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第三章
3-05「目を見ればわかる(5)」
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その分他のクラスと被る確率は低くなるが、当日来る客はお構いなしに休憩場所などを求めて来店する可能性もある。大変だな、という感情が口から出かけたが、彗の心をこれ以上えぐる必要もないな、と心の中で留め置いた。
「一組は何にするの?」
「僕たちは〝コンサート〟になった」
「コンサート?」
「そう。もう一人の実行委員が妙にやる気でさ。バンドやダンス、その他諸々……って感じ」
「ふーん。そっちもそっちで面倒くさそうだな」
「お祭りごとってそんなもんじゃない?」
「はっ、違いない」
メイド喫茶となると、食べ物を提供することは必至。飲み物だけであればペットボトルを揃えるだけで良いが、それだけでは来客は見込めないだろうし、隣でやる気に満ちあふれている音葉が納得するわけもない。十中八九、食べ物も出す。
その後の負担や面倒ごとなどを思い出し、賢吾はご愁傷様、と心の中で手を合わせてから「それじゃ、部活で」とその場を後にする。去り際、ふと振り返り生徒会室に入ろうとする二人を見てみると、彗の方が露骨に肩を落としていた。やっぱりな、とほくそ笑みながら教室へ戻った。
「お疲れ様」
教室では、何人かが集ってグループを作り、打ち合わせをしている。バンドを組もう、デュオで歌おうなど盛り上がっている最中、賢吾とともに施設設営係を拝命した一星が力ない笑顔で出迎えた。陽の雰囲気に陰な自分たちは似合わないとでも言わんばかりに体を丸めるその姿は、世間を騒がせる世界一にもなったキャッチャーとはとても思えなかった。野球選手としてはどうなのかと問われる部分だが、同じように孤立気味の自分にとっては丁度良い心地よさだ。
「そんな疲れることはしてないって」
賢吾は肩をすくめつつ席に着くと、これから準備しなければならない機材のリストを眺める。ある程度は自前の楽器を持ってきてくれるが、流石に高校一年生が音響機材を一式揃えているわけもなく、レンタルすることは必定。
加えて会場は中庭のスペースを移用するため、それなりに大きさな機材が必要になる。スピーカー、アンプ、その他諸々。準備しなければいけないものは少なくないが、申請やなんだといった手間がない分三組よりマシ。パフォーマンスするのも一部の生徒。
このまま行けば目立たず楽が出来る――そんな実行委員らしからぬ邪な思いで惚けていると、賢吾の隣に座っていたもう一人の実行委員である宮原香里奈が突如「やっぱ足らない!」と声を上げ、頭を掻きむしった。
ほのかに香るシャンプーの香りを感じながら「な、なに?」と声をかけると「どう割り振っても時間余っちゃうんだよ!」と一枚の紙を賢吾と一星に見せつけた。〝時間割〟という殴り書きと共に、歌やパフォーマンスをする予定のグループが仮の名前で四組記載されていた。
〝THE RED HEARTS〟などといった伝説的なバンドをもじった名前から、〝いちごみるく〟など荒唐無稽な物まで多種多様だ。
「これだけいれば大丈夫じゃない?」
今年の中庭を使用するクラスは二組だが、文化部で発表の機会がない軽音楽部やコーラス部なども使用するため、一年一組は午後の二時から一時間半となっており、一曲五分、途中の入れ替わりやトークでの繋ぎも考えると八分前後とすると、時間内には十曲ちょっとが必要になってくる。
グループ一つにつき三曲だけだが――。
「いくら慣れてる人が多いって言っても、今から二週間後に三曲マスターするのは難しいでしょ? 頑張っても二曲までだから……」
一グループ二曲で計算すると、だいたい全てのグループが演奏し入れ替わる時間を加味して余裕を持っても六十分弱。ちょうど三十分余ってしまう。
「なるほど……確かにそうだね」
「今から掛け合って時間減らして貰ってこようか?」
わざわざ無理をする必要もない。今掛け合えば時間を調整してくれるだろうという考えの提案だったが、宮原が「イヤッ!」と即座に反対し、「せっかく時間貰ったから勿体ないでしょ?」と続けた。
「でも、やることがないんじゃ――」
「うーん……それもそうなんだけど、せっかくなら最優秀クラス目指したいじゃない?」
最優秀クラスとは、来場したお客にどのクラスが良かったか投票して貰い、校内の一番を決めると言ったちょっとした余興だ。取ったからと言って何か貰える訳ではないが、競争毎には勝ちたいと思うのが人の性であり、高校生だ。
「けど……」
不安を顔に出す一星を見つめていた宮原は「良いこと思いついた」と不意に呟く。
「ないんだったら作ればいいんだ」
「作る? もう音楽出来る人は全員出たんじゃ……」
「私達には生まれ持った楽器があるでしょ?」と言いながら宮原は自らののどを指差す。
「……歌?」
「そう歌! 今日は部活動ないし、運動部も空いてるよね?」
「まあ、空いてるけど……」
「じゃあ決まり! みんな聞いて!」
参加の有無を言わず、宮原はその場で大きな声を上げた。透き通る力強い声は教室を駆け抜け、一挙に視線が教室後方にいる彼女に集まる。
「今日は全員でカラオケに行こう! 歌がうまい人集めて、文化祭で歌って貰うよ!」
「はぁ?」
突如として出てきた提案に、思わず賢吾が声を漏らす……が、クラスメイトの歓声にかき消された。
大人数で、放課後に、カラオケ。
ふと、一星を見てみる。笑顔で取り繕っているが、若干引きつっているように思えた。
――やっぱそうだよな。
