彗星と遭う

皆川大輔

文字の大きさ
上 下
142 / 179
第二部

2-54「vs桜海大葉山(13)」

しおりを挟む
「いや、それはないな」

 少しも悩む素振りを見せず矢沢は即答する。

「どうしてだ? 時間の無駄になる気がするんだが」

「出来るだけ自分で気づいてほしいんだよ。勉強もそうだけどよ、こっちが無理矢理教えたことと、自分で気づいたこととじゃ、理解の深さが違うだろ?」

「そうか?」

「勉強に置き換えたってそうだろう。授業で聞いただけって言うのと、自分の意思で先生に聞きに行ったんじゃ理解の深さは全然違うだろ?」

 矢沢の言葉で思い返してみると、三年の教師人生の中で、成績が良い生徒はほぼ質問に来る生徒や真面目に授業を聞いている生徒だ。

「なるほどな」

「それに、ヤツはこのボールとあと十年、二十年、はたまたそれ以上付き合ってくことになるんだ。一番深く理解できる方が良い」

「……随分と教師らしいこと言ってるな。とても暴力問題で飛ばされたヤツとは思えねぇぞ?」

「うるせーよ」

 軽口を叩いていると、勝負の四回が始まった。


       ※


 ――確かに低めは捨てるって話だけどさ……。

 作戦を共有してから一星は守備位置に戻ると「さあしまっていこう!」と檄を飛ばしてからしゃがみ込んだ。

 指定する球種はやっぱり一つ。コースも目一杯腕を振ることを重視したため指定は特にない。

「ホントに上手くいくのかな」と誰にも聞こえないくらいの小さい声で呟いた一星は、サインを確認して頷いた彗を信じられず、半信半疑のままどのコースにボールが来ても言いように腰を据えてミットを構える。

 彗は、そんな一星の心配を他所に大きく振りかぶった。

 もう見慣れてきた、胸を張る新しいフォーム。三回に見せた違和感がなくなっており、自分の出した〝低め〟という指示が間違いだったことを再認識しながら、一星はボールを待つ。

 イキイキと、あるいははつらつとした表情で、彗はそのボールを投げ込んできた。
 右手から放たれたボールは、決して棒球ではない。バックスピンとスライド成分の大きい、あれだけ待ち望んでいた浮き上がる感覚を持つ、あのライトボールだ。

 コースは、真ん中高め。

 ――こうも違うもんなのか。

 ミットに収まった球の威力を噛みしめながら、一星は視線をマウンドにいる彗に移す。
 彗は、首を振ることなく。自信に満ちあふれた表情で、仁王立ちしていた。
 首を振っていないと言うことは、実験が成功したという証し。

「わかったよ」

 口の中で呟いてから、一星はボールを彗に投げ返すと「まさか、高めならいいなんてね」とだけ愚痴をこぼした。

 彗が先程、守備が始まる前に提案した内容は〝高めを中心に投げる〟というものだった。低めを意識してダメだったのに、高めなら大丈夫という道理はないはず――と言う懸念を振り払う一球だった。

 へっ、と鼻を拭いながら満足げな表情をする彗を眺めながら、ピッチャーはよくわからないなと首をかしげながら座る。

 ――ま、投げられるなら投げて貰うだけだ!

 彗の気持ちに押し上げられるように、一星は再びミットを構える。

 ――ドンとこい、どこに投げられたって抑えるから……。

 あれだけ頭に詰め込んだデータはもう使う必要はない。ただ、彗が高めを中心にして投げ込むだけのボールを受けるだけの作業になる。

 ただ、捕手の本分は〝ピッチャーに気持ちよく投げて貰い〟、〝最高のボールを引き出して〟、〝最高のピッチングという作品を作る〟というところにある。真田の言葉で気づかされた事実を再確認しつつ、ミットを構える。

 ミットはど真ん中。ちらっとミットの場所を確認した二番に入った打者が、舐めるなよという表情で彗を睨み付けている。

 ――舐めてないからここに構えてるんだよ。

 どのような所作をしているか、何を考えているのかが一瞥しただけで捉えられる。こんなわかりやすいことが見えてなかったのか、と成果を出すことに必死になりすぎて視野が狭くなってたんだなと苦笑いをしながらボールを待った。
 二球目も真ん中高め。
 コースだけ見れば甘々の絶好球だが、桜海大葉山のバッターは豪快な空振りをして見せた。

 初回や二回とも違う、うなりを上げるボール。
 彗の中でも何かが吹っ切れたのか、迷いのない腕の振りから繰り出されるボールは、結果的に相手に迷いを与えているように感じた。
 どこへ来くるかも、何が来るかがわかっていても打てないボール。そんなボールがあれば魔球に他ならないが、今投げているボールは間違いなくその領域に足を踏み入れている代物だ。

 そんなボールを蔑ろにしていた自分が情けなく、彗に対しては申し訳なく思いながら、一星は腰を据えてミットを構えた。
 遊び玉はいらない。三球勝負。
 そのサインに彗は頷くと、三球目を放ってきた。

 ――おおっ!

 三球目、力が入ったのか大きく上へ外れるコース。

 ――これは流石に見送られるかな。

 半ば諦めかけてボールを待っていると、一星の予想に反して、バッターはスイングをしかけてきた。
 もちろんバットがボールに当たるわけもなく空振り。結果的に三球三振となった。

 ――今の……。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...