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第二部
2-62「vs桜海大葉山(21)」
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――やばいやばい、まだツーアウトだ。
調子に乗りすぎないよう自分を諫めつつ、たぐり寄せた流れを渡さないように、新太は続く三番も厳しいコースを突く。
インコースの高め。ギリギリのストライクゾーンで攻めると、三番は思わず手が出てしまい、キャッチャーフライとなる。
結果、一球で打ち取るという最高の結果となった。
「さあ、こっから逆転だぞ!」
新太は、ナインを鼓舞するように声を上げた。
※
遠くから歓声が聞こえる。
クールダウンとしてのキャッチボールを終え、軽いジョギングをしていたが、足を止めて何事かと彗はベンチ裏からひょこっと顔を出した。
すると、どうやら五回表の攻撃をゼロ点に抑えたらしく、その立役者だった新太が丁度ベンチに戻ってきていた。
「流石!」
こっそりガッツポーズをしてから、彗はジョギングを再開した。
ピッチングや試合など、体を激しく動かした後に行うクールダウン。全身の血流を良くし、疲労物質や老廃物をより早く分解・代謝されるようにするための大事な時間。春季大会には疎かにしていたように見えたが、併走している音葉の目には、真面目に取り組んでいるように見えた。
「痛みはある?」
彗の顔をのぞき込みながら音葉は問いかける。
「今んとこは問題ねーかな」
「熱はどう? 籠もってる感じ?」
「あぁ。肩と肘、それと右腕の肘から手首までがちょい熱いかも」
「そっか、わかった」
痛みはなくても、熱を持っているということは炎症を起こしている証拠。
音葉は彗から離れて側に置いてあったクーラーボックスから氷を取り出すと、サポーター付きのアイスバッグに詰め込んでいく。
肩、肘、腕用のアイスバッグに詰め終えて振り返ると、丁度彗もジョギングを終えたところだった。
椅子に座った彗の額は、ほんのり汗ばんでいる。
血行促進として行ったジョギングの効果が存分に現れている証拠だ。
「はい、右腕出して」
「へーい」
氷によるアイシングで局所の血流は抑えつつ、軽いジョギングのお陰で全身の血流を促進させる。端から見れば大げさな処置に見えるが、一人でマウンドに立ち続けたピッチャーの体を怪我から防ぐという点においては十二分。
「悪ぃな」
彗は、アイシングを小動物のように受けている。
先日の春日部共平戦でこのクールダウンとアイシングを適当に行った結果、腕に痛みを覚えて離脱したという過去を反省してるんだな、とうっすら笑いながら「ううん、マネージャーの仕事だし」と呟いた。
「――やっぱこういうの大事だな、うん」
アイスバッグを装着した彗はわざとらしく頷く。
――ゲンキンだなぁ。
調子の良い彗を余所に片付けをしながら「全く……もっと日頃からちゃんとしないと、私みたいに大事な時に怪我しちゃうよ?」と小言を漏らした。
「ん? 音葉みたいに?」
彗の口から出てきた下の名前に相変わらず心を振るわせつつ、「ほら、私元選手って話したでしょ? 実は大会前に右足痛めてたんだけど、放って置いちゃってさ。結果、大会直前にすんごい腫れちゃって。中学最後の試合にも出られないまま引退って感じだったんだ」と早口で言い切る。
「はーん……」
そこまで言って、彗は沈黙。
マネージャーが怪我をした過去を聞いたから何か言え、ってのも無理な話だな、と焦りながら音葉は「ね、そら――彗くんはさ、マウンド降りるとき、監督に抵抗とか無かったの?」と急な話題転換をした。
「あん?」
「ほら、代打で試合降りることになったけどさ……ピッチャーって基本的にはそういうもんでしょ?」
「なんでわかんの?」
まだ裏方ではなく表側だった、プレイヤーだった頃を思い出しながら音葉は「私もピッチャーだったからさ」と呟きながら彗の隣に座ると「〝お山の大将上等、ピッチャーは見下ろすためにマウンドっていう一番高いところに立ってる〟……シニアの時に監督がそうやって育ててくれたからね」と中学時代を思い返す。
「……ま、ピッチャーが弱気になってちゃ試合に勝てるワケねぇもんな」
うっすらと小さい笑みを浮かべながら彗は「ま、お察しの通り俺も似たようなもんだ」と壁に背を付ける。
「マウンドに上がったら最後まで投げ続けろ、リリーフはライバルと思え、そうやって俺も育てられたよ」
「じゃあさ、やっぱり代打って言われたとき、悔しかった?」
「ま、多少はな」というと、今度は河岸で両膝に肘を置く体勢になると「正直、納得はしたよ」と呟いた。
「そうなの?」
「あぁ。バッティングも一星にだって負けない自信があるし、新太さんや本橋先輩に負けないと思ってる。けど、今日の降板した問題はそこじゃねーんだと思うわ」
「どういうこと?」
「今の俺じゃ、ここが限界ってこと」
「限界?」
「あぁ。これ以上投げてても、出てくるのは同じ問題だけー、みたいなさ」
「ふーん……それ、どんな問題?」
「単純だよ。まだライトボールがどんな球なのか、理解できてないんだ」
