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第二部
2-55「vs桜海大葉山(14)」
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打者の対応、チームメイトへの伝達、威力、その他諸々――一連の景色を振り返ってみると、一つの仮説が一星の脳裏に浮かび上がってきた。
まだ、判断するのは速い。取りあえず「ナイスボール!」とボールを彗に投げて座って、サインを出した。
相変わらずコースはど真ん中。そこから高めを中心に散ってくれるだろうという願望の元のリード。
予想通り、先程の二番打者と同じように球は外に内に外れるがストライクゾーンには収まってくれる。普段、投球の内容を予想しながらボールを打っている一星は、こんなピッチャーと当たったら最悪だなと三番打者に同情しつつ、二球目を要求。
二球目もストライクを取ると、舌なめずりして一星は彗にサインを要求した。
球種は、ライトボール。
しかし、先程までと違うのは、コースの要求だ。
もちろん、低めではない。寧ろ真逆の高め要求。しかも、大きく外すレベルの、目線の高さを要求した。
高め意識くらいなら腕を振れる。それに、あの反応――彗が頷きサインが合致すると、一星は自分の仮説を立証するため、中腰でミットを構えた。
※
――えらくイキイキしやがって。
先程までの苛立ちはどこへやら。中腰でミットを構える一星は、遠目でマスクを被っているという状態でもわかるくらいに目を輝かせていた。
一星と出会って一年弱になるが、これほどプラスな感情が表に出ているのは彗の記憶にはない。いつも間に入ったり自分を殺しているという印象の強かった相棒だが、良い意味でも悪い意味でも〝我〟を出してきている。
――この方が時間はかかるけれど、やりやすいわ。
まどろっこしい野はもう今日限りにしようぜ、という気持ちを込めて彗は大きく振りかぶった。
低めを意識すると鈍った腕も、高めであれば問題なく振り抜くことが出来る。
理屈ははっきりしないが、それは後で真田や矢沢などのわかるヤツに聞けば良い。
ともかく、あのミットをめがけて腕を振るだけ。
「ホラ――よっ!」
彗は、刀を抜くが如く鋭い速さを以て、ボールを投げ込んだ。
ボールは、一星の要求通り目線の高さを通過していくだろうコース。思い描いたコースだが、とてもカウントを有利にするボールには思えない。
――次の球への布石か?
意図を理解しようとボールを見守っていると、そんな努力をあざ笑うかのようにバッターは空振りをした。
「あり?」
高めも高め。長さで言えば三十センチは離れているんじゃないかと言うほど。あれを空振るのは、野球を始めたばかりの子供かバッティングセンターに初めて来た運動音痴くらいのはず。
そんなクソボールを、桜海大葉山の三番バッターが空振りをした。
「どういうこと?」
独り確信を持ってガッツポーズをしている一星に、ただただ首をかしげるしかなかった。
※
SNSによって、個人的に注目している彩星高校と高校ナンバーワンの重量打線と名高い桜海大葉山が練習試合を行うと言う情報を手に入れた森下咲良は、息を切らしながらスコアボードを見た。
試合は中盤。桜海大葉山が四点のリードを奪っていると言う展開だ。
マウンドには怪物・空野彗。ユニフォームの汚れ具合や、息のあれ方から結構な球数を放っていることがわかる。少なくとも、三回以上は投げているんじゃないかという予想を立てていると「あのぉ……」と、女子生徒が話しかけてきた。
紺色のジャージに、ショートカットの髪型がよく似合う快活な印象の女の子だ。
ジロジロと、遠慮がちに話しかけてくる生徒に「ん?」と汗を拭いながら答える。
「あ、すみません。私、彩星高校のマネージャーで……その、学校関係者ではないですよね?」
不審者を見るような視線。わからないのかな、と自分の服装を見てみると、上はピンク色のポロシャツで。下はジーパン。最低限の見てくれを保つために常備しているジャケットも、車の中に投げ捨てたままとなっている。
見てくれは完璧に一般人、もしくは息を切らしたいい年の女が、男子高校生を食い入るように見ているという、端から見れば完璧に不審者な一幕だ。
「あ、ごめんごめん! 私、実はスポーツ専門の記者やってて――」
身分証明替わりに名刺を差し出そうと胸ポケットの位置を弄るが、すかっすかっと手は空振りをする。
――あっ。
咲良は、そこでようやく名刺はジャケットの胸ポケットにしまっていることに気がついた。
「ちょっと名刺忘れちゃってさ……あはは」
取りに戻ろうにも、車を止めたのは学校から少し離れたコンビニ。また往復するとなると重要な場面を見逃してしまう可能性がある。
ただでさえ出遅れてしまっているのに、これ以上の時間ロスは記者失格。
数々の名監督やプロ野球のスカウト、大学野球の関係者や独立リーガーなどなど、様々な相手にインタビューをする中で培ってきた話術を披露しようとするも、生徒の目は疑いをより一層強めるばかり。
「あ、そうだ! 桜海大葉山の監督さんと面識があるから――」
