彗星と遭う

皆川大輔

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第二部

2-24「怪物とコーチの一日戦争(4)」

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「自分で考えろって……それを考えるのがコーチの役割じゃないんですかね」
 口を尖らせる彗に「重要なのは内容じゃなくてプロセスじゃないかな」と前置きをすると、凛は「〝なにをやるか〟じゃなくて〝なにをするか〟と見たがってるんだと思うよ」とはにかんで見せた。

「なにをするか……?」

「そう。どう考えて、どんな選択をするのかを見たがってるんじゃないかなぁ」

「それが〝自分で考えろ〟か。わかりにくいなー……」

 悩ましい表情の彗に「あくまで予想だけどね」と凛は彗にメニューを返すと「頑張ってね、怪物くん」とだけ言って教室の中に入っていった。

「じゃ、空野。部活でな」と宗次郎が続くと「ま、あんまし深く考えないで行こう」と新太も続いて言い、早々に教室へ入っていった。

 一人取り残された彗は「……昼飯、食べるか」と呟いてから、一年生の教室等へ向かった。


       ※


 昼休み残り十分となったところで、ようやく彗は中庭に姿を現した。教室で見せていた険しい表情とはまた違う、何かに悩んでいるような表情に、音葉は進展が無かったことを察して「お疲れ様」とだけ声をかけた。

「おー、流石にもう食い終わってるか。武山と木原は?」

「ちょっと図書館だって」

「ふーん」

 彗はけげんな表情のまま椅子に座ると、真っ先に弁当箱を開いてがつがつと食べ始める。いつも通りの日の丸弁当にブロッコリーが入った、ほんの少しだけ栄養バランスを考えただろう内容に感心しながら「空野くんはどこに行ってたの?」と問いかけた。

「職員室で監督に直談判した後、三年の教室」

「三年?」

「おう。新太……いや、戸口先輩のとこに行ってメニュー見せてもらおうと思ってさ」

「なるほど」

 収穫はなかったみたいだね、と言う言葉を飲み込んで音葉は「聞いた? 五限の授業、少し小テストあるんだって」とあえて全く別の話題を投げかけた。

「またか⁉ 堂島先生、ホントテスト好きだなぁ。しつこいくらいだ」

 国語の担当であり担任でもある堂島の悪口を言う彗に若干はらはらしながら「でもさ、結構いい感じかなって思う」と音葉は呟いた。

「いい感じ? めんどくせぇだけだろ」

 箸を止めた彗が弁当箱から音葉に視線を移す。どこか睨んでいるような視線に体を強張らせながら「いや、だってさ。自分が今どれくらい理解できるかわかるじゃない?」と

冷や汗をかきながら応えた。

「理解できてるか?」

「うん。ほら、自分じゃどれだけわかってるとかさ、理解したつもりになってても、実際に言葉とかに起こしてみるとアレ? ってことになったりすることあるでしょ?」とまで言うと、額の汗を拭いながら「ぼんやりとわかるけど、言葉が出てこない……とか」と続ける。

「……まあ、確かに」

「自分で復習と化すればいいんだろうけどさ、〝ここは覚えてるからいっか〟とか勝手に判断して、後回しにしちゃって……結果、テスト前の一夜漬けで覚えるってことになっちゃうじゃない」

 そこまで言うと、彗にも覚えがあるのか少し俯きながら「……覚えしかねーわ」と呟いた。

「でしょ? だから、堂島先生は〝覚えてもらえるような授業〟をして、〝どれくらい覚えてるか〟を知ってもらうためにテストしてるんじゃないかなって」

 自分の考えをただただ話しているだけ、と言う状況に若干不安になっていると、彗は少し悩んだような表情をしながら「なるほど……」とだけ小さく呟く。

 しばらく悩んだ後、バンッ、と勢いよく立ち上がり「サンキュ!」と黄色い声を上げ、音葉の手を握って強引に握手を交わすと「お陰で理解できた」と満面の笑みで音葉を見つめてきた。

「ど、どうしたの?」

「今日の宿題を片付ける算段が付いたんだよ」

 一人だけ勝手に進んでいく彗は「考える方向が違ったんだな」とだけ呟いてから、再び弁当箱をがっついた。

「へ? ……へ?」

 ひたすらに困惑する音葉は、その場に立ち竦んでしばらく動くことができなかった。


       ※


 図書室で本を借り終えた一星と真奈美は、帰りがけに中庭へ立ち寄る途中だった。

「武山くん……!」

 若干先を歩いていた真奈美が、扉の陰に隠れながら中庭を見て、一星を手招きしてくる。興奮し鼻息が荒くなっている真奈美に首を傾げながら一星は「どうしたの?」と近づくと「隠れて!」と真奈美に促され、壁に隠れながら中庭を見た。

 すると、職員室に行っただろう彗が戻ってきており、音葉と歓談をしていた――かと思うと、突然彗が立ち上がり、音葉の手をガバッと握っている場面だった。

「……何してるんだろ?」

「……告白したんじゃない?」

「このタイミングで……?」

「じゃないと、突然手を握るって……不自然じゃない?」

 真奈美の言いう通り、もし仮に告白したとなれば、何かしらのアクションをするはず。次はどう出る――と固唾を飲んで見守っていると、握手を交わした後、彗はまたすぐに弁当箱に夢中になり、音葉は顔を真っ赤にしたまま立ち竦むといった格好になっていた。

「なんか、音葉にだけダメージがいってるね」

「……何かはあったみたいだね」

 一斉と真奈美は、こそこそ中庭の二人を監視したまま昼休みを終えた。
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