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第三章
3-03「目を見ればわかる(3)」
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代表的な試合と言えば、二〇〇六年に行われた智弁和歌山vs帝京。八対四で智弁和歌山がリードしており、そのまま勝利すると思われていたが、帝京が驚異の粘りを見せ、逆転に成功。その後の打者も続き一挙八点を取ったが、その裏の攻撃で智弁和歌山が五点を入れて再逆転に成功。九回だけで両軍十三点が入るという壮絶な試合となった。
その他にも、二〇一六年に行われた東邦vs八戸学院光星では最終回に五点を取りサヨナラ勝ちを収めた。二〇〇九年の決勝、中京大中京vs日本文理の試合では、サヨナラ勝ちまでは行かなかったものの、最終回に一点差まで迫る猛攻を見せる。途中、平凡なサードフライが風に流されて振れることすら出来ないという、普段の試合では考えられないような出来事が起こる。
矢沢も、二年前、GT学園のコーチだったときにも、魔物と出遭っていた。
一年前、二〇二四年の甲子園。大阪代表のGT学園と福岡代表の福岡海舟大学付属で行われた決勝での出来事だ。
試合序盤、二ヶ月近く腕を振っていたエースの調子が悪く、一回から打ち込まれ試合は終始劣勢となる。しかし、負けという不安をかき消すようなブラスバンドの爆音が甲子園全体の雰囲気を飲み込み、七回八回と連続で得点。すると、判官贔屓で福岡海舟を応援していた観客が、一気にGT学園の応援に回った。目に見えない流れが一気にGT学園に傾き、九回裏、当時四番・主将としてチームを引っ張り、ドラフト一位で巨人に指名されることとなる古岡将輝がサヨナラホームランを打ち、逆転勝利を上げた。
そんな、考えられないことが起こり得るのが甲子園であり、高校野球である。そんな締めくくりをエース無しで……と考えると、背筋が凍る。想像したくもない。
「ま、想定していた範囲ではあるがな」
真田もルールをひとしきり確認すると、ため息混じりに気持ちを吐露した。
「まだ一応、〝検討〟段階だろ? 導入されない可能性もあるんじゃないか?」
正式な発表がないという一縷の望みにかけて眉をひそめるが、そんな希望を打ち砕くように「いや、十中八九導入されるだろうな」と低く答えた。
「どうしてそう思う?」
「じゃなきゃ記者連中もこんな断定的に書かないだろ? それに、このライターは結構その筋にコネがあるヤツだしな。ま、元々現代野球じゃピッチャーの数はいくらでも必要なんだ。頼むぜ、名伯楽よ」
当初、この空野彗という怪物を育成するためのコーチ招聘だと考えていたが、この反応を見るとこうなることがわかっていたから、投手陣を底上げするために呼んだのかも知れない。試合だけではなく全体の流れも予見していたかも知れないその眼力に改めて敬意の念を抱きつつ、矢沢は「無論だ」とだけ返した。
「頼もしいな」
「それが俺の役目だからな。大船に乗ったつもりで待ってろ」
「あぁ、元からそのつもり――ではあるんだが、流石に丸投げってワケにもいかんのでな。これからどんな練習をする予定なのか、教えて貰おうか」
責任の所在は自分にある、理解の出来ないことには同意しない。そんな監督としての含みを持った目に気圧されまいと、いつもより強気に「あぁ。一応、このメニューで行こうと考えてる」とメニューを真田に手渡した。
ざっと資料を見渡すと「基礎メニューが多いな」と一言。それもそのはず、方法こそ違うものの、野手に混じるノックやバッティングなどを除けば、メニューの大半はランニングとウエイトを行うという内容になっている。
「六月は夏を乗り切ることがテーマだからな。本番に向けての下準備だ」
「なるほどね。ただ……空野もこのメニューか?」
矢沢の作ったメニューに苦言を呈したのはこれが初めて。珍しいなと思う反面、一年ちょっと戸口新太をはじめとしたピッチャーを見てきたから気づくのも当然かと納得しながら「気になってるのはフォームのことだろう?」と応じた。
「あぁ。威力十分なボールは投げられるが、ベンチで見てもまだフォームが不安定だってことがわかるからな。その矯正とかやらねぇのかと思ってよ」
「その懸念はごもっとも。アイツが持つ目下の課題がフォーム固めることなのは間違いない。ただ、まだその段階には必要な条件が揃ってないんだよ」
「条件?」
「あぁ。フォームを固めるためには、何度も投げ込んで自分の体に投げ方を染み込ませなくちゃいけないんだが、そのための筋力が全体的に足らないからな」
「なるほど」
「再来週、文化祭の振替休日と開校記念日、それと土日休みが重なる四日間でプチ合宿をやるだろう? そこに合わせてまずは体を〝高校生仕様〟にしてから、投げ込みだ」
「なるほど……ただ、間に合うか? 合宿が終わったらその三週間後にはもう本番だぜ?」
「あぁ、それについても大丈夫。秘密兵器があるからな。合宿の四日間があれば、フォームを固めるはず」
「……ほぉ。秘密兵器か。よっぽどの優れものなんだな」
「あぁ。極端に言うなら、どんだけ投げても怪我をしない道具だ」
矢沢は、その秘密兵器の情報が載っているサイトを携帯で開き、机にそっと置く。これが、と呟いてから真田は視線を落とした。
「なるほど……こりゃ、秘密兵器だ」
