164 / 179
第三章
3-08「ライバルinカラオケ(3)」
しおりを挟む
別にこのまま居座っても良いのだが、明らかねペアになっている二人と個室で閉じ込められるくらいなら、親のお使いをしている方がマシだ。一度部屋に戻ると「わり、ちょっと用事が出来た」と言うと、荷物を纏めてそそくさと雄介は部屋を後にした。
フロントで途中退室する旨を伝えると、店員は何かを察したように引きつった笑顔で対応してくれた。またそれがもの悲しさを増長させた。
取っていた時間は一時間半で、残り三十分弱はあったが全てパー。なけなしの小遣いから無事一時間半分の料金を払って店を出ると、まず最初にため息が零れた。
――まあ、そうだよな。
彗は男子の目から見てもいい奴で、モテる理由もわかる。なにかに燃えている人間はそれだけで魅力的だし、なにかを成し遂げた人間はそれだけで格好良く見える。これまで頑張ってきたからこそ音葉が惹かれるのだろう。
対して自分は、何かとつけて中途半端。多趣味と言えば秋声はいいが要は飽きっぽいというわけで、勉強や習い事、趣味でさえ〝これなら誰にも負けない!〟誇れるものはない。そんなほっぽり出してきた雑人間を好きになるだろうか、と自問自答すると、すぐに自分ならそんな女子を好きにならないという結論に至り、より自己嫌悪に陥った。
――バットでも振るか。
幸いまだ高校一年生。これから誇れるものができるだけでも違うはず。そんな一心で雄介は近所のスーパーである〝トグチ・マート〟へ歩を進めた。
※
よく少女漫画や恋愛系のシーンでよく見る修羅場を、まさか自分が再現することになるとは――笑顔のまま警戒を崩さず、真奈美はYOASOBIの〝三原色〟を歌い上げた。
見知った仲ならばセーブする必要はないのだが、今は他クラスのメンバーで構成されたアウェーの空間に飛び込んでいる形。あまりに高得点を出してしまうと空気が壊れてしまうかも知れない。それなりに下手っぽく、それなりな点数をと細心の注意を払って歌った結果、85点という理想的な点数になってくれた。
「ごめん、急に来ちゃって……」
「いや、正直助かる」
一星の左隣に座り、コソコソと顔を近づけて話をすることがどこか嬉しく新鮮で、心を躍らせていた真奈美だったが「いやービックリしちゃった。武山、野球だけじゃなくて歌も上手いんだね」と宮原が遮るように割って入ってきた。
あくまで偶然を装っているが、確信犯だろう。その証拠に、一星の右隣を確保しつつ真奈美を見る目がどこか牽制をしているような、鋭い目をしている。
彼女も、一星のことを――負けてられないと真奈美は「一星歌上手いんだ。何歌ったの?」とぐいっと顔を寄せた。
「ヒゲダンの宿命だけど……」
「ヒゲダン歌えるんだぁ! あれ、キー高いのにすごぉ」
「最近の曲で知ってるのそれくらいしかなかったから……」
「最近の……?」
一星の口から漏れたヒントを総動員させる。野球を知るために、まずはプロ野球よりも高校野球だ、と勉強のため関連動画をひたすら見た時を思い出す。そして、甲子園のテーマソングだと辿り着き、話題を広げようと口を開いた瞬間、「あ、そういえば宿命って甲子園のテーマソングだったよね」と宮原が先行した。
「あ、そうなんだよ。あの歌好きでさ」
「でもああれ確か2019年でしょ? 六年前って……あんまし音楽とか興味ないの?」
「興味がないって言うよりも、昔の曲が好きな感じかな……コブクロとか」
「渋いねー! 次それ歌ってよ!」
会話が弾む二人。割り込む隙を与えない宮原に気圧されていると、彼女はふんっ、と鼻を鳴らし、一生懸命新しい曲を入力している一星越しに勝ち誇ったような表情を見せてくる。
手練れ。
その一言が真奈美の脳裏を過ぎった。
――負けてられないなぁ……。
弾いている暇はないと自分に言い聞かせて、真奈美は「ね、コブクロならさ、これ一緒に歌わない?」と検索結果が表示されているタッチパネルの中から〝WINDING ROAD〟を指差す。
「これ、三人の曲じゃ……」
「この曲って絢香と小渕の高いところあるでしょ? 宮原さんと私で担当すればいいじゃん」
「あ、なるほど」
「こういうのってさぁ、こういう機会じゃないと歌えないし、やってみようよ! 宮原さんもいい?」
そう問いかけると、彼女も上等だと言わんばかりの表情で「いいよ! でも、歌えるかなー」と笑った。
向こうも徹底抗戦の構えだ。一切引く気はないらしい。
恐らく先程の85点を基準としているのだろう。若干の余裕も垣間見える。
――……よし。
こうなれば、もう猫を被る必要はない。
ワイヤレスイヤホンを耳につけ、こっそりと曲を予習しつつ、場の空気をこれ以上乱さないよう最低限名前も知らない同級生に愛の手をしながら、真奈美は決戦の時を待った。
※
「ふー……」
結局二人で歌えるような曲が見つからず。取りあえず得意な曲を歌いきると、彗はどすっと座り込んだ。元々四人で使用する予定だったカラオケルームだが、今はなぜか二人だけ。
妙に広々しく感じるが、当初二人で座っていた位置からわざわざ動く理由も見当たらず、なぜか隣り合わせで歌うばかりだった。
フロントで途中退室する旨を伝えると、店員は何かを察したように引きつった笑顔で対応してくれた。またそれがもの悲しさを増長させた。
取っていた時間は一時間半で、残り三十分弱はあったが全てパー。なけなしの小遣いから無事一時間半分の料金を払って店を出ると、まず最初にため息が零れた。
――まあ、そうだよな。
