120 / 179
第二部
2-32「敵に塩を貰いに行く(1)」
しおりを挟む
中学校に進級すると同時に、母親に勝ってもらった携帯には、電話帳には中学校の同級生や、チームメイトだった仲間たちの連絡先がたくさん入っている。登録されている連絡先から、〝ある一人〟の名前を見つけると、力強く押し込んだ。
すぐに通話中の画面に切り替わり、プルルと馴染みのコール音が鳴る。
『もしもし』
電話から聞こえてきたのは、決して連絡するまいと考えていた、八神翼の声だった。
代表合宿中も、大会開催中も一切仲良くなることが無かった天敵。一星や他のメンバーの流れに合わせて渋々連絡先を交換していた。
――まさかこんな形で役に立つなんてなー。
いたずらな運命に苦笑いしながら彗は慎重に言葉を選ぶ。
「よっ、久しぶり。ちょっと今、大丈夫か?」
『大丈夫だけど、こんな時間に電話とか、もう少し考えてほしい』
抑揚がなければ、思いやりもない喋り方。心のない機械でももう少し温かみのある話し方をするぞ、と心の中で悪態を突きながら「悪い、ちょっと聞きたいことがあってよ」と話をつなげる。
『聞きたいこと? 僕に?』
「あぁ。野球関係のことでさ」
『僕たちの関係にそれ以外ないでしょ。で、何?』
神経を逆なでする話し方に苛立ちながらも、彗は感情を押し殺し「ま、違いないわ」と前置きをしてから「聞きたいのは、ストレートのことだ」と問いかけた。
『ストレート?』
「お前のストレートって奇麗な回転してるだろ? どうやって投げてるのか気になってさ。投げ方とか、意識とか……何考えて投げてる?」
質問を投げかけると、数秒沈黙してから翼は『それさ、わざわざ教える必要ある?』と呆れたため息交じりに答えた。
「別にいいだろ、減るもんじゃねぇし」
『僕の時間が減る』
「昔のチームメイトだった好としてよ」
『……君に教える義理はないね』
頑として承知しない翼。どうやって引き出そうか考えていると『繊細な話だし、もし仮に君に伝えるときは味方になった時だ』と追撃してくる。
「味方?」
『チームメイト、って言わないと分からないかな? 僕は上杉謙信じゃないんだ。わざわざ敵に塩は送らないってこと』
一貫して主張を変えないその様子に、彗はすっかり白旗を上げた。
「あーそうかい。オメーの主張はよぉーくわかった。それじゃ、万に一つもないだろうが、チームメイトになった時はよろしく頼むわ」
捨て台詞のように吐き出し、電話を切ろうと耳から携帯を放す。
さあ切ってやるぞ、と人差し指を立てたその瞬間、スピーカーから『練習試合、君は投げるの?』と今度は向こうから質問が投げかけられた。
「あ? 敵にゃ教える義理ねーっての」
『……僕はまだ納得してないから』
最後の最後で捨て台詞を零すと、翼の方から通話は切られた。
「結局お前のペースかよ」
終始会話の手綱を握られているような気がして、彗は苛立ちながら通話終了と出ている携帯の画面を見つめていると、メッセージアプリの通知音がピロンと鳴り響いた。
「うおっ⁉」
あまりの絶妙なタイミングに肩を震わせてしまい、携帯がまるでお手玉のように宙を二、三回舞う。
――やべっ――!
下はコンクリート。落ちれば間違いなく画面粉々コース。
しかし、受け止めるべき両手は空中にある。足で回避しようにも、サッカー部ほどリフティングは上手くない。
諦めて、彗は現実から目を逸らすように強く目を瞑った。
――あれ?
