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第三章
3-08「ライバルinカラオケ(3)」
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別にこのまま居座っても良いのだが、明らかねペアになっている二人と個室で閉じ込められるくらいなら、親のお使いをしている方がマシだ。一度部屋に戻ると「わり、ちょっと用事が出来た」と言うと、荷物を纏めてそそくさと雄介は部屋を後にした。
フロントで途中退室する旨を伝えると、店員は何かを察したように引きつった笑顔で対応してくれた。またそれがもの悲しさを増長させた。
取っていた時間は一時間半で、残り三十分弱はあったが全てパー。なけなしの小遣いから無事一時間半分の料金を払って店を出ると、まず最初にため息が零れた。
――まあ、そうだよな。
彗は男子の目から見てもいい奴で、モテる理由もわかる。なにかに燃えている人間はそれだけで魅力的だし、なにかを成し遂げた人間はそれだけで格好良く見える。これまで頑張ってきたからこそ音葉が惹かれるのだろう。
対して自分は、何かとつけて中途半端。多趣味と言えば秋声はいいが要は飽きっぽいというわけで、勉強や習い事、趣味でさえ〝これなら誰にも負けない!〟誇れるものはない。そんなほっぽり出してきた雑人間を好きになるだろうか、と自問自答すると、すぐに自分ならそんな女子を好きにならないという結論に至り、より自己嫌悪に陥った。
――バットでも振るか。
幸いまだ高校一年生。これから誇れるものができるだけでも違うはず。そんな一心で雄介は近所のスーパーである〝トグチ・マート〟へ歩を進めた。
※
よく少女漫画や恋愛系のシーンでよく見る修羅場を、まさか自分が再現することになるとは――笑顔のまま警戒を崩さず、真奈美はYOASOBIの〝三原色〟を歌い上げた。
見知った仲ならばセーブする必要はないのだが、今は他クラスのメンバーで構成されたアウェーの空間に飛び込んでいる形。あまりに高得点を出してしまうと空気が壊れてしまうかも知れない。それなりに下手っぽく、それなりな点数をと細心の注意を払って歌った結果、85点という理想的な点数になってくれた。
「ごめん、急に来ちゃって……」
「いや、正直助かる」
一星の左隣に座り、コソコソと顔を近づけて話をすることがどこか嬉しく新鮮で、心を躍らせていた真奈美だったが「いやービックリしちゃった。武山、野球だけじゃなくて歌も上手いんだね」と宮原が遮るように割って入ってきた。
あくまで偶然を装っているが、確信犯だろう。その証拠に、一星の右隣を確保しつつ真奈美を見る目がどこか牽制をしているような、鋭い目をしている。
彼女も、一星のことを――負けてられないと真奈美は「一星歌上手いんだ。何歌ったの?」とぐいっと顔を寄せた。
「ヒゲダンの宿命だけど……」
「ヒゲダン歌えるんだぁ! あれ、キー高いのにすごぉ」
「最近の曲で知ってるのそれくらいしかなかったから……」
「最近の……?」
一星の口から漏れたヒントを総動員させる。野球を知るために、まずはプロ野球よりも高校野球だ、と勉強のため関連動画をひたすら見た時を思い出す。そして、甲子園のテーマソングだと辿り着き、話題を広げようと口を開いた瞬間、「あ、そういえば宿命って甲子園のテーマソングだったよね」と宮原が先行した。
「あ、そうなんだよ。あの歌好きでさ」
「でもああれ確か2019年でしょ? 六年前って……あんまし音楽とか興味ないの?」
「興味がないって言うよりも、昔の曲が好きな感じかな……コブクロとか」
「渋いねー! 次それ歌ってよ!」
会話が弾む二人。割り込む隙を与えない宮原に気圧されていると、彼女はふんっ、と鼻を鳴らし、一生懸命新しい曲を入力している一星越しに勝ち誇ったような表情を見せてくる。
手練れ。
その一言が真奈美の脳裏を過ぎった。
――負けてられないなぁ……。
弾いている暇はないと自分に言い聞かせて、真奈美は「ね、コブクロならさ、これ一緒に歌わない?」と検索結果が表示されているタッチパネルの中から〝WINDING ROAD〟を指差す。
「これ、三人の曲じゃ……」
「この曲って絢香と小渕の高いところあるでしょ? 宮原さんと私で担当すればいいじゃん」
「あ、なるほど」
「こういうのってさぁ、こういう機会じゃないと歌えないし、やってみようよ! 宮原さんもいい?」
そう問いかけると、彼女も上等だと言わんばかりの表情で「いいよ! でも、歌えるかなー」と笑った。
向こうも徹底抗戦の構えだ。一切引く気はないらしい。
恐らく先程の85点を基準としているのだろう。若干の余裕も垣間見える。
――……よし。
こうなれば、もう猫を被る必要はない。
ワイヤレスイヤホンを耳につけ、こっそりと曲を予習しつつ、場の空気をこれ以上乱さないよう最低限名前も知らない同級生に愛の手をしながら、真奈美は決戦の時を待った。
※
「ふー……」
結局二人で歌えるような曲が見つからず。取りあえず得意な曲を歌いきると、彗はどすっと座り込んだ。元々四人で使用する予定だったカラオケルームだが、今はなぜか二人だけ。
