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第二部
2-37「とある暴君の投球方法(3)」
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「胸、ですか」
これまで聞いたことのないポイントに彗は首を傾げた。
よくこうやってアドバイスを聞きに行くと、腕や下半身、しなりなどを意識していたという話をよく聞くが、胸を意識したというのはプロのインタビューでもなかなか耳にする機会はない。
「そっ。ビックリした?」
「はい。初めて聞くんで」
「ま、感覚の話だからしょうがない! ま、簡単に言っちゃうと、投げるときに胸をぐいーんって開く感じで引っ張って、投げるときにギュン! って感じかな」
投球フォームを交えながら風雅が話すのだが、特徴的な擬音を使用しているため彗はその意図を汲み取ることができず、取りあえずとして「そ、そうなんですね」と愛想笑いを浮かべた。
「その顔……わかってないでしょ」
「あ、わかります?」
「おうよ! いっつも何か教えるってなったらみんな似た顔するからな!」
じゃあ改善してくれよ、と悪態をつきたい気持ちを押し殺して「もう少し噛み砕いて教えてくれませんか?」と尋ねた。
「一応これが精一杯なんだけどなぁ……ほら、ぐいーんの、ギュン!」
再度シャドーピッチングをするも、伝わらず。
埒が明かないな――打開策はなんかないか、と思考を巡らせていると「ま、実際にやってみせたほうがわかりやすいか」と呟くと、風雅は「取りあえず駅出よう」と彗を促した。
「へ? ど、どこに行くんすか?」
慌てて彗もその背中を追って改札を出る。
駅の外に出た風雅は、背伸びをしながら「ちょっとそこまでね」とだけ言って再び歩を進めた。
辿り着いたのは、歩いて五分ほどの場所にある公園だ。
小学校が隣にある、小さな小さな公園。小学生が放課後に立ち寄って遊んだのだろう、砂場には明らかに人工的に創られた山や水路、落とし穴もあった。
「よくここで遊んだわ」と昔を懐かしみながら風雅はグローブを二つ取り出し、彗に一つ手渡して「じゃ、やろっか」と少し離れた。
高校球児が二人、グローブを持って向かい合えばやることと言えば、もちろんキャッチボール。街灯は一つで心もとないが、見えないというほどでもない。
――手本を見せてくれんのかな?
促されるまま、彗はグローブを左手にはめると「じゃ、いくぞー!」と風雅は振りかぶった。
――うおっ⁉
一球目。まだ、肩もできていないキャッチボールをするためのアップに過ぎない、緩いボール。
球速で言えば80キロにも満たないボール、だったはず。
しかし、彗はそのボールをキャッチすることができなかった。
転々と転がるボールを見つめながら、彗は先ほどの映像を噛み締めるように脳内で再生する。
ボールを持った左手は、体に隠れて一度見えなくなる。
普通であれば、体の動きに従って顔の横辺りから腕が見えて投げられるのだが、風雅が投げたその一球は〝空からボールが落ちてくる〟ような、そんな感覚だった。
「ま、こういうこと」
数メートル先でどや顔を決めている暴君に「もっかい、お願いします」とボールを投げ返す。
得意げに風雅は、「サービスだぞ?」とだけ呟いてもう一度投げ込んできた。
今度はぼんやりとではなく、瞬きも考えられないほどに目を見開いて観察をしながらその一挙手一投足を追う。
左腕が体に隠れるところまでは同じ。
ここから、風雅は目一杯に胸を張って、頭二つ分高いところから投げ下ろすようなフォームだ。
風雅の身長は彗とそう変わらない、170前半くらい。しかし、そのリリースポイントは190センチのピッチャーからボールが放たれるような印象だった。
二球目をキャッチし、グローブに収まったボールを見て彗はその特異なピッチングフォームの意図を理解した。
このピッチングのみそは、投げ下ろすという投げ方にある。
普通のピッチャーだと、どうしても腕が斜めから出て来てしまうためボールを放す瞬間軸が斜めになってしまう。その結果、軸がぶれてしまい、綺麗なストレートではなくなってしまう。
しかし、今の〝頭の上から投げ下ろす投げ方〟であれば、空手のチョップをするみたいにほぼ間違いなく軸は安定して奇麗な縦回転になってくれる。
理解の後は、実践あるのみ。彗はグローブに収まったボールを握って、早速試してみた。
頭の上から投げ下ろすように意識して、投げ込んでみる。
――あり?