※
「えー……それでは、クラスの出し物を決めようと思います」
普段過ごしている教室だが、自分の席からの視界と黒板を背にしてクラスメイトを一望する視界では景色が違う。慣れることはないな、と彗は口の中で愚痴をこぼした。
その他にも、二〇一六年に行われた東邦vs八戸学院光星では最終回に五点を取りサヨナラ勝ちを収めた。二〇〇九年の決勝、中京大中京vs日本文理の試合では、サヨナラ勝ちまでは行かなかったものの、最終回に一点差まで迫る猛攻を見せる。途中、平凡なサードフライが風に流されて振れることすら出来ないという、普段の試合では考えられないような出来事が起こる。
矢沢も、二年前、GT学園のコーチだったときにも、魔物と出遭っていた。
一年前、二〇二四年の甲子園。大阪代表のGT学園と福岡代表の福岡海舟大学付属で行われた決勝での出来事だ。
試合序盤、二ヶ月近く腕を振っていたエースの調子が悪く、一回から打ち込まれ試合は終始劣勢となる。しかし、負けという不安をかき消すようなブラスバンドの爆音が甲子園全体の雰囲気を飲み込み、七回八回と連続で得点。すると、判官贔屓で福岡海舟を応援していた観客が、一気にGT学園の応援に回った。目に見えない流れが一気にGT学園に傾き、九回裏、当時四番・主将としてチームを引っ張り、ドラフト一位で巨人に指名されることとなる古岡将輝がサヨナラホームランを打ち、逆転勝利を上げた。
そんな、考えられないことが起こり得るのが甲子園であり、高校野球である。そんな締めくくりをエース無しで……と考えると、背筋が凍る。想像したくもない。
「ま、想定していた範囲ではあるがな」
真田もルールをひとしきり確認すると、ため息混じりに気持ちを吐露した。
「まだ一応、〝検討〟段階だろ? 導入されない可能性もあるんじゃないか?」
正式な発表がないという一縷の望みにかけて眉をひそめるが、そんな希望を打ち砕くように「いや、十中八九導入されるだろうな」と低く答えた。
「どうしてそう思う?」
「じゃなきゃ記者連中もこんな断定的に書かないだろ? それに、このライターは結構その筋にコネがあるヤツだしな。ま、元々現代野球じゃピッチャーの数はいくらでも必要なんだ。頼むぜ、名伯楽よ」
当初、この空野彗という怪物を育成するためのコーチ招聘だと考えていたが、この反応を見るとこうなることがわかっていたから、投手陣を底上げするために呼んだのかも知れない。試合だけではなく全体の流れも予見していたかも知れないその眼力に改めて敬意の念を抱きつつ、矢沢は「無論だ」とだけ返した。
「頼もしいな」
「それが俺の役目だからな。大船に乗ったつもりで待ってろ」
「あぁ、元からそのつもり――ではあるんだが、流石に丸投げってワケにもいかんのでな。これからどんな練習をする予定なのか、教えて貰おうか」
責任の所在は自分にある、理解の出来ないことには同意しない。そんな監督としての含みを持った目に気圧されまいと、いつもより強気に「あぁ。一応、このメニューで行こうと考えてる」とメニューを真田に手渡した。
ざっと資料を見渡すと「基礎メニューが多いな」と一言。それもそのはず、方法こそ違うものの、野手に混じるノックやバッティングなどを除けば、メニューの大半はランニングとウエイトを行うという内容になっている。
「六月は夏を乗り切ることがテーマだからな。本番に向けての下準備だ」
「なるほどね。ただ……空野もこのメニューか?」
矢沢の作ったメニューに苦言を呈したのはこれが初めて。珍しいなと思う反面、一年ちょっと戸口新太をはじめとしたピッチャーを見てきたから気づくのも当然かと納得しながら「気になってるのはフォームのことだろう?」と応じた。
「あぁ。威力十分なボールは投げられるが、ベンチで見てもまだフォームが不安定だってことがわかるからな。その矯正とかやらねぇのかと思ってよ」
「その懸念はごもっとも。アイツが持つ目下の課題がフォーム固めることなのは間違いない。ただ、まだその段階には必要な条件が揃ってないんだよ」
「条件?」
「あぁ。フォームを固めるためには、何度も投げ込んで自分の体に投げ方を染み込ませなくちゃいけないんだが、そのための筋力が全体的に足らないからな」
「なるほど」
「再来週、文化祭の振替休日と開校記念日、それと土日休みが重なる四日間でプチ合宿をやるだろう? そこに合わせてまずは体を〝高校生仕様〟にしてから、投げ込みだ」
「なるほど……ただ、間に合うか? 合宿が終わったらその三週間後にはもう本番だぜ?」
「あぁ、それについても大丈夫。秘密兵器があるからな。合宿の四日間があれば、フォームを固めるはず」
「……ほぉ。秘密兵器か。よっぽどの優れものなんだな」
「あぁ。極端に言うなら、どんだけ投げても怪我をしない道具だ」
矢沢は、その秘密兵器の情報が載っているサイトを携帯で開き、机にそっと置く。これが、と呟いてから真田は視線を落とした。
「なるほど……こりゃ、秘密兵器だ」
※
「えー……それでは、クラスの出し物を決めようと思います」
普段過ごしている教室だが、自分の席からの視界と黒板を背にしてクラスメイトを一望する視界では景色が違う。慣れることはないな、と彗は口の中で愚痴をこぼした。
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