163 / 179
第三章
3-07「ライバルinカラオケ(2)」
しおりを挟む
「実行委員ってことは……?」
「あぁ、お察しの通り。ほれ、あっち」
彗が指をさした先には、音葉が見慣れた女子生徒――真奈美とティーカップを持ってホットのドリンクを入れていた。「あっ、一星くん」と音葉がこちらに気づき手を振る。「奇遇だね」なんて声をかけながらウーロン茶を入れ終えると、音葉の声がした方へ振り向く。すると、音葉の陰から見慣れた顔――真奈美がひょっこりと顔を出した。
「やっ! 偶然!」
「ま、真奈美もいたんだ」
下の名前で呼ぶのはこれが初めて。どさくさに紛れて呼んでみたが、どこか気恥ずかしさがある。動揺を悟られないよう努めたつもりだったが、恐る恐る真奈美を見てみると、にやにやとこちらの思惑はお見通しだと言わんばかりの表情を浮かべている。
出会ってから数ヶ月。抜けている天然のような印象があったが、たまに見せる勘の鋭さは女性特有のものなのかもしれない。
「そう。ついでに坂上くんもいるよ。コック長でね」
「へぇ。料理できたんだ、アイツ」
「いや、俺がメインで入ってサポートについて貰う感じ。何かと勝手がいいしな」
「なるほど……ってか、彗も料理できるの?」
「はー、疑うのか。よし、今度ウチ来いよ。空野彗スペシャルコース振る舞ってやる」
慣れない空間だが、いつものような会話が出来ているだけで気分が全然違う。どこで過ごすかではなく誰と過ごすかが大事なんだな、とあら足り前のことを再確認していると「武山! 遅いけど何してんの?」と、この場に来る原因となった女子生徒、宮原が駆け寄ってきた。
「あ、ごめん。ちょっと野球部の仲間と会っちゃって」
「野球部? ……あ、ホントだ。怪物いるじゃん」
普段教室の中でもかなりの声の大きさで存在感を示している彼女だが、部屋を出た彼女の声はいつもよりもより一層大きかった。高速道路を走った後スピード感覚が掴めなくなるといった現象と同じように、密室で大きな音を聞いていたせいで耳が麻痺しているのだろうか。
「誰?」
「同じクラスの宮原さん」
「実行委員でーす」
真奈美は「ふぅん」と声を流す。相変わらずの笑顔だが、目が笑っていないように感じられた。そこから二人の間には会話が生まれず、冷たい空気に包まれる。本当にカラオケにきているのかと疑ってしまうが、時折カラオケボックスから聞こえてくる誰かの歌声があるお陰で最低限の雰囲気を保っていた。
「ま、ゆっくり――」
流れを変えようとしたのか、彗が口を挟むが、真奈美が「ねっ」と唐突に割って入ったことで次の言葉が封じられた。
「ん?」
「出す料理とかメイドの人数とか決まったし、もう私たちの話し合いって終わったよね? まだ何か話さなくちゃいけないことってある?」
「あ、まあ……取りあえずは大丈夫かな」
「じゃあもう解散というかさ、自由行動でもいいよね?」
「問題はねーと思う」
「よし、じゃあ決めた! 暇だし、そっちの部屋に混ざる!」
その真奈美の一言で、より一層場が凍り付いた。
※
自分の曲を一人で歌い終えた雄介は、マイクを置いて深くソファに座ると「おっせぇな」とだけ呟いた。
文化祭の打ち合わせが終わり、数少ないオフを堪能するための時間。カラオケに来るのも久方ぶりで歌うこと自体は日頃の辛い練習を忘れるには好都合だが、一人だとその爽快感も半減する。寧ろ虚しさを覚えつつあった雄介は寝っ転がってやろうかと画策していると「わりー、遅くなった」と彗が戻ってきた。どこか呆れたような表情で、続いて入ってきた音葉も似たような表情を浮かべている。何かあった、と口が動く前に雄介はもう一人のクラスメイトがいないことに気づく。
「あり? 木原は?」
「真奈美は、その……用があって抜けるって」
「はぁ? なんだそりゃ」
