彗星と遭う

皆川大輔

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第二部

2-14「センセンフコク(3)」

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 噂通りと言うか、データ通りと言うか。
 彼が投げ込むのは威力満点のストレート、もといカットボールだ。
 呆れるほど圧倒的なピッチングに気を取られ、気が付けば初回は三者凡退。二回、三回とあっという間に打者を打ち取っていく。

 もちろん変化球はない。

 真っ向勝負、と言えば聞こえはいいが、彼が投げ込んでいるのは〝来ていても打つことができないボール〟で、一方的な蹂躙がそこにあるだけだ。
 まだコントロールに難があったり、球速が遅かったりすれば対戦相手も対処のしようがあるだろう。
 しかし、投げ込まれるのは150キロを超える並の投手以上のストレート。慣れる慣れないの問題ではない。

 四回も三者凡退に抑え込んだ。

 打者十二人と対戦し、良い当たりすらない。三振数は9、フライアウトが3。完璧に打ち取っていた。
 一方の巨人打線も、相手投手を打ちあぐねている。チャンスこそ作っているが、なかなかあと一本のタイムリーヒットが出ないという状況が続いていた。
 試合は、お互いに点が入らないまま四回が終了。
 五回表もアーサーは難なく打ち取り、巨人側の攻撃。

 突如として、膠着状態が打ち破られる。
 甲高い音を立てたのは、今日七番でスタメン出場をしている古岡将輝の一振りだった。

 試合の合間に調べてみると、どうやら二軍で打率四割越えだったようで、今日一軍登録されたばかり。
 期待されての打席だったが、今日は三振を二つしていた。しかも、いずれの打席も二塁もしくは三塁にランナーがいる好機での凡退で、スタメン抜擢に応えることができていなかったというおまけつき。

 そんな打席内容を越えて回ってきた三回目の打席は、ランナーなし。気負うことのない場面で回ってきたため、気楽に打つことができたのだろう
 思いっきり振り抜いた打球は、殺人的な打球速度でレフトスタンドへ。

 瞬く間に、先制のソロホームラン。

 今日が初出場だった大物ルーキーにとって、彼のプロ初ヒットであり、プロ初打点であり、プロ初ホームラン。最高のデビューを飾ることとなった。
 アーサーがピッチングを開始した時とはまた違う歓声が、東京ドームに木霊する。

「凄ぉい!」

 周りの巨人ファンがオレンジ色のタオルを振り回す。巨人が得点した時のパフォーマンスだ。
 興奮しながら真奈美も売店で買ってきたオレンジタオルをぶんぶんと振り回す。
 その風を頬で感じながら、一星はレベルの高さを痛感していた。

 ――これが、プロ……。

 中学生としてみる野球観戦と、高校生と見る野球観戦とは視点が違う。
 これまでは単純に楽しむことだけを考えて見れたが、今こうして高校生としてみると〝自分ならどう戦うか〟と考えて見ている。

 三振を重ねていた三打席目、その初球――自分ならばまず打ちに行けない。初球は様子を見て、次のボールに何が来るか考えて、最適なスイングで、などと余計なことを考えてまた追い込まれて無様な三振をしていたのだろう。
 思い切りの良さ、一球で仕留めるという覚悟。今の自分には足りない要素ばかり。

「……なるほど」

 真田が自分も見に行くように言っていた理由を噛み締めながら、一星は再び試合に集中した。


       ※


「ここだとこんなにわかるもんなんだね」

 音葉が呟く通り、バックネット裏の投球は迫力満点だった。
 ミットの音だって歓声に負けず聞こえてくるし、球筋も実際に打席に立ってみるほどではないものの、見ることができる。

 前評判通り、そのストレートは間違いなく浮き上がっていた。

 そう彗が感じるのは、全て高いボール。
 低めのボールは審判やキャッチャーの陰に隠れて見えないが、三振を取る度にバックスクリーンにある大画面のディスプレイ、オーロラビジョンでは三振に取ったシーンがリプレイとして流されるのだが、その映像を見る限り沈んでいる本来のカットボールに近い変化をしていた。
 二つの選択肢があるストレート。まるで生き物のように気まぐれで、無責任なボールだ。
 だからこそ打ちにくいのだろう。

「……来て正解だった」

 彗が呟くと、音葉は「へ?」と目を丸くする。

「実はよ、今日来るかどうか迷ってたんだ」

「なんで? こんな席で見れるなんてなかなかないじゃない」

「いやー……見たかったのは間違いないんだけどよ。せっかく休みなんだし、自主練でもっとストレートに磨きをかけた方が良いんじゃないかって」

「……なるほど」

「だけど、来てよかった。目指しているところがどこなのかを知ってるだけで、身の入りようも違ってくるし、何より……」と言いかけたところで、彗は七回のマウンドにも立つアーサーに視線を集中して「燃える」とだけ呟いた。

「燃える?」

「あぁ。俺も極めればこんなピッチングができるかもって思うとな。うずうずするよ」

 正直、彗の中で〝ストレートだけでいいのか〟という不安はあった。こ
 今は、変化球全盛期の時代。変化球を投げない選手なんてまず存在しない。それどころか、メジャーでは〝ストレートはよく長打を打たれるから、変化球だけ投げよう〟という選手が出始めているという現状。

 そんな流れに逆行して、果たして前に進むことができるのか――そんな不安を吹き飛ばしてくれるピッチングだ。
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