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第三章
3-13「優勝するための背番号(3)」
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「注目されてるのはわかりましたが……それとこれとじゃ話は別――」
「いや、想像してみ? こんな状況で勝ち進めば、自ずと視線はあの二人に行く。そして、その二人を差し置いてバッテリーを組んでんのはどこのどいつってなるだろ?」
「それくらいのことで……」
「そうやって視線をあの二人に集めることで、戸口と本橋は自分のことに集中できる。逆に、アイツらにはこれくらいのプレッシャーは乗り越えて貰わなくちゃいけないからな。だから、1と2はアイツらに渡した」とまで言うと、納得したか、とでも投げかけるような視線を伊織に向けた。
「でも、それなら……アイツらも一年なんだし……」
「アイツらにゃこれくらいは乗り越えてもらわなくちゃいけないんだよ。そうじゃないと、彗星に遭っちまった俺たちが報われないだろ?」
ひとしきり言い切ると、真田は「改めて言うが、この番号がベストだ。変更はない」と言い切った。
「この夏、ピッチャーは10番の戸口と11番の上杉を先発で使い、空野が勝負所から抑え。本橋の指もまだ完治してねぇし、正捕手は武山。そうやって今年の夏を突き進む。いいな?」
「……はい」
やや不服そうではあったが、ついに伊織は首を縦に振った。
――さて、この荒療治が吉と出るか、凶と出るか。
これまで矢沢が所属していたGT学園は、いくら入学してきた選手が良くても基本的には年功序列で背番号を渡してきた。他の高校でもだいたいそうで、いくらいい選手でも一年目の夏から一桁の背番号を背負うというのは稀だ。
その理由は、上級生と新入生ではそもそもの基礎体力に雲泥の差があるからだ。
これまで所属していた上級生は、人生の中で体も心も一番成長する時期に、厳しい練習をこなしてきた。その時間で育まれた基礎体力がなければ、夏を戦い抜くことはできない。
もちろん、この彩星高校も例外ではない。やはり体つきを見ると、怪物も天才も三年生と比べるとやはり貧弱だ。
それでも、真田は部内の不和を招いてまで高校野球の花形ともいえる背番号を渡した。それだけの期待を寄せているとともに、このダイヤモンドを精神的にも肉体的にも育てきるという信念の表れだろう。
――……とんでもない仕事を引き受けちまったもんだ。
ともかく、自分の仕事は空野彗という怪物を育てきること。もし仮にこの三年間で潰れてしまうような事態を招くなら、自分はもうこの世界にいる資格はない。
――さ、俺も気張りますかね。
自身にとっても吉兆であることを願いながら、矢沢はその場を後にした。
※
これまで野球部に所属している八十四人でやっていた練習が、二十人に絞られて行われる。それはすなわち、四倍の密度になるほどの練習が待っているということだった。
ランニングなどのアップをした後、三十メートル、四十メートルのキャッチボールに中継プレイ、ポジション別ノック、ケースバッティング――足腰が悲鳴を上げ始めたころ、ようやくバッティング練習が訪れる。
この間、いつもなら片付けの時間などが挟まり体を休めることができるのだが、ベンチを外れたメンバーが片してくれるため、ありがたいことにほぼぶっ続けだ。
「結構……キツいな」
小さく、彗は隣にいる一星にだけ聞こえるように弱音を吐いた。
「凄いね、先輩たち」
一星も、肩で息をしていることから相当疲れていると見える。
しかし、そんなに消耗しているのは自分たちだけ。他の先輩たちは、全員がピンピンとしていた。
特に、三つあるバッティングケージへ真っ先に入った真司は、やっと大好きなバッティング練習ができるとワクワクしているようにさえ見える。
隣のケージにも遅れて宗次郎が入り、最後のケージには新太が。
その背後でネットに向かってのトスバッティングが行われ、彗と一星はそこでカゴ四箱分、数にして四八〇のボールを打つことに。それが終われば今度はティーバッティング、そしてバッティングケージでフリーバッティング。
「あ……ありがとうございました!」
練習が終わるころには、ユニフォームはすっかり泥まみれで。体は乳酸まみれとなっていた。
「高校野球……やっべーな」
「本当にね……」
「まだ元気な先輩たちが信じらんねぇ」
「僕たちが入学する前から、こんな練習してたのかな……」
心ここにあらずといった様子の二人に「あったり前よ」と、肝っ玉母さんこと三年生のマネージャーの凜がスポーツドリンク片手に話しかけた。
「あ、すみません」
「あざっす」
「ま、ついていけるだけでも凄いと思うけどね」
二人の前にしゃがみ込むと、凜は「去年の秋大前、似たような練習やったときはみんなぶっ倒れちゃったんだから」と笑った。
「ぶっ倒れるって……」
「そのまんまの意味よ。練習メニュー消化できずに、足がいうこと効かなくなってみんな、ぐでーって」
「あの先輩たちが……?」
「そっ。ま、その辛い練習を乗り越えたから今があるってことだね」
「なるほど……」
