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第三章
3-12「優勝するための背番号(2)」
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「去年、夏の大会が終わってから監督になって、一年が経とうとしている。これまでベスト16が精々だったこの高校を、強豪校に変貌させるために俺はこの学校に来た。
正直、はじめは無理だと思った。これまでの練習から一変して、プロでも逃げ出したくなるような厳しい練習で、半分以下に部員がいなくなると思ってたからな。
ただ、蓋を開けてみたらどうだ? 一人も退部せず、野球部は強くなった。秋大会で早速結果を残し、春の大会で春日部共平にも勝って、シード権を掴み取った。
今の彩星高校は、文句なしに、強い。
ここまで強くなれたのは、厳しい練習でも根を上げず、逃げず、食らいついてきたお前たちのお陰だと思う。
こんな監督の経験もない胡散臭いヤツに着いてきてくれて、ありがとう」
言い淀むことなく、さらりと言い切る。
しかし、その一言一言が上辺のものでないことは、真田が涙を流していることが証明していた。
真田の涙につられるようにして、ぽつぽつとすすり泣く声が漏れ出す。
「本当は、もう三年くらいかけて徐々に強豪校にしていくつもりだった。背番号もお前たち三年をメインに、って考えてたんだけどよ……幸か不幸か、あの二人が入ってきたことで、大きく予定が狂っちまった」
あの二人が、空野彗と武山一星であることは名前を出さなくても伝わっている。一瞬だけシンとなるが「お前たちも、困惑したよな」という一言で空気が和らいだ気がした。
「神さまの思し召しとか運命とか、そんな簡単な言葉で片付けたくはないが……決心するには充分な実力だった。お前たちも見てわかるくらいにな」
――決心、ね。
矢沢がコーチの打診自体を受けたのは、去年の秋。まさに真田が彩星高校の監督になったばかりのころ。その時は将来的にという申し出だったが、怪物が入部するという情報を掴み、すぐに来て欲しいというものだった。
その時に、決心したのだろう。鬼となって、甲子園優勝を目指すことを。
「まああれだな、俺たちは……〝彗星と遭っちまった〟ってワケだ」
突然沸いて出てきた例え話に、真田を除く自分を含めた全員がハテナマークを浮かべた。理解できなかった人代表として「どういう意味?」と問いかけると、「昔の言い伝えさ」と真田は目を伏せる。
「言い伝え?」
「あぁ。昔、科学とかなんやらが発達する前の話だ。流星群や皆既日食と同じように、大きな災いをもたらす凶兆として、恐れられてたんだよ」
「なんだよ、縁起悪い」
「……ただ、時代が変わると、それを見たヤツは願いが叶うって吉兆になることもあった。要するに、彗星ってのは遭遇した時点で人生が大きく変わっちまうやっかいなもんなんだよ」
そこまで言い切ると、若干空を見上げながら「正に、アイツらみたいにな。そんな、やっかいなもんに遭っちまったんだ、俺たちは。しかも、そんな吉兆だの凶兆だの関係ないってことがわかってる時代によ」と苦笑いを浮かべる。
「ふっ、こりゃ大変だ」
「これが吉兆になるか、凶兆になるかは自分次第ってことになる。この悔しさをバネに成長できるかどうかって、な」
「なるほどね」
「ただ、甲子園に行くって吉兆に俺と二〇人がする。してみせる。その手助けをしてほしい。酷な話になるが……頼めるか?」
真田の問いかけに、生徒たちは〝はいっ!〟と爽やかな返事を重ねた。
信頼を失わず、これからを願いつつ、選ばれた側とそうでなかった側の垣根を無くそうとする話の持っていき方。はじめての夏にしちゃ上出来だな、と上から目線で眺めていると、一人の生徒がすくっと突然立ち上がった。
他の生徒と同じように涙目になっているが、どこか怒りを感じる表情。確か名前は、増山伊織《ますやまいおり》。秋大会ではスタメンだったが、怪我をして以来調子が上がらず、ベンチ入りからも外れた選手だ。
「甲子園に向かってサポートをするのは当然です。自分たち、ここにいるメンバーじゃなくてあの二人が背番号を貰うのもわかります。けど……あの番号じゃいけないんですか?」
「番号?」
「はい。1番と2番は、戸口と本橋が点けるべきだと思います」
「ほう。どうして?」
「……俺たちが辛い練習を続けられたのは、あの二人が引っ張ってくれたからです。1番と2番に相応しい選手になると言い続けて、率先して前を走ってくれた。そんなアイツらに――」
「お前の言い分もわかる」
泣きながら訴えかける伊織を、冷徹にも思える一言で真田は突き放す。
「じゃあ……!」
「言ったろ? 勝つための背番号だって」
「勝つために、あの二人が背番号を譲らないといけないんですか? どうして……!」
「簡単な話だよ。世間の目を、アイツらにだけ向けさせるためだ」
「世間の目?」
「あぁ。俺たちは、連続で甲子園に行ってる春日部共平に勝ち、練習試合とはいえ桜海大葉山と接戦になった。もうとっくに野球ファンの間じゃ話題の高校なんだよ」
