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第二部
2-27「もしもの話。(2)」
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「なるほど……」と音葉が唸っていると、手元のストップウォッチがピピピと鳴り響く。投手練習切り上げの時間を知らせるアラームだ。
同じくブルペンに入っていた他の投手陣が軽いキャッチボールに切り替えてクールダウンに入る。
「ほら、空野も」
一星に促され、彗も渋々キャッチボールに切り替え、ある程度クールダウンを終えると「……持ち帰りで宿題だね」と彗に携帯を手渡した。
携帯には、先ほどのピッチング映像が転送されている。映像を見て課題を洗い直して、次の家手を考える。音葉の言う〝宿題〟だ。
「……サンキュ」
怪訝な表情で携帯を受け取ると、早速彗は動画を見ながら全体グラウンドの方へ歩を運んでいた。
「歩きスマホ、ダメ、絶対……なんてね」
どこかのキャッチコピーみたいな独り言をつぶやくと、音葉も後片付けを済ませて全体グラウンドに合流した。
※
「……なぁ、アイツどう思う?」
練習終わり。そそくさと帰った部員たちを見送ると、新太は唯一ロッカーに残っていた秀平に問いかけた。
「……アイツって、空野のことっすか」
普段から愛想がいいとは言えない秀平だが、今日は一段と機嫌が悪く見えるな、と思いながらも新太は「そ。なんかドツボにはまってるような気がするからさ」と苦笑いした。
「……ま、入学してすぐだし壁に食らいぶつかるもんじゃねぇっすか? 俺も一年の時レベルの違いについていくのがやっとでしたし」
やはり、突き放すような話し方。先ほどまで感じていた機嫌の悪さは間違いないな、と確信を持った新太は「アイツの何がそんなに気にくわないんだ?」と問いかけてみた。
「そう見えますか?」
「丸わかりだよ。嫌って、避けて……らしくないなってさ」
「……そうすか」
「どこが嫌いなんだ? 言ってみ? ほら、今は俺たちだけだし」
「……嫌いになるのに理由なんてないっすよ」
そこから特に反論するわけでもなく。ただただ沈黙する秀平。
気まずい空気が、二人しかいないロッカーの中に溜まっていく。
――こういうとき、経験がもっとあったらな……。
新太はかけるべき言葉が見暑からず、頭を悩ませるばかりだった。
――二年前はこんなことになるなんて思ってなかったもんなぁ。
新太は一昨年、真田が来るまでの野球部のことを思い出しながら言葉に詰まっていた。
真田が来るまでの野球部は、正に弱小校そのもの。
気に喰わないやつがいれば避ければいいし、関わらなければいい。その結果、団結力が無くなってしまっても、別に試合に負けるだけ。
目指しているものは友達作り。求めているのは、真剣に取り組むことなく無駄に時間を浪費しただけの、なんちゃって青春物語だ。
けれど今、彩星高校が目指しているのは、甲子園という夢の舞台だ。
野球をやっていれば誰もが夢見る、憧れの舞台。中学のころからその夢を、目指していた、彗や新太のような野球小僧を倒して、自分たちがその甲子園に足を踏み入れようとしている。
そのためには、野球部の全員が目標を目指していないと話にならない。
団結していなければ、甲子園を目指すなって世迷言。
そんなことは、新太自身、わかってはいる。
問題なのは、夢を目指す過程を知らないことにあった。
本格的に部活に取り組んでいた先輩がいれば、それを見本に部員をまとめればいい。大きな舞台へ向かっている集団を率いていた経験があれば、それを基にして引っ張っていけばいい。
――そのどれも、ないもんなぁ。
自分の経験不足を呪いながら「ま、先輩らしく行こう。な?」とだけ、薄っぺらい言葉をかけると「善処します」とだけ呟いて秀平はロッカーを後にした。
「……どうすりゃもっと上手く行くんかなぁ」
一人取り残された新太は、天井を見上げて力なく呟いた。
※
――どこが嫌いなんだ、か……。
帰路につく秀平の頭では、新太の発した一言がぐるぐると駆け巡っていた。
鈍感なイメージがあった新太だが、別に相談すらもしていないのに怪物一年生を避けていることに気づいていたことにただただ驚くばかり。
地位は人を作る、ということわざの意味を噛み締めながら、秀平は電車に乗り込んだ。
今日は少し練習が長引いてしまったため、いつもよりも遅い時間帯の乗車。
座れる場所はなく、手すりにつかまってじっとしていると、乗り換えが多い二駅目に辿り着いたところで、人がどっと乗車してきた。
――そっか、この時間……帰宅ラッシュだ。
隙間が少しでも見つかれば、無理矢理に体を突っ込んでくる乗客たち。すっかりすし詰め状態に陥った秀平は「なんでこんなことやってんだろ」と練習にただひたすら打ち込む毎日に疑問を持った。
甲子園に行きたいかどうかと問われれば、行きたい。
ただ、どうしても行きたいというわけじゃない。行けなくても〝しかたないか〟と思うだろう、それくらいの気概で毎日を過ごしている。
いけないのが当たり前、そんな状態だったはずなのに、監督が代わってから徐々に雰囲気が変わっていった。
周りのテンションについていけず、置いてけぼりになっているな――と感じ始めたところで、入学式があり、一年生が――彗たちが入学してきた。
そのこともあり、嫌いな雰囲気が加速。