「他人事じゃないよ? あなたたちがこのメニューを余裕でこなすくらいになってくれないと、甲子園なんて夢で終わっちゃうんだから。頼むよぉ!」
「いや、想像してみ? こんな状況で勝ち進めば、自ずと視線はあの二人に行く。そして、その二人を差し置いてバッテリーを組んでんのはどこのどいつってなるだろ?」
「それくらいのことで……」
「そうやって視線をあの二人に集めることで、戸口と本橋は自分のことに集中できる。逆に、アイツらにはこれくらいのプレッシャーは乗り越えて貰わなくちゃいけないからな。だから、1と2はアイツらに渡した」とまで言うと、納得したか、とでも投げかけるような視線を伊織に向けた。
「でも、それなら……アイツらも一年なんだし……」
「アイツらにゃこれくらいは乗り越えてもらわなくちゃいけないんだよ。そうじゃないと、彗星に遭っちまった俺たちが報われないだろ?」
ひとしきり言い切ると、真田は「改めて言うが、この番号がベストだ。変更はない」と言い切った。
「この夏、ピッチャーは10番の戸口と11番の上杉を先発で使い、空野が勝負所から抑え。本橋の指もまだ完治してねぇし、正捕手は武山。そうやって今年の夏を突き進む。いいな?」
「……はい」
やや不服そうではあったが、ついに伊織は首を縦に振った。
――さて、この荒療治が吉と出るか、凶と出るか。
これまで矢沢が所属していたGT学園は、いくら入学してきた選手が良くても基本的には年功序列で背番号を渡してきた。他の高校でもだいたいそうで、いくらいい選手でも一年目の夏から一桁の背番号を背負うというのは稀だ。
その理由は、上級生と新入生ではそもそもの基礎体力に雲泥の差があるからだ。
これまで所属していた上級生は、人生の中で体も心も一番成長する時期に、厳しい練習をこなしてきた。その時間で育まれた基礎体力がなければ、夏を戦い抜くことはできない。
もちろん、この彩星高校も例外ではない。やはり体つきを見ると、怪物も天才も三年生と比べるとやはり貧弱だ。
それでも、真田は部内の不和を招いてまで高校野球の花形ともいえる背番号を渡した。それだけの期待を寄せているとともに、このダイヤモンドを精神的にも肉体的にも育てきるという信念の表れだろう。
――……とんでもない仕事を引き受けちまったもんだ。
ともかく、自分の仕事は空野彗という怪物を育てきること。もし仮にこの三年間で潰れてしまうような事態を招くなら、自分はもうこの世界にいる資格はない。
――さ、俺も気張りますかね。
自身にとっても吉兆であることを願いながら、矢沢はその場を後にした。
※
これまで野球部に所属している八十四人でやっていた練習が、二十人に絞られて行われる。それはすなわち、四倍の密度になるほどの練習が待っているということだった。
ランニングなどのアップをした後、三十メートル、四十メートルのキャッチボールに中継プレイ、ポジション別ノック、ケースバッティング――足腰が悲鳴を上げ始めたころ、ようやくバッティング練習が訪れる。
この間、いつもなら片付けの時間などが挟まり体を休めることができるのだが、ベンチを外れたメンバーが片してくれるため、ありがたいことにほぼぶっ続けだ。
「結構……キツいな」
小さく、彗は隣にいる一星にだけ聞こえるように弱音を吐いた。
「凄いね、先輩たち」
一星も、肩で息をしていることから相当疲れていると見える。
しかし、そんなに消耗しているのは自分たちだけ。他の先輩たちは、全員がピンピンとしていた。
特に、三つあるバッティングケージへ真っ先に入った真司は、やっと大好きなバッティング練習ができるとワクワクしているようにさえ見える。
隣のケージにも遅れて宗次郎が入り、最後のケージには新太が。
その背後でネットに向かってのトスバッティングが行われ、彗と一星はそこでカゴ四箱分、数にして四八〇のボールを打つことに。それが終われば今度はティーバッティング、そしてバッティングケージでフリーバッティング。
「あ……ありがとうございました!」
練習が終わるころには、ユニフォームはすっかり泥まみれで。体は乳酸まみれとなっていた。
「高校野球……やっべーな」
「本当にね……」
「まだ元気な先輩たちが信じらんねぇ」
「僕たちが入学する前から、こんな練習してたのかな……」
心ここにあらずといった様子の二人に「あったり前よ」と、肝っ玉母さんこと三年生のマネージャーの凜がスポーツドリンク片手に話しかけた。
「あ、すみません」
「あざっす」
「ま、ついていけるだけでも凄いと思うけどね」
二人の前にしゃがみ込むと、凜は「去年の秋大前、似たような練習やったときはみんなぶっ倒れちゃったんだから」と笑った。
「ぶっ倒れるって……」
「そのまんまの意味よ。練習メニュー消化できずに、足がいうこと効かなくなってみんな、ぐでーって」
「あの先輩たちが……?」
「そっ。ま、その辛い練習を乗り越えたから今があるってことだね」
「なるほど……」
「他人事じゃないよ? あなたたちがこのメニューを余裕でこなすくらいになってくれないと、甲子園なんて夢で終わっちゃうんだから。頼むよぉ!」
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