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第二部
2-23「怪物とコーチの一日戦争(3)」
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「五月の二週っていうと、あと三週間か」
『あぁ。間違いなくその短期間じゃ最低限までも持っていけねぇと思う』
『中途半端な状態では投げさせたくねぇってのがコーチからの助言だ。ま、判断はお前に任せるよ』
最終決断を全部丸投げにすると「お、おい!」という呼びかけに反応することなく矢沢は電話を切った。
「ったく……」
ため息を零しながら受話器を置くと「空野くんのお話ですか?」と隣にいる堂島が話しかけてきた。
「えぇ、まぁ。確か堂島先生の生徒ですよね? アイツ、クラスではどうですか?」
「勤勉……とまでは言えないですが、いい生徒ですよ。クラスの中心にいつもいるイメージですね」
「へぇ、意外です」
真田の中にある彗のイメージは、自分勝手で中心に考えている生徒と言うイメージだった。
ピッチャーとしては一人高いところから見下ろして威圧することができる性格だが、日常生活においては敵を作りやすそうな性格でもある。日々の暮らし方で生じるストレスからピッチングに影響が出るかもしれない、などと言った可能性が無くなり「野球部の方では少々やんちゃなので」と付け加えながら胸を撫で下ろした。
「まあ、やんちゃな面もありますが」と言いながら、堂島は「小テストや授業態度も問題ないので、スイッチが入っているときだけやんちゃ度が増すのかもしれませんね」と苦笑いを浮かべた。
「そうだといいのですが……もし何か困ったことあれば自分に一言ください! キッチリ締めてやりますよ」
キュッとぞうきんを絞るジェスチャーを見せると「ははは……」と堂島は苦笑いを浮かべた。
――言葉選び間違えたかな……。
若干ひきつっている堂島から逃れるように、真田は視線をずらして苦し紛れにパンを口の中に押し込んだ。
※
彩星高校の〝肝っ玉母さん〟こと綿引凛は、教室の様子を伺っている生徒を見つけると「よ!」と声をかけた。すると「ぬっ⁉」と言葉を漏らしながらビクッと体を強張らせた。頓狂な声を上げたのは、期待の一年生、空野彗だ。
「あー……びっくりしたぁ。脅かさないでくださいよ、綿引先輩」
――そんな声出るんだ。
意外な一面の発見に微笑みながら「どうしたの? わざわざ三年の校舎まで」と問いかけると、少し遠慮がちに「あの、新太先輩いますか?」と質問をしてきた。
「新太って、戸口のこと?」
「はい。ちょっと聞きたいことあって」
「そっかそっか。戸口ならもうすぐ来るよ。ホラ」と凛は自身が通ってきた廊下を指差す。すると、腹をさすりながら満足げな表情で、新太と宗次郎がこちらに向かって歩いてきていた。
「珍しい顔だな」と宗次郎が物珍しげに彗を観察しながら呟くと「どうしたん?」と新太が続く。
「ちょっと見せてもらいたいものとか、相談したいことがあって」
「ほー?」
新太が先輩風を吹かせている景色がどこか可笑しく、笑みを浮かべながら凛はいきさつを見守っていると、彗は一枚の紙――今朝、投手陣に配られた練習メニューを取り出した。
「ちょっと自分じゃよくわからなくて……新太さんのやつとかどうなってるのかなって」
「俺の? そういや朝、コーチに突っかかってたな」
「はい。実はこんなメニューで……」
彗に手渡されたメニューを新太が受け取ると、凛と宗次郎も背後から覗き見る。
「……なるほどね、確かに俺のとは違うわ」
新太がその内容を見て頷きながら呟いた。
「新太さんのはどんなこと書いてありました?」
「俺は細かい練習メニューとその理由が全部書いてあったな」
「理由?」
「あぁ。上半身だけで投げ込んでいるから、まずはフォームの変更と下半身の強化をメインにって感じだったな。部室にあるから、後で見せてあげるよ」
「あざっす! 助かります」
求めていた情報を手に入れられそうになり、彗はすっかり上機嫌になる。
「しかし……新太と比べると随分と不親切なことがわかるな。話を聞いているだけでわかる」
宗次郎が彗のメニューをまじまじと見ながら呟くと「ホントにね」と凛も続いた。
「そうなんですよ! 何が言いたいのかさっぱりわからなくて……」
「言いたいこと?」
「はい。さっき監督のところにカチコミ言ったら、メッセージがあるって」
「メッセージ、ねぇ」
凛は新太からメニューを受け取ると、じっと眺めながら「私の想像の話だけど、してもいい?」と呟いた。
「あ、はい」
「えっと……まず、この一日ブルペンでは三十球までっていうのは、単純に怪我防止とかだと思う」
「怪我防止にしても少なすぎじゃないですか? 他の高校だったら百球投げたりとかもザラですよ」
「空野くんは誰よりも速いボール投げるからじゃないかな? どこかのニュースで、一番体に負担のあるボールはストレートだっていうの見たし」
「……そうなんですか? てっきり、フォークとかシュート系の方が厳しいイメージありましたけど」
「フォークとかシュートは体の一部、肘とか肩に疲労が蓄積されるんだけど、ストレートは全身を使って投げるから、肩肘だけじゃなくて腰とか股関節とかの関節や筋肉部分も炒めちゃう可能性があるんだって」
ネットでかじった知識を披露すると「へぇ……」と感心し、目を輝かせていた。
