彗星と遭う

皆川大輔

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第二部

2-45「vs桜海大葉山(4)」

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 キャッチャーとして魔界遭った経験はあったが、こうして敵味方として対戦するのは初めてとなる。
 距離にしたらほんの数十センチの差。マウンドに立つ翼は、板あって冷静で冷たくも感じられる表情だ。

 キャッチャーマスクを被っているときはその鉄仮面っぷりは大変頼もしく思えていたが、いざこうして敵としてみると、ただひたすらに不気味に思えた。
 ピンチだというのに、焦りも覇気も感じられない。ただ淡々とボールを投げ込む機械。
 だから、インコース低め、ストライクゾーンギリギリのボールを難なく投げられるのだろう。ボールを見送り、雄介のストライクコールを聞きながら確信を持った一星は、一度深い息を零した。

「大丈夫、大丈夫――」

 自分に言い聞かせながら、一星は次のボールは何か、と思考を張り巡らせる。
 初球、抜群なコースに投げ込んだことで、自慢のコントロールはピンチでも影響はないことは明らか。となれば、より慎重に攻めてくるはず。
 翼の持ち球は、大きく曲がるスライダーに鋭く落ちるカーブ、ブレーキの強いチェンジアップをメインに使う。中でも決め球なのが、スライダー。

 右打者でも左打者でも投げ込んでくるスライダーは、ベースの恥からは時まで駆けていくほどの変化量を持ち、状況に応じて横にも縦にも曲げてくる。

 右打者には逃げて行く横のスライダー、左打者には消えるように落ちるスライダーを決め球として使用してくる。

 とても仕留めるのは困難。だから狙うのは、その前にカウントを取りに来る二球目、三球目に投げてくる他のボール。

 ――一球目、インコース……。ランナー進めたくないだろうから、引っ張れるようなボールはもう来ないはず。となると、アウトコースに投げてくる。左打者の時にカーブはあんまり使ってなかったし、ストレートかチェンジアップのどちらか……。

 悩んでいる一星を敵が待つはずはなく。サインの交換をさっと終えると、ボールをグラブに収めてピッチング動作に入る。

 ――早いって! まだ考えまとまってないのに!

 焦った一星は、取りあえずアウトコースのストレートに照準を合わせてバットを構えた。

「――ふっ」

 珍しく力を入れていたのか、声を漏らしながら翼は投げ込んできた。

 ――来た!

 ボールは予想通りアウトコース。しかも、球種はストレート――ドンピシャの予想に、体が自然と始動を開始した。
 引っ張るのは難しい、流して三遊間を抜くヒットを――強く右足を踏み込んでバットを出す。

「えっ⁉」

 このまま当てて流す、と言うイメージから反して、待てども待てどもボールは来てくれない。
 チェンジアップだ。ストレートと全く同じ振りで投げられたそのボールに今更バットを止めることはできず。

 ――くそっ!

 ここで空振りをしてしまえば、待っているのは魔球のスライダー。
 その前に決めなければいけない。
 何としてでも当てないと、という考えが、ほんの数コンマ、正に刹那ともとれる瞬間に駆け巡った。

 卓越した反射神経と長い野球経験が故の思考速度。
 そんな能力が仇となる。
 キャッチャーとして鍛え抜いた下半身の粘りで、ぐっとこらえつつバットは動く。ようやく訪れたチェンジアップの軌道にバットを合わせる。

 キンッ、と甲高い金属音が響く。

「まずい!」

 焦って走り出すも、もう時すでに遅し。
 なまじ振り切っただけに強烈な打球速度で、ボールは遊撃手の正面に。
 ワンバウンドか、ライナーか微妙な打球。せめて落ちてくれ、と願いも虚しく、ショートを守る小野泰明はライナーでキャッチ。

 そこまでなら一般の高校でもよく見るファインプレーだが、そこは流石、桜海大葉山で一年生時からスタメンで出ている選手。ボールを捕球すると、片足で着地して二塁へ転送し、ツーアウト。二塁手も素早く一塁へ転送し、飛び出していたランナーはあっけなくアウトを宣告されることとなった。

 結果、完成したのは、ほぼ毎日、年間で言えば八百試合以上を行っているプロ野球でも年間に一度見れるかどうかというレアなプレーであるトリプルプレーだった。

 最大のチャンスが一気に摘み取られた格好になり、一塁を駆け抜けた一星は天を仰いだ。

「やっちった……」

 一星を尻目に、桜海大葉山の選手たちは意気揚々とベンチへ帰っていく。一人だけ澄ました表情で引き上げる翼に「少しは喜んだらいいのに」と負け犬の遠吠えをしてから一星もベンチへ帰った。


       ※


「いやー危なかったな」

 まさかのトリプルプレー。失点は覚悟していただけに内心は嬉しかったが、いかなる時も冷静であれと言う小学校時代の教えを忠実に守っている翼は「助かりました」とだけ小さく感謝の意を示した。

「いやいや、あんなもん当然だって。それよか、少し力み過ぎじゃないか?」

 普段の練習では、気分転換でブルペンに入ることがある泰明には筒抜けだったようで「すみません、もう大丈夫です」とだけ応えて額の汗を拭った。

「ま、それならいいけどさ。ま、根負けしないようにな?」

「根負け?」

「あぁ。しばらく硬直状態になるだろうからさ」

「膠着状態って……先輩達でも打てないんですか?」

「そうだろうなって俺の良そうなだけさ。ま、お前も打席に立ったらわかるよ」

 そこまで言い切ると、泰明は「一回目は打てないってわかるよ、ほぼ確実に」といいながら笑みを浮かべた。
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