彗星と遭う

皆川大輔

文字の大きさ
上 下
111 / 179
第二部

2-23「怪物とコーチの一日戦争(3)」

しおりを挟む
「五月の二週っていうと、あと三週間か」

『あぁ。間違いなくその短期間じゃ最低限までも持っていけねぇと思う』

『中途半端な状態では投げさせたくねぇってのがコーチからの助言だ。ま、判断はお前に任せるよ』

 最終決断を全部丸投げにすると「お、おい!」という呼びかけに反応することなく矢沢は電話を切った。

「ったく……」

 ため息を零しながら受話器を置くと「空野くんのお話ですか?」と隣にいる堂島が話しかけてきた。

「えぇ、まぁ。確か堂島先生の生徒ですよね? アイツ、クラスではどうですか?」

「勤勉……とまでは言えないですが、いい生徒ですよ。クラスの中心にいつもいるイメージですね」

「へぇ、意外です」

 真田の中にある彗のイメージは、自分勝手で中心に考えている生徒と言うイメージだった。

ピッチャーとしては一人高いところから見下ろして威圧することができる性格だが、日常生活においては敵を作りやすそうな性格でもある。日々の暮らし方で生じるストレスからピッチングに影響が出るかもしれない、などと言った可能性が無くなり「野球部の方では少々やんちゃなので」と付け加えながら胸を撫で下ろした。

「まあ、やんちゃな面もありますが」と言いながら、堂島は「小テストや授業態度も問題ないので、スイッチが入っているときだけやんちゃ度が増すのかもしれませんね」と苦笑いを浮かべた。

「そうだといいのですが……もし何か困ったことあれば自分に一言ください! キッチリ締めてやりますよ」

 キュッとぞうきんを絞るジェスチャーを見せると「ははは……」と堂島は苦笑いを浮かべた。

 ――言葉選び間違えたかな……。

 若干ひきつっている堂島から逃れるように、真田は視線をずらして苦し紛れにパンを口の中に押し込んだ。


       ※


 彩星高校の〝肝っ玉母さん〟こと綿引凛は、教室の様子を伺っている生徒を見つけると「よ!」と声をかけた。すると「ぬっ⁉」と言葉を漏らしながらビクッと体を強張らせた。頓狂な声を上げたのは、期待の一年生、空野彗だ。

「あー……びっくりしたぁ。脅かさないでくださいよ、綿引先輩」

 ――そんな声出るんだ。

 意外な一面の発見に微笑みながら「どうしたの? わざわざ三年の校舎まで」と問いかけると、少し遠慮がちに「あの、新太先輩いますか?」と質問をしてきた。

「新太って、戸口のこと?」

「はい。ちょっと聞きたいことあって」

「そっかそっか。戸口ならもうすぐ来るよ。ホラ」と凛は自身が通ってきた廊下を指差す。すると、腹をさすりながら満足げな表情で、新太と宗次郎がこちらに向かって歩いてきていた。

「珍しい顔だな」と宗次郎が物珍しげに彗を観察しながら呟くと「どうしたん?」と新太が続く。

「ちょっと見せてもらいたいものとか、相談したいことがあって」

「ほー?」

 新太が先輩風を吹かせている景色がどこか可笑しく、笑みを浮かべながら凛はいきさつを見守っていると、彗は一枚の紙――今朝、投手陣に配られた練習メニューを取り出した。

「ちょっと自分じゃよくわからなくて……新太さんのやつとかどうなってるのかなって」
「俺の? そういや朝、コーチに突っかかってたな」

「はい。実はこんなメニューで……」

 彗に手渡されたメニューを新太が受け取ると、凛と宗次郎も背後から覗き見る。

「……なるほどね、確かに俺のとは違うわ」

 新太がその内容を見て頷きながら呟いた。

「新太さんのはどんなこと書いてありました?」

「俺は細かい練習メニューとその理由が全部書いてあったな」

「理由?」

「あぁ。上半身だけで投げ込んでいるから、まずはフォームの変更と下半身の強化をメインにって感じだったな。部室にあるから、後で見せてあげるよ」

「あざっす! 助かります」

 求めていた情報を手に入れられそうになり、彗はすっかり上機嫌になる。

「しかし……新太と比べると随分と不親切なことがわかるな。話を聞いているだけでわかる」

 宗次郎が彗のメニューをまじまじと見ながら呟くと「ホントにね」と凛も続いた。

「そうなんですよ! 何が言いたいのかさっぱりわからなくて……」

「言いたいこと?」

「はい。さっき監督のところにカチコミ言ったら、メッセージがあるって」

「メッセージ、ねぇ」

 凛は新太からメニューを受け取ると、じっと眺めながら「私の想像の話だけど、してもいい?」と呟いた。

「あ、はい」

「えっと……まず、この一日ブルペンでは三十球までっていうのは、単純に怪我防止とかだと思う」

「怪我防止にしても少なすぎじゃないですか? 他の高校だったら百球投げたりとかもザラですよ」

「空野くんは誰よりも速いボール投げるからじゃないかな? どこかのニュースで、一番体に負担のあるボールはストレートだっていうの見たし」

「……そうなんですか? てっきり、フォークとかシュート系の方が厳しいイメージありましたけど」

「フォークとかシュートは体の一部、肘とか肩に疲労が蓄積されるんだけど、ストレートは全身を使って投げるから、肩肘だけじゃなくて腰とか股関節とかの関節や筋肉部分も炒めちゃう可能性があるんだって」

 ネットでかじった知識を披露すると「へぇ……」と感心し、目を輝かせていた。

 ――こうしてみると、歳相応だなぁ。

 再び怪物ルーキーが一年生だということを再確認しながら、凛は「で、この空白の部分はそのまま……自分で考えろってことだと思う」と話を続けた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

処理中です...