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第三章
3-04「目を見ればわかる(4)」
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「メチャクチャ緊張してんじゃん!」
「ほら空野、リラックスリラックス!」
普段なかなか緊張する機会はない。寧ろ、困難に立ち向かうときほど燃えるタイプだと彗は自負している。事実、高校初登板となる練習試合や春季大会、世界大会でさえもそれほど緊張はしなかった。
そんな自分が、まさかこんな身近な場所で――微かな焦りとあまり直視したくない自分から意識を逸らすように「うるせーよ!」と声を上げてみたが、逆効果。より一層クラスメイトは沸き立ち、「まあまあ……ほら、早く決めちゃおうよ」と音葉が諫めるまでざわつきが収まることはなかった。
ようやく、ここから話し合い。気が滅入るな、と一つ大きめのため息を溢してから彗と音葉は〝文化祭実行委員〟として、司会進行を開始した――とは言っても、内容としては意見を募って出し物を決定し、役割を割り振るだけという簡単なもの。
入試時点である程度の学力を求められるこの彩星高校では、〝遊園地〟といった突飛なものや〝映画を流すだけ〟などといったやる気が感じられず即却下される、というような意見は出ず、あくまで実現可能そうで攻めもある無難内見が頻出してきた。
盛り上がる会話の中から音葉が意見を汲み取り、黒板につらつらと〝迷路〟〝お化け屋敷〟〝模擬店〟〝縁日〟〝カフェ〟の五つを書き記す。どれも用意するものが面倒くさく、時間がかかりそうなものばかり。何か他の、もう少し簡単なヤツ――と願うも、そこから意見が出ることはなく。
投票の結果、一年三組の出し物はカフェに決定した。
「カフェかぁ……」
大きくため息を吐いた彗を、坂上雄介が「どうしたよ、そんなつまんねー顔して!」と教室の奥から野次った。普段の練習時よりも声が出ているんじゃないかというクラスメイトに苛立ちながら「あー、こっちの都合だよ」と吐き捨てた。
「都合?」
「食い物はめんどくせーんだ」と小言を呟きながら彗は配布された要項に目を通していた。しおり形式で生徒会の手作り感の漂う冊子には〝飲食関係について〟というタイトルで、一ページわたってびっしりと注意事項が記載されていた。
眠気を覚えた眼をこすりながら読み進めると、届け出は各自で用意すること、保健所の指導は代表者二人が行くこと、火の使用は厳禁などなど、非常に手間がかかる過程が散見される。
「なあ、やっぱり――」
二位のお化け屋敷にしようぜ、と続けようとしたところで彗は口を噤んだ。もうすっかりクラスがカフェを行う方向で盛り上がっていたからだ。
「テンション上がってきた!」
「味見とかできるのかなぁ」
「食べ物系あんまし出すと来ないって話だから、学校で一位取れるかもね~」
「もっと攻めてさ、メイドカフェとかやってみない?」
「出たぁ! 女子に責任丸投げのやつぅ!」
「男子もメイドコスね!」
「はぁ⁉」
自身がメイドの格好する以前に、衣装を用意しなくちゃ行かないという可能性を懸念しながら気が気でない彗はすっかり上の空。結局途中からは音葉が中心となって話し合いが進められ、一時限をまるまる使用した結果、一年三組は男女混合のメイドカフェを出店することが決定した。
「ま、頑張っていこ!」
なぜか乗り気の音葉について行けず、これから二週間、文化祭が終了するまでの間、自分に降りかかる作業を想像しながら、彗は第一回一年三組のクラス会議を終了した。
※
「はい、承りました」
一年一組の文化祭実行委員である織部賢吾は、出し物の申請を終えると「失礼します」と生徒会室をあとにした。
部活でも普段の生活でも、特に目立つことはない。寧ろ目立たないよう努めている毎日の中で、司会進行という役割は荷が重かったが、それもここまで。あとはもう一人の実行委員に任せて自分は報告や裏方作業に回ればいつも通りの日常に戻る。
――それにしても、よく人前で歌えるな。
提案した実行委員のパートナーと、賛同したメンバーのことを思いながら帰路についていると「おー、織部じゃん」と聞き慣れた声が降りかかってきた。
声をかけてきたのは、同じ野球部で早々と背番号を貰い、入学してまもなくネットを騒がせる有名人。自分とは対局にいるその存在に苦手意識を勝手に持っている賢吾は「……なんだ、空野か」と低い声で返した。
「あ、織部くん」
彗の背後から音葉が顔を出す。二人で生徒会室前にこのタイミングで訪れると言うことは、この二人も同種だろう。
「どうしたんだよ、こんなとこで」と察しがついていない彗に「二人と同じだよ」とぎこちなく笑った。
「あー、お前も実行委員か。お疲れさん」
「確か、二人は三組だっけ? 何にしたの?」という賢吾の質問に「メイド喫茶!」と音葉が声を上げた。満面の笑みはいかにも楽しみでしょうがないといった感じだが、一方で彗は「不本意だがな」と遺憾千万な表情で頭をかいた。
「やけに不満そうだね」
「思ったよりやること多い上に、女装することが確定だからな-。こんな表情にもなるって」
