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第二部
2-56「vs桜海大葉山(15)」
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名刺を受け取ると、彼女は表から裏までおかしなところが無いか確信していたが、すぐに納得してくれたようで、「あの、すみませんでした!」と頭を下げた。
「いいよいいよ、私がちゃんとした格好で来れば良かったんだけの話だし」
謝罪を済ませると、森下と熊谷は一塁側のネット裏に案内された。丁度木の影になっており、汗をかいた体が冷えていくのを感じていると、グラウンドで「スリーアウトチェンジ!」と審判の声が聞こえてきた。四回の攻撃が終わったようで、飄々と空野彗がマウンドを降りていく。
「三者連続……すごいわね。とても四点取られるなんて想像できない」
「それだけ桜海大葉山の打線が強いってことじゃないですか? どうやって点取られたのか気になりますね……」
情報をもっと速く掴めていたら、と嘆いていると、さきほど通報一歩手前まで警戒していた先程の女子生徒がお茶を両手に近寄ってきてくれた。
「良かったらどうぞ!」
「あ、ごめんね」
お茶を受け取り、二人してのどを潤してから「ね、ちょっと尋ねても良いかな?」
「はい?」
「あの、さっきまで投げてたのって、一年生の空野くんだよね?」
「はい。先発で今日はずっと投げてます」
自分の予想が当たっていて心の中でガッツポーズをしながら「どうやって点取られたかわかるかな?」と質問を続ける。
「えっと……ホームラン二本とタイムリーが一本です! 急に三回で崩れて……」
「ん? 急に?」
「はい! 二回までは六者連続三振だったんです!」
「六者連続! そりゃすごい!」
「それだと、ますます内容気になるなぁ……ま、ありがとう! えっと……」
名前がわからなかったことを察したのか、さらっと「彩星高校マネージャーの、海瀬音葉です!」と名前を答えると、一礼をしてからしてその場を後にした。
「……随分と出来るマネージャーですね」
「ホントにね。あれで一年生なんだから、流石は彩星ってこと」
「え? 彼女、一年生なんですか?」
「うん。ほら彼女、紺色のジャージ着てたでしょ? 彩星高校は学年ごとにメインの色が決められてて、赤・緑・紺で持ち回りなの。今の一年生は紺色の世代だから」
「詳しいですね」
「うん。彩星出身だからね」
「へぇ……そうだったんですか。なんか、この高校に入れ込む理由がわかりました」
「一応言っておくけど……私情はないからね?」
「了解です! 編集長には黙っておきます」
走り回り、スタミナ切れを起こしていた森下に、何か勘違いしているルーキーを諫める元気はなく。「ま、一つよろしく」と諦めの感情を込めて言葉を漏らしてから、三塁側のベンチに視線を戻した。
一塁のネット裏から、彩星高校側のベンチはまる見え。監督の真田とコーチの矢沢、二人の大人と話す後ろ姿を眺めながら「さて……あとどれくらい投げてくれるんだろ」と森下は呟いた。
※
「随分と派手に花火が打ち上がったなぁ。夏にゃまだ早いぞ?」
彗が気分良くベンチに戻ると、腕を組んだ矢沢が開口一番に嫌味を言い放った。
「さーせん」
素っ気ない返事をしながら彗は「コーチこそどこ行ってたんすか。自分が組んだ練習試合じゃないっすか」と帽子を取ってタオルで汗を拭った。
「俺は俺でやることがあるんだよ」
「へいへい」
「ったく……で、なにか気づいたか?」
矢沢の問いに、彗は「……確信はまだ無いっすけど」と前置きをしてから「高めが異常に有効だなと感じました」と桜海大葉山ベンチを睨む。
「ほう? どうしてそう感じた」
「序盤と中盤の差です。初回と二回は取りあえず振っていくって感じで不気味に思ってて。三回にちょっと狂っちゃって修正できないまま、ボコスカに打たれちゃいましたけど、この回は狙っても打てないって感じの空振りでしたんで」
「なるほどね。狙っても打てなかったのはなんでだろうな」
「高めのボール球を打ちにいったからでしょ。いくら打線が良くたって、あんな高めの見せ球みたいなコースまともに打ち返せるワケないですし……」
そこまで言いかけて、彗は違和感に気づいた。
強く腕を振れるからと言う安直な理由だけで投げ込んでいた高めのボール。投げ込んだ場所は、丁度バッターの目線くらいで、野球の用語ではしばしば〝吊り球〟と呼ばれるボール。
通常の〝高めの吊り球〟には、本来〝目線を上げる〟という意図と、目線から近いところに投げるため〝反射的にバットを振ってしまう〟という現象を利用して空振りを奪うことを意図した二つの目的がある。
ただ、いずれの場合も低めへの投球を前提としてのものだ。
目線を上げることが目的なら、次に投げる落ちるフォークやチェンジアップなど下方向への変化球を投げるという、討ち取るためのゴールへ向かう一手。しかし、今の彗には該当する下方向への変化球はない。
