彗星と遭う

皆川大輔

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第二部

2-08「バックネット裏にて。(1)」

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「それでブルペンで直球だけだったんだ」

 謎の曰く付きコーチである矢沢がやってきて二日。ブルペンでただひたすらストレートしか投げない彗に疑問を持って問いかけると、矢沢からの指導内容を伝えられた一星は感心するばかりだった。

「悪かったな、なんも言わねーで」

 変化球を投げない、ストレートだけ。野球の常識から逸脱した結論だが、それでも抑えることができるという確信が矢沢と彗にはあるのだろう。その証拠に、たったの二日で彗のストレートには変化が起きていた。
 空野彗と言う怪物が、試合の一番集中しないといけない場面でしか投げない違和感のあるストレート。ドラフト一位候補の選手でも帝王と呼ばれる選手でも空振りしてしまうような、見たことも受けたこともないストレートは、キャッチャー目線から見ても浮き上がってくるように見えるボールだった。

「いいよいいよ。ただビックリした。意図的に投げられるんだね、あのストレート」

 意図的に投げられる、という自分から出た言葉に疑問を持った一星は、これまで彗とバッテリーを組んだ記憶を思い返してみた。
 ブルペンはもちろん、試合中でも投げているのはただ速いだけのストレートがほとんど。そのボールを〝異常だ〟と感じたのは、二回だけ。
 一回目は、世界一決定戦で、台湾の帝王・王建成と対決したシーン。全休直球勝負と宣言してからの三球は、一星の心が折れてしまうほどに異次元だった。
 二回目は、先日の春日部共平戦のラストシーンである烏丸海斗との打席。ボールを受けていて、明確に〝打たれない〟という確信があったことを思い出す。
 たったその二回だけ。あまりにも経験した数が少なすぎてただの偶然だと思っていた一星だが、その球室を見抜き、特異なストレートに特化して指導する。初めて会ってからほんの数時間でたどり着いたとは思えない結論に一星が舌を巻いていると、遠くから「おまたせー」と近づいてくる影が視界に入ってきた。

 近づいてくるのは、音葉と真奈美。当然と言えば当然だが、日曜に会う二人は制服ではなく私服だった。

 フリフリとしたピンク色のワンピースに身を包む真奈美はイメージ通りで、例えるならば休日のお嬢様だ。普通の女子がこんな格好をすれば浮くものだが、容姿と合致しすぎていて逆に景色に溶け込んでいる。

 そんな真奈美とは裏腹に、音葉はショートパンツにパーカーと、至ってシンプルで動きやすさ重視の服装だった。こちらもイメージ通りだが、二人の服装は対照的過ぎて揃って歩いていると逆の逆で浮いているように感じていた。

「おせーよ」

「真奈美が寝坊するから……」

「ごめんなさぁい」

「まあまあ。間に合ったんだしいいでしょ。ホラ、早く行こう」

 服装は変わっても、いつもの四人組であることは間違いない。会話を交わしてそのことを再認識してから、四人は駅へと向かった。


       ※


「はぇー……おっきー……」

 人生で、恐らく初めて見るその建物に、真奈美は口をあんぐりとしていた。
 今、目の前にあるのは、巨大な宇宙船のような――あるいは、空を飛んでいない飛行船のような建物。
 日本で一番歴史のある球団・読売巨人の本拠地である、東京ドームだ。
 本日4月27日は、この東京ドームで巨人のライバル球団である阪神タイガースとの公式戦が組まれている。
 お互いに歴史がある球団同士で、この二チームが対決するときには〝伝統の一戦〟と呼ばれ、選手だけではなくファン同士も火花を散らす。その昔では試合結果の些細な言い争いから暴力事件に発展したこともあり、試合開始前であろうが球場の外であろうが緊張感が漂っている。

「巨人阪神戦のチケットなんてよく取れたよね」

「ホントにね」

「信じらんねー……何者なんだ、監督とコーチは」

 不思議がりながら、彗と音葉、一星は真田からもらい受けたチケットを見ながら首を傾げていた。
 ファンの熱だけではなく、数も多くチケットはまさに争奪戦。より簡単にチケットを捕れるようにと携帯から購入できるようになっているが、そのシステムが仇となって入手するのはほとんど運だよりと言う状態になっている。

 ――そんな状況なのに、バックネット裏なんて……。

 真田から譲り受けたチケットは、バックネット裏、しかも最前列の一番入手が困難とされているものだった。チケットの売り買いはできないのだが、もし可能ならば数万円の価値が付いていてもおかしくない場所で、野球が見れる。
 一星の心の中では、嬉しさが半分、あまりの都合のよさに不安が半分と言った割合になっていた。

「ねぇねぇ、どこから中に入るの?」

 そんな不安げな三人を構うことなく、一人テンションが高い真奈美は、目を輝かせながら一星に問いかけた。
 あまりの近さに「ま、まだ開場前だから入れないよ」と目を逸らして「どうする?」と質問する形で彗と音葉に助けを求めた。

「どうするっつったってなぁ……」

「うーん……」

 巨人ファンで、何度も東京ドームに足を運んでいる常連組は、渋い表情を浮かべていた。
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