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第二部
2-52「vs桜海大葉山(11)」
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「そのままの意味って……どういうことですか?」
「そのまんまだよ。今の考えじゃ、キャッチャー失格ってこと」
あえて突き放すように言うが、一星は「どういうことですか」と食い下がってくる。
自分で気づけたらベストだったが、ここまで曲がっているようじゃ直接言わないと分からないか、と踏ん切りをつけて真田は「今の話を聞くと、武山も球の異変には気付いてたんだろ?」と問い詰める。
「確かに球は来てないなって思いましたけど……だからこそコースが大事だなと。最悪低めなら、彗の球威があれば長打はある程度防げますし」
一星の口から出てきたのは、期待をはるかに下回る回答だった。
真田は「その考えが間違ってる」とため息交じりに言い放った。
「考えが?」
「あぁ。お前のリードは〝こんなボールが来れば抑えられる〟って自分の理想全部を押し付けてるんだ」
「押し付け? ベストな選択をして要望をして、打者を打ち取るのがリードじゃないですか」
「そのベストな選択ってのは、お前の頭の中だけなんだ。指定したところに指定した球をイメージ通り投げ込むなんてプロの世界でもいねぇよ」と一息に言い切ると、わざと強調して「今日のリードは完全に武山一星の自己満足なんだよ」と吐き捨てた。
「自己満足……」
「そう。お前のリードは完璧であることを前提でさ、まるで〝ゲームをやってる〟ようなもんなんだよ」
「ゲームって……」
「その証拠が、さっきの空野が話した内容だ。思い返してみ? お前、さっきの守備で何回マウンド行った?」
「……二回です」
「そう。二回だ。その時に、異変の理由を問いただして、解消するチャンスはあったんだよ。そこで失点の理由を突き止めてリードの内容を改善すれば、その後の失点は防げたかもしれない。言っちまえば、先制ホームランの後にやった三点はキャッチャーの失点だ」
真田の言葉をかみしめるように、一星は俯く。ゲーム、自己満足とブツブツ呟いているのその姿は、今の自分の評価を噛み締めているように見えた。
――さ、どう出る?
話を聞いて、どんな反応をするのか――次に出てくる言葉を期待し、真田は固唾を飲んで一星を見守っていると「確かに……そうですね」と言葉を絞り出し、「押し付けてるって言うのも、その通りだったと、思います」と声を震わせながら顔を上げると、その表情は先ほどまでの攻撃的な表情ではなく、落ち着いていて、どこか吹っ切れたような表情をしていた。
その表情を見てもう大丈夫だなと判断した真田は「最後に一つ」と言って人差し指を立てた。
「キャッチャーってポジションは、唯一他のポジションと逆を向いて、正対するポジションで、一番広くグラウンドを見ることができる。だからこそ、異変に気付かなくちゃいけない。野手の動きだけじゃなくて、風や太陽の位置だって頭に入れおく必要があるし、雲の動きだって見る必要がある。そういうポジションなんだよ」
「……難しいですね」
「あぁ、そりゃ野球で一番頭を使うポジションだからな。嫌になったら言え、すぐにコンバートだ」
「……もうしばらく続けさせてもらいます」
取りあえずこっちの問題は解決できたな、と真田は「じゃあ、改めてお前だ」と再び彗の方に座り直す。
「一星が気付けず、聞かなかったことも問題だが……自己主張が無さすぎでキャッチャーに任せすぎ。コントロールの違和感くらいちゃんと言葉にしとけ」
「……反論の余地なしっす」
「ピッチングってのはピッチャーとキャッチャー、二人で作り上げる作品みたいなもんなんだ。片方が妥協しちまえば、そこに付け込まれるのは当然だ。四点で済んで良かったねってレベルだよ」
「了解しました」
一星への説教は彗にもうっすら向けていたが、話の過程で理解していたようでバカではないことに真田は胸を撫で下ろすと「ま、とにかくお前にはあと二回は投げさせる。二人でよく考えてピッチングをするように!」と話を締めくくった。
その様子を察してかはたまた偶然か。球審の雄介が「ストライク! バッターアウト! スリーアウトチェンジ!」と声を上げた。
「さ、切り替えてけ」
意識を切り替えて臨む四回の守備。三回が終わって戻ってくるときはどこか重い足取りだった二人だったが、今回ははつらつとグラウンドに向かっている。その姿にホッとしながら「さ、どうでるかね」と呟いた。
※
「まず、ごめん」
マウンドで先に口を開いたのは、神妙な顔をした一星だった。
先ほどの真田に言われた〝二人で作り上げる作品〟という言葉が頭の中に残っていた彗は、全部が全部任せっきりだったなと反省しながら「いいや、俺も悪かった」と頭を下げた。
「結果出さなきゃって周りが見えてなかった」
「過ぎたことはしょうがねぇよ。こっからゼロに抑えたら変わるだろうし……ま、取りあえず気を引き締めていこうぜ」
「うん。それで、コースなんだけどさ……やっぱり序盤と同じように、腕を振ることだけ意識して散らす感じにする?」
余程先ほどの説教が効いたのか、恐る恐る提案してくる一星。おどおどしている様子にいつもの頼りなさげな天才が返って来たな、と感じながら「いや、一つ俺に考えがある」とグローブで口元を隠しながら彗は呟いた。