ガシャン、と落ちる音が聞こえないことに疑問を持ち、恐る恐る目を開けると、目の前に一人、二年生の先輩が「あっぶね」といいながら携帯電話をキャッチしていた。
※
帰り道、いけないことだとは思いつつ、一星は雄介と近くのファミレスで晩御飯を済ましてしまっていた。
帰ったら〝もっとはやく教えてくれれば、ご飯作らなかったのに〟と文句を吐く母親の姿を想像しながら、一星はミートドリアをスプーンでかき集めると、「なるほどなぁ」と呟いてから、最後の一口を口に放り込んだ。
晩御飯の時間で雄介から伝えられたのは、嵐と暴君・兵頭風雅との確執だった。
これまで、基本的にはずっとレギュラーだったため、どんな感情になるかはわからないが、恐らく彗に負けたと思ったあの瞬間と似てるんだろうな、と勝手に決めつけて「まずいよね、これは」と呟く。
「ま、タブーってだけでそんな器小さい人じゃなかったからさ。気にすることねぇよ」
「改めて謝った方が良いかな?」
「ぶり返すことになるからスルー安定だと思うぜ?」と雄介はいたずらに笑うと「しかし、お前らも面白いこと考えるよなぁ」と言うと、ドリンクバーで入れたメロンソーダをずずっと飲む。
「面白いこと?」
「ホラ、共平の暴君に話を聞くってヤツ。俺じゃ無理だわ、断られるかもって思っちゃって」
「断られること?」
デザートのプリンをかき込みながら、一星は意外だとでもいうように目を丸くして雄介を見る。
「そっ。ほら、なんかさ、断られるって、なんか恥ずかしいじゃん」
「恥ずかしい、か……」
「そうそう。例えるなら、フラれたときに似てるかな」
「……そうかなぁ」
一星はプリンを食べつくすと、満足感に浸りながら「僕はそうは思わないけどね。聞くは一時の恥。聞かぬは一生の恥って言いうしね」とお腹をさする。
「さすが、日の丸背負うやつはは違うわ」
すぐに通話中の画面に切り替わり、プルルと馴染みのコール音が鳴る。
『もしもし』
電話から聞こえてきたのは、決して連絡するまいと考えていた、八神翼の声だった。
代表合宿中も、大会開催中も一切仲良くなることが無かった天敵。一星や他のメンバーの流れに合わせて渋々連絡先を交換していた。
――まさかこんな形で役に立つなんてなー。
いたずらな運命に苦笑いしながら彗は慎重に言葉を選ぶ。
「よっ、久しぶり。ちょっと今、大丈夫か?」
『大丈夫だけど、こんな時間に電話とか、もう少し考えてほしい』
抑揚がなければ、思いやりもない喋り方。心のない機械でももう少し温かみのある話し方をするぞ、と心の中で悪態を突きながら「悪い、ちょっと聞きたいことがあってよ」と話をつなげる。
『聞きたいこと? 僕に?』
「あぁ。野球関係のことでさ」
『僕たちの関係にそれ以外ないでしょ。で、何?』
神経を逆なでする話し方に苛立ちながらも、彗は感情を押し殺し「ま、違いないわ」と前置きをしてから「聞きたいのは、ストレートのことだ」と問いかけた。
『ストレート?』
「お前のストレートって奇麗な回転してるだろ? どうやって投げてるのか気になってさ。投げ方とか、意識とか……何考えて投げてる?」
質問を投げかけると、数秒沈黙してから翼は『それさ、わざわざ教える必要ある?』と呆れたため息交じりに答えた。
「別にいいだろ、減るもんじゃねぇし」
『僕の時間が減る』
「昔のチームメイトだった好としてよ」
『……君に教える義理はないね』
頑として承知しない翼。どうやって引き出そうか考えていると『繊細な話だし、もし仮に君に伝えるときは味方になった時だ』と追撃してくる。
「味方?」
『チームメイト、って言わないと分からないかな? 僕は上杉謙信じゃないんだ。わざわざ敵に塩は送らないってこと』
一貫して主張を変えないその様子に、彗はすっかり白旗を上げた。
「あーそうかい。オメーの主張はよぉーくわかった。それじゃ、万に一つもないだろうが、チームメイトになった時はよろしく頼むわ」
捨て台詞のように吐き出し、電話を切ろうと耳から携帯を放す。
さあ切ってやるぞ、と人差し指を立てたその瞬間、スピーカーから『練習試合、君は投げるの?』と今度は向こうから質問が投げかけられた。
「あ? 敵にゃ教える義理ねーっての」
『……僕はまだ納得してないから』
最後の最後で捨て台詞を零すと、翼の方から通話は切られた。
「結局お前のペースかよ」
終始会話の手綱を握られているような気がして、彗は苛立ちながら通話終了と出ている携帯の画面を見つめていると、メッセージアプリの通知音がピロンと鳴り響いた。
「うおっ⁉」
あまりの絶妙なタイミングに肩を震わせてしまい、携帯がまるでお手玉のように宙を二、三回舞う。
――やべっ――!
