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第三章
3-14「優勝するための背番号(4)」
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凜は山も越えてしまいそうな大声でそう言うと、バンバンと二人の背中を叩いてから片付けをしているマネージャー陣の元へ駆けていった。
その声の大きさが災いしてか、まるで促されるように、視線が集まってくるのを彗は感じた。同じ野球部からではない。ちょうど他の部活も活動時間が終わり岐路に着いている他の生徒からの視線をだ。
――……なるほど。
視線の数は、期待の数。
期待の数は、希望の数だ。
実際、自分が子供の時もプロのスポーツ選手や漫画の主人公に憧れ、期待を寄せ、注目した。その注目に彼らが応えてくれたことが希望となり、日々の練習の励みとなった。
ただ、向きがほんの少しだけ変わっただけなのに、肩が若干重くなったような気がする。
「こりゃ、もっと頑張らないとな」
今のままじゃ、あの視線に応えて希望となることはできない。
子鹿のように震える膝へ鞭を打って立ち上がると、彗はグラウンドの方へ向かう。
「え、何すんのさ」
「ランニング。やっぱ体力付けるにはこれだろ」
「無理しちゃ……もう足も限界じゃんか」
「無理を越えた先に限界があるんだよ。見てろ、こっからもっと――」
グラウンドを何十周もしてやるつもりだったが「アホか」という声と共に頭を小突かれる。
踏ん張りも効かず、手を着くこともできず。ぐしゃっと、地面に倒れ込んだ。
「いてっ――」
「ほれ見ろ、ちいっと小突いただけでこの有様じゃねぇか」
呆れた顔で覗き込んで来たのは、矢沢だ。
「いや、全然大丈夫なんで……」
「体を休めることも立派な練習だ。俺たち大人が責任を持って言い練習をさせてやるから、終わったら休め」
「えー……」
せっかく燃えてきたのに、と口を尖らせていると「代わりに、お前にはこれをやってもらう」と一冊のノートが手渡された。
「ん?」
ノートを開いてみてみたが、何も書かれていない。新品なんだな、ということがわかるだけだ。
「なんすかこれ」
「ふっ……お前には、それを使って〝お勉強〟をしてもらう」
「……へ?」
今一番聞きたくない単語が出てきて、彗の目の前は一瞬だけ真っ暗になった。
※
売り場で余った弁当をかき込み、目下の空腹だけ改善させた新太は「はぁ……」とため息をついた。
背番号1を背負えなかった、しかも1番を背負うのはリトルの時にはなたれ彗だという悔しさを共有したかったが、両親は夜遅くまで店頭に、兄は靴が見当たらなかったあたりまた合コンかそこらだろう。
宗次郎は宗次郎でどこか納得しているようだったし、他のメンバーは順当に背番号をもらっているから相談はしにくい。背番号をもらってない選手は当然ダメ。
「相談するだけでもいいんだけどなぁ……」
部屋には、自分一人だけ。テレビを付けておけばよかったが、そんな気分にもなれなかったことが災いして部屋はすっかり静寂だった。だから、余計に今の一言が部屋に染み渡ったような気がして、新太は「情けな」とだけ呟いてから空の弁当箱をゴミ箱に捨てようと立ち上がった、その時。
ピンポーン、とインターホンが鳴った。
「こんな時間に……珍しい」
誰か鍵でも忘れたかな、と玄関に向かって扉を開くと「……よう」と、馴染みの顔が暗闇からぼうっと現れた。
「伊織……」
「ちょっと話さね?」
「いや、いいけどさ……ま、ここじゃなんだし、取りあえず上がってくれよ」
「悪いな」
どこか神妙な面持ちの伊織の部屋に通す。その手にはスペシャル・トグチのロゴが印刷された袋が携えられている。
「メシは?」
「ごめん、さっき食べたばっかり」
「あっ、そうか。そりゃ残念。……食いながら話とかしてもいい?」
「……別に構わないけど」
「悪いね、腹減っちゃってさ」
伊織は部屋に入るなり座り込んで、袋から唐揚げ弁当を取り出した。
香ばしいニンニクとショウガの香りが部屋に広がる――一番の売れ筋と言うだけあって、満腹になったはずの腹が食べたいよと悲鳴を上げはじめた。
「相変わらずいい匂いだなこれ」
「そりゃどうも」
「一個いるか?」
「大丈夫。それよりも、話ってなんだ?」
誰かに相談はしたかった。しかし、伊織は昨年の秋大会では試合に出るほどの選手だったが、その時に手首を骨折して以来打撃の調子が上がらず、最近はベンチに入ることすら少なくなっている。性格的には人情味があって頼れるのだが、今回のことに関してはある意味一番相談しにくい境遇の友人だ。
「あぁ……背番号のこと」
しかし、友人の口から唐揚げの香りと共に出てきたのは、その一番相談しにくい内容のことだった。
「……えっ?」
予想外の内容に、思わず言葉が詰まる。なんて言ったらいいかわからず、口をぱくぱくさせていると「さっき、背番号の発表があった後さ。監督とコーチと三年だけが集まって少し話をしたんだよ」と伊織が口火を切った。
「話……」
「あぁ。部員全員が厳しい練習に逃げないで着いてきてくれたから、彩星高校は強くなった、ありがとうってさ」
「……そっか」
「思わず、俺も泣いちゃったよ。あぁ、俺の夏はもう託すしかないんだってのと、ある程度やりきったっていうのがあったからさ。でも、一つだけ腑に落ちないことがあった」
