彗星と遭う

皆川大輔

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第二部

2-46「vs桜海大葉山(5)」

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 今日は九番で出場予定の翼。

 先発時は肩が冷えないようにベンチ前でキャッチボールをするのが習慣ではあるが、あまりにも自信に満ち溢れていた泰明のことが気になった翼はその場で「どうしてそんな言い切れるんですか?」と問いかけた。

「んー……ま、特に根拠はないかな」

 明確な答えを期待していたが、返って来たのは間の抜けた表情と責任感のない文言。あまりにも期待外れで翼は「はぁ?」と不満を漏らす。

「じゃあ何で言い切れるんですか」

「自信があるんだよ。初見じゃ無理でも、二巡目からリズムは崩れて、三巡目には大きく動くよ。うちの打線ならな」

「自信って……」

「ま、ともかくまずは一回り。お前は自分のピッチングだけに集中しとけ。じゃないと吞まれるぞ?」と言ってから、泰明は「あの怪物にさ」とマウンドの方を見ながら笑みを浮かべる。

 その視線を追うと、呑まれるという言葉の意味を示すかのように、グラウンドでは審判が三振のコールを上げ、四番打者が成す術べなく三振していた。
 続く五番も空振り。とてもバットに当たる気配はない。
 自分とは全く逆となる完璧な立ち上がり。

「そんなことにはならないですよ」

 強がりを口にしながら、翼もマウンドを見つめる。
 跳ねるようにして投げ、息をするように三振を奪うその姿は、世界大会で最終回までマウンドに立ったナンバーワン投手であることの証左だった。

 そんな怪物に対して、自分は守備に助けられギリギリで抑えることができた、不甲斐ない立ち上がり。内容で早速負けていることを噛み締めながら翼は「小野さん、キャッチボールお願いできますか?」とベンチを飛び出した。

 ――絶対に負けない。

 心の中で呟き、自身を奮い立たせながらボールを投げ込む。
 自然と力が入っていることに気づいた翼は「情けないな」と呟いて自分のペースを取り戻すために深呼吸を一つ、二つと繰り返す。

「ストライク! バッターアウト!」

 そんな神経を逆なでするように再び審判のコールが上がった。


       ※


 続く六番も三振に切って取り、合計で六者連続三振で二回を投げ終えた彗は、仲間の祝福を受けながらベンチに戻ると「不気味だ」と呟いた。

「だね」

 一星もその異質さに気づいたようで、険しい表情でベンチに座る。

「まあ、球の力は確かなんだろうな」

 今日、彗は六番で出場している。先ほど一星がトリプルプレーになってしまったため、打順は四番からで、どう足掻いても打順は回ってくる。
 バッティンググローブを嵌めて打席に備えていると「彗、予定変更しよう」と一星が話しかけてきた。

「ん?」

「最初は腕を振るだけって話してたけど、次の回からコースも意識していこう」

「次の回から? 予定じゃ二巡目からだろ?」

「さっきの回……いや、初回からか。空振りは取れてるけど、タイミングはみんな合ってたのは彗も感じてたでしょ? 少しでも高いところいったら柵越えされちゃうから、低めを意識してほしい。それに、もしランナーが一人でも出れば二巡目だし、回の途中からってのも難しいでしょ?」

「まあ、無難だけどよ……」

 低め重視の配球をするということは、空振りを取るのではなくゴロを中心に打たせるという意思の表れだ。空振りは投手にとって一番のモチベーションであり、彗もそれは例外ではない。
 その気持ちを抑えろ。

 理屈はわかるが、どうも気分は乗らない――彗は「早くね?」と口を尖らせた。

「気持ちはわかるけどさ、抑えるためだよ。頼むね」

「頼むって言ってもよ――」

 不満を零そうとしたところで、先頭の嵐がショートゴロで凡退。ネクストバッターズサークルに向かわざるを得なくなり、捨て台詞のように「ったく……」とだけ呟いてからベンチを出た。

「大丈夫。任せて」

 一星はいつも以上に語気を強めており、譲らないという強い意志を感じた彗は「わかったよ」と言葉を投げ捨てた。


       ※


「――七番は右打者で、アウトコースを流すのが上手い。インコースを中心に組み立てて……」

 ベンチの中でブツブツと呟く天才。ドツボにはまってしまっているのか「いや、あえて逆を突いて――」と話す様子を見て真田は眉をひそめた。

 ――伝えるべきか、否か。どっちが良いんだろうな。

 チームを率いる監督として、バッテリーに求めていることは沢山ある。
 一つ一つ意図を説明し、実行してもらうことはできる。しかし、それではいざ〝もう一つ上〟の世界に行ったときに、自身の考えが浅い選手になってしまう。

 ――お前らに求めてんのは普通以上の選手なんだぞ?

 口にしたい言葉をぐっとこらえて、真田は戦況を見守った。
 今日の試合、後半に投げる予定だった新太は、宗次郎不在ということもあり打力を買って、五番レフトで出場している――がしかし、相手の一年生である八神翼も高校野球界に名を響かせている選手。やはり簡単には打ち崩せるわけなく、凡退をしてしまった。

 ――こうなると初回だよなぁ。

 滅多にお目にかかることができないトリプルプレーをかました一星を睨みながら真田は「頼むぜホントに」と呟いた。

「どうしたんですか?」

 誰にも聞こえないくらいの小声だったはずだが、隣にいた嵐には聞こえてしまっていたようで、真田は焦りながら「お前のことだよ。代理とはいえ四番なんだ。一年に負けんなよ?」と言葉を濁した。
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