ただでさえ飲食関係は制約が多く、面倒くさがって実際に行うクラスは多くない。事実、去年の出し物で飲食は一クラスもなかったと話を訊いている。
「ほら空野、リラックスリラックス!」
普段なかなか緊張する機会はない。寧ろ、困難に立ち向かうときほど燃えるタイプだと彗は自負している。事実、高校初登板となる練習試合や春季大会、世界大会でさえもそれほど緊張はしなかった。
そんな自分が、まさかこんな身近な場所で――微かな焦りとあまり直視したくない自分から意識を逸らすように「うるせーよ!」と声を上げてみたが、逆効果。より一層クラスメイトは沸き立ち、「まあまあ……ほら、早く決めちゃおうよ」と音葉が諫めるまでざわつきが収まることはなかった。
ようやく、ここから話し合い。気が滅入るな、と一つ大きめのため息を溢してから彗と音葉は〝文化祭実行委員〟として、司会進行を開始した――とは言っても、内容としては意見を募って出し物を決定し、役割を割り振るだけという簡単なもの。
入試時点である程度の学力を求められるこの彩星高校では、〝遊園地〟といった突飛なものや〝映画を流すだけ〟などといったやる気が感じられず即却下される、というような意見は出ず、あくまで実現可能そうで攻めもある無難内見が頻出してきた。
盛り上がる会話の中から音葉が意見を汲み取り、黒板につらつらと〝迷路〟〝お化け屋敷〟〝模擬店〟〝縁日〟〝カフェ〟の五つを書き記す。どれも用意するものが面倒くさく、時間がかかりそうなものばかり。何か他の、もう少し簡単なヤツ――と願うも、そこから意見が出ることはなく。
投票の結果、一年三組の出し物はカフェに決定した。
「カフェかぁ……」
大きくため息を吐いた彗を、坂上雄介が「どうしたよ、そんなつまんねー顔して!」と教室の奥から野次った。普段の練習時よりも声が出ているんじゃないかというクラスメイトに苛立ちながら「あー、こっちの都合だよ」と吐き捨てた。
「都合?」
「食い物はめんどくせーんだ」と小言を呟きながら彗は配布された要項に目を通していた。しおり形式で生徒会の手作り感の漂う冊子には〝飲食関係について〟というタイトルで、一ページわたってびっしりと注意事項が記載されていた。
眠気を覚えた眼をこすりながら読み進めると、届け出は各自で用意すること、保健所の指導は代表者二人が行くこと、火の使用は厳禁などなど、非常に手間がかかる過程が散見される。
「なあ、やっぱり――」
二位のお化け屋敷にしようぜ、と続けようとしたところで彗は口を噤んだ。もうすっかりクラスがカフェを行う方向で盛り上がっていたからだ。
「テンション上がってきた!」
「味見とかできるのかなぁ」
「食べ物系あんまし出すと来ないって話だから、学校で一位取れるかもね~」
「もっと攻めてさ、メイドカフェとかやってみない?」
「出たぁ! 女子に責任丸投げのやつぅ!」
「男子もメイドコスね!」
「はぁ⁉」
自身がメイドの格好する以前に、衣装を用意しなくちゃ行かないという可能性を懸念しながら気が気でない彗はすっかり上の空。結局途中からは音葉が中心となって話し合いが進められ、一時限をまるまる使用した結果、一年三組は男女混合のメイドカフェを出店することが決定した。
「ま、頑張っていこ!」
なぜか乗り気の音葉について行けず、これから二週間、文化祭が終了するまでの間、自分に降りかかる作業を想像しながら、彗は第一回一年三組のクラス会議を終了した。
※
「はい、承りました」
一年一組の文化祭実行委員である織部賢吾は、出し物の申請を終えると「失礼します」と生徒会室をあとにした。
部活でも普段の生活でも、特に目立つことはない。寧ろ目立たないよう努めている毎日の中で、司会進行という役割は荷が重かったが、それもここまで。あとはもう一人の実行委員に任せて自分は報告や裏方作業に回ればいつも通りの日常に戻る。
――それにしても、よく人前で歌えるな。
提案した実行委員のパートナーと、賛同したメンバーのことを思いながら帰路についていると「おー、織部じゃん」と聞き慣れた声が降りかかってきた。
声をかけてきたのは、同じ野球部で早々と背番号を貰い、入学してまもなくネットを騒がせる有名人。自分とは対局にいるその存在に苦手意識を勝手に持っている賢吾は「……なんだ、空野か」と低い声で返した。
「あ、織部くん」
彗の背後から音葉が顔を出す。二人で生徒会室前にこのタイミングで訪れると言うことは、この二人も同種だろう。
「どうしたんだよ、こんなとこで」と察しがついていない彗に「二人と同じだよ」とぎこちなく笑った。
「あー、お前も実行委員か。お疲れさん」
「確か、二人は三組だっけ? 何にしたの?」という賢吾の質問に「メイド喫茶!」と音葉が声を上げた。満面の笑みはいかにも楽しみでしょうがないといった感じだが、一方で彗は「不本意だがな」と遺憾千万な表情で頭をかいた。
「やけに不満そうだね」
「思ったよりやること多い上に、女装することが確定だからな-。こんな表情にもなるって」
ただでさえ飲食関係は制約が多く、面倒くさがって実際に行うクラスは多くない。事実、去年の出し物で飲食は一クラスもなかったと話を訊いている。
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