彗星と遭う

皆川大輔

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第二部

2-03「千里の道は基礎から(3)」

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 自己紹介も終わってアップをするために整列しようと歩き出す生徒たち。一歩遅れて動き出した一星は「暴力問題で首になったんだよ、前のとこ」と小さく言ってからランニングの列に加わっていった。

「……マジか」

 監督に筋肉の強張った理由を聞いてみよう、なんて話はもうどこかへ飛んでしまっている。
 これからレベルアップして甲子園を目指さなければいけないのにもかかわらず、いきなり問題が降りかかってくる。

 不安に駆られた彗はその場で立ち尽していると「ホレ、早くしろ」と尻を嵐に蹴り上げられて我に返り「すみません」と焦りながら列に加わった。

 視界の端に、矢沢と話す真田の顔が映った。
 楽しそうな表情で親しげに話している。

 ――まー……ちゃんと教えてくれりゃいいわ。

 来たからにはしょうがない、と彗は取りあえずランニングに集中した。


       ※


「いやー、まさか本当に受けてくれるなんてな!」

 真田は嬉々として矢沢と肩を組むが「ええい、鬱陶しい」と顔を引きつらせながら引きはがす。

「固いこと言うなよ」

「ったく……大学の時から変わらねぇな」と呟きながら、矢沢はアップのランニングをしている部員たちを目で追っていた。

「どうよ、俺の教え子たちは」

「どうって言われてもな。まだ初日だし、詳しいことはわからんけど」と前置きをしてから「怪物は予想通りだな」と低い声で唸った。

「噂通りって言うと?」

「能力は現時点でも別格だが、素材としても別格ってことだ」

「〝素材としても〟ってのはどういうことだ?」

「そのままの意味さ。伸びしろしかないんだよ、ヤツの身体には」

 そう言いながら、矢沢はタブレットを取り出し、フォルダ一覧の中から〝彩星高校〟というフォルダを開くと、部員の名前と生年月日がずらりと顔を出してきた。生年月日は全て半角の数字、名前の後に半角スペースを挟み込んでいるおかげで、一目でわかりやすくなっている。

きっちりとした性格は大学時代から変わらないな、と昔を懐かしんでいた真田を他所に、矢沢は数あるファイルの中から〝空野彗〟のファイルをタップした。
 読み込みを完了して表示されたのは、数字列だ。それが彗の詳細な体のデータだということが一目でわかるほどに整理されている。

 先日行われた体力テストの結果、先日行った春日部共平でのスコア、ストライクの割合、状況の被打率など細かいデータがずらっと出てくる。

「おわっ、中学の時の身長とかもあるのか」

「世界大会に出てたからな。チーム情報の中にデータがあったんだよ」

 データだけではない。彗関連のニュース記事などのURLやインタビューの答えなどもメモされており、世に出ている空野彗関連の情報は全て網羅されているのではないかという内容だった。

「……で、これから何がわかるって?」

「まず、地肩の強さだ。あの体格じゃ普通は150なんて投げられん」

「まあな」

「食生活やトレーニング法の充実で、150キロって数字は日々身近になっているが、それでもやっぱり特別なんだ。去年の高校生に絞っても、三十人くらいしかいねぇ」

「三十人いりゃ充分じゃないか?」と何も考えずに言うと「アホ。高校球児が全国で何人いると思ってんだ」とため息を零しながら問題を出してきた。

 呆れる矢沢に恐る恐る「……二十万人くらい?」と答えると、呆れながら矢沢は「約十五万だ。最盛期でもそんないねーよ」といい、続けて「割合で言うとこんなもんだ」とグラフを見せる。

 見せてきたのは円グラフ――のはずだが、表示されているのはひたすら真っ白のグラフで、一本だけ白い線のようなものがある。そこから線が派生していて、備考に〝150キロ投手の割合:0.02パーセント〟とだけ記載されていた。

「な、なるほど」

「しかもこの150キロ以上投げたピッチャーってのはほとんど三年生。高校一年生に絞ると、〝年〟という基準じゃなく〝歴代〟ってくくりで考えて、ようやく三人目のケースだ」

「……改めて考えると凄いな」

「検査してみないと分からないが、俺の経験上まだまだ体は大きくなる。順調にいけば160キロだって出せる逸材だよ」

「160か……」

 途方もない数字に呆気にとられた真田は「つまり体が大きくなるってことと地肩が強いからいい素材だってことか?」

「それだけじゃねぇよ。俺の見立てが正しけりゃ――この怪物が投げてるのは、左ピッチャーのストレートだ」

「は?」

 思わず声を漏らした真田は「何言ってんだ?」と言葉の意味を汲み取れずに首を傾げた。

「まあ、ブルペンで見てから本人と一緒に教えてやるよ。そろそろだろ?」と矢沢がタブレットの電源を落とすと、ランニング終了を知らせる笛を、由香が奏でた。


       ※


 ランニングを終えると、ピッチャーだけブルペンへ移動するように指示が出た。
 キャッチボールと鳥栖バッティングを言い渡された他の野手陣から冷たい視線を浴びながら移動にすると、音葉がすでにスタンバイしていた。
 普段キャッチャーが座る場所で、何やら作業している。

 背後から「何してんだ?」と問いかけると、音葉はキャッと跳ね上がって身を縮め。
 すると、体に隠れて見えなかったそれが、彗をはじめとしたピッチャー陣の目に入ってきた。

「……三脚?」

 新太が呟いたように、そこにあるのは間違いなく三脚だった。
 ブルペンという練習場に似つかわしくないそれをじろじろ見ていると「来たか」と矢沢が遅れて登場してきた。
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