「……それが、背番号ってこと?」
そう問いかけると、伊織は深く頷く。
その声の大きさが災いしてか、まるで促されるように、視線が集まってくるのを彗は感じた。同じ野球部からではない。ちょうど他の部活も活動時間が終わり岐路に着いている他の生徒からの視線をだ。
――……なるほど。
視線の数は、期待の数。
期待の数は、希望の数だ。
実際、自分が子供の時もプロのスポーツ選手や漫画の主人公に憧れ、期待を寄せ、注目した。その注目に彼らが応えてくれたことが希望となり、日々の練習の励みとなった。
ただ、向きがほんの少しだけ変わっただけなのに、肩が若干重くなったような気がする。
「こりゃ、もっと頑張らないとな」
今のままじゃ、あの視線に応えて希望となることはできない。
子鹿のように震える膝へ鞭を打って立ち上がると、彗はグラウンドの方へ向かう。
「え、何すんのさ」
「ランニング。やっぱ体力付けるにはこれだろ」
「無理しちゃ……もう足も限界じゃんか」
「無理を越えた先に限界があるんだよ。見てろ、こっからもっと――」
グラウンドを何十周もしてやるつもりだったが「アホか」という声と共に頭を小突かれる。
踏ん張りも効かず、手を着くこともできず。ぐしゃっと、地面に倒れ込んだ。
「いてっ――」
「ほれ見ろ、ちいっと小突いただけでこの有様じゃねぇか」
呆れた顔で覗き込んで来たのは、矢沢だ。
「いや、全然大丈夫なんで……」
「体を休めることも立派な練習だ。俺たち大人が責任を持って言い練習をさせてやるから、終わったら休め」
「えー……」
せっかく燃えてきたのに、と口を尖らせていると「代わりに、お前にはこれをやってもらう」と一冊のノートが手渡された。
「ん?」
ノートを開いてみてみたが、何も書かれていない。新品なんだな、ということがわかるだけだ。
「なんすかこれ」
「ふっ……お前には、それを使って〝お勉強〟をしてもらう」
「……へ?」
今一番聞きたくない単語が出てきて、彗の目の前は一瞬だけ真っ暗になった。
※
売り場で余った弁当をかき込み、目下の空腹だけ改善させた新太は「はぁ……」とため息をついた。
背番号1を背負えなかった、しかも1番を背負うのはリトルの時にはなたれ彗だという悔しさを共有したかったが、両親は夜遅くまで店頭に、兄は靴が見当たらなかったあたりまた合コンかそこらだろう。
宗次郎は宗次郎でどこか納得しているようだったし、他のメンバーは順当に背番号をもらっているから相談はしにくい。背番号をもらってない選手は当然ダメ。
「相談するだけでもいいんだけどなぁ……」
部屋には、自分一人だけ。テレビを付けておけばよかったが、そんな気分にもなれなかったことが災いして部屋はすっかり静寂だった。だから、余計に今の一言が部屋に染み渡ったような気がして、新太は「情けな」とだけ呟いてから空の弁当箱をゴミ箱に捨てようと立ち上がった、その時。
ピンポーン、とインターホンが鳴った。
「こんな時間に……珍しい」
誰か鍵でも忘れたかな、と玄関に向かって扉を開くと「……よう」と、馴染みの顔が暗闇からぼうっと現れた。
「伊織……」
「ちょっと話さね?」
「いや、いいけどさ……ま、ここじゃなんだし、取りあえず上がってくれよ」
「悪いな」
どこか神妙な面持ちの伊織の部屋に通す。その手にはスペシャル・トグチのロゴが印刷された袋が携えられている。
「メシは?」
「ごめん、さっき食べたばっかり」
「あっ、そうか。そりゃ残念。……食いながら話とかしてもいい?」
「……別に構わないけど」
「悪いね、腹減っちゃってさ」
伊織は部屋に入るなり座り込んで、袋から唐揚げ弁当を取り出した。
香ばしいニンニクとショウガの香りが部屋に広がる――一番の売れ筋と言うだけあって、満腹になったはずの腹が食べたいよと悲鳴を上げはじめた。
「相変わらずいい匂いだなこれ」
「そりゃどうも」
「一個いるか?」
「大丈夫。それよりも、話ってなんだ?」
誰かに相談はしたかった。しかし、伊織は昨年の秋大会では試合に出るほどの選手だったが、その時に手首を骨折して以来打撃の調子が上がらず、最近はベンチに入ることすら少なくなっている。性格的には人情味があって頼れるのだが、今回のことに関してはある意味一番相談しにくい境遇の友人だ。
「あぁ……背番号のこと」
しかし、友人の口から唐揚げの香りと共に出てきたのは、その一番相談しにくい内容のことだった。
「……えっ?」
予想外の内容に、思わず言葉が詰まる。なんて言ったらいいかわからず、口をぱくぱくさせていると「さっき、背番号の発表があった後さ。監督とコーチと三年だけが集まって少し話をしたんだよ」と伊織が口火を切った。
「話……」
「あぁ。部員全員が厳しい練習に逃げないで着いてきてくれたから、彩星高校は強くなった、ありがとうってさ」
「……そっか」
「思わず、俺も泣いちゃったよ。あぁ、俺の夏はもう託すしかないんだってのと、ある程度やりきったっていうのがあったからさ。でも、一つだけ腑に落ちないことがあった」
「……それが、背番号ってこと?」
そう問いかけると、伊織は深く頷く。
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