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第二部
2-20「目指すべき姿(5)」
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カメラマンももう一般客の取れ高は充分だと感じたのだろう。カメラはすっかり、試合を終えた選手たちを映していた。
思い思いの表情を見せる選手たちが一列に並んで、ハイタッチをしている。ベンチに入っている選手全員がその儀式を終えると、一塁側の席に座っているファンへ向かって頭を下げると、ベンチへ退いていった。
勝利の恒例行事だ。そして、この後は、今日の試合を勝利に導いた選手によるヒーローインタビューが執り行われる。
会場の熱が冷める前に執り行いたいのか、いつも以上に速いスピードでお立ち台をセッティングしていた。
そのお立ち台に立つ人数と言うのは決まっているわけではなく、良い活躍をした選手が経つことが恒例となっている。
地味な試合ならば誰を選ぶか頭を悩ませているだろうが、今日ほどヒーローがわかりやすい日もないだろう。
「小塚とアーサーの二人かな」
落ち着きを取り戻した彗が尋ねると「いや、ルーキーくんも来るんじゃない? あっ、ホラ!」と、音葉はベンチを指差した。
ベンチから出てきたのは、三人。
バックネット裏からでも、はっきりと誰なのかわかる。
プロ初ホームランが先制ホームランとなったルーキー、古岡将輝。
試合を決定付ける満塁ホームランを放ったベテラン、小塚卓也。
そして、完全試合達成者、アーサー・ウィリアム。
一番活躍した人を最後に持ってくるのだろうが、興奮したまま今日一番の活躍をしたアーサーがいの一番にベンチから出てきたことで、一人目のインタビューはアーサーとなった。
アーサーが日本語をしゃべれるというのは、土曜日の朝に放送されているバラエティ番組に度々出演していることから周知されている。一応通訳は付いているが、普段からインタビュアーとして番組に参加している〝いつもの〟アナウンサーは、安心して『やりましたね!』とアーサーに話しかけた。
『ハイ! やりましタ!』
元気よく話す声と共に、激しい馬のような鼻息をマイクが拾ってしまい、ザザザと耳障りなノイズがスピーカーを通して響き渡った。
しかし、観客の中にそのノイズを気にしている人などはいない。早く言葉を聞きたい、そんな溢れんばかりの熱を汲み取ったのか、百戦錬磨のアナウンサーは『九回、どんな気持ちでマウンドに上がりましたか?』と質問を投げかけた。
『そうですね! 僕にもよくわかりまセン!』
きっぱり話すアーサーに再び笑いが巻き起こる。いつも通りの陽気な助っ人だな、と観客が再認識していたタイミングでアーサーは『でも、パーフェクトだってのはわかってたのデ、一本も打たせないって気持ちでシタ!』と続けた。
『結果、最後の回は三者連続三振! 流石だと思うのですが、あの途中から投げていた〝落ちる球〟……あの新球も効きましたね!』
観客の気持ちを煽りながら、漠然と感じていた質問を投げかけるところにアナウンサーの腕を感じていると、アーサーは『ですネ! 今日はライバルが見に来ていたのデ、センセンフコクしようと投げました』と答えた。
『ライバル、というのは?』
『まだStudentですけド、もうすぐプロになると思うのデ! 少しびっくりさせようと! サプライズです!』
ライバル、という一言で再び彗に視線が集まった。
試合前にも試合後にも話しかけられた、アイツは何者なんだ――ざわつく観客を煽るように『ライバルと言うのは、試合後に話しかけていた……』とアナウンサーが言いかけたところでアーサーは食い気味に『まだミンナには内緒ネ!』とアナウンサーを遮った。
『な、なるほど。失礼しました。しかし、そのライバルさんが、今日のピッチングを支えた、と言うことで間違いないですか?』
華麗な軌道修正に『ハイ! 彼の前で最高のピッチングをしなくちゃいけなかったと思ったのデ、〝ゼロシーム〟も投げちゃいましタ!』とアーサーの調子が戻る。
