彗星と遭う

皆川大輔

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第二部

2-13「センセンフコク(2)」

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 チームの方針に背いた結果、間違いなく監督及びコーチ陣に苦言を呈されることは必至。気が重くなりながら「ま、なんとかなるか」と呟いてから、小塚もベンチ裏へと下がり、アーサーの待つブルペンへ向かった。


       ※


「アイツ……なんも変わってねーな」

 自宅でテレビ中継を見ながら、真田は煙草をふかしていた。
 試合開始は14時だが、契約して有料会員となると30分前から試合の状況を見ることができる。かつて一緒に頂を目指したアーサーの性格を熟知していた真田は、この時間に何かやってくれるだろうと急遽会員登録して放送を見始めたのだが、全く予想通りと言う形になった。

「しっかし、いい席だな。なかなかお前でも取るの難しかったろ」

 彩星高校のコーチ、矢沢がコンビニで購入してきた酒を煽りながら呟く。
 確かに矢沢の言う通り、バックネット裏と言うのは、ピッチャーのボールを一番近くで感じることができるのは、約五万の席がある東京ドームの中でもこのバックネット裏の数十席だけ。
 そうすると必然的に、人気は高くなる。いくら高くても見ようと画策する人は少なくない特別な席だ。
 その希少性から、席に座れるのは政府の関係者や芸能人、株主などなど、巨大なコネを持っている人たちに限られてくる。そして、そのコネをもってしても、チケットがいつ手に入るかは完全な運とタイミング次第だ。
 加えて、今日の試合では噂の怪物、アーサー・ウィルソンが今年初登板する試合。いくら真田がコネを持っていてもなかなか難しいはず、と踏まえての矢沢の発言だった。

 その意図を汲み取った真田は「……実はな、この席は二か月前から押さえてあったんだよ」と小声で話す。

「二か月前? まだアイツが入学する前じゃねぇか」

「あぁ。もともと、俺が見る予定で、アーサーに頼み込んだんだよ」

「ほー。誰と?」

「そ、そりゃもちろん一人でだな……」

「嘘つけ。それだと四席もいらねーだろ」

「ま、まあいいじゃねぇか」

 露骨に動揺する真田。どうやら意中の女性を誘おうとでもしていたのだろう。わかりやすいところは昔と変わってないな、と笑いながら「じゃあウチの怪物の球質を見抜いてってわけじゃなかったんだな」と、真田に倣って矢沢もタバコに火を灯した。

「あぁ。全くの偶然だよ。先輩から聞いた情報とか動画とか見て、何か特徴はあるかなくらいには考えてたけどな」

「なるほどね……」

 そう呟くと、矢沢は目を瞑り過去ドラフトを経てプロの世界に入っていった教え子たちのことを思い出していた。
 ある者は、同ポジションだった上級生のレギュラーが怪我したことで一年の夏からスタメンで出ることになり、打撃が覚醒。そのまま一度もスタメンの座を奪われることなくドラフト上位でプロの世界へ旅立った。

 また、ある者は変化球を磨きたい不器用なピッチャーだったが、なかなか自分に合った変化球を見つけられずにいたが、先輩に指導を受けて覚醒し、甲子園で決勝まで進むことができた。その時はプロに進まずに大学進学と言う道を選んだが、大学でもエースとして活躍しており、今年のドラフト候補と目されている。

 上のステージへ進む選手は、多かれ少なかれ〝何かを持っている〟選手だ。能力では測れない、完全な運名。
 バックネット裏で、自分の完成系ともいえる選手を見ることができる。
 これは間違いなく〝運命〟だ。

「……あとはどれだけ吸収してくれるかだな」

 ただ観客として座っていたら意味はない。そのピッチングを見て、感じ、自分に不足していることは何なのかを考えながら見なければ絶好の機会を無駄にしてしまう。
 本当に空野彗が持っているのかどうか、見極めるため、矢沢は32インチのテレビをじっと見つめていた。

「……空野もそうだが、武山も何かを掴んでくれたらいいんだがな」

「武山も見に行ってるのか」

「あぁ。宗次郎の怪我の具合が良く無くてな。しばらく正捕手のつもりなんだが、イマイチピッチャー陣の呼吸が合わなくてな。プロの所作を学んでくれって意味でアイツにも渡したんだよ」

「ほー。ずいぶんいい評価してるじゃないか」

「アイツも空野に引けを取らない才能を持ってるからな。ま、簡単に言えば甲子園への投資だ」

「お前がそこまで言うんだから確かなんだろうな。ピッチャーの練習メニューを考えるだけで精いっぱいで、まだ話せてねぇわ。どれほどのもんなんだ?」

 矢沢が問いかけると、真田は少し溜めてから「……空野と同じように、どうやってプロに送り込むか、ってレベルだよ」と呟く。

「……そりゃ楽しみだ」

 話に耽っていると、時間がかなり経過していたようで、試合が開始された。
 まず一球目。
 アーサーが投げるのは、間違いなく、あのボール――。


       ※


 試合が開始され、アーサーが一球目を投じるとミットから爆音が炸裂した。
 旧港全体がキャッチングの音を聞き逃さないよう静まり返っていたが、その一球を耳にしたことで我慢できなくなったのか、感情が爆発して歓声となる。

「凄ぉ……」

 一星の隣に座る真奈美が、小さく呟いた。
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