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第三章
3-09「ライバルinカラオケ(4)」
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音葉が宇多田ヒカルの〝Beautiful World〟を歌い出す。今日歌った曲のうち半分以上が同アーティストの曲なあたり相当好きなんだな、などと考えていると、ブルルルと電話が鳴り響き、横やりを入れた。
ルーム内で鳴る電話は曲が流れていても気づけるように大音量なのが決まりで、一度でも訪れたら分かるものだが、彼女も久方ぶりのカラオケなのだろう。背後から鳴り響いた音にビクリと体を震わせ、両手で握るマイクがぴょんと空を跳びかけた。
それに合わせて、サビ前のこれからというところでなんとか保っていた音程がぐんと弾ける。
「はい」
音葉を制して電話を受け取ると、案の定、十分前を知らせる店員だった。
『終了十分前になっております。延長は如何なさいますか?』
向こうとすれば勿論延長して欲しいのだろうが、正直この空間に耐えられそうもない。音葉も同じようで、ちらりと伺ってみると歌いながら首を横に振っていた。
「延長は――」
ナシで。そう続けようとした瞬間、右手の受話器が誰かに奪い取られたかと思うと「十五分延長で!」と予想外の答えが彗の背後から襲いかかった。
「は⁉」
突然の出来事に、思考が停止する。
音葉は歌っている途中で無理、店員がこんなことするわけもない。雄介も戻ってきたら何かしらの合図をするはず。
じゃあだれだ――ようやく整った心を持って、不安を感じながらも彗は振り返り勝手に延長をした声の主を見た。
サングラスをかけ、全容はわからない。しかし、その自信満々な立ち振る舞いと「久しぶりー、怪物くん」という話し方には覚えがあった。
春日部共平の背番号1、暴君・兵頭風雅だ。
「もしかして……兵頭さん?」
「ビンゴ!」
脳裏に浮かんだ予想をそのまま口にすると、サングラスを外しにやりと風雅が笑みを見せた。電車でストーキングをして、回転軸の言いストレートを投げるためのアドバイスを貰って以来、一ヶ月ぶりの再会となる。
「……こんなとこで、何してるんすか?」
まず電車での出来事を謝罪したり、投球フォームの至難を貰ったことに対するお礼を伝えたりすることが筋だろうが、そんなことよりもこの状況のことを問わずにはいられなかった。
「なにって、カラオケ来たらやるこた一つでしょ」とマイクを指差す。
「いや、そうじゃなくて……なんで俺らが来てるってこと知ってたんですか?」
「あ、デートの邪魔しちゃったこと怒ってる! ごめんねぇ、空気読めなくてさ。みてほら、俺の左手。KY線あるでしょ? よく言われるんだわ。俺も直したいと思うんだけどさ――」
風雅の一人語りが始まり、収拾が付かなくなると思った瞬間、風雅の脳天を大きい拳が襲った。ゴンッ、と隕石が落ちたかのような効果音が耳に届く。
「いってぇ!」
風雅は頭を抑えて飛び上がる。そのげんこつを与えた主、風雅と同じく春日部共平の野球部であり、主将を務める烏丸海斗が「……すまん」といいながら深々と頭を下げた。
「い、いえ……」
「どうぞ続けてくれ、持って帰るから」
「えっと……大丈夫です」
こんな状況で歌えるはずもなく。音葉は引きつった作り笑いで乗り切ると、曲をキャンセルさせると「ど、どなた?」とこっそり彗に問いかけた。
「……春日部共平のバッテリー」と答えると、音葉は「あ、そういえば見覚えある……」と呟いてから彗の背後に隠れた。
「いやー、ごめんね、驚かせちゃって。実はここの店員に、共平の先輩がいてさ。噂の怪物が来てるぞ、なんて言われちゃったもんだからつい。練習オフなんだ」
プライバシー管理どうなってるんだ、なんて悪態を付きながら「文化祭があるんで、今週は部活禁止なんですよ」と応えると、疲れた様子のない二人を見て「共平さんもオフですか?」と質問を投げ返した。
「あー……今日は部活って言えば部活なんだ。練習ではないけどね」
「部活?」
「そう。簡単に言えば、決別の日って感じかね」
きりっと格好つけながら風雅が言うが、その意図がくみ取れず彗と音葉は首を傾げる。そんな二人を見て風雅がケタケタ笑うが、海斗が「まどろっこしい」と再びげんこつをお見舞いしてから「昨日、ウチで背番号が発表されてな。番号を貰えなかった三年生の見送りだ」と続けた。
そう語る海斗の表情には、重みがあった。その表情が、背番号を貰えなかった三年生という言葉に重みをもたせる。
「これまで三年間、野球漬けにしたのに背番号を渡せなかったっていう監督の奢りでね。俺たち背番号をもらったメンバーも、思いを背負えってことで参加してんだ」
春日部共平の部員数は大体学年ごとに二十人ほどという、強豪校としては珍しい少数精鋭の集団。とはいっても、一年生から三年生まででは六十人としても、背番号を貰えるのは二十人までと限りがある。
かといって、すぐに野球部を引退するわけではない。
