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第二部
2-50「vs桜海大葉山(9)」
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出迎えてくるチームメイトたちと戯れていると、二塁ランナーだった翼が「ナイスバッティング」と照れがちに左手を掲げている。
「うぃー」
その掲げられた左手に遠慮なく右手を振り回して翼とハイタッチをすると、泰明は「ま、これで交代でしょ」と言いながらヘルメットを置いた。
※
ホームランを打った自慢の一番打者を迎えると、綾部は「ほう? どうしてそう思った?」と問いかける。
「ストレートが垂れてきたんですよ。初回は浮き上がるみたいだったのに、今はどちらかって言えば垂れ気味でした」
「なるほど」
「下位打線でも捉えられてたのはそれが原因だと思います。それで、流石にこの回の異変には向こうの監督さんも気付いているだろうし、次のピッチャーを――」と言いかけて、泰明は言葉を飲んだ。
その視線は、マウンドに向けられている。
綾部も視線を追うと、そこには、再び振りかぶる彗の姿があった。
タイムを取ることなく、内野陣が再び集まることなく。
変わらず、彗がマウンドに立っている。綾部はわざとらしく「違うみたいだな?」と呟きながらベンチに深く座り直した。
下位打線に捉えられ、交代のタイミングであることは誰が見てもわかる。しかし、決断は続投。
この不可解な采配の理由として、綾部の脳裏に二つの可能性が浮かんでいた。
一つは、体裁を保つため。
桜海大葉山相手でも戦えるという自負があったが、その実力はかなり差があった。
自慢の教え子が打ち込まれ、試合が壊れかけており、降板させなければならないことは明々白々。
けれど、今回は相手をわざわざ招いたという経緯がある。相手方の時間を無駄にするわけにもいかないが、練習相手として通用する選手が他におらず、仕方なく引っ張るというパターン。
練習試合に招かれると、まれにこういったケースに直面することはある。
所謂、大人の付き合いというやつだ。
ただ、この大人の付き合いには大きなダメージが伴っている。というのも、当然と言えば当然なのだが、実際にプレーしているのは監督ではなく生徒。義務教育は卒業したからと言っても、高校に入ってきたばかりで、まだまだ心も体も未熟。加えて一年生ともあれば、高校生初心者だ。
そんな若人を、大人の都合で引っ張ってしまうと、待っているのは崩壊。
自信の喪失や、投球をする中で打たれたくないという意識が働いて力んでしまい、結果としてフォームを崩し肩や肘などに致命的な怪我を負うというリスクが伴う。
「ただ、そんなタイプじゃなかったよなぁ」
誰にも聞こえないくらいの小声で綾部は呟きながら、先日練習試合を申し込んだ時のことを思い出していた。
発端は、〝怪物、復活〟と言うタイトルの記事。
高校の監督ともなると、部員やコーチ、トレーナーから様々な情報が報告されるが、その中の一つが空野彗の記事だった。
世界大会で名を上げ、引っ張りだこだった怪物。桜海大葉山としてもオファーをした過去があるが、一身上の都合で辞退されていた。
そこまで珍しいことではないが、あれだけの素材を育ててみたいという思いがずっと残っていた綾部は、何の気なしにその記事を見てみると、怪物本人のコメントと彩星高校の監督を務める真田のコメントが載っていた。
その内容が、〝元GT学園のコーチだった矢沢と二人三脚で育て上げるつもりです〟というもの。
もしかして、と連絡を取ってみたら案の定。いつか練習試合をしようと約束してから埼玉の高校を中心に予定を組み、実現することとなった。
その過程で監督である真田と連絡を取り合ったのだが、話す内容や口調などは教師そのもの。責任感もあるなと思えるほどで、決して投げ出そうとはしないタイプだな、という印象だった。
――と、なると……化けるの待ちか?