突然出てきた〝ゼロシーム〟という言葉に、球場が一瞬だけシンとなる。全く名前も知らない単語だったから誰も反応できなかったのだろうが、彗が不意に「あの落ちるボールか……?」と呟くと、徐々に伝播していって球場全体が今日何度目かわからないざわつきを見せた。
『ゼロシームと言うのは、あの――』と、すかさず質問を入れようとするアナウンサーだったが「行くぞ!」というなぞの号令でかき消される。
何が起きて――などと考えている間に、お立ち台の裏から若手二人がにゅっと顔を出したかと思うと、アーサーに水を思いっきりぶちまけた。
普段やらないようなパフォーマンス。球場は再度、爆笑の渦に包まれた。
この状況でインタビューを続けるのも酷だな、と判断したのか、アナウンサーは『ではアーサー選手、ファンの方へ一言!』と投げやりな締めくくりに入った。
『えーと……これからもセンセイや皆サンに教わったことを忘れないように、頑張りまス!』
※
「おーおー、嬉しいこと言ってくれちゃって」
テレビの向こうで元・教え子の活躍を見守っていた真田は感慨深げに呟いた。
「まだオメーのことそう呼ぶんだな」
「ありがたいこったよ」
照れを隠すように真田は二本目のビールを空ける。
「しかし……まさかやってくれるとはな」
「ホントにな。まさか、生放送で見れると思わなかったわ」
「残念だったな、意中の人と見れねーでよ」
「うるせ!」
やたら煽ってくる矢沢を小突きながら「ま、アイツらに取っちゃいい経験になったんじゃねぇか?」と酒を煽った。
「イイなんてもんじゃねぇよ。やり過ぎだ」
「やり過ぎってことはないだろ?」
「七回から投げたゼロシームが余計だ。感化されてウチの怪物が投げたがったらどうするよ」
矢沢は終始そのことが頭にあったらしい。心の底から楽しめなかったのは残念だな、と口の中で呟いてから真田は「ま、そこが腕の見せるとこだろ?」と矢沢のグラスにビールを注ぐ。
「……ま、目指すべき姿がはっきりしただけでもめっけもんか」
ため息をつきながら、矢沢はビールをごくっ、ごくっと飲み干した。
思い思いの表情を見せる選手たちが一列に並んで、ハイタッチをしている。ベンチに入っている選手全員がその儀式を終えると、一塁側の席に座っているファンへ向かって頭を下げると、ベンチへ退いていった。
勝利の恒例行事だ。そして、この後は、今日の試合を勝利に導いた選手によるヒーローインタビューが執り行われる。
会場の熱が冷める前に執り行いたいのか、いつも以上に速いスピードでお立ち台をセッティングしていた。
そのお立ち台に立つ人数と言うのは決まっているわけではなく、良い活躍をした選手が経つことが恒例となっている。
地味な試合ならば誰を選ぶか頭を悩ませているだろうが、今日ほどヒーローがわかりやすい日もないだろう。
「小塚とアーサーの二人かな」
落ち着きを取り戻した彗が尋ねると「いや、ルーキーくんも来るんじゃない? あっ、ホラ!」と、音葉はベンチを指差した。
ベンチから出てきたのは、三人。
バックネット裏からでも、はっきりと誰なのかわかる。
プロ初ホームランが先制ホームランとなったルーキー、古岡将輝。
試合を決定付ける満塁ホームランを放ったベテラン、小塚卓也。
そして、完全試合達成者、アーサー・ウィリアム。
一番活躍した人を最後に持ってくるのだろうが、興奮したまま今日一番の活躍をしたアーサーがいの一番にベンチから出てきたことで、一人目のインタビューはアーサーとなった。
アーサーが日本語をしゃべれるというのは、土曜日の朝に放送されているバラエティ番組に度々出演していることから周知されている。一応通訳は付いているが、普段からインタビュアーとして番組に参加している〝いつもの〟アナウンサーは、安心して『やりましたね!』とアーサーに話しかけた。
『ハイ! やりましタ!』
元気よく話す声と共に、激しい馬のような鼻息をマイクが拾ってしまい、ザザザと耳障りなノイズがスピーカーを通して響き渡った。
しかし、観客の中にそのノイズを気にしている人などはいない。早く言葉を聞きたい、そんな溢れんばかりの熱を汲み取ったのか、百戦錬磨のアナウンサーは『九回、どんな気持ちでマウンドに上がりましたか?』と質問を投げかけた。
『そうですね! 僕にもよくわかりまセン!』
きっぱり話すアーサーに再び笑いが巻き起こる。いつも通りの陽気な助っ人だな、と観客が再認識していたタイミングでアーサーは『でも、パーフェクトだってのはわかってたのデ、一本も打たせないって気持ちでシタ!』と続けた。
『結果、最後の回は三者連続三振! 流石だと思うのですが、あの途中から投げていた〝落ちる球〟……あの新球も効きましたね!』
観客の気持ちを煽りながら、漠然と感じていた質問を投げかけるところにアナウンサーの腕を感じていると、アーサーは『ですネ! 今日はライバルが見に来ていたのデ、センセンフコクしようと投げました』と答えた。
『ライバル、というのは?』
『まだStudentですけド、もうすぐプロになると思うのデ! 少しびっくりさせようと! サプライズです!』
ライバル、という一言で再び彗に視線が集まった。
試合前にも試合後にも話しかけられた、アイツは何者なんだ――ざわつく観客を煽るように『ライバルと言うのは、試合後に話しかけていた……』とアナウンサーが言いかけたところでアーサーは食い気味に『まだミンナには内緒ネ!』とアナウンサーを遮った。
『な、なるほど。失礼しました。しかし、そのライバルさんが、今日のピッチングを支えた、と言うことで間違いないですか?』
華麗な軌道修正に『ハイ! 彼の前で最高のピッチングをしなくちゃいけなかったと思ったのデ、〝ゼロシーム〟も投げちゃいましタ!』とアーサーの調子が戻る。
突然出てきた〝ゼロシーム〟という言葉に、球場が一瞬だけシンとなる。全く名前も知らない単語だったから誰も反応できなかったのだろうが、彗が不意に「あの落ちるボールか……?」と呟くと、徐々に伝播していって球場全体が今日何度目かわからないざわつきを見せた。
『ゼロシームと言うのは、あの――』と、すかさず質問を入れようとするアナウンサーだったが「行くぞ!」というなぞの号令でかき消される。
何が起きて――などと考えている間に、お立ち台の裏から若手二人がにゅっと顔を出したかと思うと、アーサーに水を思いっきりぶちまけた。
普段やらないようなパフォーマンス。球場は再度、爆笑の渦に包まれた。
この状況でインタビューを続けるのも酷だな、と判断したのか、アナウンサーは『ではアーサー選手、ファンの方へ一言!』と投げやりな締めくくりに入った。
『えーと……これからもセンセイや皆サンに教わったことを忘れないように、頑張りまス!』
※
「おーおー、嬉しいこと言ってくれちゃって」
テレビの向こうで元・教え子の活躍を見守っていた真田は感慨深げに呟いた。
「まだオメーのことそう呼ぶんだな」
「ありがたいこったよ」
照れを隠すように真田は二本目のビールを空ける。
「しかし……まさかやってくれるとはな」
「ホントにな。まさか、生放送で見れると思わなかったわ」
「残念だったな、意中の人と見れねーでよ」
「うるせ!」
やたら煽ってくる矢沢を小突きながら「ま、アイツらに取っちゃいい経験になったんじゃねぇか?」と酒を煽った。
「イイなんてもんじゃねぇよ。やり過ぎだ」
「やり過ぎってことはないだろ?」
「七回から投げたゼロシームが余計だ。感化されてウチの怪物が投げたがったらどうするよ」
矢沢は終始そのことが頭にあったらしい。心の底から楽しめなかったのは残念だな、と口の中で呟いてから真田は「ま、そこが腕の見せるとこだろ?」と矢沢のグラスにビールを注ぐ。
「……ま、目指すべき姿がはっきりしただけでもめっけもんか」
ため息をつきながら、矢沢はビールをごくっ、ごくっと飲み干した。
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