夏の大会に挑むため、背番号を持っている選手のために、球拾いやバッティングピッチャーなどのサポートに回ることとなる。
これは、そのための踏ん切りをつけるための集い。
ルーム内で鳴る電話は曲が流れていても気づけるように大音量なのが決まりで、一度でも訪れたら分かるものだが、彼女も久方ぶりのカラオケなのだろう。背後から鳴り響いた音にビクリと体を震わせ、両手で握るマイクがぴょんと空を跳びかけた。
それに合わせて、サビ前のこれからというところでなんとか保っていた音程がぐんと弾ける。
「はい」
音葉を制して電話を受け取ると、案の定、十分前を知らせる店員だった。
『終了十分前になっております。延長は如何なさいますか?』
向こうとすれば勿論延長して欲しいのだろうが、正直この空間に耐えられそうもない。音葉も同じようで、ちらりと伺ってみると歌いながら首を横に振っていた。
「延長は――」
ナシで。そう続けようとした瞬間、右手の受話器が誰かに奪い取られたかと思うと「十五分延長で!」と予想外の答えが彗の背後から襲いかかった。
「は⁉」
突然の出来事に、思考が停止する。
音葉は歌っている途中で無理、店員がこんなことするわけもない。雄介も戻ってきたら何かしらの合図をするはず。
じゃあだれだ――ようやく整った心を持って、不安を感じながらも彗は振り返り勝手に延長をした声の主を見た。
サングラスをかけ、全容はわからない。しかし、その自信満々な立ち振る舞いと「久しぶりー、怪物くん」という話し方には覚えがあった。
春日部共平の背番号1、暴君・兵頭風雅だ。
「もしかして……兵頭さん?」
「ビンゴ!」
脳裏に浮かんだ予想をそのまま口にすると、サングラスを外しにやりと風雅が笑みを見せた。電車でストーキングをして、回転軸の言いストレートを投げるためのアドバイスを貰って以来、一ヶ月ぶりの再会となる。
「……こんなとこで、何してるんすか?」
まず電車での出来事を謝罪したり、投球フォームの至難を貰ったことに対するお礼を伝えたりすることが筋だろうが、そんなことよりもこの状況のことを問わずにはいられなかった。
「なにって、カラオケ来たらやるこた一つでしょ」とマイクを指差す。
「いや、そうじゃなくて……なんで俺らが来てるってこと知ってたんですか?」
「あ、デートの邪魔しちゃったこと怒ってる! ごめんねぇ、空気読めなくてさ。みてほら、俺の左手。KY線あるでしょ? よく言われるんだわ。俺も直したいと思うんだけどさ――」
風雅の一人語りが始まり、収拾が付かなくなると思った瞬間、風雅の脳天を大きい拳が襲った。ゴンッ、と隕石が落ちたかのような効果音が耳に届く。
「いってぇ!」
風雅は頭を抑えて飛び上がる。そのげんこつを与えた主、風雅と同じく春日部共平の野球部であり、主将を務める烏丸海斗が「……すまん」といいながら深々と頭を下げた。
「い、いえ……」
「どうぞ続けてくれ、持って帰るから」
「えっと……大丈夫です」
こんな状況で歌えるはずもなく。音葉は引きつった作り笑いで乗り切ると、曲をキャンセルさせると「ど、どなた?」とこっそり彗に問いかけた。
「……春日部共平のバッテリー」と答えると、音葉は「あ、そういえば見覚えある……」と呟いてから彗の背後に隠れた。
「いやー、ごめんね、驚かせちゃって。実はここの店員に、共平の先輩がいてさ。噂の怪物が来てるぞ、なんて言われちゃったもんだからつい。練習オフなんだ」
プライバシー管理どうなってるんだ、なんて悪態を付きながら「文化祭があるんで、今週は部活禁止なんですよ」と応えると、疲れた様子のない二人を見て「共平さんもオフですか?」と質問を投げ返した。
「あー……今日は部活って言えば部活なんだ。練習ではないけどね」
「部活?」
「そう。簡単に言えば、決別の日って感じかね」
きりっと格好つけながら風雅が言うが、その意図がくみ取れず彗と音葉は首を傾げる。そんな二人を見て風雅がケタケタ笑うが、海斗が「まどろっこしい」と再びげんこつをお見舞いしてから「昨日、ウチで背番号が発表されてな。番号を貰えなかった三年生の見送りだ」と続けた。
そう語る海斗の表情には、重みがあった。その表情が、背番号を貰えなかった三年生という言葉に重みをもたせる。
「これまで三年間、野球漬けにしたのに背番号を渡せなかったっていう監督の奢りでね。俺たち背番号をもらったメンバーも、思いを背負えってことで参加してんだ」
春日部共平の部員数は大体学年ごとに二十人ほどという、強豪校としては珍しい少数精鋭の集団。とはいっても、一年生から三年生まででは六十人としても、背番号を貰えるのは二十人までと限りがある。
かといって、すぐに野球部を引退するわけではない。
夏の大会に挑むため、背番号を持っている選手のために、球拾いやバッティングピッチャーなどのサポートに回ることとなる。
これは、そのための踏ん切りをつけるための集い。
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