「まあしょうがねーわ。さ、俺らだけで楽しもうぜ。次のオフは当分ないんだし」
あからさまに話題を逸らそうとする彗。口を噤んだままの音葉。明らかに何かを隠していることは明白だ。
――嘘つくの下手だなぁ。
素直と言うべきか、単純と言うべきか――二人の行く末を暗示ながら雄介は、一つの事実に気がついた。
真奈美がいなくなったということは、この部屋には三人だけということになる。真奈美がいたことでなんとかバランスを保つことが出来ていたが、彗と音葉の二人が作り出す空間に自分というそんざいは明らかに不要だ。自分自身の存在を否定したくはないが、今雄介の目の前で「つ、次さ、何歌う?」「えっと……二人で歌えるヤツとか――」などといったやりとりを見せつけられては弁解のしようもない。
一つため息を溢してから帰宅する決意を固め、何か理由を探していると、ちょうどタイミング良く携帯が鳴り響いた。
「わり、ちょっと抜ける!」
パネルを覗き込む二人の前を通り、部屋を出て携帯を取る。空気の読める電話の相手は、雄介の母親だった。
「なに?」
『いや、アンタ今どこ?』
普段なら煩わしさを覚える声だが、今日だけは口実になってくれたことに感謝しつつ「カラオケ。友達と」とぶっきらぼうに話す。
「あぁ、お察しの通り。ほれ、あっち」
彗が指をさした先には、音葉が見慣れた女子生徒――真奈美とティーカップを持ってホットのドリンクを入れていた。「あっ、一星くん」と音葉がこちらに気づき手を振る。「奇遇だね」なんて声をかけながらウーロン茶を入れ終えると、音葉の声がした方へ振り向く。すると、音葉の陰から見慣れた顔――真奈美がひょっこりと顔を出した。
「やっ! 偶然!」
「ま、真奈美もいたんだ」
下の名前で呼ぶのはこれが初めて。どさくさに紛れて呼んでみたが、どこか気恥ずかしさがある。動揺を悟られないよう努めたつもりだったが、恐る恐る真奈美を見てみると、にやにやとこちらの思惑はお見通しだと言わんばかりの表情を浮かべている。
出会ってから数ヶ月。抜けている天然のような印象があったが、たまに見せる勘の鋭さは女性特有のものなのかもしれない。
「そう。ついでに坂上くんもいるよ。コック長でね」
「へぇ。料理できたんだ、アイツ」
「いや、俺がメインで入ってサポートについて貰う感じ。何かと勝手がいいしな」
「なるほど……ってか、彗も料理できるの?」
「はー、疑うのか。よし、今度ウチ来いよ。空野彗スペシャルコース振る舞ってやる」
慣れない空間だが、いつものような会話が出来ているだけで気分が全然違う。どこで過ごすかではなく誰と過ごすかが大事なんだな、とあら足り前のことを再確認していると「武山! 遅いけど何してんの?」と、この場に来る原因となった女子生徒、宮原が駆け寄ってきた。
「あ、ごめん。ちょっと野球部の仲間と会っちゃって」
「野球部? ……あ、ホントだ。怪物いるじゃん」
普段教室の中でもかなりの声の大きさで存在感を示している彼女だが、部屋を出た彼女の声はいつもよりもより一層大きかった。高速道路を走った後スピード感覚が掴めなくなるといった現象と同じように、密室で大きな音を聞いていたせいで耳が麻痺しているのだろうか。
「誰?」
「同じクラスの宮原さん」
「実行委員でーす」
真奈美は「ふぅん」と声を流す。相変わらずの笑顔だが、目が笑っていないように感じられた。そこから二人の間には会話が生まれず、冷たい空気に包まれる。本当にカラオケにきているのかと疑ってしまうが、時折カラオケボックスから聞こえてくる誰かの歌声があるお陰で最低限の雰囲気を保っていた。
「ま、ゆっくり――」
流れを変えようとしたのか、彗が口を挟むが、真奈美が「ねっ」と唐突に割って入ったことで次の言葉が封じられた。
「ん?」
