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第三章
3-11「優勝するための背番号(1)」
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『よく集まってくれたな』
練習場に部員が勢揃いすると、拡声器を通して真田が口を開いた。
通常、こうして同世代のしかも男だけが集まると、ざわつきから声が通らないなんてことがよくある。具体的に言えば夏休み前の全校集会などが良い例だ。
しかし、このグラウンドでは微かな声すら聞こえない。自分のツバを飲み込む音さえ聞こえてくるみたいで、深海にいるみたいだと彗は感じていた。
そんな静寂を、真田の声が切り裂く。
『さて、昨日チャットで言ってた、夏の県大会を戦い抜く二十人を発表するワケだが』とまで言うと、一呼吸置いてから『まず、最初に言わなくちゃいけないことがある』と続けた。
「言わなくちゃいけない……?」
だれかが、そう呟く。真田はだれが言葉を発したかわかったのだろう。少し右を向きながら『あぁ。お前らにとっていいことか悪いことかはわからないがな』というと、間髪入れずに『今年から、彩星高校は優勝することを目標とする』と言い放った。
ここでようやく、静寂がざわめきによって崩れる。どういうこと、何が変わるんだよという声を耳にしながら、彗も「優勝を目指すって、当然じゃねえの?」と隣にいた一星に問いかけるも「僕にもわからないよ」と突っ返された。
そんな不毛なやり取りを『あ、優勝ってのは甲子園の優勝な』というあまりにも重い一言が片付けた。
ざわっ、と波のように緊張感が押し寄せてくる。
『その甲子園優勝って目標のために、この背番号を渡す。そのことを重々承知してから、この番号を受け取って貰えたらと思う。呼ばれたヤツは、返事をして前に来てくれ』
そこまで言うと、真田は拡声器を地面に置いてから、声を張り上げた。
「まず、背番号1。空野彗」
※
背番号、1。
昨年、一個上の先輩たちが引退してから今日に至るまで自分が付けていた番号。三年生の夏、最後までそれを背負う覚悟はあったし、野球を始めたころからの夢だった。
しかし、高校生最後の夏、その背番号を背負うのは、一年生の怪物らしい。
困惑しながら背番号を受け取る怪物を見、新太は「そりゃ、そうか」と、誰にも聞こえないくらいの声で呟いた。
湧き出てくる感情の中に、妬みや嫉みはない。
あるのは、虚しさだけ。
どこかで、そうなるかもとは思っていたのかもしれない。
相手は、中学時代から日の丸を背負った150キロオーバーの怪物。
対して自分は、野球での進学も難しそうなただの一般人。怪物に勝っているところと言えば、多少珍しい左投げであるということと、高校野球の経験があること、年齢が上であることくらいだ。
勝てるはずがない、と考えていたのだろう。
エースの器ではない、と気づいていたのだろう。
でも、涙が出てくるのを止めることはできなかった。
「優勝を目指すってことは、こういうことなんだな」
隣にいて、唯一涙を流していることに気づいただろう宗次郎が呟く。
なんて返したらいいか言葉に言い淀んでいると「多分、俺もだ」と右の人差し指を眺めながら宗次郎は顔を上げた。
「えっ?」
漏れ出た困惑の言葉を意に介さず、真田は言葉を続ける。
「続いて、背番号2。武山一星」
呼ばれたのは、またもや一年生。彗と同じく、なぜこんな中堅校に来たのかわからない天才だ。
練習時や試合で見せている豪快なバッティングとはかけ離れた、おどおどとした様子で背番号を受け取ると、一度会釈をしてから彗の隣に並んだ。
怪物と、天才。かつて自分たちが背負っていた番号を抱えている。
それもすました顔で。
――あいつらは、背番号貰って当然って考えてるんだろうな……。
宗次郎とは、何度もこの背番号のことについて語り合ってきた。入部した当初から、それぞれの目標が1番と2番で、三年生のとき互いにその番号を背負って夏を戦おうと切磋琢磨してきた。
いくら試合に負けようと、苦しい練習があろうと、この夢があるからこそ頑張ってこれた。
それほどに思い入れのある番号。その夢は、叶うことはもうない。
「続いて3番、本橋宗次郎――」
しかし、そんな感情になっている自分に気づくはずもなく。淡々と背番号が呼ばれていく。
4番、三年・佐竹良明《さたけよしあき》。
5番、二年・榎下嵐。
6番、二年・田名部真司。
7番、三年・高山浩平《たかやまこうへい》。
8番、二年・岡崎鋼。
9番、三年・那須文哉《なすふみや》。
そして、10番。戸口新太。
番号は二桁にもなり、いよいよ目の前が真っ暗になった。
※
「――以上、二十人でこの夏を戦う」
波乱のあった選出と言っていいだろう。番号を渡し終えてもざわつきが収まらないことが、その証拠だな、と矢沢は苦笑いを浮かべた。
「これより30分後、練習を行う。名前を呼ばれたヤツと、1、2年は十分くらい外走ってきてくれ。アップだ」
その言葉を合図に、動揺が収まらない集団はのそのそとグラウンドを後にした。
残ったのは、背番号を貰えなかった三年生のみ。
納得がいかない表情の生徒もいれば、涙を流す生徒もいる。それもそのはず、今日で彼らの高校野球は幕を閉じたからだ。
これまで、GT学園でも散々見てきたこの光景。全員に番号を与えたいが、枠は限られている。自分が高校三年生のときも、背番号を貰えなかったことを思い出していると「さて、まず一言。みんなに言いたいことがある」と真田が口を開いた。
