102 / 179
第二部
2-14「センセンフコク(3)」
しおりを挟む
噂通りと言うか、データ通りと言うか。
彼が投げ込むのは威力満点のストレート、もといカットボールだ。
呆れるほど圧倒的なピッチングに気を取られ、気が付けば初回は三者凡退。二回、三回とあっという間に打者を打ち取っていく。
もちろん変化球はない。
真っ向勝負、と言えば聞こえはいいが、彼が投げ込んでいるのは〝来ていても打つことができないボール〟で、一方的な蹂躙がそこにあるだけだ。
まだコントロールに難があったり、球速が遅かったりすれば対戦相手も対処のしようがあるだろう。
しかし、投げ込まれるのは150キロを超える並の投手以上のストレート。慣れる慣れないの問題ではない。
四回も三者凡退に抑え込んだ。
打者十二人と対戦し、良い当たりすらない。三振数は9、フライアウトが3。完璧に打ち取っていた。
一方の巨人打線も、相手投手を打ちあぐねている。チャンスこそ作っているが、なかなかあと一本のタイムリーヒットが出ないという状況が続いていた。
試合は、お互いに点が入らないまま四回が終了。
五回表もアーサーは難なく打ち取り、巨人側の攻撃。
突如として、膠着状態が打ち破られる。
甲高い音を立てたのは、今日七番でスタメン出場をしている古岡将輝の一振りだった。
試合の合間に調べてみると、どうやら二軍で打率四割越えだったようで、今日一軍登録されたばかり。
期待されての打席だったが、今日は三振を二つしていた。しかも、いずれの打席も二塁もしくは三塁にランナーがいる好機での凡退で、スタメン抜擢に応えることができていなかったというおまけつき。
そんな打席内容を越えて回ってきた三回目の打席は、ランナーなし。気負うことのない場面で回ってきたため、気楽に打つことができたのだろう
思いっきり振り抜いた打球は、殺人的な打球速度でレフトスタンドへ。
瞬く間に、先制のソロホームラン。
今日が初出場だった大物ルーキーにとって、彼のプロ初ヒットであり、プロ初打点であり、プロ初ホームラン。最高のデビューを飾ることとなった。
アーサーがピッチングを開始した時とはまた違う歓声が、東京ドームに木霊する。
「凄ぉい!」
周りの巨人ファンがオレンジ色のタオルを振り回す。巨人が得点した時のパフォーマンスだ。
興奮しながら真奈美も売店で買ってきたオレンジタオルをぶんぶんと振り回す。
その風を頬で感じながら、一星はレベルの高さを痛感していた。
――これが、プロ……。
中学生としてみる野球観戦と、高校生と見る野球観戦とは視点が違う。
これまでは単純に楽しむことだけを考えて見れたが、今こうして高校生としてみると〝自分ならどう戦うか〟と考えて見ている。
三振を重ねていた三打席目、その初球――自分ならばまず打ちに行けない。初球は様子を見て、次のボールに何が来るか考えて、最適なスイングで、などと余計なことを考えてまた追い込まれて無様な三振をしていたのだろう。
思い切りの良さ、一球で仕留めるという覚悟。今の自分には足りない要素ばかり。
「……なるほど」
真田が自分も見に行くように言っていた理由を噛み締めながら、一星は再び試合に集中した。
※
「ここだとこんなにわかるもんなんだね」
音葉が呟く通り、バックネット裏の投球は迫力満点だった。
ミットの音だって歓声に負けず聞こえてくるし、球筋も実際に打席に立ってみるほどではないものの、見ることができる。
前評判通り、そのストレートは間違いなく浮き上がっていた。
そう彗が感じるのは、全て高いボール。
低めのボールは審判やキャッチャーの陰に隠れて見えないが、三振を取る度にバックスクリーンにある大画面のディスプレイ、オーロラビジョンでは三振に取ったシーンがリプレイとして流されるのだが、その映像を見る限り沈んでいる本来のカットボールに近い変化をしていた。
二つの選択肢があるストレート。まるで生き物のように気まぐれで、無責任なボールだ。
だからこそ打ちにくいのだろう。
「……来て正解だった」
彗が呟くと、音葉は「へ?」と目を丸くする。
「実はよ、今日来るかどうか迷ってたんだ」
「なんで? こんな席で見れるなんてなかなかないじゃない」
「いやー……見たかったのは間違いないんだけどよ。せっかく休みなんだし、自主練でもっとストレートに磨きをかけた方が良いんじゃないかって」
「……なるほど」
「だけど、来てよかった。目指しているところがどこなのかを知ってるだけで、身の入りようも違ってくるし、何より……」と言いかけたところで、彗は七回のマウンドにも立つアーサーに視線を集中して「燃える」とだけ呟いた。
「燃える?」
「あぁ。俺も極めればこんなピッチングができるかもって思うとな。うずうずするよ」
正直、彗の中で〝ストレートだけでいいのか〟という不安はあった。こ
今は、変化球全盛期の時代。変化球を投げない選手なんてまず存在しない。それどころか、メジャーでは〝ストレートはよく長打を打たれるから、変化球だけ投げよう〟という選手が出始めているという現状。
そんな流れに逆行して、果たして前に進むことができるのか――そんな不安を吹き飛ばしてくれるピッチングだ。
彼が投げ込むのは威力満点のストレート、もといカットボールだ。
呆れるほど圧倒的なピッチングに気を取られ、気が付けば初回は三者凡退。二回、三回とあっという間に打者を打ち取っていく。
もちろん変化球はない。
真っ向勝負、と言えば聞こえはいいが、彼が投げ込んでいるのは〝来ていても打つことができないボール〟で、一方的な蹂躙がそこにあるだけだ。
まだコントロールに難があったり、球速が遅かったりすれば対戦相手も対処のしようがあるだろう。
しかし、投げ込まれるのは150キロを超える並の投手以上のストレート。慣れる慣れないの問題ではない。
四回も三者凡退に抑え込んだ。
打者十二人と対戦し、良い当たりすらない。三振数は9、フライアウトが3。完璧に打ち取っていた。
一方の巨人打線も、相手投手を打ちあぐねている。チャンスこそ作っているが、なかなかあと一本のタイムリーヒットが出ないという状況が続いていた。
試合は、お互いに点が入らないまま四回が終了。
五回表もアーサーは難なく打ち取り、巨人側の攻撃。
突如として、膠着状態が打ち破られる。
甲高い音を立てたのは、今日七番でスタメン出場をしている古岡将輝の一振りだった。
試合の合間に調べてみると、どうやら二軍で打率四割越えだったようで、今日一軍登録されたばかり。
期待されての打席だったが、今日は三振を二つしていた。しかも、いずれの打席も二塁もしくは三塁にランナーがいる好機での凡退で、スタメン抜擢に応えることができていなかったというおまけつき。
そんな打席内容を越えて回ってきた三回目の打席は、ランナーなし。気負うことのない場面で回ってきたため、気楽に打つことができたのだろう
思いっきり振り抜いた打球は、殺人的な打球速度でレフトスタンドへ。
瞬く間に、先制のソロホームラン。
今日が初出場だった大物ルーキーにとって、彼のプロ初ヒットであり、プロ初打点であり、プロ初ホームラン。最高のデビューを飾ることとなった。
アーサーがピッチングを開始した時とはまた違う歓声が、東京ドームに木霊する。
「凄ぉい!」
周りの巨人ファンがオレンジ色のタオルを振り回す。巨人が得点した時のパフォーマンスだ。
興奮しながら真奈美も売店で買ってきたオレンジタオルをぶんぶんと振り回す。
その風を頬で感じながら、一星はレベルの高さを痛感していた。
――これが、プロ……。
中学生としてみる野球観戦と、高校生と見る野球観戦とは視点が違う。
これまでは単純に楽しむことだけを考えて見れたが、今こうして高校生としてみると〝自分ならどう戦うか〟と考えて見ている。
三振を重ねていた三打席目、その初球――自分ならばまず打ちに行けない。初球は様子を見て、次のボールに何が来るか考えて、最適なスイングで、などと余計なことを考えてまた追い込まれて無様な三振をしていたのだろう。
思い切りの良さ、一球で仕留めるという覚悟。今の自分には足りない要素ばかり。
「……なるほど」
真田が自分も見に行くように言っていた理由を噛み締めながら、一星は再び試合に集中した。
※
「ここだとこんなにわかるもんなんだね」
音葉が呟く通り、バックネット裏の投球は迫力満点だった。
ミットの音だって歓声に負けず聞こえてくるし、球筋も実際に打席に立ってみるほどではないものの、見ることができる。
前評判通り、そのストレートは間違いなく浮き上がっていた。
そう彗が感じるのは、全て高いボール。
低めのボールは審判やキャッチャーの陰に隠れて見えないが、三振を取る度にバックスクリーンにある大画面のディスプレイ、オーロラビジョンでは三振に取ったシーンがリプレイとして流されるのだが、その映像を見る限り沈んでいる本来のカットボールに近い変化をしていた。
二つの選択肢があるストレート。まるで生き物のように気まぐれで、無責任なボールだ。
だからこそ打ちにくいのだろう。
「……来て正解だった」
彗が呟くと、音葉は「へ?」と目を丸くする。
「実はよ、今日来るかどうか迷ってたんだ」
「なんで? こんな席で見れるなんてなかなかないじゃない」
「いやー……見たかったのは間違いないんだけどよ。せっかく休みなんだし、自主練でもっとストレートに磨きをかけた方が良いんじゃないかって」
「……なるほど」
「だけど、来てよかった。目指しているところがどこなのかを知ってるだけで、身の入りようも違ってくるし、何より……」と言いかけたところで、彗は七回のマウンドにも立つアーサーに視線を集中して「燃える」とだけ呟いた。
「燃える?」
「あぁ。俺も極めればこんなピッチングができるかもって思うとな。うずうずするよ」
正直、彗の中で〝ストレートだけでいいのか〟という不安はあった。こ
今は、変化球全盛期の時代。変化球を投げない選手なんてまず存在しない。それどころか、メジャーでは〝ストレートはよく長打を打たれるから、変化球だけ投げよう〟という選手が出始めているという現状。
そんな流れに逆行して、果たして前に進むことができるのか――そんな不安を吹き飛ばしてくれるピッチングだ。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
その花は、夜にこそ咲き、強く香る。
木立 花音
青春
『なんで、アイツの顔見えるんだよ』
相貌失認(そうぼうしつにん)。
女性の顔だけ上手く認識できないという先天性の病を発症している少年、早坂翔(はやさかしょう)。
夏休みが終わった後の八月。彼の前に現れたのは、なぜか顔が見える女の子、水瀬茉莉(みなせまつり)だった。
他の女の子と違うという特異性から、次第に彼女に惹かれていく翔。
中学に進学したのち、クラスアート実行委員として再び一緒になった二人は、夜に芳香を強めるという匂蕃茉莉(においばんまつり)の花が咲き乱れる丘を題材にして作業にはいる。
ところが、クラスアートの完成も間近となったある日、水瀬が不登校に陥ってしまう。
それは、彼女がずっと隠し続けていた、心の傷が開いた瞬間だった。
※第12回ドリーム小説大賞奨励賞受賞作品
※表紙画像は、ミカスケ様のフリーアイコンを使わせて頂きました。
※「交錯する想い」の挿絵として、テン(西湖鳴)様に頂いたファンアートを、「彼女を好きだ、と自覚したあの夜の記憶」の挿絵として、騰成様に頂いたファンアートを使わせて頂きました。ありがとうございました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
夏の出来事
ケンナンバワン
青春
幼馴染の三人が夏休みに美由のおばあさんの家に行き観光をする。花火を見た帰りにバケトンと呼ばれるトンネルを通る。その時車内灯が点滅して美由が驚く。その時は何事もなく過ぎるが夏休みが終わり二学期が始まっても美由が来ない。美由は自宅に帰ってから金縛りにあうようになっていた。その原因と名をす方法を探して三人は奔走する。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!
佐々木雄太
青春
四月——
新たに高校生になった有村敦也。
二つ隣町の高校に通う事になったのだが、
そこでは、予想外の出来事が起こった。
本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。
長女・唯【ゆい】
次女・里菜【りな】
三女・咲弥【さや】
この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、
高校デビューするはずだった、初日。
敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。
カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
プレッシャァー 〜農高校球児の成り上がり〜
三日月コウヤ
青春
父親の異常な教育によって一人野球同然でマウンドに登り続けた主人公赤坂輝明(あかさかてるあき)。
父の他界後母親と暮らすようになり一年。母親の母校である農業高校で個性の強いチームメイトと生活を共にしながらありきたりでありながらかけがえのないモノを取り戻しながら一緒に苦難を乗り越えて甲子園目指す。そんなお話です
*進行速度遅めですがご了承ください
*この作品はカクヨムでも投稿しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる