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第二部
2-32「敵に塩を貰いに行く(1)」
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中学校に進級すると同時に、母親に勝ってもらった携帯には、電話帳には中学校の同級生や、チームメイトだった仲間たちの連絡先がたくさん入っている。登録されている連絡先から、〝ある一人〟の名前を見つけると、力強く押し込んだ。
すぐに通話中の画面に切り替わり、プルルと馴染みのコール音が鳴る。
『もしもし』
電話から聞こえてきたのは、決して連絡するまいと考えていた、八神翼の声だった。
代表合宿中も、大会開催中も一切仲良くなることが無かった天敵。一星や他のメンバーの流れに合わせて渋々連絡先を交換していた。
――まさかこんな形で役に立つなんてなー。
いたずらな運命に苦笑いしながら彗は慎重に言葉を選ぶ。
「よっ、久しぶり。ちょっと今、大丈夫か?」
『大丈夫だけど、こんな時間に電話とか、もう少し考えてほしい』
抑揚がなければ、思いやりもない喋り方。心のない機械でももう少し温かみのある話し方をするぞ、と心の中で悪態を突きながら「悪い、ちょっと聞きたいことがあってよ」と話をつなげる。
『聞きたいこと? 僕に?』
「あぁ。野球関係のことでさ」
『僕たちの関係にそれ以外ないでしょ。で、何?』
神経を逆なでする話し方に苛立ちながらも、彗は感情を押し殺し「ま、違いないわ」と前置きをしてから「聞きたいのは、ストレートのことだ」と問いかけた。
『ストレート?』
「お前のストレートって奇麗な回転してるだろ? どうやって投げてるのか気になってさ。投げ方とか、意識とか……何考えて投げてる?」
質問を投げかけると、数秒沈黙してから翼は『それさ、わざわざ教える必要ある?』と呆れたため息交じりに答えた。
「別にいいだろ、減るもんじゃねぇし」
『僕の時間が減る』
「昔のチームメイトだった好としてよ」
『……君に教える義理はないね』
頑として承知しない翼。どうやって引き出そうか考えていると『繊細な話だし、もし仮に君に伝えるときは味方になった時だ』と追撃してくる。
「味方?」
『チームメイト、って言わないと分からないかな? 僕は上杉謙信じゃないんだ。わざわざ敵に塩は送らないってこと』
一貫して主張を変えないその様子に、彗はすっかり白旗を上げた。
「あーそうかい。オメーの主張はよぉーくわかった。それじゃ、万に一つもないだろうが、チームメイトになった時はよろしく頼むわ」
捨て台詞のように吐き出し、電話を切ろうと耳から携帯を放す。
さあ切ってやるぞ、と人差し指を立てたその瞬間、スピーカーから『練習試合、君は投げるの?』と今度は向こうから質問が投げかけられた。
「あ? 敵にゃ教える義理ねーっての」
『……僕はまだ納得してないから』
最後の最後で捨て台詞を零すと、翼の方から通話は切られた。
「結局お前のペースかよ」
終始会話の手綱を握られているような気がして、彗は苛立ちながら通話終了と出ている携帯の画面を見つめていると、メッセージアプリの通知音がピロンと鳴り響いた。
「うおっ⁉」
あまりの絶妙なタイミングに肩を震わせてしまい、携帯がまるでお手玉のように宙を二、三回舞う。
――やべっ――!
下はコンクリート。落ちれば間違いなく画面粉々コース。
しかし、受け止めるべき両手は空中にある。足で回避しようにも、サッカー部ほどリフティングは上手くない。
諦めて、彗は現実から目を逸らすように強く目を瞑った。
――あれ?
ガシャン、と落ちる音が聞こえないことに疑問を持ち、恐る恐る目を開けると、目の前に一人、二年生の先輩が「あっぶね」といいながら携帯電話をキャッチしていた。
※
帰り道、いけないことだとは思いつつ、一星は雄介と近くのファミレスで晩御飯を済ましてしまっていた。
帰ったら〝もっとはやく教えてくれれば、ご飯作らなかったのに〟と文句を吐く母親の姿を想像しながら、一星はミートドリアをスプーンでかき集めると、「なるほどなぁ」と呟いてから、最後の一口を口に放り込んだ。
晩御飯の時間で雄介から伝えられたのは、嵐と暴君・兵頭風雅との確執だった。
これまで、基本的にはずっとレギュラーだったため、どんな感情になるかはわからないが、恐らく彗に負けたと思ったあの瞬間と似てるんだろうな、と勝手に決めつけて「まずいよね、これは」と呟く。
「ま、タブーってだけでそんな器小さい人じゃなかったからさ。気にすることねぇよ」
「改めて謝った方が良いかな?」
「ぶり返すことになるからスルー安定だと思うぜ?」と雄介はいたずらに笑うと「しかし、お前らも面白いこと考えるよなぁ」と言うと、ドリンクバーで入れたメロンソーダをずずっと飲む。
「面白いこと?」
「ホラ、共平の暴君に話を聞くってヤツ。俺じゃ無理だわ、断られるかもって思っちゃって」
「断られること?」
デザートのプリンをかき込みながら、一星は意外だとでもいうように目を丸くして雄介を見る。
「そっ。ほら、なんかさ、断られるって、なんか恥ずかしいじゃん」
「恥ずかしい、か……」
「そうそう。例えるなら、フラれたときに似てるかな」
「……そうかなぁ」
