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第二部
2-09「バックネット裏にて。(2)」
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「どうかしたの?」
あまりにぱっとしない表情の二人に思わず一星が問いかけると「いやー、困ったなって」と音葉は苦笑いした。
「困ったって?」
「申し訳ねーけど、やれることは多分ねーよ」と言いながら、彗は顎で一星の背後へ視線を誘導する。
一星と真奈美が彗のあごの先を追って振り返ると、ジャイアンツファンと思われるオレンジ色のユニフォームを着た集団と、タイガースファンと思われる黄色のユニフォームを着た集団がのしのしと歩いていた。
何人いるのだろうと思い立ち数え始めるが、人数が三十を越えたところで一星は諦めた。時間の無駄だ、と思わせるほどの集団が続いている。
少し混んでいるくらいかな、というくらいの混み具合だった東京ドーム前は、瞬く間にファン同士で埋め尽くされていた。
オレンジ色と黄色の二つに、目がチカチカとする。
「……こんな一気に来るんだ」
カラフル過ぎる光景に目を細めていると「武山くんは東京ドーム初めてってわけじゃないでしょ?」と音葉が言う。あっけらかんとした表情に驚いていると「残念ながらこれがここの常識だ」と彗が続いた。
「二回くらいは来てるけど、練習後とかでいつも途中からだったから……この景色は初めてだよ」
「東京の通勤ラッシュってこんな感じなのかもね」
目まぐるしく右往左往する人の波にのまれてしまえばすぐにはぐれてしまいそうで足がすくんでいた一星と真奈美。
頼みの綱は野球観戦常連者であろう彗と音葉。これからどうすればいいの、と一星が二人に問いかけようと振り返ると、肝心の二人は早速人の波に飲まれていた。
「ちょ、ちょっと⁉」
気づいた時にはもう後の祭り。瞬く間に二人の姿は見えなくなっていた。
「……まるでホラーじゃんか」
小さく呟くと、一星と真奈美の携帯がピロンと鳴ってメッセージが飛んで来ていた。送り主は、もちろんと言うべきだろうか。人の波に消えていった彗と音葉だった。
「なになに……『二人はメシ買っておけ』?」
「えぇっと……『20番ゲートのあたりでご飯買えるよ!』だって」
「早速別行動、か」
「携帯あってよかったね」
一星と真奈美は顔を見合わせて頷くと、腹をくくって波の中へ飛び込んでいった。
※
回転扉を潜り抜けてきた真奈美は、ドーム球場特有の気圧の変化すらも楽しんでいるようで至って笑顔で入場する。思ったより酷くなかったのかなと胸を撫で下ろそうとした音葉だが、続いて入場してきた一星のやつれた姿を見てやっぱり辛かったんだな、と思い直した。
「お、お疲れ様」
「……次来る機会あったらまた途中入場にしようと思う」
「ははは……」
切実に語る一星に苦笑いを浮かべるしかなかった。
「まーあれだ、取りあえず無事でよかった」
一星の疲弊具合にニシシと笑う彗は人の形をした悪魔だなと若干引きつつ、音葉は「じゃあ席、決めよっか」と無理矢理に話題を変更した。
「え? 席決める必要ある?」
「うん。ほら、四枚あるけど、ペアチケットが二つだから、実際は少し離れちゃうんだ」
「なるほどぉ」
「無難に男女で別れる?」
一星の間髪入れない提案に、真奈美は「まぁそうだよね」と呟いた。
――……わかりやす過ぎ!
一星の隣で見れないことがショックであることが表情からすぐに読み取れる。
それぐらいあからさまだとバレちゃうよ、と思い男子陣二人の顔を覗き込んだ。
――大丈夫だね、こりゃ。
二人はキョトンとした表情で首を傾げていた。
漫画やアニメで鈍感な主人公に苛立つ場面があるが、今日は彼らが鈍感で助かったな、と音葉は「いや、ファンチームと初心者チームで別れよう」と言い切った。
「へ?」
「ほら、武山くんなら優しく教えてくれるだろうし、試合に夢中になって多分話せなくなるから」
「だな、その方が良いや」
「じゃあ決まりだね」
真奈美と一星の同意を得ないまま決定し、四人はバックネット裏まで移動する。途中まで下ったところで「じゃ、僕たちはここだから」と初心者チームとはお別れ。どこかぎこちない動きの一星を笑いながら、音葉と彗も自らの席に着いた。
「……凄いね」
座って、改めて音葉は呟く。
最前列とはまでは言わないが、下から数えて三段目のところが自分たちの席。この角度だとテレビに映るんじゃないかと言うところだ。
「……やべぇ」
さあ一息つこうというところで、彗が言葉を漏らした。どうしたの、と話しかけようとした音葉の目の前に携帯の画面を突きつける。
「見にくいよ」と言いながら、その画面の文字を読んだ。
表示されているのは、テレビに映るバックネット裏の値段だ。
「噓でしょ……?」
「……気軽にコーラも飲めないな」
記憶から消すように、彗は110万円と表示されていた画面の電源を落とした。
※
――なんでこんなことに……。
東京ドームに限らず、野球場は座席数確保のために座席間の間隔が狭いことが多い。東京ドームはその収容人数の工夫を凝らしている球場の代表格ということもあり、気を抜けば隣の人と肌が触れ合うことだってある。