もう一つの理由が、覚醒を促すための続投。
この困難を乗り越えることができれば、全く逆の現象が起きて〝化ける〟と形容されるほど大きな成長をすることがある。
自信、あるいは確信。それらの感情は、これからの人生の中で直面する壁を乗り越えるためのエネルギーになってくれる。
もちろん、崩れているのだから打たれる確率の方が高い。正にハイリスクハイリターンな選択で、打たれ後のケアにも自信が無ければ取れない選択。
――どんなこと考えて指揮を執ってるのか、聞かせてもらおう。
密かに試合後の会話に楽しみを持ちながら、綾部は二番バッターに〝初球からスイング〟の指示を出した。
※
続く二番にはヒット。三番はセカンドゴロに打ち取れたもののランナーは進塁。ピンチの場面で四番にタイムリーを打たれた、と言う形となった。
続く五番を辛くも打ち取り、ベンチに帰ってきた彗は肩で息をしながらベンチに座ると「あー……」と空を見上げていた。
経年劣化しているのか、僅かに開いている天井の隙間から空が見える。若干雲ってんだな、と雨の心配をしていると「どういうこと?」と一星が凄んできた。
「あん?」
「あん、じゃないよ。最後の方はライトボールの軌道は一球もなかったし、何よりコントロールはぐちゃぐちゃなままだったじゃないか」
「うぃー」
その掲げられた左手に遠慮なく右手を振り回して翼とハイタッチをすると、泰明は「ま、これで交代でしょ」と言いながらヘルメットを置いた。
※
ホームランを打った自慢の一番打者を迎えると、綾部は「ほう? どうしてそう思った?」と問いかける。
「ストレートが垂れてきたんですよ。初回は浮き上がるみたいだったのに、今はどちらかって言えば垂れ気味でした」
「なるほど」
「下位打線でも捉えられてたのはそれが原因だと思います。それで、流石にこの回の異変には向こうの監督さんも気付いているだろうし、次のピッチャーを――」と言いかけて、泰明は言葉を飲んだ。
その視線は、マウンドに向けられている。
綾部も視線を追うと、そこには、再び振りかぶる彗の姿があった。
タイムを取ることなく、内野陣が再び集まることなく。
変わらず、彗がマウンドに立っている。綾部はわざとらしく「違うみたいだな?」と呟きながらベンチに深く座り直した。
下位打線に捉えられ、交代のタイミングであることは誰が見てもわかる。しかし、決断は続投。
この不可解な采配の理由として、綾部の脳裏に二つの可能性が浮かんでいた。
一つは、体裁を保つため。
桜海大葉山相手でも戦えるという自負があったが、その実力はかなり差があった。
自慢の教え子が打ち込まれ、試合が壊れかけており、降板させなければならないことは明々白々。
けれど、今回は相手をわざわざ招いたという経緯がある。相手方の時間を無駄にするわけにもいかないが、練習相手として通用する選手が他におらず、仕方なく引っ張るというパターン。
練習試合に招かれると、まれにこういったケースに直面することはある。
所謂、大人の付き合いというやつだ。
ただ、この大人の付き合いには大きなダメージが伴っている。というのも、当然と言えば当然なのだが、実際にプレーしているのは監督ではなく生徒。義務教育は卒業したからと言っても、高校に入ってきたばかりで、まだまだ心も体も未熟。加えて一年生ともあれば、高校生初心者だ。
そんな若人を、大人の都合で引っ張ってしまうと、待っているのは崩壊。
自信の喪失や、投球をする中で打たれたくないという意識が働いて力んでしまい、結果としてフォームを崩し肩や肘などに致命的な怪我を負うというリスクが伴う。
「ただ、そんなタイプじゃなかったよなぁ」
誰にも聞こえないくらいの小声で綾部は呟きながら、先日練習試合を申し込んだ時のことを思い出していた。
発端は、〝怪物、復活〟と言うタイトルの記事。
高校の監督ともなると、部員やコーチ、トレーナーから様々な情報が報告されるが、その中の一つが空野彗の記事だった。
世界大会で名を上げ、引っ張りだこだった怪物。桜海大葉山としてもオファーをした過去があるが、一身上の都合で辞退されていた。
そこまで珍しいことではないが、あれだけの素材を育ててみたいという思いがずっと残っていた綾部は、何の気なしにその記事を見てみると、怪物本人のコメントと彩星高校の監督を務める真田のコメントが載っていた。
その内容が、〝元GT学園のコーチだった矢沢と二人三脚で育て上げるつもりです〟というもの。
もしかして、と連絡を取ってみたら案の定。いつか練習試合をしようと約束してから埼玉の高校を中心に予定を組み、実現することとなった。
その過程で監督である真田と連絡を取り合ったのだが、話す内容や口調などは教師そのもの。責任感もあるなと思えるほどで、決して投げ出そうとはしないタイプだな、という印象だった。
――と、なると……化けるの待ちか?
もう一つの理由が、覚醒を促すための続投。
この困難を乗り越えることができれば、全く逆の現象が起きて〝化ける〟と形容されるほど大きな成長をすることがある。
自信、あるいは確信。それらの感情は、これからの人生の中で直面する壁を乗り越えるためのエネルギーになってくれる。
もちろん、崩れているのだから打たれる確率の方が高い。正にハイリスクハイリターンな選択で、打たれ後のケアにも自信が無ければ取れない選択。
――どんなこと考えて指揮を執ってるのか、聞かせてもらおう。
密かに試合後の会話に楽しみを持ちながら、綾部は二番バッターに〝初球からスイング〟の指示を出した。
※
続く二番にはヒット。三番はセカンドゴロに打ち取れたもののランナーは進塁。ピンチの場面で四番にタイムリーを打たれた、と言う形となった。
続く五番を辛くも打ち取り、ベンチに帰ってきた彗は肩で息をしながらベンチに座ると「あー……」と空を見上げていた。
経年劣化しているのか、僅かに開いている天井の隙間から空が見える。若干雲ってんだな、と雨の心配をしていると「どういうこと?」と一星が凄んできた。
「あん?」
「あん、じゃないよ。最後の方はライトボールの軌道は一球もなかったし、何よりコントロールはぐちゃぐちゃなままだったじゃないか」
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