一星はプリンを食べつくすと、満足感に浸りながら「僕はそうは思わないけどね。聞くは一時の恥。聞かぬは一生の恥って言いうしね」とお腹をさする。
「さすが、日の丸背負うやつはは違うわ」
すぐに通話中の画面に切り替わり、プルルと馴染みのコール音が鳴る。
『もしもし』
電話から聞こえてきたのは、決して連絡するまいと考えていた、八神翼の声だった。
代表合宿中も、大会開催中も一切仲良くなることが無かった天敵。一星や他のメンバーの流れに合わせて渋々連絡先を交換していた。
――まさかこんな形で役に立つなんてなー。
いたずらな運命に苦笑いしながら彗は慎重に言葉を選ぶ。
「よっ、久しぶり。ちょっと今、大丈夫か?」
『大丈夫だけど、こんな時間に電話とか、もう少し考えてほしい』
抑揚がなければ、思いやりもない喋り方。心のない機械でももう少し温かみのある話し方をするぞ、と心の中で悪態を突きながら「悪い、ちょっと聞きたいことがあってよ」と話をつなげる。
『聞きたいこと? 僕に?』
「あぁ。野球関係のことでさ」
『僕たちの関係にそれ以外ないでしょ。で、何?』
神経を逆なでする話し方に苛立ちながらも、彗は感情を押し殺し「ま、違いないわ」と前置きをしてから「聞きたいのは、ストレートのことだ」と問いかけた。
『ストレート?』
「お前のストレートって奇麗な回転してるだろ? どうやって投げてるのか気になってさ。投げ方とか、意識とか……何考えて投げてる?」
質問を投げかけると、数秒沈黙してから翼は『それさ、わざわざ教える必要ある?』と呆れたため息交じりに答えた。
「別にいいだろ、減るもんじゃねぇし」
『僕の時間が減る』
「昔のチームメイトだった好としてよ」
『……君に教える義理はないね』
頑として承知しない翼。どうやって引き出そうか考えていると『繊細な話だし、もし仮に君に伝えるときは味方になった時だ』と追撃してくる。
「味方?」
『チームメイト、って言わないと分からないかな? 僕は上杉謙信じゃないんだ。わざわざ敵に塩は送らないってこと』
一貫して主張を変えないその様子に、彗はすっかり白旗を上げた。
「あーそうかい。オメーの主張はよぉーくわかった。それじゃ、万に一つもないだろうが、チームメイトになった時はよろしく頼むわ」
捨て台詞のように吐き出し、電話を切ろうと耳から携帯を放す。
さあ切ってやるぞ、と人差し指を立てたその瞬間、スピーカーから『練習試合、君は投げるの?』と今度は向こうから質問が投げかけられた。
「あ? 敵にゃ教える義理ねーっての」
『……僕はまだ納得してないから』
最後の最後で捨て台詞を零すと、翼の方から通話は切られた。
「結局お前のペースかよ」
終始会話の手綱を握られているような気がして、彗は苛立ちながら通話終了と出ている携帯の画面を見つめていると、メッセージアプリの通知音がピロンと鳴り響いた。
「うおっ⁉」
あまりの絶妙なタイミングに肩を震わせてしまい、携帯がまるでお手玉のように宙を二、三回舞う。
――やべっ――!
下はコンクリート。落ちれば間違いなく画面粉々コース。
しかし、受け止めるべき両手は空中にある。足で回避しようにも、サッカー部ほどリフティングは上手くない。
諦めて、彗は現実から目を逸らすように強く目を瞑った。
――あれ?
ガシャン、と落ちる音が聞こえないことに疑問を持ち、恐る恐る目を開けると、目の前に一人、二年生の先輩が「あっぶね」といいながら携帯電話をキャッチしていた。
※
帰り道、いけないことだとは思いつつ、一星は雄介と近くのファミレスで晩御飯を済ましてしまっていた。
帰ったら〝もっとはやく教えてくれれば、ご飯作らなかったのに〟と文句を吐く母親の姿を想像しながら、一星はミートドリアをスプーンでかき集めると、「なるほどなぁ」と呟いてから、最後の一口を口に放り込んだ。
晩御飯の時間で雄介から伝えられたのは、嵐と暴君・兵頭風雅との確執だった。
これまで、基本的にはずっとレギュラーだったため、どんな感情になるかはわからないが、恐らく彗に負けたと思ったあの瞬間と似てるんだろうな、と勝手に決めつけて「まずいよね、これは」と呟く。
「ま、タブーってだけでそんな器小さい人じゃなかったからさ。気にすることねぇよ」
「改めて謝った方が良いかな?」
「ぶり返すことになるからスルー安定だと思うぜ?」と雄介はいたずらに笑うと「しかし、お前らも面白いこと考えるよなぁ」と言うと、ドリンクバーで入れたメロンソーダをずずっと飲む。
「面白いこと?」
「ホラ、共平の暴君に話を聞くってヤツ。俺じゃ無理だわ、断られるかもって思っちゃって」
「断られること?」
デザートのプリンをかき込みながら、一星は意外だとでもいうように目を丸くして雄介を見る。
「そっ。ほら、なんかさ、断られるって、なんか恥ずかしいじゃん」
「恥ずかしい、か……」
「そうそう。例えるなら、フラれたときに似てるかな」
「……そうかなぁ」
一星はプリンを食べつくすと、満足感に浸りながら「僕はそうは思わないけどね。聞くは一時の恥。聞かぬは一生の恥って言いうしね」とお腹をさする。
「さすが、日の丸背負うやつはは違うわ」
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