しかし、投げてみたボールは想像と真逆の汚い回転で空中を飛んで行った。
コントロールもぐちゃぐちゃで、風雅のグローブではなく明後日の方向へ飛んで行く。
「違う違う、胸を意識だって!」
風雅は茂みに飛び込んだボールを拾うと、ダメ出しをしながら返球をしてきた。
――胸でそんな代わるもんなのか?
疑問に思いつつ、彗は胸に意識を集中して投げ込んでみる。
「おっ?」
すると、今度のボールは綺麗な弧を描いて風雅のミットに突き刺さった。
ボールを受け取った風雅が「やったじゃん」と笑みを浮かべて近づいてくる。
彗は、あれだけ苦しんだ奇麗な真っすぐを、簡単に投げられたことが信じられず、その場で固まったまま「……なんで?」と呟いていた。
「なんで、ってどうしたん?」
「いや、あんだけ苦しんだのに、こんな簡単に投げれたのが不思議で……」
首を傾げる彗に「そりゃ、力みが無くなったからね」と風雅は淡々と答えた。
「力み?」
「そう。ほら、ここを意識して投げてみろ、って言われると体固くなるじゃん? 実際さっきうそうだったし」
「……確かに」
「俺も同じ感じでさ、この投げ方を覚えるとき〝ここしっかりしなくちゃ!〟ってなって力んじゃってさ。上手く行かなかったから、別の部分を意識することにしたんよ」
「それが、胸……」
そんな簡単なことで、と信じられないと言わんばかりの表情をする彗。
対照的に、してやったりと言わんばかりの表情で風雅は「でも、投げれたっしょ?」と語り掛けた。
「……なるほど」
理論も理屈も成功体験も手に入れた。
あとは実践するだけ――明日の練習内容を思い浮かべていると、「さ、じゃあ俺のお願いも聞いてもらう番だな」と風雅はいたずらな笑みを浮かべる。
「お願い?」
「そっ。そんな難しいことじゃないよ」
そういいながら、風雅は携帯を取り出した。
「連絡先おせーて!」
これまで聞いたことのないポイントに彗は首を傾げた。
よくこうやってアドバイスを聞きに行くと、腕や下半身、しなりなどを意識していたという話をよく聞くが、胸を意識したというのはプロのインタビューでもなかなか耳にする機会はない。
「そっ。ビックリした?」
「はい。初めて聞くんで」
「ま、感覚の話だからしょうがない! ま、簡単に言っちゃうと、投げるときに胸をぐいーんって開く感じで引っ張って、投げるときにギュン! って感じかな」
投球フォームを交えながら風雅が話すのだが、特徴的な擬音を使用しているため彗はその意図を汲み取ることができず、取りあえずとして「そ、そうなんですね」と愛想笑いを浮かべた。
「その顔……わかってないでしょ」
「あ、わかります?」
「おうよ! いっつも何か教えるってなったらみんな似た顔するからな!」
じゃあ改善してくれよ、と悪態をつきたい気持ちを押し殺して「もう少し噛み砕いて教えてくれませんか?」と尋ねた。
「一応これが精一杯なんだけどなぁ……ほら、ぐいーんの、ギュン!」
再度シャドーピッチングをするも、伝わらず。
埒が明かないな――打開策はなんかないか、と思考を巡らせていると「ま、実際にやってみせたほうがわかりやすいか」と呟くと、風雅は「取りあえず駅出よう」と彗を促した。
「へ? ど、どこに行くんすか?」
慌てて彗もその背中を追って改札を出る。
駅の外に出た風雅は、背伸びをしながら「ちょっとそこまでね」とだけ言って再び歩を進めた。
辿り着いたのは、歩いて五分ほどの場所にある公園だ。
小学校が隣にある、小さな小さな公園。小学生が放課後に立ち寄って遊んだのだろう、砂場には明らかに人工的に創られた山や水路、落とし穴もあった。
「よくここで遊んだわ」と昔を懐かしみながら風雅はグローブを二つ取り出し、彗に一つ手渡して「じゃ、やろっか」と少し離れた。
高校球児が二人、グローブを持って向かい合えばやることと言えば、もちろんキャッチボール。街灯は一つで心もとないが、見えないというほどでもない。
――手本を見せてくれんのかな?
