彗星と遭う

皆川大輔

文字の大きさ
上 下
173 / 179
第三章

3-17「○○○の彗くん(2)」

しおりを挟む
 ――さて、切り替えていかないと。

 文武両道として名高い彩星高校を取材させて欲しいという名目で、学校への許可は既に取れている。

 実際、彩星高校は埼玉県内ではトップクラスの学力で、部活動にも力を入れているということで評判。少子化が進む中、寧ろ入学者が増えているという背景もあわせて取材したいという目論見もあった。

 ただ、あくまでそれは彗星バッテリーのついで。

 将来、必ずこの時の写真が表に出る。そのモチベーションだけが、森下を突き動かす。

 関係者入り口から入り、事務室で関係者用のワッペンを貰ってから校内に入ると、まず出迎えたのは予想外ともいえるほどに人が溢れかえっている光景だった。

 ――へー、こんなに盛り上がるもんだ。

 自分が通っていた十年ほど前は、周りに田んぼしかない田舎の学校だった。しかし、現在では巨大なショッピングモールと大きめのスーパーが建設され非常に住みやすくなっており、それに伴って住宅も増え。現在では当時の倍近い人口になっている、と聞いていたが、この光景はその前情報通り、あるいはそれ以上だ。

 ――うらやましいね、全く。

 田舎の高校に通い、文化祭と言えば家族が見に来るものというレベルで過疎だったことを思い出しながら、カメラを構えて廊下を歩く。

 お化け屋敷、射的などといったメジャーなものから、ジェットコースターや迷路などの手の込んだもの、たこ焼きやクレープなどの食事処まで完璧。どこからか音楽も聞こえてくるし、ライブ的なものも催しているのだろう。

 ここまでバラエティ豊だとそりゃ人も集まるわ、と写真を撮りながら回ると、一際長い行列があることに気がついた。

「おー、凄いねこりゃ」

 よほど面白い出し物なのだろう。行列の先を見てみると〝あべこべ喫茶〟と看板が掲げられている。

「取材第一号はここだね」

 関係者ワッペンの特権を活かし、カメラを向けながら教室内に入ると「いらっしゃいませぇ!」と、海鮮市場でよく耳にする野太い声で、筋骨隆々なメイドが出迎えた。

 他の給仕をしているメイドも、軒並み背が高かったりヒゲがうっすらと生えている男子だ。

 教室の中に入ると、今度は燕尾服に身を包んだ執事風の女子が「いらっしゃいませ」と出迎える。

 物珍しさと、教室内に入ったときに襲う香ばしい匂いが人気の秘訣だろう。

 ――……なるほど。こりゃいい記事が書けそうだ。

 望外の幸運に鼻息を荒くしながらカメラを構えると「あの、お客様」と、執事服に身を包んだ、どこかで見たことのある少女が声をかけてきた。

「ん?」

「入店には並んでいただかないと……って、あ」

 無効も見覚えがあるようで、なにかに気づいたと言わんばかりに目を見開く。やはり知り合いか、と自分の記憶を辿っていると「あの、以前いらした記者さんですよね?」と、向こうから正解が降ってきた。

「あー、野球部のマネージャーの……海瀬さん! この間はどーも」

「いえ……それよりも今日はどうして?」

「あー、取材だよ。この高校のね」

「彩星の?」

「そっ。少子化でも生徒が増え続けてる高校の秘密を探る、ってね。ついでに、懐かしの校舎も見て回りたいなって思ってさ」と言いながら、腕に付けたワッペンを見せる。

「あ、すみません事情も知らず」と、海瀬は頭を下げてから「懐かしの?」と首を傾げた。

「あ、私ここ出身なのよ」

「そうなんですね! 凄い偶然!」

「私がいたころは周りに田んぼしかなかったのに、凄い人だねぇ。OBとしては嬉しい限り。それよりも、随分と変わった出し物してるねぇ?」

「はい、みんなノリノリで。ほう……空野くんだけは嫌がってましたけど?」

「ん? 空野くんって、あの?」

「はい。同じクラスなんで」

「そうだったんだ。へぇ……彼もあの格好を?」

「はい。ただ、予想外に人が多くて、今は調理室で料理作ってます」

「へぇ、調理担当なんだ」

「彼、元々料理が得意で。ここのメニュー、全部空野くん考案なんですよ」

「へぇー、そりゃ凄い。後で人が落ち着いたら、料理の写真とか撮ってもいいかな?」

「はい! 是非!」

「ありがと。それとさ、もう一人の……武山くんって何組か知ってる?」

「一組ですよ。ピロティでライブやってます」

「あー、なんか音楽聞こえると思ったらそういうことか」

「裏方だから暇だよ、とか言ってましたけど」

「そうなんだ。あとオススメとかある?」

「まだ回れてないのでなんとも……三年のお化け屋敷が凄かったって、お客様から噂を聞くくらいですね」

「そっかそっか。ごめんね、忙しいところ」

「いえいえ」

「それじゃ、そろそろ次行こうかな。っと、その前に」と言うと、森下は首からかけたカメラを掲げて「はい、みんなこっち向いてー!」とレンズを向けた。

 やはり、ノリのよいクラス。みんなが手を止め、カメラに向かって各々ポーズを決める。

 ――青春だねぇ。

 輝く彼らに懐かしさと羨ましさを感じながら、森下はシャッターを切った。


       ※


「連絡ついた⁉」

 設営等で終わるはずだった文化祭だが、望外の忙しさに襲われている一星は、未曾有の危機に思わず声を荒げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

カリスマレビュワーの俺に逆らうネット小説家は潰しますけど?

きんちゃん
青春
レビュー。ネット小説におけるそれは単なる応援コメントや作品紹介ではない。 優秀なレビュワーは時に作者の創作活動の道標となるのだ。 数々のレビューを送ることでここアルファポリスにてカリスマレビュワーとして名を知られた文野良明。時に厳しく、時に的確なレビューとコメントを送ることで数々のネット小説家に影響を与えてきた。アドバイスを受けた作家の中には書籍化までこぎつけた者もいるほどだ。 だがそんな彼も密かに好意を寄せていた大学の同級生、草田可南子にだけは正直なレビューを送ることが出来なかった。 可南子の親友である赤城瞳、そして良明の過去を知る米倉真智の登場によって、良明のカリスマレビュワーとして築いてきた地位とプライドはガタガタになる!? これを読んでいるあなたが送る応援コメント・レビューなどは、書き手にとって想像以上に大きなものなのかもしれません。

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

プレッシャァー 〜農高校球児の成り上がり〜

三日月コウヤ
青春
父親の異常な教育によって一人野球同然でマウンドに登り続けた主人公赤坂輝明(あかさかてるあき)。 父の他界後母親と暮らすようになり一年。母親の母校である農業高校で個性の強いチームメイトと生活を共にしながらありきたりでありながらかけがえのないモノを取り戻しながら一緒に苦難を乗り越えて甲子園目指す。そんなお話です *進行速度遅めですがご了承ください *この作品はカクヨムでも投稿しております

坊主女子:友情短編集

S.H.L
青春
短編集です

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

人違いで同級生の女子にカンチョーしちゃった男の子の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

処理中です...