「出す料理とかメイドの人数とか決まったし、もう私たちの話し合いって終わったよね? まだ何か話さなくちゃいけないことってある?」
「あ、まあ……取りあえずは大丈夫かな」
「じゃあもう解散というかさ、自由行動でもいいよね?」
「問題はねーと思う」
「よし、じゃあ決めた! 暇だし、そっちの部屋に混ざる!」
その真奈美の一言で、より一層場が凍り付いた。
※
自分の曲を一人で歌い終えた雄介は、マイクを置いて深くソファに座ると「おっせぇな」とだけ呟いた。
文化祭の打ち合わせが終わり、数少ないオフを堪能するための時間。カラオケに来るのも久方ぶりで歌うこと自体は日頃の辛い練習を忘れるには好都合だが、一人だとその爽快感も半減する。寧ろ虚しさを覚えつつあった雄介は寝っ転がってやろうかと画策していると「わりー、遅くなった」と彗が戻ってきた。どこか呆れたような表情で、続いて入ってきた音葉も似たような表情を浮かべている。何かあった、と口が動く前に雄介はもう一人のクラスメイトがいないことに気づく。
「あり? 木原は?」
「真奈美は、その……用があって抜けるって」
「はぁ? なんだそりゃ」
「まあしょうがねーわ。さ、俺らだけで楽しもうぜ。次のオフは当分ないんだし」
あからさまに話題を逸らそうとする彗。口を噤んだままの音葉。明らかに何かを隠していることは明白だ。
――嘘つくの下手だなぁ。
素直と言うべきか、単純と言うべきか――二人の行く末を暗示ながら雄介は、一つの事実に気がついた。
真奈美がいなくなったということは、この部屋には三人だけということになる。真奈美がいたことでなんとかバランスを保つことが出来ていたが、彗と音葉の二人が作り出す空間に自分というそんざいは明らかに不要だ。自分自身の存在を否定したくはないが、今雄介の目の前で「つ、次さ、何歌う?」「えっと……二人で歌えるヤツとか――」などといったやりとりを見せつけられては弁解のしようもない。
一つため息を溢してから帰宅する決意を固め、何か理由を探していると、ちょうどタイミング良く携帯が鳴り響いた。
「わり、ちょっと抜ける!」
パネルを覗き込む二人の前を通り、部屋を出て携帯を取る。空気の読める電話の相手は、雄介の母親だった。
「なに?」
『いや、アンタ今どこ?』
普段なら煩わしさを覚える声だが、今日だけは口実になってくれたことに感謝しつつ「カラオケ。友達と」とぶっきらぼうに話す。
0
お気に入りに追加
43
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~
kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

昔義妹だった女の子が通い妻になって矯正してくる件
マサタカ
青春
俺には昔、義妹がいた。仲が良くて、目に入れても痛くないくらいのかわいい女の子だった。
あれから数年経って大学生になった俺は友人・先輩と楽しく過ごし、それなりに充実した日々を送ってる。
そんなある日、偶然元義妹と再会してしまう。
「久しぶりですね、兄さん」
義妹は見た目や性格、何より俺への態度。全てが変わってしまっていた。そして、俺の生活が爛れてるって言って押しかけて来るようになってしまい・・・・・・。
ただでさえ再会したことと変わってしまったこと、そして過去にあったことで接し方に困っているのに成長した元義妹にドギマギさせられてるのに。
「矯正します」
「それがなにか関係あります? 今のあなたと」
冷たい視線は俺の過去を思い出させて、罪悪感を募らせていく。それでも、義妹とまた会えて嬉しくて。
今の俺たちの関係って義兄弟? それとも元家族? 赤の他人?
ノベルアッププラスでも公開。
如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる