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第二部
2-54「vs桜海大葉山(13)」
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「いや、それはないな」
少しも悩む素振りを見せず矢沢は即答する。
「どうしてだ? 時間の無駄になる気がするんだが」
「出来るだけ自分で気づいてほしいんだよ。勉強もそうだけどよ、こっちが無理矢理教えたことと、自分で気づいたこととじゃ、理解の深さが違うだろ?」
「そうか?」
「勉強に置き換えたってそうだろう。授業で聞いただけって言うのと、自分の意思で先生に聞きに行ったんじゃ理解の深さは全然違うだろ?」
矢沢の言葉で思い返してみると、三年の教師人生の中で、成績が良い生徒はほぼ質問に来る生徒や真面目に授業を聞いている生徒だ。
「なるほどな」
「それに、ヤツはこのボールとあと十年、二十年、はたまたそれ以上付き合ってくことになるんだ。一番深く理解できる方が良い」
「……随分と教師らしいこと言ってるな。とても暴力問題で飛ばされたヤツとは思えねぇぞ?」
「うるせーよ」
軽口を叩いていると、勝負の四回が始まった。
※
――確かに低めは捨てるって話だけどさ……。
作戦を共有してから一星は守備位置に戻ると「さあしまっていこう!」と檄を飛ばしてからしゃがみ込んだ。
指定する球種はやっぱり一つ。コースも目一杯腕を振ることを重視したため指定は特にない。
「ホントに上手くいくのかな」と誰にも聞こえないくらいの小さい声で呟いた一星は、サインを確認して頷いた彗を信じられず、半信半疑のままどのコースにボールが来ても言いように腰を据えてミットを構える。
彗は、そんな一星の心配を他所に大きく振りかぶった。
もう見慣れてきた、胸を張る新しいフォーム。三回に見せた違和感がなくなっており、自分の出した〝低め〟という指示が間違いだったことを再認識しながら、一星はボールを待つ。
イキイキと、あるいははつらつとした表情で、彗はそのボールを投げ込んできた。
右手から放たれたボールは、決して棒球ではない。バックスピンとスライド成分の大きい、あれだけ待ち望んでいた浮き上がる感覚を持つ、あのライトボールだ。
コースは、真ん中高め。
――こうも違うもんなのか。
ミットに収まった球の威力を噛みしめながら、一星は視線をマウンドにいる彗に移す。
彗は、首を振ることなく。自信に満ちあふれた表情で、仁王立ちしていた。
首を振っていないと言うことは、実験が成功したという証し。
「わかったよ」
口の中で呟いてから、一星はボールを彗に投げ返すと「まさか、高めならいいなんてね」とだけ愚痴をこぼした。
彗が先程、守備が始まる前に提案した内容は〝高めを中心に投げる〟というものだった。低めを意識してダメだったのに、高めなら大丈夫という道理はないはず――と言う懸念を振り払う一球だった。
へっ、と鼻を拭いながら満足げな表情をする彗を眺めながら、ピッチャーはよくわからないなと首をかしげながら座る。
――ま、投げられるなら投げて貰うだけだ!
彗の気持ちに押し上げられるように、一星は再びミットを構える。
――ドンとこい、どこに投げられたって抑えるから……。
あれだけ頭に詰め込んだデータはもう使う必要はない。ただ、彗が高めを中心にして投げ込むだけのボールを受けるだけの作業になる。
ただ、捕手の本分は〝ピッチャーに気持ちよく投げて貰い〟、〝最高のボールを引き出して〟、〝最高のピッチングという作品を作る〟というところにある。真田の言葉で気づかされた事実を再確認しつつ、ミットを構える。
ミットはど真ん中。ちらっとミットの場所を確認した二番に入った打者が、舐めるなよという表情で彗を睨み付けている。
――舐めてないからここに構えてるんだよ。
どのような所作をしているか、何を考えているのかが一瞥しただけで捉えられる。こんなわかりやすいことが見えてなかったのか、と成果を出すことに必死になりすぎて視野が狭くなってたんだなと苦笑いをしながらボールを待った。
二球目も真ん中高め。
コースだけ見れば甘々の絶好球だが、桜海大葉山のバッターは豪快な空振りをして見せた。
初回や二回とも違う、うなりを上げるボール。
彗の中でも何かが吹っ切れたのか、迷いのない腕の振りから繰り出されるボールは、結果的に相手に迷いを与えているように感じた。
どこへ来くるかも、何が来るかがわかっていても打てないボール。そんなボールがあれば魔球に他ならないが、今投げているボールは間違いなくその領域に足を踏み入れている代物だ。
そんなボールを蔑ろにしていた自分が情けなく、彗に対しては申し訳なく思いながら、一星は腰を据えてミットを構えた。
遊び玉はいらない。三球勝負。
そのサインに彗は頷くと、三球目を放ってきた。
――おおっ!
三球目、力が入ったのか大きく上へ外れるコース。
――これは流石に見送られるかな。
半ば諦めかけてボールを待っていると、一星の予想に反して、バッターはスイングをしかけてきた。
もちろんバットがボールに当たるわけもなく空振り。結果的に三球三振となった。
――今の……。
少しも悩む素振りを見せず矢沢は即答する。
「どうしてだ? 時間の無駄になる気がするんだが」
「出来るだけ自分で気づいてほしいんだよ。勉強もそうだけどよ、こっちが無理矢理教えたことと、自分で気づいたこととじゃ、理解の深さが違うだろ?」
「そうか?」
「勉強に置き換えたってそうだろう。授業で聞いただけって言うのと、自分の意思で先生に聞きに行ったんじゃ理解の深さは全然違うだろ?」
矢沢の言葉で思い返してみると、三年の教師人生の中で、成績が良い生徒はほぼ質問に来る生徒や真面目に授業を聞いている生徒だ。
「なるほどな」
「それに、ヤツはこのボールとあと十年、二十年、はたまたそれ以上付き合ってくことになるんだ。一番深く理解できる方が良い」
「……随分と教師らしいこと言ってるな。とても暴力問題で飛ばされたヤツとは思えねぇぞ?」
「うるせーよ」
軽口を叩いていると、勝負の四回が始まった。
※
――確かに低めは捨てるって話だけどさ……。
作戦を共有してから一星は守備位置に戻ると「さあしまっていこう!」と檄を飛ばしてからしゃがみ込んだ。
指定する球種はやっぱり一つ。コースも目一杯腕を振ることを重視したため指定は特にない。
「ホントに上手くいくのかな」と誰にも聞こえないくらいの小さい声で呟いた一星は、サインを確認して頷いた彗を信じられず、半信半疑のままどのコースにボールが来ても言いように腰を据えてミットを構える。
彗は、そんな一星の心配を他所に大きく振りかぶった。
もう見慣れてきた、胸を張る新しいフォーム。三回に見せた違和感がなくなっており、自分の出した〝低め〟という指示が間違いだったことを再認識しながら、一星はボールを待つ。
イキイキと、あるいははつらつとした表情で、彗はそのボールを投げ込んできた。
右手から放たれたボールは、決して棒球ではない。バックスピンとスライド成分の大きい、あれだけ待ち望んでいた浮き上がる感覚を持つ、あのライトボールだ。
コースは、真ん中高め。
――こうも違うもんなのか。
ミットに収まった球の威力を噛みしめながら、一星は視線をマウンドにいる彗に移す。
彗は、首を振ることなく。自信に満ちあふれた表情で、仁王立ちしていた。
首を振っていないと言うことは、実験が成功したという証し。
「わかったよ」
口の中で呟いてから、一星はボールを彗に投げ返すと「まさか、高めならいいなんてね」とだけ愚痴をこぼした。
彗が先程、守備が始まる前に提案した内容は〝高めを中心に投げる〟というものだった。低めを意識してダメだったのに、高めなら大丈夫という道理はないはず――と言う懸念を振り払う一球だった。
へっ、と鼻を拭いながら満足げな表情をする彗を眺めながら、ピッチャーはよくわからないなと首をかしげながら座る。
――ま、投げられるなら投げて貰うだけだ!
彗の気持ちに押し上げられるように、一星は再びミットを構える。
――ドンとこい、どこに投げられたって抑えるから……。
あれだけ頭に詰め込んだデータはもう使う必要はない。ただ、彗が高めを中心にして投げ込むだけのボールを受けるだけの作業になる。
ただ、捕手の本分は〝ピッチャーに気持ちよく投げて貰い〟、〝最高のボールを引き出して〟、〝最高のピッチングという作品を作る〟というところにある。真田の言葉で気づかされた事実を再確認しつつ、ミットを構える。
ミットはど真ん中。ちらっとミットの場所を確認した二番に入った打者が、舐めるなよという表情で彗を睨み付けている。
――舐めてないからここに構えてるんだよ。
どのような所作をしているか、何を考えているのかが一瞥しただけで捉えられる。こんなわかりやすいことが見えてなかったのか、と成果を出すことに必死になりすぎて視野が狭くなってたんだなと苦笑いをしながらボールを待った。
二球目も真ん中高め。
コースだけ見れば甘々の絶好球だが、桜海大葉山のバッターは豪快な空振りをして見せた。
初回や二回とも違う、うなりを上げるボール。
彗の中でも何かが吹っ切れたのか、迷いのない腕の振りから繰り出されるボールは、結果的に相手に迷いを与えているように感じた。
どこへ来くるかも、何が来るかがわかっていても打てないボール。そんなボールがあれば魔球に他ならないが、今投げているボールは間違いなくその領域に足を踏み入れている代物だ。
そんなボールを蔑ろにしていた自分が情けなく、彗に対しては申し訳なく思いながら、一星は腰を据えてミットを構えた。
遊び玉はいらない。三球勝負。
そのサインに彗は頷くと、三球目を放ってきた。
――おおっ!
三球目、力が入ったのか大きく上へ外れるコース。
――これは流石に見送られるかな。
半ば諦めかけてボールを待っていると、一星の予想に反して、バッターはスイングをしかけてきた。
もちろんバットがボールに当たるわけもなく空振り。結果的に三球三振となった。
――今の……。
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