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第二部
2-34「敵に塩を貰いに行く(3)」
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「あ、上杉先輩。ちょっといいっすか?」
彗に携帯を手渡した後、すぐに帰路につこうとした秀平を呼び止めると、あからさまに不愉快な表情で「あ?」と振り返った。
「すみません、ちょっと質問いいですか?」
「……なんだよ」
素っ気ない受け答え。そんなに話した記憶はないが、嫌っていることだけは伝わってくる会話にうんざりしながら「今朝、一年が聞いた話なんですけど、帰りの電車で春日部共平の生徒と同じだったってホントっすか?」と用件だけ並べ立てた。
「あ? なんでそんなこと」
「いやー、ちょっと俺、今悩んでて……春日部共平の兵動さんに話を聞こうと思ってたんですけど、連絡手段が無くて……」
「……で、俺が話してたのをお前の相棒が思い出したと」
「ま、そんなところです」
そこまで会話を続けると、秀平は「はぁ」と大きめのため息をついてから「確かに見た」とウルフカットの頭をかきながら呟いた。
「ホントっすか⁉」
「あぁ、間違いない」
「どの駅で見ました?」
「北千住で降りたときに座ってたんだよ」
「北千住で座ってたとなると……春日部あたりから乗った感じっすね。誰かはわかりませんか? もしかしたら兵動本人だったとか」
本人だったかもしれないと零れ落ちた一言は、少しでも時間が短縮できればと言う淡い期待からの一言だった。もちろんそんな偶然はあり得ないだろうな、と思いつつ時刻表を携帯で開いて確認していると「……かもしれねぇな」と秀平は予想外の呟きをした。
「へ?」
「どんな顔だったっけ、アイツ」
想定の斜め上の展開に慌てながら彗は兵頭風雅の画像を検索して秀平に見せる。
眉をひそめながら秀平は「んー……」と唸るだけ。ただ次の一言を待つだけの時間が過ぎていく。
静寂を破ったのは「やっぱり、コイツだ」と確信を持った秀平の一言だった。
「マジすか⁉」
「あぁ。どっかで見たことあると思ってたんだよ。間違いない」
「よっしゃ!」
突然降ってきた一筋の光明に、思わず彗はその場でガッツポーズをすると「よし、じゃあ行ってきます!」と声を上げた。
この調子で行けば、張り込んで話を聞いて、ストレートを改善して……すべて上手く行ってくれれば来週の練習試合に間に合う――ざっくりとした計算を頭の中で行いながら帰路につこうと踵を返し、駅の方向へ向かおうとすると「な、ちょっと待てよ」と秀平に呼び止められた。
「はい?」
「いや……俺からも少し聞いてもいいか?」
用件が済んだらすぐに離れると思っていた彗は「あ……はい」と困惑しながら返事をし、カチンとその場で氷のように固まる。
「単純な疑問なんだけどよ……もし会えたとしてもよ、アドバイス貰えるか?」
「え?」
「いや、ライバルが強くなったら自分たちが困るだろ? 普通に考えてさ。県外なら甲子園で当たるくらいだから関係なあいかもしれないが、同じ県のライバルに教えるとか、普通じゃ損するだけじゃねぇか」
「まあ……確かにそうっすね」
「そんな敵に塩を送るようなこと、受け入れてもらえるか? それこそ、時間の無駄に思えるんだけどな」
敵に塩を送る――翼との会話でも出てきた、歴史のエピソードだ。
彗は「今日二回目です、その言葉聞くの」と苦笑いしながら「そんなダメなこと何ですかね、それ」と言いながら秀平を見た。
「どういう意味だ?」
「いやあ、実はさっき、中学の時の知り合いに電話してアドバイスを貰おうとしたんすけど、上杉先輩みたいな感じで断られたんすよ。〝敵に塩を送ることはできない〟って」
「……まあ、普通はそう考えるからな」
「間違いではないと思うんすけど、俺の考えは違ってて……相手が強くなれば、自分はそれ以上に強くなれればってループしていったら、ずっと成長できるじゃないっすか」と思い付きをつらつらと秀平に語りつくすと、「切磋琢磨みたいな感じっす」と締めくくった。
