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第二部
2-01「千里の道は基礎から(1)」
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試合序盤は快晴だったが、みるみる空の機嫌は悪くなるばかりだ。
――太陽が、弱い。
ユニフォームからはみ出ている小麦色の腕からメッセージを受け取ると、春季大会の三戦目で先発を任された彩星高校二年生・上杉秀平は、気分転換も兼ねて空を見上げてみた。
鉛色の空が、重く立ち込めている。
いわゆる、曇天だ。
太陽の光が弱いこともそうだが、空気がひんやりとしてきている。少し肌寒いと感じるほど。
「いっそのこと降って雨天コールドになってくんないかな」
愚痴を零しながら、バックスクリーンのスコアも目に入ってくる。
昨年埼玉県大会ベスト8の中堅校・蕾ヶ丘高校相手に一回と二回に一失点ずつ。そこから一度は持ち直したものの、五回に再び捕まり二失点。
一方で、打撃陣も調子は出ず、ゼロ行進が続いている。
スコア
蕾ヶ丘高校 5
―
彩星高校 0
試合は七回裏ツーアウトまで来ているが、ランナー2、3塁で、バッターは四番。
もしタイムリーでも出ればサヨナラコールド。
正直もうマウンドを降りてしまいたいが、今日は〝ワケあって〟エースの戸口新太も、怪物・空野彗も投げられない。
残っている選手にはもちろん投手はいるが、ストライクがほぼ入らない超ノーコン。
とどつまり、最後まで投げるしかないということだ。
――二年生になってはじめての公式戦がこんな感じだとはなぁ……。
タイミングの悪さに呆れ、自分の実力の無さを嘆く。
サードからは「打たせてけ!」と榎下嵐が檄を飛ばし、ショートからは「こっち飛んだら抑えるからなー」と余裕そうに田名部真司が声をかけてくれる。
同世代で抜きん出た二人。彼らがいたから自分も頑張れたという事実はあるものの、才能持ってるやつは気楽でいいよな、と思いながら秀平は最後の一球を投じた。
キャプテン・宗次郎の代役としてスタメンキャッチャーとして出ている天才・武山一星が要求した、インコースへのツーシーム。
厳しいコースに投げなければいけないのはわかっている。
しかし、中学生時代から続く、勝負時にコースが甘くなってしまうという癖が、ここで出てしまった。
打者にとっては打ち頃の、絶好球。
――やられた!
◇
そう思ったところで、秀平は目を覚ました。
外はまだ暗く、カチコチと秒数を刻む壁掛け時計の音が耳に届いてくる。
目を覚ましてから五秒経って、ようやく秀平は先ほどの光景が夢であったことに気が付いた。
「……まだ三時か」
いくら悔しいからって、夢でまで説教しなくていいだろうに――脳の働きを呪いながら、秀平は再び眠りについた。
もしかしたら寝られないかな、と思っていたが、先ほどの夢は現実にあったことなのだから〝記憶〟なのか、嫌な光景だから〝悪夢〟なのか、くだらないことを考えようとすると、くだらない国語の授業を受けているような気がして眠気が襲ってきてくれた。
――早く寝ちまおう。
明日も朝から練習がある。もっと成長するために、練習をもっと――。
※
彗はようやく明るくなり始めた通学路を自転車で駆け抜ける。
昨日の鉛模様が嘘のように快晴で、練習日和だ。
このまま全力で漕ぎ続けたい気分だったが、ちょうど赤信号に通せんぼされて急ブレーキをかける。
「おっと……」
若干バランスを崩しながらも停車し「あぶね」と呟きながら、手持無沙汰になった彗は右腕をぼんやりと眺めていた。
――まー……流石に大丈夫か。
右腕をさすりながら、彗はつい先日の出来事を思い出していた。
試合翌日の朝、景色だけ見れば夜中だった四時の出来事。
ふと目を覚ますと、これまで感じたことのないタイプの痛みが、右腕にあった。
肩や肘と言ったピンポイントな箇所ではなく、手首から肘にかけての全域に鈍い筋肉痛のような痛みで、肉離れや骨折ではないという確信を持てるほど。
まあ大丈夫だろうと高を括って報告しないでいたが、当日の放課後練習で違和感に気づいた一星が監督に報告。即刻練習を切り上げて病院に向かい、診察を受けることに。
大げさすぎるだろ、という彗の予想通り、下された診断は〝ただの筋肉痛〟だった。
医者によれば二日も安静にしていれば大丈夫とのことで、春季大会の三回戦は欠場。何もできない歯がゆさで、コールド負けという屈辱を目の前にする原因となった。
――無理してでも投げればよかったなー。
ただの筋肉痛ならば別に問題はなかっただろ、なんて考えていると信号は再び青へと切り替わる。
「……ま、とにかく練習か」
数日ぶりの球に触れる練習に心を躍らせながら、彗は自転車のペダルを漕ぎだした。
※
「……酷い顔してるよ、空野」
朝練が終了し、授業を終えて昼休み。朝練が終わってから明らかにイライラしている彗の表情は変わっておらず、一星は「そんなに不満だった?」と重ねて問いかけた。
「当ったりめーだよ! ようやく投げられると思ったのにさぁ……」
ぶすっとしながら白米をかき込む彗を見て「あれだけ投げたいって言ってたもんね」と音葉がサンドイッチを頬張りながら茶化した。
「もう腕もバリバリ大丈夫だってのに……過保護なんだよ、あのオッサン」
「大事に考えてくれてるってことだろ? いいじゃないか」
「それが原因で負けてちゃ世話ねーっての」
――太陽が、弱い。
ユニフォームからはみ出ている小麦色の腕からメッセージを受け取ると、春季大会の三戦目で先発を任された彩星高校二年生・上杉秀平は、気分転換も兼ねて空を見上げてみた。
鉛色の空が、重く立ち込めている。
いわゆる、曇天だ。
太陽の光が弱いこともそうだが、空気がひんやりとしてきている。少し肌寒いと感じるほど。
「いっそのこと降って雨天コールドになってくんないかな」
愚痴を零しながら、バックスクリーンのスコアも目に入ってくる。
昨年埼玉県大会ベスト8の中堅校・蕾ヶ丘高校相手に一回と二回に一失点ずつ。そこから一度は持ち直したものの、五回に再び捕まり二失点。
一方で、打撃陣も調子は出ず、ゼロ行進が続いている。
スコア
蕾ヶ丘高校 5
―
彩星高校 0
試合は七回裏ツーアウトまで来ているが、ランナー2、3塁で、バッターは四番。
もしタイムリーでも出ればサヨナラコールド。
正直もうマウンドを降りてしまいたいが、今日は〝ワケあって〟エースの戸口新太も、怪物・空野彗も投げられない。
残っている選手にはもちろん投手はいるが、ストライクがほぼ入らない超ノーコン。
とどつまり、最後まで投げるしかないということだ。
――二年生になってはじめての公式戦がこんな感じだとはなぁ……。
タイミングの悪さに呆れ、自分の実力の無さを嘆く。
サードからは「打たせてけ!」と榎下嵐が檄を飛ばし、ショートからは「こっち飛んだら抑えるからなー」と余裕そうに田名部真司が声をかけてくれる。
同世代で抜きん出た二人。彼らがいたから自分も頑張れたという事実はあるものの、才能持ってるやつは気楽でいいよな、と思いながら秀平は最後の一球を投じた。
キャプテン・宗次郎の代役としてスタメンキャッチャーとして出ている天才・武山一星が要求した、インコースへのツーシーム。
厳しいコースに投げなければいけないのはわかっている。
しかし、中学生時代から続く、勝負時にコースが甘くなってしまうという癖が、ここで出てしまった。
打者にとっては打ち頃の、絶好球。
――やられた!
◇
そう思ったところで、秀平は目を覚ました。
外はまだ暗く、カチコチと秒数を刻む壁掛け時計の音が耳に届いてくる。
目を覚ましてから五秒経って、ようやく秀平は先ほどの光景が夢であったことに気が付いた。
「……まだ三時か」
いくら悔しいからって、夢でまで説教しなくていいだろうに――脳の働きを呪いながら、秀平は再び眠りについた。
もしかしたら寝られないかな、と思っていたが、先ほどの夢は現実にあったことなのだから〝記憶〟なのか、嫌な光景だから〝悪夢〟なのか、くだらないことを考えようとすると、くだらない国語の授業を受けているような気がして眠気が襲ってきてくれた。
――早く寝ちまおう。
明日も朝から練習がある。もっと成長するために、練習をもっと――。
※
彗はようやく明るくなり始めた通学路を自転車で駆け抜ける。
昨日の鉛模様が嘘のように快晴で、練習日和だ。
このまま全力で漕ぎ続けたい気分だったが、ちょうど赤信号に通せんぼされて急ブレーキをかける。
「おっと……」
若干バランスを崩しながらも停車し「あぶね」と呟きながら、手持無沙汰になった彗は右腕をぼんやりと眺めていた。
――まー……流石に大丈夫か。
右腕をさすりながら、彗はつい先日の出来事を思い出していた。
試合翌日の朝、景色だけ見れば夜中だった四時の出来事。
ふと目を覚ますと、これまで感じたことのないタイプの痛みが、右腕にあった。
肩や肘と言ったピンポイントな箇所ではなく、手首から肘にかけての全域に鈍い筋肉痛のような痛みで、肉離れや骨折ではないという確信を持てるほど。
まあ大丈夫だろうと高を括って報告しないでいたが、当日の放課後練習で違和感に気づいた一星が監督に報告。即刻練習を切り上げて病院に向かい、診察を受けることに。
大げさすぎるだろ、という彗の予想通り、下された診断は〝ただの筋肉痛〟だった。
医者によれば二日も安静にしていれば大丈夫とのことで、春季大会の三回戦は欠場。何もできない歯がゆさで、コールド負けという屈辱を目の前にする原因となった。
――無理してでも投げればよかったなー。
ただの筋肉痛ならば別に問題はなかっただろ、なんて考えていると信号は再び青へと切り替わる。
「……ま、とにかく練習か」
数日ぶりの球に触れる練習に心を躍らせながら、彗は自転車のペダルを漕ぎだした。
※
「……酷い顔してるよ、空野」
朝練が終了し、授業を終えて昼休み。朝練が終わってから明らかにイライラしている彗の表情は変わっておらず、一星は「そんなに不満だった?」と重ねて問いかけた。
「当ったりめーだよ! ようやく投げられると思ったのにさぁ……」
ぶすっとしながら白米をかき込む彗を見て「あれだけ投げたいって言ってたもんね」と音葉がサンドイッチを頬張りながら茶化した。
「もう腕もバリバリ大丈夫だってのに……過保護なんだよ、あのオッサン」
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