そこまで仲が良くなくても、目を見ればこのイベントが嫌だと言うことが伝わってくる。やはり根っこでは似ているんだななんてことを考えながら、賢吾も一星と同じように心の中でため息をついた。
「一組は何にするの?」
「僕たちは〝コンサート〟になった」
「コンサート?」
「そう。もう一人の実行委員が妙にやる気でさ。バンドやダンス、その他諸々……って感じ」
「ふーん。そっちもそっちで面倒くさそうだな」
「お祭りごとってそんなもんじゃない?」
「はっ、違いない」
メイド喫茶となると、食べ物を提供することは必至。飲み物だけであればペットボトルを揃えるだけで良いが、それだけでは来客は見込めないだろうし、隣でやる気に満ちあふれている音葉が納得するわけもない。十中八九、食べ物も出す。
その後の負担や面倒ごとなどを思い出し、賢吾はご愁傷様、と心の中で手を合わせてから「それじゃ、部活で」とその場を後にする。去り際、ふと振り返り生徒会室に入ろうとする二人を見てみると、彗の方が露骨に肩を落としていた。やっぱりな、とほくそ笑みながら教室へ戻った。
「お疲れ様」
教室では、何人かが集ってグループを作り、打ち合わせをしている。バンドを組もう、デュオで歌おうなど盛り上がっている最中、賢吾とともに施設設営係を拝命した一星が力ない笑顔で出迎えた。陽の雰囲気に陰な自分たちは似合わないとでも言わんばかりに体を丸めるその姿は、世間を騒がせる世界一にもなったキャッチャーとはとても思えなかった。野球選手としてはどうなのかと問われる部分だが、同じように孤立気味の自分にとっては丁度良い心地よさだ。
「そんな疲れることはしてないって」
賢吾は肩をすくめつつ席に着くと、これから準備しなければならない機材のリストを眺める。ある程度は自前の楽器を持ってきてくれるが、流石に高校一年生が音響機材を一式揃えているわけもなく、レンタルすることは必定。
加えて会場は中庭のスペースを移用するため、それなりに大きさな機材が必要になる。スピーカー、アンプ、その他諸々。準備しなければいけないものは少なくないが、申請やなんだといった手間がない分三組よりマシ。パフォーマンスするのも一部の生徒。
このまま行けば目立たず楽が出来る――そんな実行委員らしからぬ邪な思いで惚けていると、賢吾の隣に座っていたもう一人の実行委員である宮原香里奈が突如「やっぱ足らない!」と声を上げ、頭を掻きむしった。
ほのかに香るシャンプーの香りを感じながら「な、なに?」と声をかけると「どう割り振っても時間余っちゃうんだよ!」と一枚の紙を賢吾と一星に見せつけた。〝時間割〟という殴り書きと共に、歌やパフォーマンスをする予定のグループが仮の名前で四組記載されていた。
〝THE RED HEARTS〟などといった伝説的なバンドをもじった名前から、〝いちごみるく〟など荒唐無稽な物まで多種多様だ。
「これだけいれば大丈夫じゃない?」
今年の中庭を使用するクラスは二組だが、文化部で発表の機会がない軽音楽部やコーラス部なども使用するため、一年一組は午後の二時から一時間半となっており、一曲五分、途中の入れ替わりやトークでの繋ぎも考えると八分前後とすると、時間内には十曲ちょっとが必要になってくる。
グループ一つにつき三曲だけだが――。
「いくら慣れてる人が多いって言っても、今から二週間後に三曲マスターするのは難しいでしょ? 頑張っても二曲までだから……」
一グループ二曲で計算すると、だいたい全てのグループが演奏し入れ替わる時間を加味して余裕を持っても六十分弱。ちょうど三十分余ってしまう。
「なるほど……確かにそうだね」
「今から掛け合って時間減らして貰ってこようか?」
わざわざ無理をする必要もない。今掛け合えば時間を調整してくれるだろうという考えの提案だったが、宮原が「イヤッ!」と即座に反対し、「せっかく時間貰ったから勿体ないでしょ?」と続けた。
「でも、やることがないんじゃ――」
「うーん……それもそうなんだけど、せっかくなら最優秀クラス目指したいじゃない?」
最優秀クラスとは、来場したお客にどのクラスが良かったか投票して貰い、校内の一番を決めると言ったちょっとした余興だ。取ったからと言って何か貰える訳ではないが、競争毎には勝ちたいと思うのが人の性であり、高校生だ。
「けど……」
不安を顔に出す一星を見つめていた宮原は「良いこと思いついた」と不意に呟く。
「ないんだったら作ればいいんだ」
「作る? もう音楽出来る人は全員出たんじゃ……」
「私達には生まれ持った楽器があるでしょ?」と言いながら宮原は自らののどを指差す。
「……歌?」
「そう歌! 今日は部活動ないし、運動部も空いてるよね?」
「まあ、空いてるけど……」
「じゃあ決まり! みんな聞いて!」
参加の有無を言わず、宮原はその場で大きな声を上げた。透き通る力強い声は教室を駆け抜け、一挙に視線が教室後方にいる彼女に集まる。
「今日は全員でカラオケに行こう! 歌がうまい人集めて、文化祭で歌って貰うよ!」
「はぁ?」
突如として出てきた提案に、思わず賢吾が声を漏らす……が、クラスメイトの歓声にかき消された。
大人数で、放課後に、カラオケ。
ふと、一星を見てみる。笑顔で取り繕っているが、若干引きつっているように思えた。
――やっぱそうだよな。
そこまで仲が良くなくても、目を見ればこのイベントが嫌だと言うことが伝わってくる。やはり根っこでは似ているんだななんてことを考えながら、賢吾も一星と同じように心の中でため息をついた。
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