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第二部
2-05「千里の道は基礎から(5)」
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まだ行けるだろ、もっと来い――先ほどまでの消極的な言動はどこへやら。
一球投げるたびに合いの手を入れて来てくれることで、気分がどんどんノってきた彗は、合計で三十球のストレートを投げ込んだ。
「まだまだ!」
気分の上昇と共に体の調子もノリノリに。このまま最高球速更新してやろう、と鼻息を荒くし始めたところで「あ、もういい」と矢沢に言われ、彗のやる気はすっかり沈下。
「もう少し投げさせろよ」
愚痴る彗を他所に矢沢は「まあ待て」と制すると、他に控えていたピッチャーにも何球か投げさせた。
全員がストレートだけを三十球投げ込むと「よし、じゃあオメーら、集まれ」と、三脚に取り付けていたタブレットを取り外して集まったピッチャー陣に画面を見せつけた。
「……ん?」
画面には、CGで出来たボールがデカデカと映っている。いかにも勉強チックな画面に彗の思考回路は画面を見ることを拒否したが、背後で見ていた新太と秀平が目を輝かせていたためそこから逃げることはできず。致し方なく、その先輩二人に覆いかぶされる形で彗は矢沢の講義を聞く羽目となった。
改めてその画面を見ると、何やら細かい数値がボールから派生して表記されており、その全てがまるで意味が解らない。
唯一、134キロと言う球速表示だけが理解できる内容だった。
「何すか、これ」
「これはな、イグザム・ピッチングって言うんだよ」
「イグザム・ピッチング?」
「あぁ。お前らがさっき投げたボールにはセンサーが入っててよ。投球フォームと、ボールの情報が数値として出される」
「データ化ってことですか?」
「簡単に言えばそうだ。例えば、このデータ」と今出ている画面のボールを指差すと「これは、最後に投げた……上杉とか言ったっけ? お前の投げたボールの回転軸や回転数、変化量から球速まで全部わかるんだよ」といいながら、画面の中心を触る。すると、先ほどまで停止していたボールが急に動き出す。
若干ボールは左に傾いる。
その他の球速以外の数値は、シュート方向に18.7、ドロップ4.3、回転数1900と表示されており、ホップとスライドの数値はゼロになっている。
「……どういう感じなんですか?」
実験台となった秀平が問いかけると、矢沢は「ま、わかんねーか」と言いながら頭をポリポリとかいてから説明を始めた。
「このシュートとか四つの方向にある数値は、それぞれその方向にどれだけ引っ張られてるかって数値になんだ。これは右ピッチャーで設定してるから、マウンドから見りゃ右投手の方向に球が動いてるってことになる」
「……俺のボールはシュート回転してるってことですか?」
「あぁ。ストレートってのは、体の構造上投げるときに腕が斜めになっちまうから多少シュート回転はするんだが、それにしても数値が大きいな。日ごろ投げてる変化球の影響が出てるように見える。シュートか、ツーシームあたりが決め球だったりしないか?」
秀平は先日行われた練習試合で二軍代表として投げていた先発投手だ。
その時、決め球として使われて打つことができなかったボールは、右バッターの胸元に食い込んでくるシュート系だったことを彗は思い出した。
秀平の顔を覗いてみると、鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしていた。矢沢の予想に驚きながら「は、はい。ツーシームが決め球です」と困惑しながら応えた。
「今日はツーシームを投げてたわけじゃないんだろ? コイツを決め球にするんならもう少しフォーシームの質を改善した方が良い。そうすりゃ、この間みたいな乱調はなくなるぜ」
たったの数秒見ただけでその投手の特徴を当てる矢沢。まぐれかと思いきや、矢沢はその後も新太やそのほかのピッチャーの課題をすらすらと当てていき、名コーチとしての評判が現実味を帯びてくる。
これだけ的確にアドバイスができるもんなのか、と彗がレベルの高さに舌を巻き始めたころ。
「じゃ、大トリだ」
ようやく、最初に投げた彗の分析が回ってきた。
――こんな待たされるなら最後に投げればよかったなー。
最初は懐疑的だった自分が偽物だったのではないかと思うほどのめり込んでいた彗は、自分のストレートの表示された情報を凝視した。
「……ん?」
これまでのピッチャーは、全員シュートの数値があった。しかし、自分のストレートにはその数値がゼロになっている。
その代わり、スライド方面に22.4、ホップに72.4と数値が表示されていた。回転数も、他のピッチャーに比べて段違いに多く、2568と表示されている。
「な、怪物よ。周りくどいことは嫌いだから、正直なこと言わせてもらうぜ?」
これまでと違う入り方に身構えた彗は、ワンテンポ遅れて「……なんですか」と声を絞り出す。
ようやく活気が戻ってきたブルペンを、再び重々しい雰囲気が包み込む。
そんな雰囲気の中で、矢沢は再び口を開いた。
「お前、変化球はもう投げるな」
「……は?」
予想外の一言に、思わず彗は口をあんぐりとさせる。
肘を痛めるからフォークやシュートはだめ、スライダーは指の感覚が狂うから投げない方が良いなんて話は聞いたことがある。
その類だろうと考えている彗は「……これまで投げてきたスライダーとか、ってことっすか?」と問いかけると、矢沢は彗の気持ちを見透かしたかのように「全部だ」と言い切る。