そう言いながら、真田は携帯を弄って一つの記事を見せた。焼きおにぎり大臣というあかうんとから投稿された動画付きの記事には、一〇〇〇弱のコメントが書き込まれている。
正直、はじめは無理だと思った。これまでの練習から一変して、プロでも逃げ出したくなるような厳しい練習で、半分以下に部員がいなくなると思ってたからな。
ただ、蓋を開けてみたらどうだ? 一人も退部せず、野球部は強くなった。秋大会で早速結果を残し、春の大会で春日部共平にも勝って、シード権を掴み取った。
今の彩星高校は、文句なしに、強い。
ここまで強くなれたのは、厳しい練習でも根を上げず、逃げず、食らいついてきたお前たちのお陰だと思う。
こんな監督の経験もない胡散臭いヤツに着いてきてくれて、ありがとう」
言い淀むことなく、さらりと言い切る。
しかし、その一言一言が上辺のものでないことは、真田が涙を流していることが証明していた。
真田の涙につられるようにして、ぽつぽつとすすり泣く声が漏れ出す。
「本当は、もう三年くらいかけて徐々に強豪校にしていくつもりだった。背番号もお前たち三年をメインに、って考えてたんだけどよ……幸か不幸か、あの二人が入ってきたことで、大きく予定が狂っちまった」
あの二人が、空野彗と武山一星であることは名前を出さなくても伝わっている。一瞬だけシンとなるが「お前たちも、困惑したよな」という一言で空気が和らいだ気がした。
「神さまの思し召しとか運命とか、そんな簡単な言葉で片付けたくはないが……決心するには充分な実力だった。お前たちも見てわかるくらいにな」
――決心、ね。
矢沢がコーチの打診自体を受けたのは、去年の秋。まさに真田が彩星高校の監督になったばかりのころ。その時は将来的にという申し出だったが、怪物が入部するという情報を掴み、すぐに来て欲しいというものだった。
その時に、決心したのだろう。鬼となって、甲子園優勝を目指すことを。
「まああれだな、俺たちは……〝彗星と遭っちまった〟ってワケだ」
突然沸いて出てきた例え話に、真田を除く自分を含めた全員がハテナマークを浮かべた。理解できなかった人代表として「どういう意味?」と問いかけると、「昔の言い伝えさ」と真田は目を伏せる。
「言い伝え?」
「あぁ。昔、科学とかなんやらが発達する前の話だ。流星群や皆既日食と同じように、大きな災いをもたらす凶兆として、恐れられてたんだよ」
「なんだよ、縁起悪い」
「……ただ、時代が変わると、それを見たヤツは願いが叶うって吉兆になることもあった。要するに、彗星ってのは遭遇した時点で人生が大きく変わっちまうやっかいなもんなんだよ」
そこまで言い切ると、若干空を見上げながら「正に、アイツらみたいにな。そんな、やっかいなもんに遭っちまったんだ、俺たちは。しかも、そんな吉兆だの凶兆だの関係ないってことがわかってる時代によ」と苦笑いを浮かべる。
「ふっ、こりゃ大変だ」
「これが吉兆になるか、凶兆になるかは自分次第ってことになる。この悔しさをバネに成長できるかどうかって、な」
「なるほどね」
「ただ、甲子園に行くって吉兆に俺と二〇人がする。してみせる。その手助けをしてほしい。酷な話になるが……頼めるか?」
真田の問いかけに、生徒たちは〝はいっ!〟と爽やかな返事を重ねた。
信頼を失わず、これからを願いつつ、選ばれた側とそうでなかった側の垣根を無くそうとする話の持っていき方。はじめての夏にしちゃ上出来だな、と上から目線で眺めていると、一人の生徒がすくっと突然立ち上がった。
他の生徒と同じように涙目になっているが、どこか怒りを感じる表情。確か名前は、増山伊織《ますやまいおり》。秋大会ではスタメンだったが、怪我をして以来調子が上がらず、ベンチ入りからも外れた選手だ。
「甲子園に向かってサポートをするのは当然です。自分たち、ここにいるメンバーじゃなくてあの二人が背番号を貰うのもわかります。けど……あの番号じゃいけないんですか?」
「番号?」
「はい。1番と2番は、戸口と本橋が点けるべきだと思います」
「ほう。どうして?」
「……俺たちが辛い練習を続けられたのは、あの二人が引っ張ってくれたからです。1番と2番に相応しい選手になると言い続けて、率先して前を走ってくれた。そんなアイツらに――」
「お前の言い分もわかる」
泣きながら訴えかける伊織を、冷徹にも思える一言で真田は突き放す。
「じゃあ……!」
「言ったろ? 勝つための背番号だって」
「勝つために、あの二人が背番号を譲らないといけないんですか? どうして……!」
「簡単な話だよ。世間の目を、アイツらにだけ向けさせるためだ」
「世間の目?」
「あぁ。俺たちは、連続で甲子園に行ってる春日部共平に勝ち、練習試合とはいえ桜海大葉山と接戦になった。もうとっくに野球ファンの間じゃ話題の高校なんだよ」
そう言いながら、真田は携帯を弄って一つの記事を見せた。焼きおにぎり大臣というあかうんとから投稿された動画付きの記事には、一〇〇〇弱のコメントが書き込まれている。
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