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第三章
3-02「目を見ればわかる(2)」
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「似たようなもんか」
「他にやる人がいなかったからね。消去法だよ」
「ほーん。真っ先に埋まりそうなもんだがな」
「僕に聞かれても、余ったとしか言い様がないよ」
一星は投げ捨てるような言葉を差し込む。今はその話に興味はいないとイワンばかりの表情で虚空を見つめていた。出会ってから早いもので二ヶ月。長いようで短い六十日ほどの関係ではあるが、この表情を浮かべるとき天才は何か悩み事を抱えていると言うことがわかるくらいには友情を育んでいた。疑問に嫌味を乗せないよう努めながら「また悩み事か?」と問いかけてみると、「……なんでもないよ」と頭を振った。
濁った返答は、今は話したくないということだろう。これが家族など大切な人であればそれでも聞き出すところだが、まだ友人でしかない彗が立ち入れるのはここまで。「そうけ」と返すのがやっとで、案の定神妙な空気がその場を包み込んだ。
「……あ、話は変わるんだけどさ! このニュース見た?」
気を遣った音葉が、わざわざ明るい声色で携帯をごそごそと取り出す。なんだ、と三人が顔を見合わせていると、音葉は一つの記事を画面に映し出した。
見出しは、〝高校野球の球数制限について〟だ。
「なんだ、いつものことじゃねぇか」
「いつものこと?」
スポーツに明るくない真奈美が首を傾げると、一星が「毎年甲子園が近づくと球数制限が話題になるんだよ。恒例行事みたいな感じ」と割って入る。
「ふーん。何が問題なの?」
「単純な話、怪我防止だよ」
「マラソン選手が走りすぎて疲労骨折とか良く聞くだろ? ピッチャーも同じで、肩や肘に致命的な怪我を負う可能性がある、ってことだ」
「なるほどぉ。じゃ、毎年変わってるの?」
「いーや、それが三年前から変わってないんだ」
現状、二十年間の議論が交わされている〝球数制限〟だが、議論の答えはいつも出てくることはない。その理由が、甲子園の持つ魔力にある。
甲子園の歴史は古く、遡ると一九一五年からほぼ毎年、戦争やウィルスの脅威による中止と遭遇しながらも執り行われている。積み重ねられてきた歴史の分、野球ファンの思い入れも多種多様。一人で投げ抜き怪我をしようとも潔く散ることが美学と考えている人がいる一方で、子供の将来を奪うような事態は防ぐべきだという人もいる。
議論で考えが変わればそれでいいのだが、根本にある考えを簡単に覆すことが出来るわけもなく。
改善しなければ、という議論がほぼ毎年行われ、遂に二〇二一年に行われた春の甲子園で〝一週間で五〇〇球以上投げてはいけない〟というルールが導入され、翌年の二〇二二年に同じルールが夏の甲子園に導入された。
球数制限という名目で一週間に五〇〇球と制限を付けているのはいいものの、日程に恵まれれば一試合一六〇球まで投げても甲子園の決勝まで投げられる可能性があるというルールだ。体が完成しているプロ野球の選手が一週間で一〇〇球~一四〇球前後であることを考えると、投げすぎによる故障を防ぐという役割を果たしているとは言い難い。
現在のルールを彗から伝えられると、真奈美は「それじゃあ、議論する意味なくない?」と首を傾げた。
「そ。で、結局新しい議論はしてるけど、まだ手探りだから変えられないってのが現状」
「ふーん……」
「ま、当分このままだ。頭の固い連中が上にいるからな。プレーする側からすりゃ、その方が助か――」
そこまで得意げに言いかけたところで、音葉が真剣な眼差しで彗の双眸を覗き込みながら「それが、今年はそうも行かないみたいよ」と携帯の画面を三人に見せつけるように置く。先程の記事の詳細が語られているのか、と三人が覗き込むと、タイトルとは別に〝球数制限の規制強化を実行か〟という見出しがデカデカと表示されていた。
「んなっ⁉」
内容に目を通してみる。記事には、より詳しい規制内容が案として掲載されていた。
「〝直近二試合で合計二五〇球以上を投げたピッチャーは次の試合投げることが出来ない〟……」
「〝一二〇球以上投げた投手は、翌日マウンドに立つことが出来ない〟……⁉」
読み上げた彗と一星は、思わず顔を見合わせた。
※
「随分と厳しくなったな……」
相変わらずコーヒーとタバコの香りが漂う監督室で、矢沢は呟いた。
手元のタブレットで見ているのは、夏の大会で適用される〝かもしれない〟球数制限の記事だ。
直近二試合で合計二五〇球以上を投げたピッチャーは次の試合投げることが出来ず、一二〇球以上投げた投手は、翌日マウンドに立つことが出来ない。これまで適用されていた球数制限が一三〇~四〇球前後を想定した運用だったが、今回の規制は一二〇~二五球を想定したものになる。イニングにすると、約一イニング投げることが出来ないという具合だ。
たったの一イニングだが、この差は大きい。
球数制限で規制がかかるのは終盤。甲子園は〝魔物が棲む〟と言われるほど、劇的なドラマを起こしてきた。