あの手この手で懐柔しようにも、相手は埼玉県でも上位に入る進学校である彩星高校の生徒。ほだされることなくじりじりと後ずさりする姿に冷や汗を流していると「ごめんね、ほら、これ」と遅れてきた部下の熊谷卓也が女子生徒に名刺を手渡した。
まだ、判断するのは速い。取りあえず「ナイスボール!」とボールを彗に投げて座って、サインを出した。
相変わらずコースはど真ん中。そこから高めを中心に散ってくれるだろうという願望の元のリード。
予想通り、先程の二番打者と同じように球は外に内に外れるがストライクゾーンには収まってくれる。普段、投球の内容を予想しながらボールを打っている一星は、こんなピッチャーと当たったら最悪だなと三番打者に同情しつつ、二球目を要求。
二球目もストライクを取ると、舌なめずりして一星は彗にサインを要求した。
球種は、ライトボール。
しかし、先程までと違うのは、コースの要求だ。
もちろん、低めではない。寧ろ真逆の高め要求。しかも、大きく外すレベルの、目線の高さを要求した。
高め意識くらいなら腕を振れる。それに、あの反応――彗が頷きサインが合致すると、一星は自分の仮説を立証するため、中腰でミットを構えた。
※
――えらくイキイキしやがって。
先程までの苛立ちはどこへやら。中腰でミットを構える一星は、遠目でマスクを被っているという状態でもわかるくらいに目を輝かせていた。
一星と出会って一年弱になるが、これほどプラスな感情が表に出ているのは彗の記憶にはない。いつも間に入ったり自分を殺しているという印象の強かった相棒だが、良い意味でも悪い意味でも〝我〟を出してきている。
――この方が時間はかかるけれど、やりやすいわ。
まどろっこしい野はもう今日限りにしようぜ、という気持ちを込めて彗は大きく振りかぶった。
低めを意識すると鈍った腕も、高めであれば問題なく振り抜くことが出来る。
理屈ははっきりしないが、それは後で真田や矢沢などのわかるヤツに聞けば良い。
ともかく、あのミットをめがけて腕を振るだけ。
「ホラ――よっ!」
彗は、刀を抜くが如く鋭い速さを以て、ボールを投げ込んだ。
ボールは、一星の要求通り目線の高さを通過していくだろうコース。思い描いたコースだが、とてもカウントを有利にするボールには思えない。
――次の球への布石か?
意図を理解しようとボールを見守っていると、そんな努力をあざ笑うかのようにバッターは空振りをした。
「あり?」
高めも高め。長さで言えば三十センチは離れているんじゃないかと言うほど。あれを空振るのは、野球を始めたばかりの子供かバッティングセンターに初めて来た運動音痴くらいのはず。
そんなクソボールを、桜海大葉山の三番バッターが空振りをした。
「どういうこと?」
独り確信を持ってガッツポーズをしている一星に、ただただ首をかしげるしかなかった。
※
SNSによって、個人的に注目している彩星高校と高校ナンバーワンの重量打線と名高い桜海大葉山が練習試合を行うと言う情報を手に入れた森下咲良は、息を切らしながらスコアボードを見た。
試合は中盤。桜海大葉山が四点のリードを奪っていると言う展開だ。
マウンドには怪物・空野彗。ユニフォームの汚れ具合や、息のあれ方から結構な球数を放っていることがわかる。少なくとも、三回以上は投げているんじゃないかという予想を立てていると「あのぉ……」と、女子生徒が話しかけてきた。
紺色のジャージに、ショートカットの髪型がよく似合う快活な印象の女の子だ。
ジロジロと、遠慮がちに話しかけてくる生徒に「ん?」と汗を拭いながら答える。
「あ、すみません。私、彩星高校のマネージャーで……その、学校関係者ではないですよね?」
不審者を見るような視線。わからないのかな、と自分の服装を見てみると、上はピンク色のポロシャツで。下はジーパン。最低限の見てくれを保つために常備しているジャケットも、車の中に投げ捨てたままとなっている。
見てくれは完璧に一般人、もしくは息を切らしたいい年の女が、男子高校生を食い入るように見ているという、端から見れば完璧に不審者な一幕だ。
「あ、ごめんごめん! 私、実はスポーツ専門の記者やってて――」
身分証明替わりに名刺を差し出そうと胸ポケットの位置を弄るが、すかっすかっと手は空振りをする。
――あっ。
咲良は、そこでようやく名刺はジャケットの胸ポケットにしまっていることに気がついた。
「ちょっと名刺忘れちゃってさ……あはは」
取りに戻ろうにも、車を止めたのは学校から少し離れたコンビニ。また往復するとなると重要な場面を見逃してしまう可能性がある。
ただでさえ出遅れてしまっているのに、これ以上の時間ロスは記者失格。
数々の名監督やプロ野球のスカウト、大学野球の関係者や独立リーガーなどなど、様々な相手にインタビューをする中で培ってきた話術を披露しようとするも、生徒の目は疑いをより一層強めるばかり。
「あ、そうだ! 桜海大葉山の監督さんと面識があるから――」
あの手この手で懐柔しようにも、相手は埼玉県でも上位に入る進学校である彩星高校の生徒。ほだされることなくじりじりと後ずさりする姿に冷や汗を流していると「ごめんね、ほら、これ」と遅れてきた部下の熊谷卓也が女子生徒に名刺を手渡した。
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