練習場に部員が勢揃いすると、拡声器を通して真田が口を開いた。
通常、こうして同世代のしかも男だけが集まると、ざわつきから声が通らないなんてことがよくある。具体的に言えば夏休み前の全校集会などが良い例だ。
しかし、このグラウンドでは微かな声すら聞こえない。自分のツバを飲み込む音さえ聞こえてくるみたいで、深海にいるみたいだと彗は感じていた。
そんな静寂を、真田の声が切り裂く。
『さて、昨日チャットで言ってた、夏の県大会を戦い抜く二十人を発表するワケだが』とまで言うと、一呼吸置いてから『まず、最初に言わなくちゃいけないことがある』と続けた。
「言わなくちゃいけない……?」
だれかが、そう呟く。真田はだれが言葉を発したかわかったのだろう。少し右を向きながら『あぁ。お前らにとっていいことか悪いことかはわからないがな』というと、間髪入れずに『今年から、彩星高校は優勝することを目標とする』と言い放った。
ここでようやく、静寂がざわめきによって崩れる。どういうこと、何が変わるんだよという声を耳にしながら、彗も「優勝を目指すって、当然じゃねえの?」と隣にいた一星に問いかけるも「僕にもわからないよ」と突っ返された。
そんな不毛なやり取りを『あ、優勝ってのは甲子園の優勝な』というあまりにも重い一言が片付けた。
ざわっ、と波のように緊張感が押し寄せてくる。
『その甲子園優勝って目標のために、この背番号を渡す。そのことを重々承知してから、この番号を受け取って貰えたらと思う。呼ばれたヤツは、返事をして前に来てくれ』
そこまで言うと、真田は拡声器を地面に置いてから、声を張り上げた。
「まず、背番号1。空野彗」
※
背番号、1。
昨年、一個上の先輩たちが引退してから今日に至るまで自分が付けていた番号。三年生の夏、最後までそれを背負う覚悟はあったし、野球を始めたころからの夢だった。
しかし、高校生最後の夏、その背番号を背負うのは、一年生の怪物らしい。
困惑しながら背番号を受け取る怪物を見、新太は「そりゃ、そうか」と、誰にも聞こえないくらいの声で呟いた。
湧き出てくる感情の中に、妬みや嫉みはない。
あるのは、虚しさだけ。
どこかで、そうなるかもとは思っていたのかもしれない。
相手は、中学時代から日の丸を背負った150キロオーバーの怪物。
対して自分は、野球での進学も難しそうなただの一般人。怪物に勝っているところと言えば、多少珍しい左投げであるということと、高校野球の経験があること、年齢が上であることくらいだ。
勝てるはずがない、と考えていたのだろう。
エースの器ではない、と気づいていたのだろう。
でも、涙が出てくるのを止めることはできなかった。
「優勝を目指すってことは、こういうことなんだな」
隣にいて、唯一涙を流していることに気づいただろう宗次郎が呟く。
なんて返したらいいか言葉に言い淀んでいると「多分、俺もだ」と右の人差し指を眺めながら宗次郎は顔を上げた。
「えっ?」
漏れ出た困惑の言葉を意に介さず、真田は言葉を続ける。
「続いて、背番号2。武山一星」
呼ばれたのは、またもや一年生。彗と同じく、なぜこんな中堅校に来たのかわからない天才だ。
練習時や試合で見せている豪快なバッティングとはかけ離れた、おどおどとした様子で背番号を受け取ると、一度会釈をしてから彗の隣に並んだ。
怪物と、天才。かつて自分たちが背負っていた番号を抱えている。
それもすました顔で。
――あいつらは、背番号貰って当然って考えてるんだろうな……。
宗次郎とは、何度もこの背番号のことについて語り合ってきた。入部した当初から、それぞれの目標が1番と2番で、三年生のとき互いにその番号を背負って夏を戦おうと切磋琢磨してきた。
いくら試合に負けようと、苦しい練習があろうと、この夢があるからこそ頑張ってこれた。
それほどに思い入れのある番号。その夢は、叶うことはもうない。
「続いて3番、本橋宗次郎――」
しかし、そんな感情になっている自分に気づくはずもなく。淡々と背番号が呼ばれていく。
4番、三年・佐竹良明《さたけよしあき》。
5番、二年・榎下嵐。
6番、二年・田名部真司。
7番、三年・高山浩平《たかやまこうへい》。
8番、二年・岡崎鋼。
9番、三年・那須文哉《なすふみや》。
そして、10番。戸口新太。
番号は二桁にもなり、いよいよ目の前が真っ暗になった。
※
「――以上、二十人でこの夏を戦う」
波乱のあった選出と言っていいだろう。番号を渡し終えてもざわつきが収まらないことが、その証拠だな、と矢沢は苦笑いを浮かべた。
「これより30分後、練習を行う。名前を呼ばれたヤツと、1、2年は十分くらい外走ってきてくれ。アップだ」
その言葉を合図に、動揺が収まらない集団はのそのそとグラウンドを後にした。
残ったのは、背番号を貰えなかった三年生のみ。
納得がいかない表情の生徒もいれば、涙を流す生徒もいる。それもそのはず、今日で彼らの高校野球は幕を閉じたからだ。
これまで、GT学園でも散々見てきたこの光景。全員に番号を与えたいが、枠は限られている。自分が高校三年生のときも、背番号を貰えなかったことを思い出していると「さて、まず一言。みんなに言いたいことがある」と真田が口を開いた。
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