反射的にバットを振らせることが目的ならば、インコース・アウトコースへの揺さぶりは勿論、低めにも投げたりしてボールを散らせた後、意表を突くという流れで使用しなければ最大限の効果は見込めず、無駄な一球に終わってしまう。現状、意識して低めにも投げ込めない彗にはこの目的を果たすことが出来ない。
「いいよいいよ、私がちゃんとした格好で来れば良かったんだけの話だし」
謝罪を済ませると、森下と熊谷は一塁側のネット裏に案内された。丁度木の影になっており、汗をかいた体が冷えていくのを感じていると、グラウンドで「スリーアウトチェンジ!」と審判の声が聞こえてきた。四回の攻撃が終わったようで、飄々と空野彗がマウンドを降りていく。
「三者連続……すごいわね。とても四点取られるなんて想像できない」
「それだけ桜海大葉山の打線が強いってことじゃないですか? どうやって点取られたのか気になりますね……」
情報をもっと速く掴めていたら、と嘆いていると、さきほど通報一歩手前まで警戒していた先程の女子生徒がお茶を両手に近寄ってきてくれた。
「良かったらどうぞ!」
「あ、ごめんね」
お茶を受け取り、二人してのどを潤してから「ね、ちょっと尋ねても良いかな?」
「はい?」
「あの、さっきまで投げてたのって、一年生の空野くんだよね?」
「はい。先発で今日はずっと投げてます」
自分の予想が当たっていて心の中でガッツポーズをしながら「どうやって点取られたかわかるかな?」と質問を続ける。
「えっと……ホームラン二本とタイムリーが一本です! 急に三回で崩れて……」
「ん? 急に?」
「はい! 二回までは六者連続三振だったんです!」
「六者連続! そりゃすごい!」
「それだと、ますます内容気になるなぁ……ま、ありがとう! えっと……」
名前がわからなかったことを察したのか、さらっと「彩星高校マネージャーの、海瀬音葉です!」と名前を答えると、一礼をしてからしてその場を後にした。
「……随分と出来るマネージャーですね」
「ホントにね。あれで一年生なんだから、流石は彩星ってこと」
「え? 彼女、一年生なんですか?」
「うん。ほら彼女、紺色のジャージ着てたでしょ? 彩星高校は学年ごとにメインの色が決められてて、赤・緑・紺で持ち回りなの。今の一年生は紺色の世代だから」
「詳しいですね」
「うん。彩星出身だからね」
「へぇ……そうだったんですか。なんか、この高校に入れ込む理由がわかりました」
「一応言っておくけど……私情はないからね?」
「了解です! 編集長には黙っておきます」
走り回り、スタミナ切れを起こしていた森下に、何か勘違いしているルーキーを諫める元気はなく。「ま、一つよろしく」と諦めの感情を込めて言葉を漏らしてから、三塁側のベンチに視線を戻した。
一塁のネット裏から、彩星高校側のベンチはまる見え。監督の真田とコーチの矢沢、二人の大人と話す後ろ姿を眺めながら「さて……あとどれくらい投げてくれるんだろ」と森下は呟いた。
※
「随分と派手に花火が打ち上がったなぁ。夏にゃまだ早いぞ?」
彗が気分良くベンチに戻ると、腕を組んだ矢沢が開口一番に嫌味を言い放った。
「さーせん」
素っ気ない返事をしながら彗は「コーチこそどこ行ってたんすか。自分が組んだ練習試合じゃないっすか」と帽子を取ってタオルで汗を拭った。
「俺は俺でやることがあるんだよ」
「へいへい」
「ったく……で、なにか気づいたか?」
矢沢の問いに、彗は「……確信はまだ無いっすけど」と前置きをしてから「高めが異常に有効だなと感じました」と桜海大葉山ベンチを睨む。
「ほう? どうしてそう感じた」
「序盤と中盤の差です。初回と二回は取りあえず振っていくって感じで不気味に思ってて。三回にちょっと狂っちゃって修正できないまま、ボコスカに打たれちゃいましたけど、この回は狙っても打てないって感じの空振りでしたんで」
「なるほどね。狙っても打てなかったのはなんでだろうな」
「高めのボール球を打ちにいったからでしょ。いくら打線が良くたって、あんな高めの見せ球みたいなコースまともに打ち返せるワケないですし……」
そこまで言いかけて、彗は違和感に気づいた。
強く腕を振れるからと言う安直な理由だけで投げ込んでいた高めのボール。投げ込んだ場所は、丁度バッターの目線くらいで、野球の用語ではしばしば〝吊り球〟と呼ばれるボール。
通常の〝高めの吊り球〟には、本来〝目線を上げる〟という意図と、目線から近いところに投げるため〝反射的にバットを振ってしまう〟という現象を利用して空振りを奪うことを意図した二つの目的がある。
ただ、いずれの場合も低めへの投球を前提としてのものだ。
目線を上げることが目的なら、次に投げる落ちるフォークやチェンジアップなど下方向への変化球を投げるという、討ち取るためのゴールへ向かう一手。しかし、今の彗には該当する下方向への変化球はない。
反射的にバットを振らせることが目的ならば、インコース・アウトコースへの揺さぶりは勿論、低めにも投げたりしてボールを散らせた後、意表を突くという流れで使用しなければ最大限の効果は見込めず、無駄な一球に終わってしまう。現状、意識して低めにも投げ込めない彗にはこの目的を果たすことが出来ない。
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