彗星と遭う

皆川大輔

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第二部

2-64「vs桜海大葉山(23)」

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 小雨かと思われたが、瞬く間にバケツをひっくり返したような雨が降り注いだ。
 とても野球が出来るような状態ではなく、やむなく一時中断。ランナーの一星、嵐と桜海大葉山の野手陣が全てベンチ裏に引っ込む。

 ――ついてないなぁ……。

 雨で濡れた頭をタオルで拭きながら恨めしそうに一星は空を見つめた。
 鉛色の空が、だんだんと分厚く、重くなっていく。それに呼応するように、小雨からバケツをひっくり返したような大雨が降り注ぐようになった。

「今日は降らねぇと思ってたんだがな……」

 ベンチの奥で真田が愚痴をこぼしながらタブレットを弄り出す。体が冷えないように動かすというていで真田の背後を取り、タブレットをのぞき見ると、画面には埼玉県の地図が表示されていた。埼玉県の西側は真っ白だが、彩星高校がある東側は局地的に濃い青で埋め尽くされている。

 ――通り雨だ……これならまだ出来る。

「こりゃダメだな」

 一星の予想に反して、真田はため息をついて立ち上がった。

「え⁉」

 想定外の決断に思わず声が上がる。

「うおっ⁉ 驚かせんなよ」

「あ、すみません……ダメってどうしてですか?」

「あん?」

「その雨雲レーダー見たら三十分もすれば上がるじゃないですか。やりましょうよ、流れも来ますって」

「……そうか。一年はまだわからねぇんだな」

 呆れた様子で真田は顎でくいっとグラウンドの方を示唆する。
 促されるままに視線を向けると、先程まで激闘を繰り広げていたグラウンドにはいくつもの巨大な水たまりが発生していた。

「元々ここら辺は沼地でな。経年劣化もしてて水はけ最悪なんだよ。一回雨が降るともう次の日までってこともザラだ。雨ん中で無理矢理やっても怪我するだけだしよ」

「そんな……それじゃ……」

「そ。俺達はコールド負けだ」

 へらっと言うと、決断を伝えに真田は桜海大葉山のベンチへと駆けていく。
 その後ろ姿を見送ることしか出来なかった。

 スコア 桜海大葉山4 ― 彩星高校 2

 降雨コールド負け。

 空野彗。四回、七十二球、四失点。三振は九つ。

 武山一星。二打数一安打、一打点。一つフォアボールを選び、出塁は二回。

 結果以上に、それぞれ課題を残す試合となった。


       ※


 試合終了後、桜海大葉山はバスで早速移動。その見送りに来ていた彗と一星は、窓際に座っていた翼を睨み付ける。
 視線に気づいたのか、けだるそうな表情で翼は小窓を開いた。

「……何?」

「勝ったってのに随分とくれー顔してんな。もっと笑え」

「悪かったね、これはいつも通りだ」

「はっ、違いねー」

 他愛ない会話を交わす彗。相変わらず仲は悪く見えるが、お互いどこかリスペクトをしているような、そんな印象を抱く表情をしていた。

「次は負けないよ」

 一星も二人に負けじと声をかける。

「そっくりそのまま返す」

 疲れても全く変わらない鉄仮面ぶり。ポーカーフェイスもほどほどにしたほうがいいよ、とお節介な言葉を投げかけようとしたその瞬間、翼の口角が若干上がった。
 何事か、と身構える彗と一星だが、そんな二人をあざ笑うかのように「じゃ、甲子園で」と言い捨てた。

 不意の一言に、二人は言葉を失う。
 次の言葉を見つけられないまま、桜海大葉山のバスは出発をした。

「……あんなこと言うんだな、アイツ」

「……ね。ビックリした」

 口をぽかんと開けたまま、桜海大葉山のバスを見送る。
 その窓から、翼が軽く手を振っていた。

「甲子園で、かぁ……」

「夏負けるなってアイツなりのエールだな」

「そんなことするんだ。意外だね」

「アイツも人の子だったってことだな」

 ここぞとばかりに嫌味を零しながら、二人は踵を返す。これから試合後のミーティングと、午後の練習の説明がある。

「やっぱり午後は体力作りかな」

「十中八九そうだろ」

「……きつそう」

 雨が降っている中で練習は、ウェイトトレーニングと階段をひたすら上り下りするという足腰の鍛錬が定番。
 非常に地味な上、非常に辛いという精神的にもクる練習だ。
 憂鬱な気分で歩を進めていると、遠くから誰かが駆け寄ってくる。

「ん?」

「あ、いたいた!」

 話しかけてきたのは、二年生マネージャーの由香だった。

「お疲れ様です。どうしたんですか?」

「武山くんを監督が探しててさ。お昼ご飯の前に監督室に来い、だってさ!」


       ※


「緊張したぁ……」

 仕事という緊張感から解放された真奈美は、ホッと息をついた。
 任されていたのは、試合中のアナウンス。ただ名前とポジションをマイクに乗せて言うだけなのだが、自分の声は変じゃないか、名前の読み間違いはないか。そんな不安と戦った一時間ちょっと。

 慣れない作業というのは、知らず知らずのうちに体を痛めつけるようで。真奈美の場合は、肩に余計な力が入っていたらしく、九十年代のバブル期に街を闊歩していたOLの肩パットのようになっていた。

「あ、お疲れ様」

 肩を叩きながら歩いていると、丁度監督室から出てきた一星に遭遇する。
 駆け寄って声をかけるも、反応がない。
 いつもの冷静さでもなく、落ち着きでもなく。
 困惑しているような一星。
 返事が来ないことに焦りながら真奈美は「ど、どうしたの?」と続けて声をかける。

 そこで、ようやく彼は重い口を開いた。

「……ちょ、ちょっとね」

「ちょっと?」

「うん……」

「私で良かったら話聞くよ?」

 その言葉に頷くと、一星はぽつりと。消えそうな声で呟いた。

「監督にさ、言われたんだ」

「何を?」

「今のままじゃ、スタメンで使えない。意識を変えないと、三年間九番打者だぞ、ってさ」


       ※

本日もお読みいただきありがとうございました!
本話にて、第二部完結となります!

新しい力を手に入れながらも、壁に当たった二人。
続く第三部では、そんな二人が技術的にも精神的にも成長する合宿編となります!

体調不良であったり仕事が忙しかったりで更新が安定しませんが、引き続きお楽しみいただけたらと思います!
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