――こうしてみると、歳相応だなぁ。
再び怪物ルーキーが一年生だということを再確認しながら、凛は「で、この空白の部分はそのまま……自分で考えろってことだと思う」と話を続けた。
『あぁ。間違いなくその短期間じゃ最低限までも持っていけねぇと思う』
『中途半端な状態では投げさせたくねぇってのがコーチからの助言だ。ま、判断はお前に任せるよ』
最終決断を全部丸投げにすると「お、おい!」という呼びかけに反応することなく矢沢は電話を切った。
「ったく……」
ため息を零しながら受話器を置くと「空野くんのお話ですか?」と隣にいる堂島が話しかけてきた。
「えぇ、まぁ。確か堂島先生の生徒ですよね? アイツ、クラスではどうですか?」
「勤勉……とまでは言えないですが、いい生徒ですよ。クラスの中心にいつもいるイメージですね」
「へぇ、意外です」
真田の中にある彗のイメージは、自分勝手で中心に考えている生徒と言うイメージだった。
ピッチャーとしては一人高いところから見下ろして威圧することができる性格だが、日常生活においては敵を作りやすそうな性格でもある。日々の暮らし方で生じるストレスからピッチングに影響が出るかもしれない、などと言った可能性が無くなり「野球部の方では少々やんちゃなので」と付け加えながら胸を撫で下ろした。
「まあ、やんちゃな面もありますが」と言いながら、堂島は「小テストや授業態度も問題ないので、スイッチが入っているときだけやんちゃ度が増すのかもしれませんね」と苦笑いを浮かべた。
「そうだといいのですが……もし何か困ったことあれば自分に一言ください! キッチリ締めてやりますよ」
キュッとぞうきんを絞るジェスチャーを見せると「ははは……」と堂島は苦笑いを浮かべた。
――言葉選び間違えたかな……。
若干ひきつっている堂島から逃れるように、真田は視線をずらして苦し紛れにパンを口の中に押し込んだ。
※
彩星高校の〝肝っ玉母さん〟こと綿引凛は、教室の様子を伺っている生徒を見つけると「よ!」と声をかけた。すると「ぬっ⁉」と言葉を漏らしながらビクッと体を強張らせた。頓狂な声を上げたのは、期待の一年生、空野彗だ。
「あー……びっくりしたぁ。脅かさないでくださいよ、綿引先輩」
――そんな声出るんだ。
意外な一面の発見に微笑みながら「どうしたの? わざわざ三年の校舎まで」と問いかけると、少し遠慮がちに「あの、新太先輩いますか?」と質問をしてきた。
「新太って、戸口のこと?」
「はい。ちょっと聞きたいことあって」
「そっかそっか。戸口ならもうすぐ来るよ。ホラ」と凛は自身が通ってきた廊下を指差す。すると、腹をさすりながら満足げな表情で、新太と宗次郎がこちらに向かって歩いてきていた。
「珍しい顔だな」と宗次郎が物珍しげに彗を観察しながら呟くと「どうしたん?」と新太が続く。
「ちょっと見せてもらいたいものとか、相談したいことがあって」
「ほー?」
新太が先輩風を吹かせている景色がどこか可笑しく、笑みを浮かべながら凛はいきさつを見守っていると、彗は一枚の紙――今朝、投手陣に配られた練習メニューを取り出した。
「ちょっと自分じゃよくわからなくて……新太さんのやつとかどうなってるのかなって」
「俺の? そういや朝、コーチに突っかかってたな」
「はい。実はこんなメニューで……」
彗に手渡されたメニューを新太が受け取ると、凛と宗次郎も背後から覗き見る。
「……なるほどね、確かに俺のとは違うわ」
新太がその内容を見て頷きながら呟いた。
「新太さんのはどんなこと書いてありました?」
「俺は細かい練習メニューとその理由が全部書いてあったな」
「理由?」
「あぁ。上半身だけで投げ込んでいるから、まずはフォームの変更と下半身の強化をメインにって感じだったな。部室にあるから、後で見せてあげるよ」
「あざっす! 助かります」
求めていた情報を手に入れられそうになり、彗はすっかり上機嫌になる。
「しかし……新太と比べると随分と不親切なことがわかるな。話を聞いているだけでわかる」
宗次郎が彗のメニューをまじまじと見ながら呟くと「ホントにね」と凛も続いた。
「そうなんですよ! 何が言いたいのかさっぱりわからなくて……」
「言いたいこと?」
「はい。さっき監督のところにカチコミ言ったら、メッセージがあるって」
「メッセージ、ねぇ」
凛は新太からメニューを受け取ると、じっと眺めながら「私の想像の話だけど、してもいい?」と呟いた。
「あ、はい」
「えっと……まず、この一日ブルペンでは三十球までっていうのは、単純に怪我防止とかだと思う」
「怪我防止にしても少なすぎじゃないですか? 他の高校だったら百球投げたりとかもザラですよ」
「空野くんは誰よりも速いボール投げるからじゃないかな? どこかのニュースで、一番体に負担のあるボールはストレートだっていうの見たし」
「……そうなんですか? てっきり、フォークとかシュート系の方が厳しいイメージありましたけど」
「フォークとかシュートは体の一部、肘とか肩に疲労が蓄積されるんだけど、ストレートは全身を使って投げるから、肩肘だけじゃなくて腰とか股関節とかの関節や筋肉部分も炒めちゃう可能性があるんだって」
ネットでかじった知識を披露すると「へぇ……」と感心し、目を輝かせていた。
――こうしてみると、歳相応だなぁ。
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