下はコンクリート。落ちれば間違いなく画面粉々コース。
しかし、受け止めるべき両手は空中にある。足で回避しようにも、サッカー部ほどリフティングは上手くない。
諦めて、彗は現実から目を逸らすように強く目を瞑った。
――あれ?
ガシャン、と落ちる音が聞こえないことに疑問を持ち、恐る恐る目を開けると、目の前に一人、二年生の先輩が「あっぶね」といいながら携帯電話をキャッチしていた。
※
帰り道、いけないことだとは思いつつ、一星は雄介と近くのファミレスで晩御飯を済ましてしまっていた。
帰ったら〝もっとはやく教えてくれれば、ご飯作らなかったのに〟と文句を吐く母親の姿を想像しながら、一星はミートドリアをスプーンでかき集めると、「なるほどなぁ」と呟いてから、最後の一口を口に放り込んだ。
晩御飯の時間で雄介から伝えられたのは、嵐と暴君・兵頭風雅との確執だった。
これまで、基本的にはずっとレギュラーだったため、どんな感情になるかはわからないが、恐らく彗に負けたと思ったあの瞬間と似てるんだろうな、と勝手に決めつけて「まずいよね、これは」と呟く。
「ま、タブーってだけでそんな器小さい人じゃなかったからさ。気にすることねぇよ」
「改めて謝った方が良いかな?」
「ぶり返すことになるからスルー安定だと思うぜ?」と雄介はいたずらに笑うと「しかし、お前らも面白いこと考えるよなぁ」と言うと、ドリンクバーで入れたメロンソーダをずずっと飲む。
「面白いこと?」
「ホラ、共平の暴君に話を聞くってヤツ。俺じゃ無理だわ、断られるかもって思っちゃって」
「断られること?」
デザートのプリンをかき込みながら、一星は意外だとでもいうように目を丸くして雄介を見る。
「そっ。ほら、なんかさ、断られるって、なんか恥ずかしいじゃん」
「恥ずかしい、か……」
「そうそう。例えるなら、フラれたときに似てるかな」
「……そうかなぁ」
一星はプリンを食べつくすと、満足感に浸りながら「僕はそうは思わないけどね。聞くは一時の恥。聞かぬは一生の恥って言いうしね」とお腹をさする。
「さすが、日の丸背負うやつはは違うわ」
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
陽キャグループを追放されたので、ひとりで気ままに大学生活を送ることにしたんだが……なぜか、ぼっちになってから毎日美女たちが話しかけてくる。
電脳ピエロ
恋愛
藤堂 薫は大学で共に行動している陽キャグループの男子2人、大熊 快児と蜂羽 強太から理不尽に追い出されてしまう。
ひとりで気ままに大学生活を送ることを決める薫だったが、薫が以前関わっていた陽キャグループの女子2人、七瀬 瑠奈と宮波 美緒は男子2人が理不尽に薫を追放した事実を知り、彼らと縁を切って薫と積極的に関わろうとしてくる。
しかも、なぜか今まで関わりのなかった同じ大学の美女たちが寄ってくるようになり……。
薫を上手く追放したはずなのにグループの女子全員から縁を切られる性格最悪な男子2人。彼らは瑠奈や美緒を呼び戻そうとするがことごとく無視され、それからも散々な目にあって行くことになる。
やがて自分たちが女子たちと関われていたのは薫のおかげだと気が付き、グループに戻ってくれと言うがもう遅い。薫は居心地のいいグループで楽しく大学生活を送っているのだから。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!
佐々木雄太
青春
四月——
新たに高校生になった有村敦也。
二つ隣町の高校に通う事になったのだが、
そこでは、予想外の出来事が起こった。
本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。
長女・唯【ゆい】
次女・里菜【りな】
三女・咲弥【さや】
この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、
高校デビューするはずだった、初日。
敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。
カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる