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第二部
2-06「千里の道は基礎から(6)」
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「ちょ、本気っすか⁉」
引退した選手や、現役の選手でさえも自ら情報を発信できるこの時代。
自分でどんな変化球を投げているかをインターネットで公開している選手も少なくなく、調べれば一流選手の投げる変化球がどんなボールを知ることができ、その影響で、弱小校の選手であってもちょっとした変化球を投げることができるといった現象が起きている。
事実、球速が出せなくても、変化球を自分で経験して研鑽し、強豪校の目の前に立ちはだかる選手は沢山いる。
チームメイトである新太が、最たる例だ。
逆に言い返せば、今の時代の野球に変化球と言うのは必須とも言っていいほど、野球という文化に根付いているスキルだ。
「お前、ストレートだけで春日部共平を抑えただろ?」
狼狽える彗を他所に、矢沢は至ってまじめな表情で言う。正気かどうか疑っていることを察したのか「納得がいってねぇみてぇだな」と彗の顔を覗き込む。
「はい、全く」
彗は臆することなく自分の感情を伝えた。
余命が三年の母を、甲子園に連れて行くという約束をしている。回り道なんかしている余裕はない。
納得のいく説明をしてくれと言わんばかりの表情で見つめていると「そんな怖い顔すんじゃねぇよ。順を追って説明してやる」とその場に座り直した。
「あ、オメーらは取りあえず向こうの練習に混ざってくれ」と新太たち控えていた投手陣を追い払うようにして言うと「練習メニューとか今日中に作ってやるから、明日から本格的なピッチング練習だ」と続けて言う。不満を顔に出した先輩たちだが、有無を言わせない雰囲気の矢沢に口を開くことはできず。渋々グラウンドへ去っていった。
「じゃあ私も……」
音葉も投手陣に続いて去ろうとしたが「いや、お前さんは残ってくれ。証人だ」と言われ、こちらも渋々嫌な雰囲気漂うブルペンに残ることとなった。
「さて、じゃあ説明してくとするかね」
矢沢は「まずこれだけは覚えとけ」とタバコに火を灯すと「あくまで変化球を投げるなってのは俺の考えだ。もし、これから説明しても納得がいかないようだったらその指導もしてやる」と片膝を立てながら話し始めた。
「そのつもりっす」
「いい反応だ。向こう見ずなとこはピッチャーらしくていい」と彗の反応を見た矢沢は、薄ら笑いをしながら「その性格も併せると、ますます変化球は覚えさせたくないな」と笑った。
「どういう意味っすか?」
「まあ焦るな。まずは質問させてもらう」と言うと、矢沢は「お前には今、二つの選択肢がある」と右手と左手の人差し指を立て「ナンバーワンになるか、オンリーワンになるか」と笑った。
「ナンバーワンと、オンリーワン?」
彗が疑問符を浮かべると「同じ意味じゃないですか?」と音葉も首を傾げる。
「わかってねぇなぁ」
反応の悪い二人に呆れた矢沢は、右手の人差し指をグニグニと動かしながら「こっちは、ただいい選手になるナンバーワンの道だ。素直に今持っているストレートを磨いて、変化球も覚えて。間違いなくいい選手にゃなれる」とにやける。
「いい選手って?」
「そりゃあ、甲子園に行って、ドラフトにかかるレベルのって感じだな」
「ドラフトって、気が早すぎじゃないっすか」
「それくらいの素質は充分あるんだ。ただ、この道なら恐らく〝いい選手止まり〟だな。で、こっちがもう一つの選択肢」と、今度は左手の人差し指をピンと立てる。
「ストレートをひたすら磨いて、誰にも打たれないストレートを身に付ける、オンリーワンの道だ」
「ストレートだけって……無理でしょ、現実的に考えて」
「いや、お前のストレートにはその素質がある。もう一度この画面を見てみろ」
そう言いながら矢沢は彗に先ほどのイグザム・ピッチングの計測結果を見せつけてくる。
「他のピッチャーにはない回転だってのはわかるな?」
「まあ、それくらいは」
「このデータを見てみるとな、お前はホップ成分とスライド成分が高い。さっきのデータ見りゃわかると思うが、普通はボールを投げるとなるとどうしてもシュート回転するように体の仕組みはできてる」
一息で言った矢沢はその場で立ち上がると、ピッチングの動作をしながら「こんな風に、投げるときにだいたい斜めになっちまうんだ。もともと人間の腕ってのは横移動をスムーズに行うために特化して来てるからな」とジェスチャーを見せた。
確かに、矢沢が今見せたピッチングフォームだと、若干斜め方向に傾いており、いま語った理論通り。
一般的によく見るフォームだけど、俺の場合は――意見を口に出そうとした彗を遮るように「ところが、お前はこうして、真上から投げてる」と再び矢沢はジェスチャーを見せた。
今度のフォームは、正に真上から投げ下ろす自分のピッチングスタイルそのものだった。
「ここまで極端なのは俺も初めだ。恐らく、意識的にやってるんじゃないか?」
意識的に、という言葉に彗は頷く。幼いころ、背が低いことがコンプレックスで、少しでも大きく相手に見えるように工夫して作り上げたピッチングフォームだから、その意識的と言う言葉が正にピッタリだった。
