彗星と遭う

皆川大輔

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第二部

2-49「vs桜海大葉山(8)」

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 あまりにも完璧な当たり。塁上で表情を崩さない翼。対照的に、彗と一星は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるばかりだった。
 一星が二回目のタイムを取ると、今度は内野手陣が全員マウンドに集まってきた。


       ※


 翼が高校初ヒットを放つと、桜海大葉山のベンチは大盛り上がり。当の本人は至って澄ました可愛げのない表情だが、若干頬が緩んでいるのを泰明は見逃さなかった。

 ――ちゃんと感情あるじゃん……。

 鉄仮面というあだ名ほどではない後輩に安堵していると、彩星高校側がタイムを要求した。
 内野陣がマウンドに集う。
 バッテリー以外は動揺していないのか一見すると和やかなムードだが、一年生バッテリーは酷く動揺している。わかりやすく肩を落としている天才を怪物を眺めながら、泰明は「相当堪えてるなぁ」と呟いた。

 泰明の予想では、打ち込むのは試合中盤以降、打席で言えば三打席目だった。

 その理由が〝特殊な軌道をするストレート〟だ。甲子園でも見たことが無い、見慣れた軌道とは異なる〝気持ち悪い〟軌道のストレート。とても初見じゃ打てないが、慣れえさえくれば――と言う予想の下だった。

 それが、この三回から急にどの打者も捉えている。何か変化でもあったんだろうか、と首を傾げつつ、「魔法が解けた、とか?」と手持無沙汰にバットを肩に担いだ。

「ま、どっちでもいいか」

 兎に角自分で確認するまでか、と泰明は彩星高校のベンチに視線を移した。
 試合はまだ序盤だが、空野彗が崩れた。
 背番号一のエースはレフトに入っている。肩の準備を全くしないでリリーフ登板というのも酷な話だ。
 ましてや、自分たちは桜海大葉山。中途半端なピッチャーが出てくれば、練習どころではない一方的な虐殺が始まる。
 つまり、選択肢としてはエースか続投かしかない。

 ――さぁて、どっちで来る?

 続投してくれないかな、と願いながら時間が来るのを待った。


       ※


 内野陣が集まると、緊張を解きほぐそうとしてくれているのか、嵐と真司を中心に他愛もない会話で盛り上がる。そんな雰囲気が許せなかった一星は「ともかく、続投だよ」と言葉に力を込めて強く言い放った。

 和やかだった空気が一瞬にして凍り付く。

「まあ、ベンチから誰も来ないし、そうだろうけど……お前が決めることじゃないだろ」と嵐が言うと、真司も続いて「そーんなカッカしてちゃ血圧あがるぜ?」と茶化す。

 ――なんで誰も真剣に挑んでないんだ……!

 お茶らけた雰囲気が許せず、一星は「気を引き締めようと思って」と、彗を睨んだ。
 弁解の言葉も発さない彗に、業を煮やした一星はマスクを取ると、詰め寄って胸ぐらを掴むと「どういうつもり?」と凄む。

「おい、ちょっと――」

 嵐の制止を振り払って「腕は振れなくなってるし、勝負球で甘々のストレート。そりゃ打たれるよ。相手が誰だかわかってんの?」と苛立ちを顕わにする。

「ま、待てって。取りあえず落ち着け、な?」

 彗と真司の間に、真司が割り込んでくる。いつも薄ら笑いをしている印象の真司だが、その表情が引きつっているのを見て一星ははっと我に返ると「……ともかく、サイン通りね」とほうきに伝えると、返事を待たずして守備位置へ帰る。

「もう一点も……いや、一本もヒットをやらない。それくらいじゃないと、宗次郎には勝てない。絶対にゼロに抑えて……」


       ※


 ――ありゃりゃ。

 マウンドから戻ってくる一星を見て、泰明は呆れた。
 ブツブツと話しているが、何を口に零しているかはわからない。しかし、自分自身が熱くなってしまって、周りが見えていない状態だということが一目でわかる。

 ――キャッチャーがそれじゃいかんでしょ。

 何がどうしてそこまで焦っているのか理解に苦しむばかり。しかし、逆に返せば、今こうしてバッテリーが共に荒れていることは、付け入るチャンスに他ならない。

「ま、お手柔らかに頼むよ」

 聞こえていないだろう冗談を口にしながら泰明はバッターボックスに入った。

 ――ま、せっかくだからね。

 最初の打席では手も足も出なかった直球を、下位打線が捉えている。試合の勝敗よりもその謎の方が気になっていた泰明は、少しだけオープンスタンス気味に構えて〝より球が見えるような〟構えで怪物が放る球を待った。
 サインに頷き、クイックモーションで投球動作に入る。

 大きく振りかぶって投じられたボールは、アウトコースギリギリに収まった。

「ストライク!」

 主審のコールに合わせて「ナイスボール!」と一星がボールを返す。

 確かに、コースだけを見ればいいボールだ。球速もそれなりに出ており、ただのストレートとすれば上等なもの。

 ただ、それだけ。

 ただの速いストレートが、いいところに決まっただけに過ぎない。

 ――なるほど。こりゃ打てるわけだ。

 先ほどの第一打席に投じていた奇妙なストレートは、見たことが無い球種だっただけに、慣れてしまえば打ち崩すのは時間の問題だと感じていた。しかし、今投げているのは、バッティングマシンなどでも経験している〝見慣れた早いストレート〟。しかもコースも丁寧にアウトコール低めを多く突いている。

 ――少しガッカリだな。

 種もわかり、もうすっかり用済みの打席。
 ため息をつきながら、もう用済みだよ、と言わんばかりにアウトコース低めに投げられた〝ただのストレート〟をしばき上げた。

 逆らわず、反対方向――レフトの方向へぐんぐんと伸びていく。

 レフトスタンドを越えるツーランホームラン。

 途中でレフトが追うのを辞めるほど、完璧な逆方向への当たりだが、泰明は「こんなボール打ってもなぁ」とだけ呟いてホームインした。
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