彗星と遭う

皆川大輔

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第二部

2-04「千里の道は基礎から(4)」

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 投手陣をヌルッと見渡すと「キャッチボールして肩だけ作っとけ」とだけ言い、自身は音葉の立てた三脚に近寄って何やら作業を始めた。

 今更他にすることもなく、無言のまま投手陣でボールを回す。初めは声を出していつも通りのキャッチボールだったが、矢沢が突然「うるせぇ、もっと静かに出来ねぇのか」と突然苛立ち、それ以降は、ぱんっ、ぱんっとミットにボールが収まる音のみが響く寂しいブルペンとなっていた。

 一方の真田はというと、先ほど投手の指導は任せるという発言の通りグラウンドに残った選手たちの方に付いている。その証拠に、グラウンドからかなり離れているブルペンにも「次はキャッチボールだ!」という声が聞こえた。その声に反応して〝はいっ〟と野手陣はお祭りのような明るい声を出している。

 まるで、縁日ではしゃぐような練習風景だ。
 対して、ずっとキャッチボールだけをしているこのブルペンは、もうお葬式状態。

 ――もうキャッチボールはいいだろ。このままじゃ時間勿体ねーって。

 しびれを切らした彗は「肩温まりました」と一言も話さずに機械弄りをしている矢沢に声をかけてみた。

「お、ようやくか」

 まるで肩を作るのが遅いと言わんばかりの口ぶりにカチンとしながらも、気持ちを押し殺していると「あの、矢沢コーチ……これからも投手陣はこんな練習になるんですか?」と代表らしく凛として質問を投げかけた。

「あぁ、安心しろ。今日だけだ。今日はお前らをまず知ろうと思ってな」と、矢沢はにやりと笑い、先ほどまで弄っていた機械を指差して「オメーらを分析してやるよ、徹底的にな」と、高らかに言い放った。


       ※


 体が少しポカポカしてきたかというタイミングで和気あいあいと楽しい雰囲気のウォーミングアップは終了。
 いよいよ、春季大会が終了して初めての本格的な練習となる。

 ――どんな内容なんだろ……。

 気になるメニューは、早速バッティング練習だった。
 通常、バッティング練習となれば数人がボールを打ち、出番を待っている生徒が球拾いを兼ねてという光景が普通だ。
 この彩星高校でもそんな感じの練習だろうな、と思っていた矢先。
 まず一星たち一年生が準備することになったのは、巨大なシートだった。
 雨が降った時、グラウンドの状態を保つためにマウンドやベース付近に敷くための巨大なシート。これが無ければ、雨が降った際にぐちゃぐちゃになってしまい外での練習ができるようになるまでかなり長い時間がかかってしまうため、雨の日は重要な用具だ。

 ――けど、なんで今?

 疑問を覚えながら、一星は空を見上げた。
 昨日の鉛模様だった空は偽物だったんじゃないかと思うほど快晴で、とてもこのシートの出番とは思えない天候だ。

「あ、そうか。お前はまだ内容わかんないのか」と、一星の隣でシートを持つ坂上雄介が言うと「ほれ、あっち。外野まで持ってくぞ」と一星を顎で促した。

「外野?」

「あぁ。これで飛んで来た球を受け止めるんだよ」

「……どういうこと?」

「まあやってみりゃわかるって」

 練習内容を知っている先輩たちと雄介の指示の下、外野にブルーシートを合計三枚敷き終えると、ちょうど先輩たちも総出で練習道具を揃えたようだった。
 馴染みのあるネットやティーバッティング用のネットや金属バットのほかに、物干し竿のような長物に、巨大なハンマー、大きなタイヤなどといった色物まで多種多様な道具が十箇所に配置されていた。

 ――……なるほど。

 それぞれの用途こそわからなかったが、練習の内容は大まかに理解できた一星は「サーキット形式なんだ」と雄介に言う。

 サーキット形式――その名の通り、練習場所をぐるぐると回る移動式の練習だ。
 一つの場所で決められた時間をこなすと、次の場所で異なる練習を行う。その練習が終わればまた別の――と、短時間で多くの練習をこなすことができ、効率がかなりいい。

 また、この練習の特徴として、部員全員でぐるぐる回るため休む暇がない。
 県立高なために練習時間が確保できないという欠点があるが、それを補うにはうってつけの練習だ。
 ただ、そんな効率を求めたキツイ練習に、先ほど用意したブルーシートは関係ない。用意する時間、他の準備をすればより多くの練習をすることができたはず。

 ――まぁ、取りあえずやってみよう。

 習うより、慣れる。
 その意識で一星は、雄介と共にバットを握る。
 最初は、ティーバッティングからだ。


       ※


「分析ぃ?」

 素っ頓狂な一言に思わず懐疑的な視線を矢沢に向けた彗は「何やるって言うんですか」と矢沢に詰め寄ると「ま、これ投げてみればわかる」とボールを手渡された。

「投げてみればって……」

 解剖でもするんじゃないかという話し方の矢沢に疑いの目を向けながら、彗はブルペン左端の、機械がセッティングされたマウンドに立った。
 キャッチャーはどうやら矢沢が務めるらしい。

 ――……こうしてみるとちゃんとしてるな。

 高級そうな黒のコートを脱ぎ棄てると、しっかりとした肉体が「顔を出した。どっしりと構えるその姿から、野球をガッツリやっていた人なんだということが伝わってくる。

 ――少しだけ、信じるわ。

 そんなことを考えながら、彗はまず一球を投げ込んだ。
 最初の一球はストレート。
 肩は温まっているとはいえ、三日ぶりの投球。球速も、質も納得のいかない不本意なストレートだった。

「こんなもんか?」

「……じょーだん!」

 彗は再び振りかぶり、ストレートを投げ込んだ。
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