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第二部
2-15「センセンフコク(4)」
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ただ、対戦相手もやはりプロ。
序盤よりも目が慣れてきたのか、バットに当たる数は増えていっている。ファールか打ち上げてフラアウトで終わるかのどちらかという状況だが、遂に七回表の三人目の打者が、鋭い当たりを放った。
ギリギリフェアゾーンに入らず、ファールになる。
音葉は深い息を吐きながら額の汗を拭っていた。
現在、アーサーは七回ツーアウトまで完璧なピッチング。
つまりは、ランナーが一人も出ていないパーフェクトピッチングだ。
このまま最後までランナーが出すことなく球界を投げ抜くと、〝完全試合〟になる。
プロ野球の世界では、巨人の黄金期であった1990年代を支えた三本柱の一人、槙原寛己が、1994年に記録し、2022年、千葉ロッテにいる令和の怪物・佐々木朗希が達成して以来の記録である。
これまで何人もの名投手たちが挑戦し、叶えることができなかった夢の記録。そんな偉大な記録を、今この瞬間、目の前で見ることができるかもしれないという場面。球場全体に蔓延っているし、音葉に限らず球場に詰め寄せた五万人もの観客が同じ緊張感を持っていた。その証拠に、ファールという一塁の審判が下したジャッジに、音葉と同じようなため息が散見している。
「んー……捉えられてきてるな」
「まだ球速は落ちてないけどね」
「それが原因かもしれねーな」
「え? どういうこと?」
「簡単な話だよ。初回からずっと同じものを見せられたら目も慣れてくるだろうし、プロなら対応もしてきそうだしさ。ま、ストレート一本勝負の限界ってやつじゃねーか」
充分可能性は見せて貰えた。
完全試合は逃すこととなっても、七回をヒット一本どころかランナー一人すらも出さないピッチングをプロの一軍で見せたという事実には変わりない。それだけでも充分通用する、だからこの道を目指しても大丈夫――どこか諦めの気持ちで、彗はマウンドにいるアーサーの顔を見た。
「……うん?」
満面の笑みを、アーサーは浮かべている。
球数的にも状況的にも一番しんどいところ。ランナーズハイのような状態になっているのか、はたまた勝負を無邪気に楽しんでいるのか。それとも――。
彗が別の考えを張り巡らせていると、アーサーは振りかぶった。
初回と変わらない、腕を高く上げる豪快なワインドアップ。
カウントは追い込んでの一球。
また、苦し紛れに高めへライジングカットを投げ込むのか、それとも低めに投げてゴロを誘うのか。
どちらにせよ、あの表情は何か自信があるという証拠。
何を見せてくれるんだ――球場全体がワクワクしながら、その一球を見守った。
「……はぁ⁉」
投げ込まれた低めへのボール。これまでバットに当ててファールかゴロか、見逃してストライクか、見送ってボールになるかの三つだった。
空振りは一つもなし。
その空振りが、この場面で突如現れた。
球場全体は三振を取ったことで盛り上がっているが、彗と音葉だけは違和感に気づいてオーロラビジョンのディスプレイに注視していた。
スローモーションでリプレイが再生される。
「ボールの軌道から、これまでと違うな」
掲示板では球速153キロと出ているが、先ほどまでのストレートとほぼ同じくらいの速さだ。
そんな速さを保ったまま、ボールはベース付近で〝急激に落ち〟、打者から空振りを奪った。
「今の、落ちたよね?」
「あー……間違いなく」
「変化球、かな」
「いやー……あの球速は多分ストレートじゃないか?」
「……でも、あんなに落ちるストレート何て見たことある?」
「ツーシームとかならあるけど、ここまで速いのは……」
ひたすら困惑している彗と音葉を他所に、マウンドを降りるアーサーはしてやったりと言った表情を浮かべていた。
※
「ヤッタね! 大成功!」
ベンチに戻るとアーサーは小塚に「BESTなタイミングでしたネ!」と話しかける。
「捉えかけられてたからな。ま、よくお前もここまで我慢してくれたよ」
いつサインを無視して投げてくるか気が気ではなかったが、一応は信頼してくれているようで小塚は胸を撫で下ろした。
「アレでまだ完成してないんだろ? どこが不完全だって言うんだよ」
「いやー、三回に一回すっぽ抜けちゃっテ。上手く決まってよかっタ!」
「三回に一回って……それでよく使おうって思えたな」
小塚は、もし自分がピッチャーの立場だったらどうするだろう、と仮説を頭の中で立ててみた。
現状は、七回パーフェクト。いくら捉えられているからと言って、不完全なボールよりもこれまで何百何千と投げ込んできた信頼のあるボールに託すに違いない。寧ろ一球も投げずにゲームを終わらそうとするだろう。
そんな状況を顧みずに、博打的に投げ込んだ。しかも、何の迷いもなく。
「言ったでしょ、センセンフコク、って。Surpriseデス!」
そう言いながら、アーサーは「トイレ!」と叫んでからベンチ裏に下がっていった。
「ホント……怪物だねぇ」
呆れながら、尊敬しながら小塚はその背中を見送ると「あー言うのが価値観とか常識とか変えちまうんだろうな」と笑みを浮かべた。
序盤よりも目が慣れてきたのか、バットに当たる数は増えていっている。ファールか打ち上げてフラアウトで終わるかのどちらかという状況だが、遂に七回表の三人目の打者が、鋭い当たりを放った。
ギリギリフェアゾーンに入らず、ファールになる。
音葉は深い息を吐きながら額の汗を拭っていた。
現在、アーサーは七回ツーアウトまで完璧なピッチング。
つまりは、ランナーが一人も出ていないパーフェクトピッチングだ。
このまま最後までランナーが出すことなく球界を投げ抜くと、〝完全試合〟になる。
プロ野球の世界では、巨人の黄金期であった1990年代を支えた三本柱の一人、槙原寛己が、1994年に記録し、2022年、千葉ロッテにいる令和の怪物・佐々木朗希が達成して以来の記録である。
これまで何人もの名投手たちが挑戦し、叶えることができなかった夢の記録。そんな偉大な記録を、今この瞬間、目の前で見ることができるかもしれないという場面。球場全体に蔓延っているし、音葉に限らず球場に詰め寄せた五万人もの観客が同じ緊張感を持っていた。その証拠に、ファールという一塁の審判が下したジャッジに、音葉と同じようなため息が散見している。
「んー……捉えられてきてるな」
「まだ球速は落ちてないけどね」
「それが原因かもしれねーな」
「え? どういうこと?」
「簡単な話だよ。初回からずっと同じものを見せられたら目も慣れてくるだろうし、プロなら対応もしてきそうだしさ。ま、ストレート一本勝負の限界ってやつじゃねーか」
充分可能性は見せて貰えた。
完全試合は逃すこととなっても、七回をヒット一本どころかランナー一人すらも出さないピッチングをプロの一軍で見せたという事実には変わりない。それだけでも充分通用する、だからこの道を目指しても大丈夫――どこか諦めの気持ちで、彗はマウンドにいるアーサーの顔を見た。
「……うん?」
満面の笑みを、アーサーは浮かべている。
球数的にも状況的にも一番しんどいところ。ランナーズハイのような状態になっているのか、はたまた勝負を無邪気に楽しんでいるのか。それとも――。
彗が別の考えを張り巡らせていると、アーサーは振りかぶった。
初回と変わらない、腕を高く上げる豪快なワインドアップ。
カウントは追い込んでの一球。
また、苦し紛れに高めへライジングカットを投げ込むのか、それとも低めに投げてゴロを誘うのか。
どちらにせよ、あの表情は何か自信があるという証拠。
何を見せてくれるんだ――球場全体がワクワクしながら、その一球を見守った。
「……はぁ⁉」
投げ込まれた低めへのボール。これまでバットに当ててファールかゴロか、見逃してストライクか、見送ってボールになるかの三つだった。
空振りは一つもなし。
その空振りが、この場面で突如現れた。
球場全体は三振を取ったことで盛り上がっているが、彗と音葉だけは違和感に気づいてオーロラビジョンのディスプレイに注視していた。
スローモーションでリプレイが再生される。
「ボールの軌道から、これまでと違うな」
掲示板では球速153キロと出ているが、先ほどまでのストレートとほぼ同じくらいの速さだ。
そんな速さを保ったまま、ボールはベース付近で〝急激に落ち〟、打者から空振りを奪った。
「今の、落ちたよね?」
「あー……間違いなく」
「変化球、かな」
「いやー……あの球速は多分ストレートじゃないか?」
「……でも、あんなに落ちるストレート何て見たことある?」
「ツーシームとかならあるけど、ここまで速いのは……」
ひたすら困惑している彗と音葉を他所に、マウンドを降りるアーサーはしてやったりと言った表情を浮かべていた。
※
「ヤッタね! 大成功!」
ベンチに戻るとアーサーは小塚に「BESTなタイミングでしたネ!」と話しかける。
「捉えかけられてたからな。ま、よくお前もここまで我慢してくれたよ」
いつサインを無視して投げてくるか気が気ではなかったが、一応は信頼してくれているようで小塚は胸を撫で下ろした。
「アレでまだ完成してないんだろ? どこが不完全だって言うんだよ」
「いやー、三回に一回すっぽ抜けちゃっテ。上手く決まってよかっタ!」
「三回に一回って……それでよく使おうって思えたな」
小塚は、もし自分がピッチャーの立場だったらどうするだろう、と仮説を頭の中で立ててみた。
現状は、七回パーフェクト。いくら捉えられているからと言って、不完全なボールよりもこれまで何百何千と投げ込んできた信頼のあるボールに託すに違いない。寧ろ一球も投げずにゲームを終わらそうとするだろう。
そんな状況を顧みずに、博打的に投げ込んだ。しかも、何の迷いもなく。
「言ったでしょ、センセンフコク、って。Surpriseデス!」
そう言いながら、アーサーは「トイレ!」と叫んでからベンチ裏に下がっていった。
「ホント……怪物だねぇ」
呆れながら、尊敬しながら小塚はその背中を見送ると「あー言うのが価値観とか常識とか変えちまうんだろうな」と笑みを浮かべた。
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