカメラを構えると「あの、お客様」と、執事服に身を包んだ、どこかで見たことのある少女が声をかけてきた。
「ん?」
「入店には並んでいただかないと……って、あ」
無効も見覚えがあるようで、なにかに気づいたと言わんばかりに目を見開く。やはり知り合いか、と自分の記憶を辿っていると「あの、以前いらした記者さんですよね?」と、向こうから正解が降ってきた。
「あー、野球部のマネージャーの……海瀬さん! この間はどーも」
「いえ……それよりも今日はどうして?」
「あー、取材だよ。この高校のね」
「彩星の?」
「そっ。少子化でも生徒が増え続けてる高校の秘密を探る、ってね。ついでに、懐かしの校舎も見て回りたいなって思ってさ」と言いながら、腕に付けたワッペンを見せる。
「あ、すみません事情も知らず」と、海瀬は頭を下げてから「懐かしの?」と首を傾げた。
「あ、私ここ出身なのよ」
「そうなんですね! 凄い偶然!」
「私がいたころは周りに田んぼしかなかったのに、凄い人だねぇ。OBとしては嬉しい限り。それよりも、随分と変わった出し物してるねぇ?」
「はい、みんなノリノリで。ほう……空野くんだけは嫌がってましたけど?」
「ん? 空野くんって、あの?」
「はい。同じクラスなんで」
「そうだったんだ。へぇ……彼もあの格好を?」
「はい。ただ、予想外に人が多くて、今は調理室で料理作ってます」
「へぇ、調理担当なんだ」
「彼、元々料理が得意で。ここのメニュー、全部空野くん考案なんですよ」
「へぇー、そりゃ凄い。後で人が落ち着いたら、料理の写真とか撮ってもいいかな?」
「はい! 是非!」
「ありがと。それとさ、もう一人の……武山くんって何組か知ってる?」
「一組ですよ。ピロティでライブやってます」
「あー、なんか音楽聞こえると思ったらそういうことか」
「裏方だから暇だよ、とか言ってましたけど」
「そうなんだ。あとオススメとかある?」
「まだ回れてないのでなんとも……三年のお化け屋敷が凄かったって、お客様から噂を聞くくらいですね」
「そっかそっか。ごめんね、忙しいところ」
「いえいえ」
「それじゃ、そろそろ次行こうかな。っと、その前に」と言うと、森下は首からかけたカメラを掲げて「はい、みんなこっち向いてー!」とレンズを向けた。
やはり、ノリのよいクラス。みんなが手を止め、カメラに向かって各々ポーズを決める。
――青春だねぇ。
輝く彼らに懐かしさと羨ましさを感じながら、森下はシャッターを切った。
※
「連絡ついた⁉」
設営等で終わるはずだった文化祭だが、望外の忙しさに襲われている一星は、未曾有の危機に思わず声を荒げた。
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