「ぜ、全部?」
「あぁ。スライダーもカーブもシュートも、もちろんフォークやシンカーも全部だ」
一球投げるたびに合いの手を入れて来てくれることで、気分がどんどんノってきた彗は、合計で三十球のストレートを投げ込んだ。
「まだまだ!」
気分の上昇と共に体の調子もノリノリに。このまま最高球速更新してやろう、と鼻息を荒くし始めたところで「あ、もういい」と矢沢に言われ、彗のやる気はすっかり沈下。
「もう少し投げさせろよ」
愚痴る彗を他所に矢沢は「まあ待て」と制すると、他に控えていたピッチャーにも何球か投げさせた。
全員がストレートだけを三十球投げ込むと「よし、じゃあオメーら、集まれ」と、三脚に取り付けていたタブレットを取り外して集まったピッチャー陣に画面を見せつけた。
「……ん?」
画面には、CGで出来たボールがデカデカと映っている。いかにも勉強チックな画面に彗の思考回路は画面を見ることを拒否したが、背後で見ていた新太と秀平が目を輝かせていたためそこから逃げることはできず。致し方なく、その先輩二人に覆いかぶされる形で彗は矢沢の講義を聞く羽目となった。
改めてその画面を見ると、何やら細かい数値がボールから派生して表記されており、その全てがまるで意味が解らない。
唯一、134キロと言う球速表示だけが理解できる内容だった。
「何すか、これ」
「これはな、イグザム・ピッチングって言うんだよ」
「イグザム・ピッチング?」
「あぁ。お前らがさっき投げたボールにはセンサーが入っててよ。投球フォームと、ボールの情報が数値として出される」
「データ化ってことですか?」
「簡単に言えばそうだ。例えば、このデータ」と今出ている画面のボールを指差すと「これは、最後に投げた……上杉とか言ったっけ? お前の投げたボールの回転軸や回転数、変化量から球速まで全部わかるんだよ」といいながら、画面の中心を触る。すると、先ほどまで停止していたボールが急に動き出す。
若干ボールは左に傾いる。
その他の球速以外の数値は、シュート方向に18.7、ドロップ4.3、回転数1900と表示されており、ホップとスライドの数値はゼロになっている。
「……どういう感じなんですか?」
実験台となった秀平が問いかけると、矢沢は「ま、わかんねーか」と言いながら頭をポリポリとかいてから説明を始めた。
「このシュートとか四つの方向にある数値は、それぞれその方向にどれだけ引っ張られてるかって数値になんだ。これは右ピッチャーで設定してるから、マウンドから見りゃ右投手の方向に球が動いてるってことになる」
「……俺のボールはシュート回転してるってことですか?」
「あぁ。ストレートってのは、体の構造上投げるときに腕が斜めになっちまうから多少シュート回転はするんだが、それにしても数値が大きいな。日ごろ投げてる変化球の影響が出てるように見える。シュートか、ツーシームあたりが決め球だったりしないか?」
秀平は先日行われた練習試合で二軍代表として投げていた先発投手だ。
その時、決め球として使われて打つことができなかったボールは、右バッターの胸元に食い込んでくるシュート系だったことを彗は思い出した。
秀平の顔を覗いてみると、鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしていた。矢沢の予想に驚きながら「は、はい。ツーシームが決め球です」と困惑しながら応えた。
「今日はツーシームを投げてたわけじゃないんだろ? コイツを決め球にするんならもう少しフォーシームの質を改善した方が良い。そうすりゃ、この間みたいな乱調はなくなるぜ」
たったの数秒見ただけでその投手の特徴を当てる矢沢。まぐれかと思いきや、矢沢はその後も新太やそのほかのピッチャーの課題をすらすらと当てていき、名コーチとしての評判が現実味を帯びてくる。
これだけ的確にアドバイスができるもんなのか、と彗がレベルの高さに舌を巻き始めたころ。
「じゃ、大トリだ」
ようやく、最初に投げた彗の分析が回ってきた。
――こんな待たされるなら最後に投げればよかったなー。
最初は懐疑的だった自分が偽物だったのではないかと思うほどのめり込んでいた彗は、自分のストレートの表示された情報を凝視した。
「……ん?」
これまでのピッチャーは、全員シュートの数値があった。しかし、自分のストレートにはその数値がゼロになっている。
その代わり、スライド方面に22.4、ホップに72.4と数値が表示されていた。回転数も、他のピッチャーに比べて段違いに多く、2568と表示されている。
「な、怪物よ。周りくどいことは嫌いだから、正直なこと言わせてもらうぜ?」
これまでと違う入り方に身構えた彗は、ワンテンポ遅れて「……なんですか」と声を絞り出す。
ようやく活気が戻ってきたブルペンを、再び重々しい雰囲気が包み込む。
そんな雰囲気の中で、矢沢は再び口を開いた。
「お前、変化球はもう投げるな」
「……は?」
予想外の一言に、思わず彗は口をあんぐりとさせる。
肘を痛めるからフォークやシュートはだめ、スライダーは指の感覚が狂うから投げない方が良いなんて話は聞いたことがある。
その類だろうと考えている彗は「……これまで投げてきたスライダーとか、ってことっすか?」と問いかけると、矢沢は彗の気持ちを見透かしたかのように「全部だ」と言い切る。
「ぜ、全部?」
「あぁ。スライダーもカーブもシュートも、もちろんフォークやシンカーも全部だ」
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