秀平は小さく「なるほどな」と小さく呟き、そこから沈黙の時が流れる。
そろそろ時間がもったいないな、と彗は「じゃあ――」と改めて踵を返そうとしたが「いや、待った」と再び秀平に引き留められて今度は片足が宙に浮いた状態でフリーズする。
「まあ……あれだ。俺も帰り電車だからよ。一緒に帰ろうや」
わざわざ嫌いな自分と一緒に帰ろうとする秀平に、彗は首を傾げながら「へ?」と間抜けな返事をした。
※
「いやー、旨かったな」
「久々に来たけど、ファミレスのご飯こんな美味しくなってたんだね」
彗に秀平の話を伝えた後、しばらく談笑してから店外に出た一星と雄介。すっかり日も落ち、外は真っ暗。帰宅しなければ、いよいよ母親からの〝いつ帰ってくるの?〟というメッセージが飛んでくるころだ。
そろそろ帰ろうか――雄介に話しかけようとした瞬間「なあ、アレ……」と雄介が遠くの方を指差さして呟いた。
「アレ?」
「ほら、アレだよ」
雄介が指を差していたのは、学校から最短で駅まで続く大きい主要の道路だ。
――アレ、って言われてもわからないよ。
最近目が悪くなってきており、視力検査でも1.0以下だった残念な目を細めながら見つめていると、徐々に輪郭が――見慣れた輪郭が顕わとなった。
「空野と……上杉先輩?」
犬猿の仲だと思っていた二人の登場に、一星は面食らった。
「おー、サンキューな、教えてくれて」
彗が遠目からでも気づいたようで、手を振りながら近づいてくる。
隣の秀平も、そこまで不快ではないようで、いつも通りの落ち着いた表情でこちらに歩み寄ってきていた。
「お疲れ様です」
恐る恐る挨拶をしていると、秀平はクールな表情のまま「さ、行くぞ」と一年生三人を置いて改札へ向かった。彗も秀平に追従する。
「え、ちょっとどこへ――」
雄介が焦りながら問いかけると、秀平は「決まってんだろ? 敵に塩を貰いに行く」と口角を上げた。
※作者からのお知らせ。
「敵に塩を送られた」というサブタイトルですが、内容が若干合っていないので、変更いたします。
近況ノートにて詳しくお伝えします。突然の修正申し訳ございません。
彗に携帯を手渡した後、すぐに帰路につこうとした秀平を呼び止めると、あからさまに不愉快な表情で「あ?」と振り返った。
「すみません、ちょっと質問いいですか?」
「……なんだよ」
素っ気ない受け答え。そんなに話した記憶はないが、嫌っていることだけは伝わってくる会話にうんざりしながら「今朝、一年が聞いた話なんですけど、帰りの電車で春日部共平の生徒と同じだったってホントっすか?」と用件だけ並べ立てた。
「あ? なんでそんなこと」
「いやー、ちょっと俺、今悩んでて……春日部共平の兵動さんに話を聞こうと思ってたんですけど、連絡手段が無くて……」
「……で、俺が話してたのをお前の相棒が思い出したと」
「ま、そんなところです」
そこまで会話を続けると、秀平は「はぁ」と大きめのため息をついてから「確かに見た」とウルフカットの頭をかきながら呟いた。
「ホントっすか⁉」
「あぁ、間違いない」
「どの駅で見ました?」
「北千住で降りたときに座ってたんだよ」
「北千住で座ってたとなると……春日部あたりから乗った感じっすね。誰かはわかりませんか? もしかしたら兵動本人だったとか」
本人だったかもしれないと零れ落ちた一言は、少しでも時間が短縮できればと言う淡い期待からの一言だった。もちろんそんな偶然はあり得ないだろうな、と思いつつ時刻表を携帯で開いて確認していると「……かもしれねぇな」と秀平は予想外の呟きをした。
「へ?」
「どんな顔だったっけ、アイツ」
想定の斜め上の展開に慌てながら彗は兵頭風雅の画像を検索して秀平に見せる。
眉をひそめながら秀平は「んー……」と唸るだけ。ただ次の一言を待つだけの時間が過ぎていく。
静寂を破ったのは「やっぱり、コイツだ」と確信を持った秀平の一言だった。
「マジすか⁉」
「あぁ。どっかで見たことあると思ってたんだよ。間違いない」
「よっしゃ!」