彗は男子の目から見てもいい奴で、モテる理由もわかる。なにかに燃えている人間はそれだけで魅力的だし、なにかを成し遂げた人間はそれだけで格好良く見える。これまで頑張ってきたからこそ音葉が惹かれるのだろう。
対して自分は、何かとつけて中途半端。多趣味と言えば秋声はいいが要は飽きっぽいというわけで、勉強や習い事、趣味でさえ〝これなら誰にも負けない!〟誇れるものはない。そんなほっぽり出してきた雑人間を好きになるだろうか、と自問自答すると、すぐに自分ならそんな女子を好きにならないという結論に至り、より自己嫌悪に陥った。
――バットでも振るか。
幸いまだ高校一年生。これから誇れるものができるだけでも違うはず。そんな一心で雄介は近所のスーパーである〝トグチ・マート〟へ歩を進めた。
※
よく少女漫画や恋愛系のシーンでよく見る修羅場を、まさか自分が再現することになるとは――笑顔のまま警戒を崩さず、真奈美はYOASOBIの〝三原色〟を歌い上げた。
見知った仲ならばセーブする必要はないのだが、今は他クラスのメンバーで構成されたアウェーの空間に飛び込んでいる形。あまりに高得点を出してしまうと空気が壊れてしまうかも知れない。それなりに下手っぽく、それなりな点数をと細心の注意を払って歌った結果、85点という理想的な点数になってくれた。
「ごめん、急に来ちゃって……」
「いや、正直助かる」
一星の左隣に座り、コソコソと顔を近づけて話をすることがどこか嬉しく新鮮で、心を躍らせていた真奈美だったが「いやービックリしちゃった。武山、野球だけじゃなくて歌も上手いんだね」と宮原が遮るように割って入ってきた。
あくまで偶然を装っているが、確信犯だろう。その証拠に、一星の右隣を確保しつつ真奈美を見る目がどこか牽制をしているような、鋭い目をしている。
彼女も、一星のことを――負けてられないと真奈美は「一星歌上手いんだ。何歌ったの?」とぐいっと顔を寄せた。
「ヒゲダンの宿命だけど……」
「ヒゲダン歌えるんだぁ! あれ、キー高いのにすごぉ」
「最近の曲で知ってるのそれくらいしかなかったから……」
「最近の……?」
一星の口から漏れたヒントを総動員させる。野球を知るために、まずはプロ野球よりも高校野球だ、と勉強のため関連動画をひたすら見た時を思い出す。そして、甲子園のテーマソングだと辿り着き、話題を広げようと口を開いた瞬間、「あ、そういえば宿命って甲子園のテーマソングだったよね」と宮原が先行した。
「あ、そうなんだよ。あの歌好きでさ」
「でもああれ確か2019年でしょ? 六年前って……あんまし音楽とか興味ないの?」
「興味がないって言うよりも、昔の曲が好きな感じかな……コブクロとか」
「渋いねー! 次それ歌ってよ!」
会話が弾む二人。割り込む隙を与えない宮原に気圧されていると、彼女はふんっ、と鼻を鳴らし、一生懸命新しい曲を入力している一星越しに勝ち誇ったような表情を見せてくる。
手練れ。
その一言が真奈美の脳裏を過ぎった。
――負けてられないなぁ……。
弾いている暇はないと自分に言い聞かせて、真奈美は「ね、コブクロならさ、これ一緒に歌わない?」と検索結果が表示されているタッチパネルの中から〝WINDING ROAD〟を指差す。
「これ、三人の曲じゃ……」
「この曲って絢香と小渕の高いところあるでしょ? 宮原さんと私で担当すればいいじゃん」
「あ、なるほど」
「こういうのってさぁ、こういう機会じゃないと歌えないし、やってみようよ! 宮原さんもいい?」
そう問いかけると、彼女も上等だと言わんばかりの表情で「いいよ! でも、歌えるかなー」と笑った。
向こうも徹底抗戦の構えだ。一切引く気はないらしい。
恐らく先程の85点を基準としているのだろう。若干の余裕も垣間見える。
――……よし。
こうなれば、もう猫を被る必要はない。
ワイヤレスイヤホンを耳につけ、こっそりと曲を予習しつつ、場の空気をこれ以上乱さないよう最低限名前も知らない同級生に愛の手をしながら、真奈美は決戦の時を待った。
※
「ふー……」
結局二人で歌えるような曲が見つからず。取りあえず得意な曲を歌いきると、彗はどすっと座り込んだ。元々四人で使用する予定だったカラオケルームだが、今はなぜか二人だけ。
妙に広々しく感じるが、当初二人で座っていた位置からわざわざ動く理由も見当たらず、なぜか隣り合わせで歌うばかりだった。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~
蒼田
青春
人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。
目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。
しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。
事故から助けることで始まる活発少女との関係。
愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。
愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。
故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。
*本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる