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第三章
3-16「○○○の彗くん(1)」
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人数を絞った練習から数日後、日々殺気が増していく野球部に反して、校内はすっかり文化祭ムードに染め上がっていた。
地獄の朝練後にほんわかしたこの雰囲気は若干胃もたれするが、これくらいじゃないと気も休まらないか、と一星は苦笑いをしながら歩を進める。
現在向かっているのは、一年三組。
今朝、軽い事故があって文化祭の開始時間が少し変更される、と伝えるための来訪だ。
本来は文化祭実行委員が伝えるべきなのだが、実行委員の二人がステージ側に立つ予定となっており、設営係の役目を終えて手が空いた一星にその役目が回ってきたという次第だった。
――なんか騒がしいな。
一年三組の教室前に来ると、文化祭特有の賑やかさの中に混じり、なにやら物騒な会話が聞こえてきた。しかも、声の主は間違いなく彗と、同じ野球部の雄介だ。
「……ぶへっ!」
「……なんだよ」
「いや、あまりにもよ……」
「コノヤロ……ちょっと一発殴らせろ」
大会が控えている中で、殴る蹴るなんて暴力問題なんて起きたらたまったもんじゃない。ここで止めないと、と一星は腹を括って「ちょっと待った!」と扉を開いた。
「……え?」
そんな一星の視界に飛び込んできたのは、笑う雄介と、その胸ぐらを掴んでいる――筋骨隆々とした厳ついメイド、もとい、空野彗だった。
「あ、すみませんまだ時間前……って、武山か。どした?」
「あ、いや、近くで衝突事故があって混乱してるから、開始時間少し送らせるって」と、取りあえず自分の役目を果たしてから「えっと、これ、どういう……」と言葉を漏らす。
「あ、俺たちの出しモンはメイドカフェでな? 女子だけじゃ不公平だからってことで、男子もやることになった。その結果が、コイツ」
何も言うことなく、背中を向けたまま彗はぷるぷると震えていた。その様子をクラスメイトが見て更に笑いが増える。
「ははは、に、似合ってるよ」
「……こっち見んな」
「ご、ごめん」
「ったく……なんでこんな格好させられなきゃいけないんだ」
「そりゃ、お前が練習でロクに実行委員の仕事しなかったからだろ?」
「いや、だって部活が……」
「海瀬はお前の分の仕事もやりつつ実行委員もこなしてたからな。その海瀬様が見たいって言うんじゃ、俺らもサポートするしかないってもんだ」
「くっそ……」
「元はと言えば、お前が野球の練習っていってサボったのがわりぃんだ」
「なあ、なんかの聞き間違いだったりしねぇ? 野郎の女装なんて需要ないだろ」
そう口をしかめる彗だが、「私が確かにこの耳でしっかりと聞いたよ」と、真奈美が自慢げに会話に割り込み「帰り際、ぼそっとね。メイドの彗くん見たいなーって。間違いないよ」と胸を張った。
「だ、そうだ」
「アイツのせいか……」
「元はと言えば、お前が野球の練習でキツい、って逃げ回ってたせいだ。文句言わず、やれ」
雄介の意見はごもっとも。彗は何も言えず、ぐぬぬと唸っている。
「そういえば、その音葉は?」
「あ、今はコンビニ。氷買いに行ってるけど、もう直戻ってくるはず」
「よっしゃ、じゃあ練習しとこうぜ」
「れ、練習⁉」
「あぁ。メイドっつったらやることは決まってんだろ? ほら、ドア開けたら――」
※
――結構込んでたなー。
近くで誰か人が倒れ、救急車を待つために渋滞が発生していたらしい。
その影響で一時避難している人が多かったのか、普段は彩星学生しかいないコンビニが大盛況だった。予想外に時間がかかってしまい、文化祭が始まってしまう、と足早に戻る。
校門を潜り、教室に向かう途中で異変に気づいた。
まだ開門したばかりだからか、彩星高校の生徒以外の人は見受けられない。
――開始時間間違ってたのかな。
急いで損した、などといったことを考えながら、一年三組の扉を開いた。
「ごめん、遅く――」
そこまで言いかけて、音葉は口を噤んだ。
いや、呆気にとられたと言った方が正しいかもしれない。
静寂の中、メイドの姿に扮した彼が、静かに言う。
「お、お帰りなさいませ、ご主人様」
※
一般人の記事にアクセス数・コメント数で共に負け続きの森下咲良は、並々ならぬ気概を持って、彩星高校の門を潜った。
今日は、彩星高校の文化祭。一般公開もされており、出入りは自由となっている。
これは、将来のスター候補である空野彗・武山一星の彗星バッテリーの高校時代の写真を入手するチャンス、と上司に直談判をして出張してきた。
――ようやく……着いた。
ここまでの途方もない道のりを思い出しながら、森下は〝自分、頑張った〟と自らのご褒美として購入した天むすを、一気にかき込んだ。
今日は、人生でも稀に見るくらい困難の連続だった。
まず、東京本社から車で二時間。
ここでは特段問題はなく、学校近くのコインパーキングに停め、さあ取材だと意気込んでいた矢先、目の前で自転車とご老人が衝突したという事件が発生した。
老人は強く頭を打っていたため、近くの通行人を集って車の誘導をしてもらいながら、自分は119番に電話して救急隊からの指示を仰ぎ、救命活動。
ちょうど先日、救急現場で働く人の取材をしたという偶然得た知識と経験が功を奏し、特段焦ることなく処置をした結果、救急車が来るまでには意識が回復。
――取りあえず、無事でよかったー。