いくら同級生で仲がいいとは言っても、やはりそこは年頃の男女。
別に理由はないが、一星は肩をすぼめて座り、意図してないにもかかわらず就活生のように姿勢よく座る形になっていた。
あまりにぱっとしない表情の二人に思わず一星が問いかけると「いやー、困ったなって」と音葉は苦笑いした。
「困ったって?」
「申し訳ねーけど、やれることは多分ねーよ」と言いながら、彗は顎で一星の背後へ視線を誘導する。
一星と真奈美が彗のあごの先を追って振り返ると、ジャイアンツファンと思われるオレンジ色のユニフォームを着た集団と、タイガースファンと思われる黄色のユニフォームを着た集団がのしのしと歩いていた。
何人いるのだろうと思い立ち数え始めるが、人数が三十を越えたところで一星は諦めた。時間の無駄だ、と思わせるほどの集団が続いている。
少し混んでいるくらいかな、というくらいの混み具合だった東京ドーム前は、瞬く間にファン同士で埋め尽くされていた。
オレンジ色と黄色の二つに、目がチカチカとする。
「……こんな一気に来るんだ」
カラフル過ぎる光景に目を細めていると「武山くんは東京ドーム初めてってわけじゃないでしょ?」と音葉が言う。あっけらかんとした表情に驚いていると「残念ながらこれがここの常識だ」と彗が続いた。
「二回くらいは来てるけど、練習後とかでいつも途中からだったから……この景色は初めてだよ」
「東京の通勤ラッシュってこんな感じなのかもね」
目まぐるしく右往左往する人の波にのまれてしまえばすぐにはぐれてしまいそうで足がすくんでいた一星と真奈美。
頼みの綱は野球観戦常連者であろう彗と音葉。これからどうすればいいの、と一星が二人に問いかけようと振り返ると、肝心の二人は早速人の波に飲まれていた。
「ちょ、ちょっと⁉」
気づいた時にはもう後の祭り。瞬く間に二人の姿は見えなくなっていた。
「……まるでホラーじゃんか」
小さく呟くと、一星と真奈美の携帯がピロンと鳴ってメッセージが飛んで来ていた。送り主は、もちろんと言うべきだろうか。人の波に消えていった彗と音葉だった。
「なになに……『二人はメシ買っておけ』?」
「えぇっと……『20番ゲートのあたりでご飯買えるよ!』だって」
「早速別行動、か」
「携帯あってよかったね」
一星と真奈美は顔を見合わせて頷くと、腹をくくって波の中へ飛び込んでいった。
※
回転扉を潜り抜けてきた真奈美は、ドーム球場特有の気圧の変化すらも楽しんでいるようで至って笑顔で入場する。思ったより酷くなかったのかなと胸を撫で下ろそうとした音葉だが、続いて入場してきた一星のやつれた姿を見てやっぱり辛かったんだな、と思い直した。
「お、お疲れ様」
「……次来る機会あったらまた途中入場にしようと思う」
「ははは……」
切実に語る一星に苦笑いを浮かべるしかなかった。
「まーあれだ、取りあえず無事でよかった」
一星の疲弊具合にニシシと笑う彗は人の形をした悪魔だなと若干引きつつ、音葉は「じゃあ席、決めよっか」と無理矢理に話題を変更した。
「え? 席決める必要ある?」
「うん。ほら、四枚あるけど、ペアチケットが二つだから、実際は少し離れちゃうんだ」
「なるほどぉ」
「無難に男女で別れる?」
一星の間髪入れない提案に、真奈美は「まぁそうだよね」と呟いた。
――……わかりやす過ぎ!
一星の隣で見れないことがショックであることが表情からすぐに読み取れる。
それぐらいあからさまだとバレちゃうよ、と思い男子陣二人の顔を覗き込んだ。
――大丈夫だね、こりゃ。
二人はキョトンとした表情で首を傾げていた。
漫画やアニメで鈍感な主人公に苛立つ場面があるが、今日は彼らが鈍感で助かったな、と音葉は「いや、ファンチームと初心者チームで別れよう」と言い切った。
「へ?」
「ほら、武山くんなら優しく教えてくれるだろうし、試合に夢中になって多分話せなくなるから」
「だな、その方が良いや」
「じゃあ決まりだね」
真奈美と一星の同意を得ないまま決定し、四人はバックネット裏まで移動する。途中まで下ったところで「じゃ、僕たちはここだから」と初心者チームとはお別れ。どこかぎこちない動きの一星を笑いながら、音葉と彗も自らの席に着いた。
「……凄いね」
座って、改めて音葉は呟く。
最前列とはまでは言わないが、下から数えて三段目のところが自分たちの席。この角度だとテレビに映るんじゃないかと言うところだ。
「……やべぇ」
さあ一息つこうというところで、彗が言葉を漏らした。どうしたの、と話しかけようとした音葉の目の前に携帯の画面を突きつける。
「見にくいよ」と言いながら、その画面の文字を読んだ。
表示されているのは、テレビに映るバックネット裏の値段だ。
「噓でしょ……?」
「……気軽にコーラも飲めないな」
記憶から消すように、彗は110万円と表示されていた画面の電源を落とした。
※
――なんでこんなことに……。
東京ドームに限らず、野球場は座席数確保のために座席間の間隔が狭いことが多い。東京ドームはその収容人数の工夫を凝らしている球場の代表格ということもあり、気を抜けば隣の人と肌が触れ合うことだってある。
いくら同級生で仲がいいとは言っても、やはりそこは年頃の男女。
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