彗星と遭う

皆川大輔

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第二部

2-43「vs桜海大葉山(2)」

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 一軍のメンツに合流し、軽くアップし終えると桜海大葉山の選手たちがグラウンドに顔を出してくる。

 彩星高校の先輩たちは年齢もあって大きいなという印象を受けた。春日部共平の選手たちは、体の動きを損なわないようにほどほどの体つきをしていた。
 高校生はこんなものなのだろう、と高を括っていた矢先に現れた葉山の選手たちは、現代野球の象徴と言わんばかりに筋骨隆々な体つきばかりだった。

 先ほどバスから降車してきた時は制服であまりわからなかったが、ユニフォームを着ているとプロと言われても遜色ない。恐らく、専門の指導者の元、ウェイトトレーニングを積んでいたのだろう。
 高校屈指の打撃力の秘密を垣間見た彗は、若干体を震わせた。

 ――武者震い、久々だな。

 全国大会以来の感覚に懐かしみながら、彗はその時が来るのを待った。


       ※


 双方の選手がアップを終え、いよいよゲームが開始する。
 葉山が先攻を希望したため、彩星高校が後攻め。
 よって、先発投手である空野彗が、まず初めにマウンドに立つこととなった。

 ――一刻も早く彗を見たいんだな……。

 全国屈指の実力を誇る葉山が、何の実績もない彩星高校と練習試合を行う。その理由は間違いなく、怪物一年生、空野彗の観察だろう。
 どれほどの球を投げるのか。噂通りのスピードがあるのならば練習の相手にもなる――そう踏んでの練習試合。

 どこか、自分は無視されているような、無碍にされているような気がして一星は「なめられてるな」と呟いた。

「あん?」

「いや、こっちの話」

 マウンドで彗はどこかソワソワとした出で立ちだ。一刻も早くボールを試したいのだろう、表情には出ていないが、手元の黒いグローブが無意識のボールを欲しているのか、パカパカと何回も開閉を繰り返していた。

「取りあえず、確認だ。最初の回はライトボールを――」

「何回立ってもいいな」

 一星の打ち合わせに上の空だった彗に「は?」と言葉を漏らした。

「いやさ、このマウンドだよ」と彗はぐしぐしとまっさらなマウンドを踏みしめる。

「マウンド?」

「そう、やっぱ先発投手の特権だよなぁ……何回踏みしめてもいい」

 昨日から浮ついている相棒に「ほら、集中!」と強めにミットへボールを押し込んだ。

「うおっ……へいへい」

「ったく……ちゃんとしてよ、彗」

「了解であります」

「はぁ……」

 不安に苛まれながらも、一星は打ち合わせを再開した。

「もう一度言いうよ。まず一巡目はライトボールを投げることだけを考えて。コースとかは度外視でいいか」

「コースは無視?」

「うん。とにかく腕を強く振るんだ」

「大丈夫なのかよ、それで」

「大丈夫。まず初見じゃ打てないよ。僕が保証する」

 強い自信を伝播させるように、強く言い捨てて一星はホームマウンドの定位置に戻った。

 彗と話して、少しだけ我に返った一星は首を二回だけ振って自分の頭の中を整理する。

 ――まずは、彗の球にびっくりしてもらって、僕がやり返すのはその後だ。

 カッとなってたら成果なんて付いてくるはずない――深呼吸をして切り替えが終わると、審判を務める彩星の選手に「よろしくお願いします」と声をかけると、「そんな固くなんなよ」と聞き慣れた声が返って来た。

「あれ……坂上?」

「おうよ。勉強の一環ってことで今日は一年生がやることになったんだ」

「へぇ……」

「ま、精々厳しくしてやるからよ。あの暴れ馬、きちんと手綱握れよ?」

「言われなくてもそのつもりさ。なんてったって相手は――」

 そこまで言いかけて、一星は葉山の一番バッターを見ながら「強敵だからね」と呟いた。
 一番、ショート小野泰明。スイッチヒッターで、俊足巧打の好打者。引っ張ることも流すことも自由自在の安打製造機。
 ――本橋さんといい小野さんといい、なんでこう……ビッグネームとばっか試合できるのは運がいいな。
 抑えることはもちろん、打者として吸収できるものも全部盗んでやる。その意気で、一星はたった一つの球種を彗に伝えた。
 ニイッ、と笑う彗は、深く頷くと、ピッチングモーションに入った。

       ※

 軽く資料に目を通しただけでも、打率四割七分五厘、高校通算本塁打三十二本と言う数字だけで好打者だということがわかる。

 ――ライトボールのお披露目にはうってつけだ。

 新しいフォーム。
 完成した魔球。
 得られた自信。
 それら全てと、魂をボールに込めて振りかぶった。
 意識するのは、胸。
 踏み込みや腕の振りなんかは、長いこと投げ込んできた体が覚えていてくれる。
 ぐにっ、と聞こえるほど胸を張った。

「まだ……まだ……」

 体のばねを全部使用する、そんなつもりで体の力を溜めに溜め――。

「ここっ!」

 限界まで引っ張ったところで、その力を解放した。


       ※


 ――おいおい。

 小野泰明は、初球のボールを見送った瞬間に肝を冷やした。
 その球を見て真っ先に思いついた言葉は、プロという二文字。次いで感じたのは、ホントに一年かよ、という白旗を上げんばかりの感情だった。

 スピードガンがあればゆうに150を超えているであろう速球。コースも低めで、打てと言われても充てるのが精一杯だな、と思ってしまうほどのボール。
 今年入学してきた一年後輩の八神翼も相当な才能を持っているが、この選手もまた別の才能を持っている。そのことを再確認してから泰明は「あー……勿体ない」と呟いた。

 監督が出してきた異例の指示を恨みながら、再びバットを構える。
 意気揚々と、怪物は二球目を投げ込んできた。
 二球目は一球目とは違い、ド真ん中。

 ――あぁ、打ちたい!

 気持ちを押し殺して、速球を見送った。

 ――あぁ、勿体ねぇ。ホントに……。

 今のコースだったら間違いなく長打を打てたのに、と肩を落としながら打席を外すと「ボール!」という声が泰明の背後から響いた。

「へ?」

 見極めたボールは、間違いなくド真ん中だったはず。

 よっぽど厳しいんだな――バッテリーに同情しつつキャッチャーのミットを追うと、どういうわけかそれは自分の目線の高さくらいにあった。
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