促されるまま、彗はグローブを左手にはめると「じゃ、いくぞー!」と風雅は振りかぶった。
――うおっ⁉
一球目。まだ、肩もできていないキャッチボールをするためのアップに過ぎない、緩いボール。
球速で言えば80キロにも満たないボール、だったはず。
しかし、彗はそのボールをキャッチすることができなかった。
転々と転がるボールを見つめながら、彗は先ほどの映像を噛み締めるように脳内で再生する。
ボールを持った左手は、体に隠れて一度見えなくなる。
普通であれば、体の動きに従って顔の横辺りから腕が見えて投げられるのだが、風雅が投げたその一球は〝空からボールが落ちてくる〟ような、そんな感覚だった。
「ま、こういうこと」
数メートル先でどや顔を決めている暴君に「もっかい、お願いします」とボールを投げ返す。
得意げに風雅は、「サービスだぞ?」とだけ呟いてもう一度投げ込んできた。
今度はぼんやりとではなく、瞬きも考えられないほどに目を見開いて観察をしながらその一挙手一投足を追う。
左腕が体に隠れるところまでは同じ。
ここから、風雅は目一杯に胸を張って、頭二つ分高いところから投げ下ろすようなフォームだ。
風雅の身長は彗とそう変わらない、170前半くらい。しかし、そのリリースポイントは190センチのピッチャーからボールが放たれるような印象だった。
二球目をキャッチし、グローブに収まったボールを見て彗はその特異なピッチングフォームの意図を理解した。
このピッチングのみそは、投げ下ろすという投げ方にある。
普通のピッチャーだと、どうしても腕が斜めから出て来てしまうためボールを放す瞬間軸が斜めになってしまう。その結果、軸がぶれてしまい、綺麗なストレートではなくなってしまう。
しかし、今の〝頭の上から投げ下ろす投げ方〟であれば、空手のチョップをするみたいにほぼ間違いなく軸は安定して奇麗な縦回転になってくれる。
理解の後は、実践あるのみ。彗はグローブに収まったボールを握って、早速試してみた。
頭の上から投げ下ろすように意識して、投げ込んでみる。
――あり?
しかし、投げてみたボールは想像と真逆の汚い回転で空中を飛んで行った。
コントロールもぐちゃぐちゃで、風雅のグローブではなく明後日の方向へ飛んで行く。
「違う違う、胸を意識だって!」
風雅は茂みに飛び込んだボールを拾うと、ダメ出しをしながら返球をしてきた。
――胸でそんな代わるもんなのか?
疑問に思いつつ、彗は胸に意識を集中して投げ込んでみる。
「おっ?」
すると、今度のボールは綺麗な弧を描いて風雅のミットに突き刺さった。
ボールを受け取った風雅が「やったじゃん」と笑みを浮かべて近づいてくる。
彗は、あれだけ苦しんだ奇麗な真っすぐを、簡単に投げられたことが信じられず、その場で固まったまま「……なんで?」と呟いていた。
「なんで、ってどうしたん?」
「いや、あんだけ苦しんだのに、こんな簡単に投げれたのが不思議で……」
首を傾げる彗に「そりゃ、力みが無くなったからね」と風雅は淡々と答えた。
「力み?」
「そう。ほら、ここを意識して投げてみろ、って言われると体固くなるじゃん? 実際さっきうそうだったし」
「……確かに」
「俺も同じ感じでさ、この投げ方を覚えるとき〝ここしっかりしなくちゃ!〟ってなって力んじゃってさ。上手く行かなかったから、別の部分を意識することにしたんよ」
「それが、胸……」
そんな簡単なことで、と信じられないと言わんばかりの表情をする彗。
対照的に、してやったりと言わんばかりの表情で風雅は「でも、投げれたっしょ?」と語り掛けた。
「……なるほど」
理論も理屈も成功体験も手に入れた。
あとは実践するだけ――明日の練習内容を思い浮かべていると、「さ、じゃあ俺のお願いも聞いてもらう番だな」と風雅はいたずらな笑みを浮かべる。
「お願い?」
「そっ。そんな難しいことじゃないよ」
そういいながら、風雅は携帯を取り出した。
「連絡先おせーて!」
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