「考え?」
「そのまんまだよ。今の考えじゃ、キャッチャー失格ってこと」
あえて突き放すように言うが、一星は「どういうことですか」と食い下がってくる。
自分で気づけたらベストだったが、ここまで曲がっているようじゃ直接言わないと分からないか、と踏ん切りをつけて真田は「今の話を聞くと、武山も球の異変には気付いてたんだろ?」と問い詰める。
「確かに球は来てないなって思いましたけど……だからこそコースが大事だなと。最悪低めなら、彗の球威があれば長打はある程度防げますし」
一星の口から出てきたのは、期待をはるかに下回る回答だった。
真田は「その考えが間違ってる」とため息交じりに言い放った。
「考えが?」
「あぁ。お前のリードは〝こんなボールが来れば抑えられる〟って自分の理想全部を押し付けてるんだ」
「押し付け? ベストな選択をして要望をして、打者を打ち取るのがリードじゃないですか」
「そのベストな選択ってのは、お前の頭の中だけなんだ。指定したところに指定した球をイメージ通り投げ込むなんてプロの世界でもいねぇよ」と一息に言い切ると、わざと強調して「今日のリードは完全に武山一星の自己満足なんだよ」と吐き捨てた。
「自己満足……」
「そう。お前のリードは完璧であることを前提でさ、まるで〝ゲームをやってる〟ようなもんなんだよ」
「ゲームって……」
「その証拠が、さっきの空野が話した内容だ。思い返してみ? お前、さっきの守備で何回マウンド行った?」
「……二回です」
「そう。二回だ。その時に、異変の理由を問いただして、解消するチャンスはあったんだよ。そこで失点の理由を突き止めてリードの内容を改善すれば、その後の失点は防げたかもしれない。言っちまえば、先制ホームランの後にやった三点はキャッチャーの失点だ」
真田の言葉をかみしめるように、一星は俯く。ゲーム、自己満足とブツブツ呟いているのその姿は、今の自分の評価を噛み締めているように見えた。
――さ、どう出る?
話を聞いて、どんな反応をするのか――次に出てくる言葉を期待し、真田は固唾を飲んで一星を見守っていると「確かに……そうですね」と言葉を絞り出し、「押し付けてるって言うのも、その通りだったと、思います」と声を震わせながら顔を上げると、その表情は先ほどまでの攻撃的な表情ではなく、落ち着いていて、どこか吹っ切れたような表情をしていた。
その表情を見てもう大丈夫だなと判断した真田は「最後に一つ」と言って人差し指を立てた。
「キャッチャーってポジションは、唯一他のポジションと逆を向いて、正対するポジションで、一番広くグラウンドを見ることができる。だからこそ、異変に気付かなくちゃいけない。野手の動きだけじゃなくて、風や太陽の位置だって頭に入れおく必要があるし、雲の動きだって見る必要がある。そういうポジションなんだよ」
「……難しいですね」
「あぁ、そりゃ野球で一番頭を使うポジションだからな。嫌になったら言え、すぐにコンバートだ」
「……もうしばらく続けさせてもらいます」
取りあえずこっちの問題は解決できたな、と真田は「じゃあ、改めてお前だ」と再び彗の方に座り直す。
「一星が気付けず、聞かなかったことも問題だが……自己主張が無さすぎでキャッチャーに任せすぎ。コントロールの違和感くらいちゃんと言葉にしとけ」
「……反論の余地なしっす」
「ピッチングってのはピッチャーとキャッチャー、二人で作り上げる作品みたいなもんなんだ。片方が妥協しちまえば、そこに付け込まれるのは当然だ。四点で済んで良かったねってレベルだよ」
「了解しました」
一星への説教は彗にもうっすら向けていたが、話の過程で理解していたようでバカではないことに真田は胸を撫で下ろすと「ま、とにかくお前にはあと二回は投げさせる。二人でよく考えてピッチングをするように!」と話を締めくくった。
その様子を察してかはたまた偶然か。球審の雄介が「ストライク! バッターアウト! スリーアウトチェンジ!」と声を上げた。
「さ、切り替えてけ」
意識を切り替えて臨む四回の守備。三回が終わって戻ってくるときはどこか重い足取りだった二人だったが、今回ははつらつとグラウンドに向かっている。その姿にホッとしながら「さ、どうでるかね」と呟いた。
※
「まず、ごめん」
マウンドで先に口を開いたのは、神妙な顔をした一星だった。
先ほどの真田に言われた〝二人で作り上げる作品〟という言葉が頭の中に残っていた彗は、全部が全部任せっきりだったなと反省しながら「いいや、俺も悪かった」と頭を下げた。
「結果出さなきゃって周りが見えてなかった」
「過ぎたことはしょうがねぇよ。こっからゼロに抑えたら変わるだろうし……ま、取りあえず気を引き締めていこうぜ」
「うん。それで、コースなんだけどさ……やっぱり序盤と同じように、腕を振ることだけ意識して散らす感じにする?」
余程先ほどの説教が効いたのか、恐る恐る提案してくる一星。おどおどしている様子にいつもの頼りなさげな天才が返って来たな、と感じながら「いや、一つ俺に考えがある」とグローブで口元を隠しながら彗は呟いた。
「考え?」
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