彗星と遭う

皆川大輔

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第二部

2-58「vs桜海大葉山(17)」

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 ライトボールは、変化しないがために変化しているように見える球なのだ。

 例えば先程から翼が投げているボールはストレートだが、実際に軌道を描いてみると重力に犯されて垂れながら、利き手側に変化する緩やかなカーブを描いている。ストレート本来の意味である〝直線〟ではない。

 対して、今の彗が投げているボールはまさしく直線。右腕からキャッチャーミットまで定規で線を引いたように真っ直ぐ。そこで生じる認識の差が浮き上がってくると言う錯覚を引き起こす。

 そして、高めにこの直進するボールが来るとより浮き上がってくるように感じる。この現象を利用して、決め球にしようという算段なのだろう。

 ――ようやくわかった。

 彗が話した擬音を言語化できたことに満足し、一星は「こっちでも仕事しないとね」とだけ呟いてバットを振った。

 アウトコースから巻いてストライクゾーンに入ってくるスライダー。バットの先に当てファールで逃れる。

 ――ここで外に来るんだ……。

 遙か遠くに見えたボールだったが、最終的にはストライクになるボール。
 何度かバッテリーを組んで、その曲がり幅を知っていたからこその対応。カンニングみたいだな、と苦笑いを浮かべるが、なりふり構ってられないよねと自分の中で言い訳を終えると、翼を睨みながら再びバットを構えた。

 一打出れば失点するだろう場面で手の内を知っている元チームメイトが打席に立っているという緊張する場面だろうに、翼は相変わらずの鉄仮面ぶりを見せている。顔色からどういう配球をしようとしているのかを読み取るのは難しい。

 ――……見て反応するしかないか。

 彗とは違って、翼にはスライダーの他にカーブとチェンジアップ、ストレートと選択肢がある。一つの選択肢に拘って長打を狙うことも大事だが、四点という差が付いている以上、大事なのはランナーとして塁に出て、次に繋げること。その過程でタイムリーなりホームランなりが出れば最高。

 そのためのベストな行動は、際どい球は振らないで見極め、甘い球が来たら強く叩く。野球の基本だ。

 遅い球を待っている状態で速い球を打つことは難しい。それなら速い球にタイミングを合わせて、遅いたまには片手になっても付いていって――肩の力を抜き、思考を一層クリアにしながらボールを待つ。

 ――来た。

 翼が投じた六球目は、ストレート。
 タイミングはばっちり。

 ――このまま……ん⁉

 指導を開始したところで、一星は違和感に気づく。
 ボールが、想像よりも手元に来ない。遅い。

 ストレートと同じ腕の振りで、遅い球――チェンジアップだ。

「くっそ⁉」

 体勢は崩れ前に頭が突っ込んでいく。今更バットを止めることはできない。

 ――せめて、バットに当てないと……!

 形にこだわってる場合じゃない。一星は体が流されながらも左手を話し、右手一本になるまで粘る。捕手として出場するために鍛えぬいた下半身の強さも併せ、粘る。

 ――まだ。まだ……ここ!

 カコン、と情けない音とともにアウトコースに投じられたチェンジアップにバットを当てた。
 打球はふらふらとショートの上空へ。

「くっそ……!」

 平凡なフライだ。今日は風もなく、太陽も重なるような場所にない。野球初心者じゃなきゃ落としやしない打球。
 塁には出たかったな、と下を向き、トボトボと一塁へ歩いていく。

「ゴー!」

 そんな一星に活を入れるようなサードコーチャーの声が、耳に届いた。

 ――へ?

 一度目を切った打球を再度追うと、平凡だったはずのフライは、ショートとレフトの間という絶妙で守る側からしたらなんとも厄介な打球へと変貌していた。

「ショート!」

「任せろ!」

 守備陣は声を上げるが、サードコーチャーは落ちることを確信しているのか、腕を回すスピードは加速していっている。

 ――それなら!

 打球判断を信じ、一星もスピードを上げる。
 一星が一塁ベースに到達したタイミングで、ボールはショートとレフトの間にポトリと落ちた。

 ポテンヒットだ。

 これで一点入るはず――だが、ボールから二塁ランナーだった鋼に視線を移すと、まだサードベースをようやく回ったぐらいのところだった。三塁コーチャーの補助はあったものの、上がった場所とワンアウトということで若干二塁ランナーの鋼はスタートが遅れていたのだろう。

 かすかなスタートの遅れに敵チームも気づいたのか、カバーに入ったレフトがボールを抑えると「バックホーム!」と敵チームの誰かが声を上げた。

 その指示に従って、レフトはボールを握り大きく振りかぶる。

 中継を挟むことはない。ランナー優先で、直接ホームに投げる。そんな雰囲気。

 ――これだけ無警戒なら……!

 一星は再度加速。
 目論見通りボールはホームへ送球された。
 強い送球だが送球は若干山なり。カットの心配もない。
 ホームではキャッチャーととランナーが交錯するクロスプレーが執り行われる。
 緊張のから生まれた一瞬の静けさがグラウンドに広がる。

「セーフ!」

 静寂を破ったのは、主審を務める雄介のジャッジ。張り切っているのか、大げさなジェスチャーを見せる雄介を眺めながら「運が向いてきたかも」と塁上で右手を掲げた。
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