特に最終回には、その魔物が良く騒ぐ。
「他にやる人がいなかったからね。消去法だよ」
「ほーん。真っ先に埋まりそうなもんだがな」
「僕に聞かれても、余ったとしか言い様がないよ」
一星は投げ捨てるような言葉を差し込む。今はその話に興味はいないとイワンばかりの表情で虚空を見つめていた。出会ってから早いもので二ヶ月。長いようで短い六十日ほどの関係ではあるが、この表情を浮かべるとき天才は何か悩み事を抱えていると言うことがわかるくらいには友情を育んでいた。疑問に嫌味を乗せないよう努めながら「また悩み事か?」と問いかけてみると、「……なんでもないよ」と頭を振った。
濁った返答は、今は話したくないということだろう。これが家族など大切な人であればそれでも聞き出すところだが、まだ友人でしかない彗が立ち入れるのはここまで。「そうけ」と返すのがやっとで、案の定神妙な空気がその場を包み込んだ。
「……あ、話は変わるんだけどさ! このニュース見た?」
気を遣った音葉が、わざわざ明るい声色で携帯をごそごそと取り出す。なんだ、と三人が顔を見合わせていると、音葉は一つの記事を画面に映し出した。
見出しは、〝高校野球の球数制限について〟だ。
「なんだ、いつものことじゃねぇか」
「いつものこと?」
スポーツに明るくない真奈美が首を傾げると、一星が「毎年甲子園が近づくと球数制限が話題になるんだよ。恒例行事みたいな感じ」と割って入る。
「ふーん。何が問題なの?」
「単純な話、怪我防止だよ」
「マラソン選手が走りすぎて疲労骨折とか良く聞くだろ? ピッチャーも同じで、肩や肘に致命的な怪我を負う可能性がある、ってことだ」
「なるほどぉ。じゃ、毎年変わってるの?」
「いーや、それが三年前から変わってないんだ」
現状、二十年間の議論が交わされている〝球数制限〟だが、議論の答えはいつも出てくることはない。その理由が、甲子園の持つ魔力にある。
甲子園の歴史は古く、遡ると一九一五年からほぼ毎年、戦争やウィルスの脅威による中止と遭遇しながらも執り行われている。積み重ねられてきた歴史の分、野球ファンの思い入れも多種多様。一人で投げ抜き怪我をしようとも潔く散ることが美学と考えている人がいる一方で、子供の将来を奪うような事態は防ぐべきだという人もいる。
議論で考えが変わればそれでいいのだが、根本にある考えを簡単に覆すことが出来るわけもなく。
改善しなければ、という議論がほぼ毎年行われ、遂に二〇二一年に行われた春の甲子園で〝一週間で五〇〇球以上投げてはいけない〟というルールが導入され、翌年の二〇二二年に同じルールが夏の甲子園に導入された。
球数制限という名目で一週間に五〇〇球と制限を付けているのはいいものの、日程に恵まれれば一試合一六〇球まで投げても甲子園の決勝まで投げられる可能性があるというルールだ。体が完成しているプロ野球の選手が一週間で一〇〇球~一四〇球前後であることを考えると、投げすぎによる故障を防ぐという役割を果たしているとは言い難い。
現在のルールを彗から伝えられると、真奈美は「それじゃあ、議論する意味なくない?」と首を傾げた。
「そ。で、結局新しい議論はしてるけど、まだ手探りだから変えられないってのが現状」
「ふーん……」
「ま、当分このままだ。頭の固い連中が上にいるからな。プレーする側からすりゃ、その方が助か――」
そこまで得意げに言いかけたところで、音葉が真剣な眼差しで彗の双眸を覗き込みながら「それが、今年はそうも行かないみたいよ」と携帯の画面を三人に見せつけるように置く。先程の記事の詳細が語られているのか、と三人が覗き込むと、タイトルとは別に〝球数制限の規制強化を実行か〟という見出しがデカデカと表示されていた。
「んなっ⁉」
内容に目を通してみる。記事には、より詳しい規制内容が案として掲載されていた。
「〝直近二試合で合計二五〇球以上を投げたピッチャーは次の試合投げることが出来ない〟……」
「〝一二〇球以上投げた投手は、翌日マウンドに立つことが出来ない〟……⁉」
読み上げた彗と一星は、思わず顔を見合わせた。
※
「随分と厳しくなったな……」
相変わらずコーヒーとタバコの香りが漂う監督室で、矢沢は呟いた。
手元のタブレットで見ているのは、夏の大会で適用される〝かもしれない〟球数制限の記事だ。
直近二試合で合計二五〇球以上を投げたピッチャーは次の試合投げることが出来ず、一二〇球以上投げた投手は、翌日マウンドに立つことが出来ない。これまで適用されていた球数制限が一三〇~四〇球前後を想定した運用だったが、今回の規制は一二〇~二五球を想定したものになる。イニングにすると、約一イニング投げることが出来ないという具合だ。
たったの一イニングだが、この差は大きい。
球数制限で規制がかかるのは終盤。甲子園は〝魔物が棲む〟と言われるほど、劇的なドラマを起こしてきた。
特に最終回には、その魔物が良く騒ぐ。
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