「理解できてない?」
「そう。まだ付き合いが短くて扱い方がわかんねーんだわ」
調子に乗りすぎないよう自分を諫めつつ、たぐり寄せた流れを渡さないように、新太は続く三番も厳しいコースを突く。
インコースの高め。ギリギリのストライクゾーンで攻めると、三番は思わず手が出てしまい、キャッチャーフライとなる。
結果、一球で打ち取るという最高の結果となった。
「さあ、こっから逆転だぞ!」
新太は、ナインを鼓舞するように声を上げた。
※
遠くから歓声が聞こえる。
クールダウンとしてのキャッチボールを終え、軽いジョギングをしていたが、足を止めて何事かと彗はベンチ裏からひょこっと顔を出した。
すると、どうやら五回表の攻撃をゼロ点に抑えたらしく、その立役者だった新太が丁度ベンチに戻ってきていた。
「流石!」
こっそりガッツポーズをしてから、彗はジョギングを再開した。
ピッチングや試合など、体を激しく動かした後に行うクールダウン。全身の血流を良くし、疲労物質や老廃物をより早く分解・代謝されるようにするための大事な時間。春季大会には疎かにしていたように見えたが、併走している音葉の目には、真面目に取り組んでいるように見えた。
「痛みはある?」
彗の顔をのぞき込みながら音葉は問いかける。
「今んとこは問題ねーかな」
「熱はどう? 籠もってる感じ?」
「あぁ。肩と肘、それと右腕の肘から手首までがちょい熱いかも」
「そっか、わかった」
痛みはなくても、熱を持っているということは炎症を起こしている証拠。
音葉は彗から離れて側に置いてあったクーラーボックスから氷を取り出すと、サポーター付きのアイスバッグに詰め込んでいく。
肩、肘、腕用のアイスバッグに詰め終えて振り返ると、丁度彗もジョギングを終えたところだった。
椅子に座った彗の額は、ほんのり汗ばんでいる。
血行促進として行ったジョギングの効果が存分に現れている証拠だ。
「はい、右腕出して」
「へーい」
氷によるアイシングで局所の血流は抑えつつ、軽いジョギングのお陰で全身の血流を促進させる。端から見れば大げさな処置に見えるが、一人でマウンドに立ち続けたピッチャーの体を怪我から防ぐという点においては十二分。
「悪ぃな」
彗は、アイシングを小動物のように受けている。
先日の春日部共平戦でこのクールダウンとアイシングを適当に行った結果、腕に痛みを覚えて離脱したという過去を反省してるんだな、とうっすら笑いながら「ううん、マネージャーの仕事だし」と呟いた。
「――やっぱこういうの大事だな、うん」
アイスバッグを装着した彗はわざとらしく頷く。
――ゲンキンだなぁ。
調子の良い彗を余所に片付けをしながら「全く……もっと日頃からちゃんとしないと、私みたいに大事な時に怪我しちゃうよ?」と小言を漏らした。
「ん? 音葉みたいに?」
彗の口から出てきた下の名前に相変わらず心を振るわせつつ、「ほら、私元選手って話したでしょ? 実は大会前に右足痛めてたんだけど、放って置いちゃってさ。結果、大会直前にすんごい腫れちゃって。中学最後の試合にも出られないまま引退って感じだったんだ」と早口で言い切る。
「はーん……」
そこまで言って、彗は沈黙。
マネージャーが怪我をした過去を聞いたから何か言え、ってのも無理な話だな、と焦りながら音葉は「ね、そら――彗くんはさ、マウンド降りるとき、監督に抵抗とか無かったの?」と急な話題転換をした。
「あん?」
「ほら、代打で試合降りることになったけどさ……ピッチャーって基本的にはそういうもんでしょ?」
「なんでわかんの?」
まだ裏方ではなく表側だった、プレイヤーだった頃を思い出しながら音葉は「私もピッチャーだったからさ」と呟きながら彗の隣に座ると「〝お山の大将上等、ピッチャーは見下ろすためにマウンドっていう一番高いところに立ってる〟……シニアの時に監督がそうやって育ててくれたからね」と中学時代を思い返す。
「……ま、ピッチャーが弱気になってちゃ試合に勝てるワケねぇもんな」
うっすらと小さい笑みを浮かべながら彗は「ま、お察しの通り俺も似たようなもんだ」と壁に背を付ける。
「マウンドに上がったら最後まで投げ続けろ、リリーフはライバルと思え、そうやって俺も育てられたよ」
「じゃあさ、やっぱり代打って言われたとき、悔しかった?」
「ま、多少はな」というと、今度は河岸で両膝に肘を置く体勢になると「正直、納得はしたよ」と呟いた。
「そうなの?」
「あぁ。バッティングも一星にだって負けない自信があるし、新太さんや本橋先輩に負けないと思ってる。けど、今日の降板した問題はそこじゃねーんだと思うわ」
「どういうこと?」
「今の俺じゃ、ここが限界ってこと」
「限界?」
「あぁ。これ以上投げてても、出てくるのは同じ問題だけー、みたいなさ」
「ふーん……それ、どんな問題?」
「単純だよ。まだライトボールがどんな球なのか、理解できてないんだ」
「理解できてない?」
「そう。まだ付き合いが短くて扱い方がわかんねーんだわ」
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