――多分、それだろうな。
直接的ではなく、間接的に嫌いになっていたんだろうと気づいた秀平は「俺……だせぇな」とだけ呟いた。
同じくブルペンに入っていた他の投手陣が軽いキャッチボールに切り替えてクールダウンに入る。
「ほら、空野も」
一星に促され、彗も渋々キャッチボールに切り替え、ある程度クールダウンを終えると「……持ち帰りで宿題だね」と彗に携帯を手渡した。
携帯には、先ほどのピッチング映像が転送されている。映像を見て課題を洗い直して、次の家手を考える。音葉の言う〝宿題〟だ。
「……サンキュ」
怪訝な表情で携帯を受け取ると、早速彗は動画を見ながら全体グラウンドの方へ歩を運んでいた。
「歩きスマホ、ダメ、絶対……なんてね」
どこかのキャッチコピーみたいな独り言をつぶやくと、音葉も後片付けを済ませて全体グラウンドに合流した。
※
「……なぁ、アイツどう思う?」
練習終わり。そそくさと帰った部員たちを見送ると、新太は唯一ロッカーに残っていた秀平に問いかけた。
「……アイツって、空野のことっすか」
普段から愛想がいいとは言えない秀平だが、今日は一段と機嫌が悪く見えるな、と思いながらも新太は「そ。なんかドツボにはまってるような気がするからさ」と苦笑いした。
「……ま、入学してすぐだし壁に食らいぶつかるもんじゃねぇっすか? 俺も一年の時レベルの違いについていくのがやっとでしたし」
やはり、突き放すような話し方。先ほどまで感じていた機嫌の悪さは間違いないな、と確信を持った新太は「アイツの何がそんなに気にくわないんだ?」と問いかけてみた。
「そう見えますか?」
「丸わかりだよ。嫌って、避けて……らしくないなってさ」
「……そうすか」
「どこが嫌いなんだ? 言ってみ? ほら、今は俺たちだけだし」
「……嫌いになるのに理由なんてないっすよ」
そこから特に反論するわけでもなく。ただただ沈黙する秀平。
気まずい空気が、二人しかいないロッカーの中に溜まっていく。
――こういうとき、経験がもっとあったらな……。
新太はかけるべき言葉が見暑からず、頭を悩ませるばかりだった。
――二年前はこんなことになるなんて思ってなかったもんなぁ。
新太は一昨年、真田が来るまでの野球部のことを思い出しながら言葉に詰まっていた。
真田が来るまでの野球部は、正に弱小校そのもの。
気に喰わないやつがいれば避ければいいし、関わらなければいい。その結果、団結力が無くなってしまっても、別に試合に負けるだけ。
目指しているものは友達作り。求めているのは、真剣に取り組むことなく無駄に時間を浪費しただけの、なんちゃって青春物語だ。
けれど今、彩星高校が目指しているのは、甲子園という夢の舞台だ。
野球をやっていれば誰もが夢見る、憧れの舞台。中学のころからその夢を、目指していた、彗や新太のような野球小僧を倒して、自分たちがその甲子園に足を踏み入れようとしている。
そのためには、野球部の全員が目標を目指していないと話にならない。
団結していなければ、甲子園を目指すなって世迷言。
そんなことは、新太自身、わかってはいる。
問題なのは、夢を目指す過程を知らないことにあった。
本格的に部活に取り組んでいた先輩がいれば、それを見本に部員をまとめればいい。大きな舞台へ向かっている集団を率いていた経験があれば、それを基にして引っ張っていけばいい。
――そのどれも、ないもんなぁ。
自分の経験不足を呪いながら「ま、先輩らしく行こう。な?」とだけ、薄っぺらい言葉をかけると「善処します」とだけ呟いて秀平はロッカーを後にした。
「……どうすりゃもっと上手く行くんかなぁ」
一人取り残された新太は、天井を見上げて力なく呟いた。
※
――どこが嫌いなんだ、か……。
帰路につく秀平の頭では、新太の発した一言がぐるぐると駆け巡っていた。
鈍感なイメージがあった新太だが、別に相談すらもしていないのに怪物一年生を避けていることに気づいていたことにただただ驚くばかり。
地位は人を作る、ということわざの意味を噛み締めながら、秀平は電車に乗り込んだ。
今日は少し練習が長引いてしまったため、いつもよりも遅い時間帯の乗車。
座れる場所はなく、手すりにつかまってじっとしていると、乗り換えが多い二駅目に辿り着いたところで、人がどっと乗車してきた。
――そっか、この時間……帰宅ラッシュだ。
隙間が少しでも見つかれば、無理矢理に体を突っ込んでくる乗客たち。すっかりすし詰め状態に陥った秀平は「なんでこんなことやってんだろ」と練習にただひたすら打ち込む毎日に疑問を持った。
甲子園に行きたいかどうかと問われれば、行きたい。
ただ、どうしても行きたいというわけじゃない。行けなくても〝しかたないか〟と思うだろう、それくらいの気概で毎日を過ごしている。
いけないのが当たり前、そんな状態だったはずなのに、監督が代わってから徐々に雰囲気が変わっていった。
周りのテンションについていけず、置いてけぼりになっているな――と感じ始めたところで、入学式があり、一年生が――彗たちが入学してきた。
そのこともあり、嫌いな雰囲気が加速。
――多分、それだろうな。
直接的ではなく、間接的に嫌いになっていたんだろうと気づいた秀平は「俺……だせぇな」とだけ呟いた。
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