妙に広々しく感じるが、当初二人で座っていた位置からわざわざ動く理由も見当たらず、なぜか隣り合わせで歌うばかりだった。
フロントで途中退室する旨を伝えると、店員は何かを察したように引きつった笑顔で対応してくれた。またそれがもの悲しさを増長させた。
取っていた時間は一時間半で、残り三十分弱はあったが全てパー。なけなしの小遣いから無事一時間半分の料金を払って店を出ると、まず最初にため息が零れた。
――まあ、そうだよな。
彗は男子の目から見てもいい奴で、モテる理由もわかる。なにかに燃えている人間はそれだけで魅力的だし、なにかを成し遂げた人間はそれだけで格好良く見える。これまで頑張ってきたからこそ音葉が惹かれるのだろう。
対して自分は、何かとつけて中途半端。多趣味と言えば秋声はいいが要は飽きっぽいというわけで、勉強や習い事、趣味でさえ〝これなら誰にも負けない!〟誇れるものはない。そんなほっぽり出してきた雑人間を好きになるだろうか、と自問自答すると、すぐに自分ならそんな女子を好きにならないという結論に至り、より自己嫌悪に陥った。
――バットでも振るか。
幸いまだ高校一年生。これから誇れるものができるだけでも違うはず。そんな一心で雄介は近所のスーパーである〝トグチ・マート〟へ歩を進めた。
※
よく少女漫画や恋愛系のシーンでよく見る修羅場を、まさか自分が再現することになるとは――笑顔のまま警戒を崩さず、真奈美はYOASOBIの〝三原色〟を歌い上げた。
見知った仲ならばセーブする必要はないのだが、今は他クラスのメンバーで構成されたアウェーの空間に飛び込んでいる形。あまりに高得点を出してしまうと空気が壊れてしまうかも知れない。それなりに下手っぽく、それなりな点数をと細心の注意を払って歌った結果、85点という理想的な点数になってくれた。
「ごめん、急に来ちゃって……」
「いや、正直助かる」
一星の左隣に座り、コソコソと顔を近づけて話をすることがどこか嬉しく新鮮で、心を躍らせていた真奈美だったが「いやービックリしちゃった。武山、野球だけじゃなくて歌も上手いんだね」と宮原が遮るように割って入ってきた。
あくまで偶然を装っているが、確信犯だろう。その証拠に、一星の右隣を確保しつつ真奈美を見る目がどこか牽制をしているような、鋭い目をしている。
彼女も、一星のことを――負けてられないと真奈美は「一星歌上手いんだ。何歌ったの?」とぐいっと顔を寄せた。
「ヒゲダンの宿命だけど……」
「ヒゲダン歌えるんだぁ! あれ、キー高いのにすごぉ」
「最近の曲で知ってるのそれくらいしかなかったから……」
「最近の……?」
一星の口から漏れたヒントを総動員させる。野球を知るために、まずはプロ野球よりも高校野球だ、と勉強のため関連動画をひたすら見た時を思い出す。そして、甲子園のテーマソングだと辿り着き、話題を広げようと口を開いた瞬間、「あ、そういえば宿命って甲子園のテーマソングだったよね」と宮原が先行した。
「あ、そうなんだよ。あの歌好きでさ」
「でもああれ確か2019年でしょ? 六年前って……あんまし音楽とか興味ないの?」
「興味がないって言うよりも、昔の曲が好きな感じかな……コブクロとか」
「渋いねー! 次それ歌ってよ!」
会話が弾む二人。割り込む隙を与えない宮原に気圧されていると、彼女はふんっ、と鼻を鳴らし、一生懸命新しい曲を入力している一星越しに勝ち誇ったような表情を見せてくる。
手練れ。
その一言が真奈美の脳裏を過ぎった。
――負けてられないなぁ……。
弾いている暇はないと自分に言い聞かせて、真奈美は「ね、コブクロならさ、これ一緒に歌わない?」と検索結果が表示されているタッチパネルの中から〝WINDING ROAD〟を指差す。
「これ、三人の曲じゃ……」
「この曲って絢香と小渕の高いところあるでしょ? 宮原さんと私で担当すればいいじゃん」
「あ、なるほど」
「こういうのってさぁ、こういう機会じゃないと歌えないし、やってみようよ! 宮原さんもいい?」
そう問いかけると、彼女も上等だと言わんばかりの表情で「いいよ! でも、歌えるかなー」と笑った。
向こうも徹底抗戦の構えだ。一切引く気はないらしい。
恐らく先程の85点を基準としているのだろう。若干の余裕も垣間見える。
――……よし。
こうなれば、もう猫を被る必要はない。
ワイヤレスイヤホンを耳につけ、こっそりと曲を予習しつつ、場の空気をこれ以上乱さないよう最低限名前も知らない同級生に愛の手をしながら、真奈美は決戦の時を待った。
※
「ふー……」
結局二人で歌えるような曲が見つからず。取りあえず得意な曲を歌いきると、彗はどすっと座り込んだ。元々四人で使用する予定だったカラオケルームだが、今はなぜか二人だけ。
妙に広々しく感じるが、当初二人で座っていた位置からわざわざ動く理由も見当たらず、なぜか隣り合わせで歌うばかりだった。
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