一応精密検査も受けるが、命に別状はないだろうということで、ようやく目的地である彩星高校へ戻れたという次第だった。
地獄の朝練後にほんわかしたこの雰囲気は若干胃もたれするが、これくらいじゃないと気も休まらないか、と一星は苦笑いをしながら歩を進める。
現在向かっているのは、一年三組。
今朝、軽い事故があって文化祭の開始時間が少し変更される、と伝えるための来訪だ。
本来は文化祭実行委員が伝えるべきなのだが、実行委員の二人がステージ側に立つ予定となっており、設営係の役目を終えて手が空いた一星にその役目が回ってきたという次第だった。
――なんか騒がしいな。
一年三組の教室前に来ると、文化祭特有の賑やかさの中に混じり、なにやら物騒な会話が聞こえてきた。しかも、声の主は間違いなく彗と、同じ野球部の雄介だ。
「……ぶへっ!」
「……なんだよ」
「いや、あまりにもよ……」
「コノヤロ……ちょっと一発殴らせろ」
大会が控えている中で、殴る蹴るなんて暴力問題なんて起きたらたまったもんじゃない。ここで止めないと、と一星は腹を括って「ちょっと待った!」と扉を開いた。
「……え?」
そんな一星の視界に飛び込んできたのは、笑う雄介と、その胸ぐらを掴んでいる――筋骨隆々とした厳ついメイド、もとい、空野彗だった。
「あ、すみませんまだ時間前……って、武山か。どした?」
「あ、いや、近くで衝突事故があって混乱してるから、開始時間少し送らせるって」と、取りあえず自分の役目を果たしてから「えっと、これ、どういう……」と言葉を漏らす。
「あ、俺たちの出しモンはメイドカフェでな? 女子だけじゃ不公平だからってことで、男子もやることになった。その結果が、コイツ」
何も言うことなく、背中を向けたまま彗はぷるぷると震えていた。その様子をクラスメイトが見て更に笑いが増える。
「ははは、に、似合ってるよ」
「……こっち見んな」
「ご、ごめん」
「ったく……なんでこんな格好させられなきゃいけないんだ」
「そりゃ、お前が練習でロクに実行委員の仕事しなかったからだろ?」
「いや、だって部活が……」
「海瀬はお前の分の仕事もやりつつ実行委員もこなしてたからな。その海瀬様が見たいって言うんじゃ、俺らもサポートするしかないってもんだ」
「くっそ……」
「元はと言えば、お前が野球の練習っていってサボったのがわりぃんだ」
「なあ、なんかの聞き間違いだったりしねぇ? 野郎の女装なんて需要ないだろ」
そう口をしかめる彗だが、「私が確かにこの耳でしっかりと聞いたよ」と、真奈美が自慢げに会話に割り込み「帰り際、ぼそっとね。メイドの彗くん見たいなーって。間違いないよ」と胸を張った。
「だ、そうだ」
「アイツのせいか……」
「元はと言えば、お前が野球の練習でキツい、って逃げ回ってたせいだ。文句言わず、やれ」
雄介の意見はごもっとも。彗は何も言えず、ぐぬぬと唸っている。
「そういえば、その音葉は?」
「あ、今はコンビニ。氷買いに行ってるけど、もう直戻ってくるはず」
「よっしゃ、じゃあ練習しとこうぜ」
「れ、練習⁉」
「あぁ。メイドっつったらやることは決まってんだろ? ほら、ドア開けたら――」
※
――結構込んでたなー。
近くで誰か人が倒れ、救急車を待つために渋滞が発生していたらしい。
その影響で一時避難している人が多かったのか、普段は彩星学生しかいないコンビニが大盛況だった。予想外に時間がかかってしまい、文化祭が始まってしまう、と足早に戻る。
校門を潜り、教室に向かう途中で異変に気づいた。
まだ開門したばかりだからか、彩星高校の生徒以外の人は見受けられない。
――開始時間間違ってたのかな。
急いで損した、などといったことを考えながら、一年三組の扉を開いた。
「ごめん、遅く――」
そこまで言いかけて、音葉は口を噤んだ。
いや、呆気にとられたと言った方が正しいかもしれない。
静寂の中、メイドの姿に扮した彼が、静かに言う。
「お、お帰りなさいませ、ご主人様」
※
一般人の記事にアクセス数・コメント数で共に負け続きの森下咲良は、並々ならぬ気概を持って、彩星高校の門を潜った。
今日は、彩星高校の文化祭。一般公開もされており、出入りは自由となっている。
これは、将来のスター候補である空野彗・武山一星の彗星バッテリーの高校時代の写真を入手するチャンス、と上司に直談判をして出張してきた。
――ようやく……着いた。
ここまでの途方もない道のりを思い出しながら、森下は〝自分、頑張った〟と自らのご褒美として購入した天むすを、一気にかき込んだ。
今日は、人生でも稀に見るくらい困難の連続だった。
まず、東京本社から車で二時間。
ここでは特段問題はなく、学校近くのコインパーキングに停め、さあ取材だと意気込んでいた矢先、目の前で自転車とご老人が衝突したという事件が発生した。
老人は強く頭を打っていたため、近くの通行人を集って車の誘導をしてもらいながら、自分は119番に電話して救急隊からの指示を仰ぎ、救命活動。
ちょうど先日、救急現場で働く人の取材をしたという偶然得た知識と経験が功を奏し、特段焦ることなく処置をした結果、救急車が来るまでには意識が回復。
――取りあえず、無事でよかったー。
一応精密検査も受けるが、命に別状はないだろうということで、ようやく目的地である彩星高校へ戻れたという次第だった。
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