突然降ってきた一筋の光明に、思わず彗はその場でガッツポーズをすると「よし、じゃあ行ってきます!」と声を上げた。
この調子で行けば、張り込んで話を聞いて、ストレートを改善して……すべて上手く行ってくれれば来週の練習試合に間に合う――ざっくりとした計算を頭の中で行いながら帰路につこうと踵を返し、駅の方向へ向かおうとすると「な、ちょっと待てよ」と秀平に呼び止められた。
「はい?」
「いや……俺からも少し聞いてもいいか?」
用件が済んだらすぐに離れると思っていた彗は「あ……はい」と困惑しながら返事をし、カチンとその場で氷のように固まる。
「単純な疑問なんだけどよ……もし会えたとしてもよ、アドバイス貰えるか?」
「え?」
「いや、ライバルが強くなったら自分たちが困るだろ? 普通に考えてさ。県外なら甲子園で当たるくらいだから関係なあいかもしれないが、同じ県のライバルに教えるとか、普通じゃ損するだけじゃねぇか」
「まあ……確かにそうっすね」
「そんな敵に塩を送るようなこと、受け入れてもらえるか? それこそ、時間の無駄に思えるんだけどな」
敵に塩を送る――翼との会話でも出てきた、歴史のエピソードだ。
彗は「今日二回目です、その言葉聞くの」と苦笑いしながら「そんなダメなこと何ですかね、それ」と言いながら秀平を見た。
「どういう意味だ?」
「いやあ、実はさっき、中学の時の知り合いに電話してアドバイスを貰おうとしたんすけど、上杉先輩みたいな感じで断られたんすよ。〝敵に塩を送ることはできない〟って」
「……まあ、普通はそう考えるからな」
「間違いではないと思うんすけど、俺の考えは違ってて……相手が強くなれば、自分はそれ以上に強くなれればってループしていったら、ずっと成長できるじゃないっすか」と思い付きをつらつらと秀平に語りつくすと、「切磋琢磨みたいな感じっす」と締めくくった。
秀平は小さく「なるほどな」と小さく呟き、そこから沈黙の時が流れる。
そろそろ時間がもったいないな、と彗は「じゃあ――」と改めて踵を返そうとしたが「いや、待った」と再び秀平に引き留められて今度は片足が宙に浮いた状態でフリーズする。
「まあ……あれだ。俺も帰り電車だからよ。一緒に帰ろうや」
わざわざ嫌いな自分と一緒に帰ろうとする秀平に、彗は首を傾げながら「へ?」と間抜けな返事をした。
※
「いやー、旨かったな」
「久々に来たけど、ファミレスのご飯こんな美味しくなってたんだね」
彗に秀平の話を伝えた後、しばらく談笑してから店外に出た一星と雄介。すっかり日も落ち、外は真っ暗。帰宅しなければ、いよいよ母親からの〝いつ帰ってくるの?〟というメッセージが飛んでくるころだ。
そろそろ帰ろうか――雄介に話しかけようとした瞬間「なあ、アレ……」と雄介が遠くの方を指差さして呟いた。
「アレ?」
「ほら、アレだよ」
雄介が指を差していたのは、学校から最短で駅まで続く大きい主要の道路だ。
――アレ、って言われてもわからないよ。
最近目が悪くなってきており、視力検査でも1.0以下だった残念な目を細めながら見つめていると、徐々に輪郭が――見慣れた輪郭が顕わとなった。
「空野と……上杉先輩?」
犬猿の仲だと思っていた二人の登場に、一星は面食らった。
「おー、サンキューな、教えてくれて」
彗が遠目からでも気づいたようで、手を振りながら近づいてくる。
隣の秀平も、そこまで不快ではないようで、いつも通りの落ち着いた表情でこちらに歩み寄ってきていた。
「お疲れ様です」
恐る恐る挨拶をしていると、秀平はクールな表情のまま「さ、行くぞ」と一年生三人を置いて改札へ向かった。彗も秀平に追従する。
「え、ちょっとどこへ――」
雄介が焦りながら問いかけると、秀平は「決まってんだろ? 敵に塩を貰いに行く」と口角を上げた。
※作者からのお知らせ。
「敵に塩を送られた」というサブタイトルですが、内容が若干合っていないので、変更いたします。
近況ノートにて詳しくお伝えします。突然の修正申し訳ございません。
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