引退した選手や、現役の選手でさえも自ら情報を発信できるこの時代。
自分でどんな変化球を投げているかをインターネットで公開している選手も少なくなく、調べれば一流選手の投げる変化球がどんなボールを知ることができ、その影響で、弱小校の選手であってもちょっとした変化球を投げることができるといった現象が起きている。
事実、球速が出せなくても、変化球を自分で経験して研鑽し、強豪校の目の前に立ちはだかる選手は沢山いる。
チームメイトである新太が、最たる例だ。
逆に言い返せば、今の時代の野球に変化球と言うのは必須とも言っていいほど、野球という文化に根付いているスキルだ。
「お前、ストレートだけで春日部共平を抑えただろ?」
狼狽える彗を他所に、矢沢は至ってまじめな表情で言う。正気かどうか疑っていることを察したのか「納得がいってねぇみてぇだな」と彗の顔を覗き込む。
「はい、全く」
彗は臆することなく自分の感情を伝えた。
余命が三年の母を、甲子園に連れて行くという約束をしている。回り道なんかしている余裕はない。
納得のいく説明をしてくれと言わんばかりの表情で見つめていると「そんな怖い顔すんじゃねぇよ。順を追って説明してやる」とその場に座り直した。
「あ、オメーらは取りあえず向こうの練習に混ざってくれ」と新太たち控えていた投手陣を追い払うようにして言うと「練習メニューとか今日中に作ってやるから、明日から本格的なピッチング練習だ」と続けて言う。不満を顔に出した先輩たちだが、有無を言わせない雰囲気の矢沢に口を開くことはできず。渋々グラウンドへ去っていった。
「じゃあ私も……」
音葉も投手陣に続いて去ろうとしたが「いや、お前さんは残ってくれ。証人だ」と言われ、こちらも渋々嫌な雰囲気漂うブルペンに残ることとなった。
「さて、じゃあ説明してくとするかね」
矢沢は「まずこれだけは覚えとけ」とタバコに火を灯すと「あくまで変化球を投げるなってのは俺の考えだ。もし、これから説明しても納得がいかないようだったらその指導もしてやる」と片膝を立てながら話し始めた。
「そのつもりっす」
「いい反応だ。向こう見ずなとこはピッチャーらしくていい」と彗の反応を見た矢沢は、薄ら笑いをしながら「その性格も併せると、ますます変化球は覚えさせたくないな」と笑った。
「どういう意味っすか?」
「まあ焦るな。まずは質問させてもらう」と言うと、矢沢は「お前には今、二つの選択肢がある」と右手と左手の人差し指を立て「ナンバーワンになるか、オンリーワンになるか」と笑った。
「ナンバーワンと、オンリーワン?」
彗が疑問符を浮かべると「同じ意味じゃないですか?」と音葉も首を傾げる。
「わかってねぇなぁ」
反応の悪い二人に呆れた矢沢は、右手の人差し指をグニグニと動かしながら「こっちは、ただいい選手になるナンバーワンの道だ。素直に今持っているストレートを磨いて、変化球も覚えて。間違いなくいい選手にゃなれる」とにやける。
「いい選手って?」
「そりゃあ、甲子園に行って、ドラフトにかかるレベルのって感じだな」
「ドラフトって、気が早すぎじゃないっすか」
「それくらいの素質は充分あるんだ。ただ、この道なら恐らく〝いい選手止まり〟だな。で、こっちがもう一つの選択肢」と、今度は左手の人差し指をピンと立てる。
「ストレートをひたすら磨いて、誰にも打たれないストレートを身に付ける、オンリーワンの道だ」
「ストレートだけって……無理でしょ、現実的に考えて」
「いや、お前のストレートにはその素質がある。もう一度この画面を見てみろ」
そう言いながら矢沢は彗に先ほどのイグザム・ピッチングの計測結果を見せつけてくる。
「他のピッチャーにはない回転だってのはわかるな?」
「まあ、それくらいは」
「このデータを見てみるとな、お前はホップ成分とスライド成分が高い。さっきのデータ見りゃわかると思うが、普通はボールを投げるとなるとどうしてもシュート回転するように体の仕組みはできてる」
一息で言った矢沢はその場で立ち上がると、ピッチングの動作をしながら「こんな風に、投げるときにだいたい斜めになっちまうんだ。もともと人間の腕ってのは横移動をスムーズに行うために特化して来てるからな」とジェスチャーを見せた。
確かに、矢沢が今見せたピッチングフォームだと、若干斜め方向に傾いており、いま語った理論通り。
一般的によく見るフォームだけど、俺の場合は――意見を口に出そうとした彗を遮るように「ところが、お前はこうして、真上から投げてる」と再び矢沢はジェスチャーを見せた。
今度のフォームは、正に真上から投げ下ろす自分のピッチングスタイルそのものだった。
「ここまで極端なのは俺も初めだ。恐らく、意識的にやってるんじゃないか?」
意識的に、という言葉に彗は頷く。幼いころ、背が低いことがコンプレックスで、少しでも大きく相手に見えるように工夫して作り上げたピッチングフォームだから、その意識的と言う言葉が正にピッタリだった。
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